公開日 2025/12/01 06:30

NTTの最新ノイキャン技術 “空間ANC”、その狙いは?仕組みと可能性を体験

カーオーディオの高音質化などに期待

“空間そのもの” をノイズキャンセルする新技術

現在ワイヤレスイヤホンやヘッドホンで一般的なアクティブノイズキャンセリング(ANC)、それがカーオーディオでも使えたら、車でドライブしながらの高音質再生もさぞ楽しいに違いない。それを可能にするのが、先日ニュースでも話題となったNTTの「空間ANC」技術である。

その詳細を知るために、先日開催されたNTT武蔵野研究所の内覧会で公開された「空間ANC」展示を取材した。

NTTの武蔵野研究開発センターにて開催された「空間ANC」の内覧会に足を運んだ

数メートル四方の空間を静音化

「空間ANC」とはなにかというと、従来はANCヘッドホンに代表される10×10cm程度の範囲が一般的だったANCの適用を、数メートル四方の空間にスケールアップしたものだ。

まず実際のデモの様子を見てもらう方が早く理解できるだろう。ブースでの解説は鎌本 優主幹研究員と鎌土記良主任研究員に担当いただいた。

空間ANCについて解説する鎌土主任研究員

展示ブースでは一つの部屋がデモのために用意され、内部には運転中の車のイメージで三方にプロジェクションが行われて周囲の景色が流されている。床には順路を示す矢印と共に中央に白い境界線で四角いエリアが明示されている。そのエリア内が「空間ANC」が効いているところだ。

ブースの入り口から全体を見たところ

入り口からブースに入ると走行中の騒音がスピーカーから流れているが、順路に従って歩いて行き、その四角いエリアに入るとすっと騒音が低減する。特に“ゴーッ”という不快な車の走行騒音がすぅっと消えて行く感じは、電車の中でヘッドホンのANCをオンにしたとたん走行音が遠のいて行く感じに似ている。

低減量は6 - 8dBくらいということだ。四角のエリア内でもANCオフにすると雑音は元に戻って大きく感じられる。

四角のエリアから背後を振り返るとスピーカーアレイが見える。これが逆相発生用スピーカーであり、実は三面の(透過型)スクリーンの中にも同じものが隠れている。四角いエリアは運転席のイメージであり、今回はデモの危険防止のためにマイクが取り去られているが、実用化する際には四角の隅とヘッドレスト部分に収音マイクが設置されるという。

ブースの四角の位置から背後を振り返るとスピーカーアレイがある

ヘッドホンのANCを初めて試したときの驚きを、空間というスケールで再び味わうことになる興味深い展示だ。

128個のマイクとスピーカーで逆相成分を生成

それでは「空間ANC」を実現する仕組みはどのようなものだろうか?

一口に数センチ四方を数メートルにスケールアップするといってもそう簡単ではない。収音マイクや逆相発生用スピーカーもその分で数多く配置しなければならない。現在は128個ほどのスピーカーとマイクの組み合わせが使われているという。

数が増えてくると、それぞれを繋ぐ速度と同期が課題となる。その単位としてはミリ秒だと大きく、さらにマイクロ秒が必要なほどだという。こうした理由から従来は空間のANCというのは実現困難であった。

この課題に対し、今回のNTTの「空間ANC」技術は、主に「GPGPUやRDMAなどハードでの高速化(ギリギリを攻めるチューニング)」と「不快に感じる騒音の広がりに演算量を割り当てた効率化」という2点に焦点を当てて解決した。これにより特定の条件に依らず、汎用性があり実用的な空間ANCの適用が可能となった点が画期的である。つまり応用範囲がとても広いということだ。

今回使用したハードウェア

補足すると、GPGPU(General Purpose GPU)とはグラフィック以外の大量データ処理の目的にGPUを使うことで、RDMA(Remote Direct Memory Access)とはCPUを介さないでメモリーアクセスをリモートで行えるということだ。また演算量の効率的な割り当てという点からはAIハードを連想させる。

この技術のキーポイントは音の低遅延化とネットワークの低遅延化がクロスオーバーしたことにあるということだ。つまり同じハードウェアで両方の処理が統合的に実行可能になったということ。

昔は音のハードとネットワークのハードが分離していたが、今ならば強力なエッジAIハードがネットワーク以外の音処理でも使えるのではないかという発想があったという。エッジAIはクラウドに頼らずに単体でAIを高速処理できる専用コンピュータのことで、NVIDIA「Jetson」のようなものだ。これらはGPGPUやRDMA、もちろんAIを使用するのにとても適したハードだ。

また、このシステムは低消費電力化にも役立つということだ。これは電力供給が潤沢ではない環境で輝くだろう。

高音質なカーオーディオにも展開可能

こうした点から、オーディオ分野における「空間ANC」の応用としてはまずカーオーディオが挙げられる。カーオーディオでもハイレゾ再生可能な機材が出てきているが、騒音下でハイレゾの細かい音を聴き取るのは困難だ。

そこにこの技術を適用すれば騒音ノイズを下げることでSN比を上げることができ、高音質再生が車の中でも可能となるだろう。また、騒音を下げることで音量を上げずに聴くことができるようになり、これは聴力を守るというセーフリスニングの意味でも効果的だ。

現在では800Hz程度の周波数まで低減が可能ということなので、車や電車の騒音の不快感の元となる低周波雑音は十分にカバーされている。将来的にはさらに上の周波数までカバーすることも可能になる見込みだ。ちなみに、ANCと周波数の関係については昨年執筆したNTT研究所のレポートを参照してほしい。

また外部の救急車のサイレンなど必要な音を透過して聞くことも可能であり、これはこれまでの技術蓄積の成果だという。

まさにワイヤレスイヤホンのANCがそのままカーオーディオに適用されるような未来が、すぐそこに来ているのを感じられた。「空間ANC」技術は2026年度中の商用導入に向け展開を目指しているということだ。

ついでながら、最後に上述のレポートで取材した「昨年の開放型ヘッドホンのANC技術はどうなりましたか」と聞いてみたところ、「それはすでに研究の手を離れました」という答えが返ってきた。筆者はこの答えの意味するところにも期待を馳せながら研究所からの帰途についた。

 

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