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公開日 2019/01/31 13:02

“決してひとりでは見ないでください”〜伝説の映画『サスペリア』の変わりよう

映画評論家・町山智浩氏によるスペシャルトークショーが開催
永井光晴
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“決してひとりでは見ないでください”

『サスペリア』ポスター

これは歴史的オカルト映画『サスペリア』(1977年)の宣伝コピーである。ノスタルジーを感じる人は、それなりのキャリアのある年齢だろう。いかにセンセーショナルだったかは、人気TV番組『8時だョ!全員集合』で、志村けんがいかりや長介を指して、 “決して、ひとりでは見ないでください” というギャグとして広めたため、当時の小学生は、作品は知らずとも、このフレーズだけ頭に残っていたりする。

この作品は、AVホームシアターにとってもエポックな作品のひとつだ。『サスペリア』は、東宝東和によって立体音響技術「サーカム・サウンド」を使用して上映されたのだ。

「サーカム・サウンド」は、日本ビクターが1970年に開発したアナログレコード用の4チャンネル・ステレオ技術「CD-4」(Compatible Discrete 4 channel)を活用したものである。映画館での使用は、ディスクリートではなく疑似とはいえ、マルチチャンネルサラウンドの走りである。「サーカム・サウンド」は、正確には1975年の米伊合作『デアボリカ』での使用が先になるが、オカルト映画の不気味な効果音や音楽を劇場の前後左右に移動させて、観客を怖がらせるという趣向は斬新だった。

さらにこの時期(1970年前後)は、のちに “伝説” となるオカルト(ホラー)映画が集中して生まれている。ゾンビ映画の始祖『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)や、オカルト映画の金字塔『エクソシスト』(1973年)、『オーメン』(1976年)、そして『サスペリア』(1977年)である。


『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督が大胆にアレンジ

さて、そんな名作のひとつである『サスペリア』の再構築的リメイク作品が、1月25日から公開中だ。『君の名前で僕を呼んで』(2017年)で第75回ゴールデングローブ賞の作品賞(ドラマ)を含む3部門を受賞した、ルカ・グァダニーノ監督が大胆にアレンジしたまったく新しい『サスペリア』である。鑑賞した人の多くがとまどい、称賛もあれば、疑問も残る作品となっている。

本作の公開に合わせ、TOHOシネマズ日比谷で、映画評論家の町山智浩氏によるスペシャルトークショー付き上映会が行われた。

まるで “ハリーポッター” のような出で立ちで登場した、映画評論家の町山智浩氏

町山氏は上映後のスクリーン前で、グァダニーノ監督による再構築の背景を解説し、また “クエンティン・タランティーノ監督が本作を観て泣いた” という理由についても考察を加えた。予定された時間を大幅にオーバーする熱い時間となった。

ここからは町山氏の解説をふまえて、作品の一端を紹介することになるので、ネタバレ要素に触れている。前もってご注意いただきたい。ただし、町山氏によって語られたヒントを知っているのと、知らないのでは、『新・サスペリア』のナゾを解くにはだいぶ違う(と感じた)。


**********『サスペリア』のあらすじ************



©2018 AMAZON CONTENT SERVICES LLC All Rights Reserved

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1977年、ベルリンを拠点とする世界的に有名な舞踊団<マルコス・ダンス・カンパニー>に入団するため、主人公のスージー・バニヨン(ダコタ・ジョンソン)は夢と希望を胸にアメリカからやってくる。彼女は初のオーディションでカリスマ振付師マダム・ブラン(ティルダ・スウィントン)の目に留まり、すぐに大事な演目のセンターに抜擢される。

そんな中、マダム・ブラン直々のレッスンを続ける彼女のまわりで不可解な出来事が頻発、ダンサーが次々と失踪を遂げる。一方、心理療法士クレンペラー博士(ルッツ・エバースドルフ)は、患者であった若きダンサーの行方を捜すうち、舞踊団の闇に近づいていく。

やがて、舞踊団に隠された恐ろしい秘密が明らかになり、スージーの身にも危険が及んでいた――。

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1977年ドイツに舞台を変えることで、作品の趣きさえも変えた

誤解を恐れずにいうなら、リメイク版『サスペリア』はホラー映画ではない。またオリジナルの登場人物やストーリーを借りてはいるものの、魔女信仰を否定しようとさえしている。

本作を読み解くには、オリジナル『サスペリア』が公開された1977年という年がカギとなる。グァダニーノ監督はリメイク版の舞台を明確にその1977年のドイツとした。まだベルリンの壁によって東西ドイツに分断されていた時代だ。そしてイタリア人である監督がこれほどまでにドイツを調べつくしたのかと感心する、深い歴史的背景をもとに作品は構築されている。

作品を見てわかることは、マルコス舞踏団の所在地はベルリンの壁の前である。そして舞踏団の謎を探るクレンペラー博士はユダヤ人。戦時中に妻と生き別れたナチスドイツのホロコーストの被害者である。舞踏団の内部で起きている陰惨な儀式のようなものは、ホロコーストとなにか関係があるのだろうか。

この舞踏団には実在のモデルがある(町山氏)。ドイツ前衛ダンスのマリー・ウィグマン(Mary Wigman)舞踏学校だ。マリー・ウィグマンはモダンダンスに革命を起こした「ノイエ・タンツ」創始者として知られる。ダンスをシステム化し、ソロダンスからグループダンスへの移行をけん引。ヨーロッパのダンスの権威である “バレエ” に対抗するモダンダンスを提唱した。劇中では、 “私たちが絶対にやらないのは、明るく美しい踊り” と語られるように、 “暗黒舞踏” と呼ばれた踊りを彷彿とさせるシーンがある。

また1977年後半、西ドイツで起きた「ドイツの秋」(Deutscher Herbst)と呼ばれるハイジャックをはじめとした一連のテロ事件が起きている。これはナチスドイツを知らない戦後世代の青年たち(ドイツ赤軍)が起こした事件である。本作はこの事件のニュースが劇中に同時進行で流れている。

加えて、心理療法士クレンペラー博士の名前は、「私は証言する―ナチ時代の日記(1933‐1945年)」を書いたヴィクトール・クレンペラーをアレンジしたと考えられる(町山氏)。これは「アンネの日記」にならぶ高い評価を得ている。

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ほかにも町田氏は、ヨーロッパの魔女信仰とキリスト教の関係について言及したり、主人公スージ―の出身地がアメリカのオハイオ州であることから、キリスト教ドイツ系移民アーミッシュ(メノナイト)であろうと推測した。スージ―がベルリンに渡る(帰る)という設定もここからくる。

つまり『新・サスペリア』は、ナチスドイツや、人々をミスリードする迷信や信仰を断罪する映画になっている。魔女の生まれ変わりを自称するマザー・マルコスが舞踏団員によって代表に推挙されるくだりも、選挙で選ばれたナチ党を、遠まわしに揶揄している。最後にスージーは、まるで聖母のような立ち位置で、人々に慈悲を与え、断罪する。

最後に、クエンティン・タランティーノが涙したというのは、自身の作品でもナチスドイツに罰を与えるタランティーノ監督だからこその反応であると、町山氏は解説した。

良くも悪くもオリジナルとはまったく違う『サスペリア』。劇場で確認してみてほしい。



『サスペリア』
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2019年1月25日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
●監督:ルカ・グァダニーノ『君の名前で僕を呼んで』
●音楽:トム・ヨーク(レディオヘッド)
●出演:ダコタ・ジョンソン、ティルダ・スウィントン、ミア・ゴス、ルッツ・エバースドルフ、ジェシカ・ハーパー、クロエ・グレース・モレッツ
●アスペクト:ビスタサイズ ●字幕翻訳:松浦美奈

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