公開日 2026/01/20 06:30

鹿児島にDolby Atmos対応スタジオ発見! ジャズドラマーにしてレコーディングエンジニアの大久保重樹さんに会いに行く

ミキシングスタジオ「Chimpanzee Studio」訪問記

大学時代の同級生に鹿児島テレビのアナウンサーがいる。彼女が「どうしても会わせたい人がいる」というので向かった先は、シゲちゃんこと大久保重樹さんのスタジオ。そんな “幼なじみのシゲちゃん” は、Dolby Atmos対応スタジオを日本に導入した先駆けともいえる凄い人だった…。

鹿児島にある大久保重樹さんのスタジオを訪れた

7.1.4chのDolby Atmos環境をいちはやく構築

車で向かったのは、鹿児島市内の田んぼが残るのどかな場所だ。柔らかい笑顔で迎えてくれた大久保さん。表札には「Chimpanzee Studio(チンパンジースタジオ)」とある。

スタジオに上がるとまず驚かされるのは、高天井のドラムルーム。マイクがすべて隣接するミキシングルームへと、床を通じて繋がっている。その奥がミキシングルーム。自宅は別にあるとのことで、どうやらこの建物自体がスタジオなのだ。

見たことのない、まるでドラム缶のような奥行きのキック! 浮き穴と呼ばれるバスレフポートのような穴付きの巨大なキックは、低音の跳ね返りも凄まじい

ミキシングルームからドラムセットのあるスタジオが見える仕組み

大久保さんの本職はドラマーで、大学卒業後にロサンゼルスに渡って活躍。インターネットの時代になると「どこでも活動できる」と判断し、故郷の鹿児島に戻って今に至る。鹿児島ジャズフェスティバルにも出演している。

「現在の環境にしたのは2020年頃で、コロナ禍真っ盛りでした。ドルビージャパンの方に訊いたら『まだ誰も(Dolby Atmosを)やってないですよ』とおっしゃるので、『いずれこの時代になると思うのでぜひやりたいんです』と言いました。

するとROCK ON PROの前田洋介さんがここ鹿児島まで来てくれて。このスタジオは、2007年にSONAさんと2ch用に造った部屋だったのですが、Dolby Atmos対応のために追加工事を敢行し、天井や壁も作り直しました」(大久保さん)

ミキシングルームはDolby Atmos対応GENELECのアクティブスピーカー「8030C」とサブウーファー「7050C」を使った7.1.4ch

スピーカーはAVIDのProToolsで制御している

まだApple Musicでサービスが始まる前に、しかも大久保さんからのオファーで実現したとは、その先見の明に驚かされる。Dolby Atmos黎明期にここまでの環境を設計し、仕立て上げる情熱にも感服する。

「そこからまた微調整が続き『雑誌見ました』と色々な人が尋ねてきたんですよ。東京からエンジニアの方も来てくれて、さらに調整が進みました」(大久保さん)

紹介者であり同行してくれた元鹿児島テレビアナウンサーの松井聡子(さっこ)さんは「こんなにスピーカーが必要なの?」と不思議そう

そんな彼女に「普通オーディオって、右と左の2chでしょ。それがサラウンドになって後ろからも音が来るよってなった。最近は天井にもスピーカーを置いて、上からも音が降ってくる仕組みになっていて、それをDolby Atmosっていうんだ。劇場も割とそうなっているんだけど、この部屋ではそれを目と耳で確認しながら音作りができる。さっこのiPhoneでもApple Music聴けるでしょ。それも実は対応しているよ」と大久保さんは丁寧に説明していた

2chステレオとはまったく違う!Dolby Atmosのミキシング

Dolby Atmosのミックスに際し、それまでの2chステレオのミックスでのノウハウは通用するのだろうか?

「Dolby Atmosのミックスは、今までのステレオのミックスとは全然違います。たとえば、今まではLとRだけでコンプをかけます。でもDolby Atmosには、マスターがないんですよ。マスタリングという概念さえない。しかも-18 LUSFという基準があるから、それを超えたらダメ。

ダイナミックレンジが広いから、CDと同等の音量にするんだったら、かなりボリュームを上げないと聴けない」と説明をしながら、大久保さんは実際にデモして見せてくれた。

実際に見せてくれたデモ画面その1。「最近、様々なエフェクトが出てきています。例えばボーカルだけを後ろとか上に飛ばすとかいったことが、自由にできます」と大久保さん

デモ画面その2

やっぱりDolby Atmosは楽しい。でも、何でもできちゃうからこそ、全体を作品としてまとめるのは大変なこともよくわかった。

「Dolby Atmosの素晴らしさをもっと色々な人に体験して欲しい」

大久保さんは、ジャズをメインとしたバンド活動を通して、自らも作品を配信している。しかし、レコーディングに際してのジャンルにこだわりはない。地元やインディーのアーティストからCM曲の依頼など、何でも仕立ててあげており、2chの制作も従来通り多数行っている。

最近は韓国のアーティスト作品、とくにジャズやトロットを多く手掛けており、わざわざここ鹿児島のスタジオまで来日して収録する。ニーズに応じて、どんなフォーマットにも対応する。

正面のADAM AUDIO「A8X」がステレオ時のスピーカー。お気に入りのメインコンソールはSolid State Logic(SSL)の「XL-Desk」で、いまは右側に移動

「通常の2chのCDのマスタリングもやりますよ。ただ、実際にDolby Atmosをやってみて実感するのは、ドルビーは最低7.1.4chを推奨しているものの、スピーカーの数は関係なくなってきているということです。

スマートフォンからヘッドホンやイヤホン、サウンドバーまで、何でも再生できる仕掛けにしていますからね。以前のDVDでは2chで出すと後ろの環境音などが出ませんが、Dolby Atmosではリアの情報も全部畳み込んで前から出せるのがいいんです。

もちろん、きちんとスピーカーを置いたフルスペックのホームシアターシステムで楽しんだほうが制作環境に近くていいのですが、実際のところ天井にこれだけのスピーカーを配置できるお宅はあまりありません。だから、モバイル環境も含め様々な手段で再生してもらうのが現実的だと思います」

そう言いつつも、大久保さんの欲求はとどまるところを知らない。

「今の環境にしてから5年経ったので、次はこれをもっと簡素化して、行く先々でみんなに体験してもらえるような仕組みができないか模索中です。“移動式Dolby Atmos体験セット” ですね。Dolby Atmosの魅力はまだまだ伝わっていないと思うので」(大久保さん)

せっかく普及しているのだから、真のDolby Atmosをより多くの人に体感してほしいという。その魅力、楽しさをまずは体感してもらうことが大切という感覚は、普段からライブを重ねている大久保さんならではのものだろう。

Meta QuestでVRを体験する松井さん「えーちょっと待って、どこどこ? これをどうすんの?おもしろ〜い」。自分の体をターンすると音も背から聞こえる

往年のアナログ機器も大事にする大久保さんがAppleユーザー向けのTipsを教えてくれた。「【ユーティリティ>オーディオMIDI設定>スピーカーを構成】でMacからマルチチャンネル出力ができます。Dolby Atmosができるように開放しているんです。

9.2.6chなどはできませんが、MacBook Proと出力インターフェスが10基くらいあれば、5.1.4chといったDolby Atmos再生はApple TVやAVアンプがなくてもできるんです。その仕組みを駆使して、移動式Dolby Atmosセットを作ってみたいんです」(大久保さん)

いずれは移動式Dolby Atmos体験セットを作って、Dolby Atmosの魅力を行く先々で体験してもらいたいという

たいへんお忙しい方だが奇跡的にお時間を頂戴でき、急遽の訪問にも関わらず丁重にご対応いただいた。このような機会をくれた松井さんにも感謝したい。

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(参考文献:Sound & Recording 2022年7月号、Proceed Magazine 2021)

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