公開日 2025/09/19 06:30

EMTの銘機にも通じるオーレンダー「A1000」の魔力。ヴィンテージ・マニアも唸らせるネットワークオーディオの世界

有機的で血の通う音楽再現

デジタルファイルプレーヤーが奏でる音と音楽に物足りなさを覚えていた筆者にとって、オーレンダー「A1000」が紡ぎ出す音世界は衝撃的であった。というのも、筆者の愛機である業務用レコードプレーヤー「EMT950」に似た「音楽の美味しい部分を伝える音」がしたから――。近年の試聴体験の中で、もっとも興奮したコンポーネントであるオーレンダーA1000をご紹介する。

Aurender ネットワークプレーヤー「A1000」(599,500円/税込)

聴きたい曲が湧き水の如く頭に浮かぶ

レコードで聴く時は最外周に針を降ろしたら最内周まで針を上げないのに、デジタルファイル再生はイントロを少し聴いたら次の曲に変えてしまう――。そのような行動をすることはないだろうか? 筆者は導入直後は一曲まるごと聴いていたが、次第に試聴時間が減っていった。最初は「デジタルファイルは、レコードと違いスグに選曲できるから」と思っていた。だが、それだけではない。デジタルファイルプレーヤーが奏でる音楽に心惹かれなかったからだ。

デジタルファイルプレーヤーは、S/Nやチャンネルセパレーションといった諸特性でレコードより優れているのは言うまでもない。それは左右に広い音場や、聞こえなかった音が聞こえるといった発見や楽しみにつながり、それはそれで楽しい。だが筆者は音楽を俯瞰的に聴くのとは対極の能動的に音楽を愉しみたい人間で、「音場より音像」「音色より音触」に重きをおいている。

その耳で聴くとデジタルファイルプレーヤーの中には、広い音場と引き換えに音像が薄くて幽玄。さらに何を聴いてもツルンとした肌合いで、聴き応えが薄いのだ。結果、聴いていて愉しくない。愉しくないから、心が離れて、すぐに次の曲を選ぶ――。気づけば同じ音楽を再生する機械のハズなのに「デジタルファイルプレーヤーとアナログプレーヤーは別物」という意識を抱くようになっていった……。

そんな想いもあり、拙宅のオーディオシステムに今回の試聴取材機であるオーレンダーA1000を設置した時、筐体の大きさと相まって期待値は低かった。ちなみに我が家はスピーカーにJBLのパラゴン、アナログプレーヤーはEMTのダイレクトドライブ機950、アンプ群は上杉佳郎設計のウエスギという、ゴリゴリのヴィンテージオーディオだ。

だが音が出た瞬間、私の耳と心はA1000に奪われた。何を聴いても楽しいではないか! 聴きたい曲が、次から次へと湧き水の如く頭に浮かぶ。もちろん「ちょっと聴いては次の曲」ではない。むしろ気づけば曲が終わってしまっていたという塩梅で、気づけば何時間も陶酔した時間を過ごしていた。我が家で、このような感想を抱くデジタルファイルプレーヤー体験は初めてだった……。

 

精密に構成された内部回路

電気の知識について明るくないが、この機器の中を観たくなった。幸いにも天板を止める8本のネジを取り外せば内部を拝むことができる。早速、肉厚のアルミ天板を外した。

「A1000」の内部構造。フロント側に大型トロイダルトランス、

まず目に飛び込んできたのは大小3基のトロイダルコアトランスだ。おそらくコントロール系、デジタル系、アナログ系と分けて使っているのだろう。この手法は回路規模こそ違うものの、オーレンダーの上位モデルでも見受けられる手法だ。

続いて目に飛び込んできたのが、中央に設けられたPCで見られる記憶媒体であるM.2 SSD。デジタルデータを一旦ここに蓄えて(キャッシュして)から、デジタル処理をするという。容量は128GBと上位モデルに比べると小容量だが、これも同社プレーヤーで見かける方法だ。

中央に縦にM.2 SSDを搭載。ストリーミングの音源は一度キャッシュしてから再生するのがオーレンダーの大きな特徴

DA変換チップは、旭化成のAKM 4490REQを左右独立構成で採用。その後のアナログ段もシンプルかつコンパクトにまとめられている。このあたりがフレンドリーな音として功を奏しているのだろうか?

A1000のデジタル処理部。中央にある2つの四角いチップが旭化成のDACチップ「AKM 4490REQ」

対応サンプリングレートは、PCMが384kHz、DSDが22.4MHzと上位モデルには及ばないものの、普段使う上では問題はないハズ。残念ながらAmazon Musicには対応していないものの、高音質で話題のサブスクリプションサービスQubuzやTIDAL、そして楽曲を豊富に用意するSpotifyも利用可能だ。

 

シンプルなネットワークプレーヤー機能に特化

天板を閉めて、リアパネルを見てみた。入力はLAN(RJ-45)のほか、同軸/光デジタル、USB(Type-A、Type-B)、そしてHDMI(ARC)と豊富だ。アナログ出力はアンバランスのみで、上位機にあるバランス出力やワード/マスタークロック入力といったオーディオ的お楽しみ要素は用意されていない。ここら辺もよい割り切りだと思う。

A1000のリアパネル。ネットワーク入力のほか、USB typeB、HDMI ARC、光デジタル、Coaxialなどにも対応。アナログ出力はRCA1系統のみ

リアパネル上部には、別途2.5インチのストレージをインストールするスロットベイが1つ用意されている。これを使えばNASなどの外部記憶媒体を用意せずとも音楽再生が可能だという。これも他のオーレンダー機器で見られる機構だ。

フロントパネルには高精細の液晶パネルが用意されており、アートワークなどが表示される。もちろん消灯可能だ。ボリュームノブがあるので、パワードスピーカーと直接つなげても楽しそうだ。

視認性の良い大型フロントディスプレイを搭載

本体を持ち上げると、ズッシリとした手応えを覚える。コンパクトながら重さは約10s。ラックの棚板間に入れると、ススッと動く。脚部をみるとコルクが貼られていた。おそらく音質チューニングをした結果なのだろう。

A1000のインシュレーター。コルクが活用されている

格言すれば、A1000は、同社デジタルファイルプレーヤーのエッセンスをコンパクトなボディに納めた1台といえそう。気になる価格は税込みで約60万円。高額機の多い同社としては比較的フレンドリーな価格なのも嬉しい。

 

アプリの操作性もGood、物理リモコンも用意

デジタルファイルプレーヤーは、音質はもちろんのことアプリの完成度がとても重要だ。A1000は、iOS/Androidの両方に対応する専用アプリAurender Conductorが用意されており、これを各自用意するタブレットまたはスマートフォンにインストールして操作する。

Aurender Conductorは日本語対応しているだけでなく、途中で操作不要に陥いるといった動作の不安定さはなく、かなり使いやすい印象を受けた。なにより楽曲の検索速度も早いのでストレスが少なく、好感を抱いたこともお伝えしたい。

使いやすい専用アプリ「Aurender Conductor」を用意。楽曲選択や各種設定はすべてアプリ内で行える

普通のリモコンも用意。入力切替のほか、音量調整も可能なので、本機をデジタルプリアンプとして使う際に、いちいちタブレット操作をしなくてもよい。案外、単機能リモコンはあると便利なのだ。

入力切り替えやボリューム調整、曲送りなど基本機能に特化したリモコンも用意

アプリと共に重要なのがマニュアルだ。というのも、この手の機械はトラブルはもちろんのこと、多種多様な機能説明、使い方を知るにはどうしても必要だ。その点、オーレンダーの輸入元は詳細なマニュアルをWeb上で無料公開している。こういった部分も、製品選びには重要な要素になると筆者は思う。

オンラインマニュアルが充実しておりすぐに参照できる

血が通った力強い歌声、火傷するほど熱い疾走感

天板を閉じ再び試聴を始めた。1950年代のジャズやクラシックの名盤から最新のJ-POPまで、時間の許す限り色々な楽曲を聴き、その全てを心の底から愉しんだ。

オーディオ機器の中には「クラシック向き、ジャズ向き」という言葉であるように、楽曲の得手不得手が存在するものもある。この特化型のコンポーネントが出す音も魅力だが、何を聴いても楽しいコンポーネントの方が、筆者としては使いやすい。

当初、Qubuz音源をメインに試聴してお茶を濁そうと思っていたが、次第にアナログプレーヤーのEMT950で曲を聴いてから、オーレンダーA1000で同じ楽曲を聴くというモードに変わっていった。もはや「デジタルファイルプレーヤーは別物」という色眼鏡は、自分の中から消えていった。

EMTのアナログプレーヤーと、オーレンダーのQobuz音源を聴き比べる楽しみ!

今年デビュー35周年を迎えたマライア・キャリーが、第1次黄金期の1992年にMTV企画のアコースティックライブ番組『Unplugged』で披露した「I’ll be There」は、彼女とトレイ・ロレンツのデュエットが楽しい1曲。厚い響きを伴ったピアノのイントロを受けて、歓声をあげる観客達。その音だけで我が家の空気がサッと変わった。ややハイトーンで始まるマライアの瑞々しい歌声、優しく綺麗なバックコーラス、トレイの声がアナログと同様の厚い中域と実体感を伴った、血が通った力強い歌声を聴かせる。そんなプレイバックを聴いて心が躍らないわけがない。

マライア・キャリーの『Unplugged』を聴き比べ!

1964年に録音されたマイルス・デイビスのライブアルバム『Four & More』の1曲目「So What」は、火傷するほど熱くて疾走感のある名演に体がスウィングする。逆にこの曲でノレない音を出す機械はダメな機械であると断言できる。つまりA1000は合格のコンポーネントだ。欲を言えば、ロン・カーターのベースやトニー・ウィリアムスのシンバルレガートに質量を望みたい。

マイルス・デイビスの『Four & More』

そこでAurender Conductorの設定画面から、クリティカルリスニングモードを使ってみた。これはディスプレイをはじめとする電源供給を止めて……という、国産プリメインアンプの「Direct」モードに似たモードだ。確かにシンバルレガートの余韻が綺麗になるなどの効果は認められる。だが筆者は、この音よりも、そのままの方が好みであった。

クリティカルリスニングモードでは画面のディスプレイも消灯する

「Aurender Conductor」アプリからクリティカルリスニングモードをONにすればOK

いっぽうマーキュリー・リヴィング・プレゼンスによるヤーノシュ・シュタルケル『シューマン、ラロ、サン=サーンス:チェロ協奏曲』になると、このクリティカルリスニングモードが俄然、効力を発揮する。演奏の緊張感や空気感が、大袈裟ではなくアナログ再生以上に伝わるかのよう。なかでもラロの「チェロ協奏曲 ニ短調」は、怖さを覚える緊張感に肌がひりつく。オーケストレーションのスケール感とシュタルケルの対比も見事。これらは空間表現を綺麗に、そして素直に表出させたA1000の良さが活きているといえるだろう。

ヤーノシュ・シュタルケル「シューマン、ラロ、サン=サーンス:チェロ協奏曲」

ローカルのハイレゾ音源では細やかな音の表情も見えてくる

以上がQubuzでの試聴。これだけでも十分に楽しめるのが正直なところだが、そのほとんどが44.1kHz/16bitのCDクオリティだ。やはりハイレゾファイルの音を聴いてみたい。

そこでリアパネルのUSB-A端子に手持ちのポータブルSSDを、前出のマライア・キャリー「I’ll be There」つながりから、同じ年代に録音したスタジオ録音であるマイケル・ジャクソンの『Dangerous』に納められている「Will You Be There」を聴いた。ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団によるベートーヴェンの交響曲第9番の第4楽章合唱部から始まるこの楽曲は、その後、声楽隊の合唱とピアノのイントロを経て鋭いリズムとマイケルの優しい歌声が始まるバラエティ豊かな長編大作だ。

まずはQubuzから。オーケストレーション部の低域の下支え、そして音の滑らかさはアナログ再生に譲るものの、荘厳で清涼な空気感はオーレンダーの方が上回る印象だ。

そのまま96kHz/24bit音源をUSB経由で聴いてみる。わかっていたことだがフォーマットの違いは出る。ハイサンプリングの方が、空気感や音の輪郭線の描き方など、細かな音の表情が出てくる。いっぽうで、他のデジタルファイルプレーヤーに比べれば、その変化は穏やかな傾向に思える。どちらで聴くかと言われたら、もちろんハイレゾの方を選ぶが、かといってQubuzで困るわけでもない。

続いてA1000の試聴機に内蔵されていた別途オプションのSSDにコピーして試聴を進めた。コピーの仕方がフォルダごとではなく、ファイル単体で移動させたためか、アートワークが内蔵SSDにある他の楽曲となるなど、時折表示にバグもみられた。

本機の美質はそのままに、静寂さとスケール感、そしてきめ細やかさで大きな差が得られた。メーカーは異なるもののSSDは同じということから、USBとSATAという通信プロトコルの差しかないと思うのだが……。ともあれA1000を買われた方は、内蔵SSDをメインに使われることを強くオススメしたい。音質はもとより別途オーディオ専用NASを購入しなくてよいのは、導入コストの面で魅力的だ。

 

A1000の魔力、有機的で血の通う音楽再現

さらに高級機器で時折みられるリスナーを突き放すような音楽表現ではなく、聴き手に寄り添う素直な表現にも心惹かれるものがある。ハイエンド機器が奏でる「凄い音」は、驚きと発見、オーディオ的快楽が得られるので好きだが、筆者は「凄い音」より「音楽」を愉しみたい。

我が家と筆者にオーレンダーA1000が上手くハマっただけかもしれない。だが中低域に厚みを持たせ、有機的で血の通う音楽再現は、A1000でしか得られない魅力と魔力だ。筆者は、この音から贖うことができそうにない。これは運命なのかもしれないと、夜な夜なソロバンを弾いている。

メインスピーカー JBL「パラゴン DD44000」

アナログプレーヤー EMT「950」

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