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公開日 2022/07/14 06:30

ベルリン・フィル「デジタル・コンサートホール」イマーシブ化の狙いは? サウンドエンジニアに訊く

カーオーディオへの展開など将来展望も語る
山之内 正
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「3次元の複雑な音場空間はステレオで再現できない」。イマーシブの狙い



ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の提供する映像配信サービス「デジタル・コンサートホール」(DCH)がイマーシブオーディオに対応し、自宅に居ながらにして3次元音響の鑑賞体験ができるようになった。クラシックコンサートの映像配信でここまで臨場感を追求するのは異例のことで、視聴環境の品質向上にこだわり続けるDCHの面目躍如たるものがある。

デジタル・コンサートホールがハイレゾに加えドルビー・アトモスにも対応

前回はイマーシブオーディオの再生方法と直近1シーズン分の視聴レポートをお届けした。今回はベルリン・フィル・メディアのクリストフ・フランケ氏へのインタビューを中心に、イマーシブ化の背景やアップミックス技術の詳細を紹介する。

ベルリン・フィルのエンジニア、クリストフ・フランケ氏(c)Peter Adamik

前回も触れたが、DCHはスタート当初から5.1chサラウンドへの対応を目指していた。リスナーからの要望が多かったことに加えて、「ベルリン・フィルの演奏の真髄を伝えるには2chステレオでは力不足という意識を持ち続けていました」とあらためてフランケ氏は明かしてくれた。

「正面にスピーカーを配置した2次元のフォーマットでは3次元の複雑な音場空間は再現できないという意識がつねにありました。また、従来のサラウンド再生システムは設定が複雑すぎるので、より多くのリスナーに楽しんでいただける方法がないか、検討を続けてきました」。

複数の選択肢のなかからドルビーアトモスを選んだ理由は2つある。音楽業界とハードウェアメーカーが世界標準と認めている点に加えて、他のフォーマットに比べてストリーミングへの対応がしやすいのだという。「一人でも多くのお客様にイマーシブオーディオを体験していただきたいと願っています。また、いずれライヴ中継でもイマーシブオーディオを楽しめるようにする予定です」。

既存のステレオ音源をイマーシブオーディオに変換する手法について



この4年間に収録されたDCHのコンサートは、対応機器を利用することで最大7.1.4chのドルビーアトモスによるイマーシブオーディオを楽しむことができる。前回のレポートでも紹介した通り、楽器や声の定位など3次元の空間描写はコンサートによって違いがあり、イマーシブオーディオの効果は音源ごとにバリエーションがある。その理由を知るために、具体的にどんな方法で7.1.4chへのアップミックスを行うのか、フランケ氏に尋ねてみた。

フィルハーモニー固有のインパルス応答を付与してイマーシブサウンドを作成

「近年の多くの録音については、あらかじめミキシングされたステレオ音源をベースに、フィルハーモニー固有のインパルス応答を付加してイマーシブ化するアルゴリズムを用いています。その際、音源から直接音成分を抽出したり、楽器編成や作品の特徴に合わせて空間性や臨場感を最適なバランスでミックスする作業にも取り組んでいます。その作業には2人の著名なエンジニアが10ヶ月間かけて取り組みました」。

インパルス応答を付加するプロセスについては若干の説明が必要かもしれない。インパルスとは具体的には破裂音などのような信号のことで、その短いパルス信号を実際にホール内で発生させ、エコー成分を測定する。その測定結果にはホール(この場合はベルリンのフィルハーモニー大ホール)固有の響きの情報が含まれている。数学的演算処理を用いてそのデータをステレオ音源に畳み込むことによって、実際にホールで鳴っている音に近付けることができるのだ。

デジタル・コンサートホールの制作風景

この処理を用いてイマーシブ化した7.1.4ch音源は、ステージ上の複数のマイクがとらえた音をステレオにミックスした元の音源よりも空間情報を豊富に含むため、実際にフィルハーモニーの大ホールで体験するような立体的な広がりが得られる。フランケ氏は従来のステレオ音場を「狭い音の壁」と形容し、イマーシブオーディオは「ホールの反射音を含む扇状の音場」と表現する。「扇状に広がる音場のなかでは個々の楽器の音像の透明度が上がり、実際にホールで聴くのと同じようにそれぞれの楽器や各パートの音を聴き取ることができるのです」。

イマーシブオーディオの意外な長所とは?



さらにもう一つ、フランケ氏が言及した興味深い話題も紹介しておこう。ステレオで音楽を聴くことに慣れた私たちリスナーは、ステレオの音源に含まれる限定的な空間情報からステージの広がりや奥行きを再構成して立体感を認識することができる。一方、イマーシブオーディオは最初から現実に近い立体音場を再現できるため、脳内で空間を再構成するプロセスが減り、より直感的に演奏を楽しむことができるのだ。

この違いは、SACDハイブリッド盤が登場した頃、ステレオ再生とサラウンド再生の本質的な違いの一つとして話題に上ったテーマでもあり、マルチチャンネル収録に取り組む現代の録音エンジニアの間ではほぼ共通の認識になっている。フランケ氏もその認識を共有する一人であり、サラウンドやイマーシブのメリットを次のように紹介してくれた。

「イマーシブオーディオは聴き手の脳の負担を軽減するので、音楽をより直感的に楽しむことができます。また、理想的なヘッドホンで再生すると音が頭の外からも聴こえてきて、包み込まれるような体験ができます。ホールの座席の位置で響きが変わるようなこともなく、いつでも理想的なバランスで音楽を体験することが可能になるのです」。

比較的最近の録音については、ステレオ音源からのアップミックスではなく、マルチトラック録音のマスターからイマーシブ化するネイティブミックスの例もあるという。前回のレポートで紹介したドゥダメル指揮のマーラー交響曲第2番はその代表的な例の一つとのこと。舞台よりも高い位置から聴こえてくるバンダの金管楽器など、ステレオからのアップミックスでは得られない劇的な効果をもたらす例も少なくない。その効果の大きさはもちろんフランケ氏も熟知していて、「今後はマーラーの第2番と同様、すべての新しい収録はネイティブのイマーシブオーディオ化を視野に入れて最適化する予定です」と言い切る。

ドゥダメル指揮によるマーラー:交響曲第2番。ネイティブのイマーシブオーディオにも今後力を入れていくという

ハイレゾとイマーシブどちらがお薦め?



ハイレゾと3Dオーディオのどちらを聴くべきか迷っているリスナーに対してのアドバイスを求めたところ、「情報量や響きの忠実度を重視するリスナーはハイレゾを選ぶべきでしょう。より自然で立体的、かつ透明な音場に喜びを感じるリスナーは、イマーシブオーディオを使うべきだと思います」という答えが返ってきた。

ちなみにハイレゾオーディオの実効転送レートは最大4Mbps、イマーシブオーディオは1Mbps以下というこで、チャンネル数は多くても後者が圧倒的に高効率だ。ただし、両者の音の違いについては「最高級の機材を使ったスタジオの条件下でなければ両者の違いを判別できません。しかも、多くの専門家を惑わすほどのレベルです」というのがフランケ氏の見解。筆者もそれにはほぼ同意するが、いずれ通信環境の改善がさらに進めばロスレスやハイレゾのサラウンド配信も視野に入ってくる可能性がある。

ヘッドホンまたはイヤホンで再生する場合、「ドルビーアトモス対応モデルを推奨」という条件がDCHのサイトに明記されている。具体的にどんな条件をクリアすれば良いのかという質問に対しては、個別の製品ではなく、近い将来に実現が望まれる条件についての回答があった。

「ダイナミック・ヘッドトラッキングに対応したモデルを強くお薦めします。ただし、再生機器ではこの分野はまだ開発途上で、今後まだ改善の余地があるとみています。事実上レイテンシーフリーの超精密なヘッドトラッキングが実現し、ヘッドホン/イヤホンの伝達関数が各個人の耳介と身体の形状に正確に適合するようになれば、マルチチャンネルのスピーカー再生に近い臨場感を得られるようになるはずです」。

カーオーディオへの展開も検討中? 将来の展開を訊く



最後に、今回のイマーシブオーディオ対応とは直接関係はないが、カーオーディオにおけるDCHの可能性についても尋ねてみた。フランケ氏との雑談のなかでかつてそのテーマが話題に上ったことがあったので、最新の研究開発の成果を知りたかったのだ。

「カーオーディオの分野では、過去10年にわたり、いくつかのパートナーと協業してきました。いまのところ具体的な製品化には至っていませんが、Car of the future(未来の車)、状況に応じたラウドネス調整、車種ごとのネイティブ12chミックスなど、複数の研究プロジェクトが進行中です。私たちは、クラシック音楽においても、コントロールされた条件のもとでクルマの再生空間が感動的なコンサート体験を生み出す理想的な空間であると確信しています。そこでは高さ情報とリア情報を適切に活用することが非常に重要な意味を持ちます。家庭のリスニングルームと同様、扇状に広がる透明な音場のなか、私たちの脳がより自然でリラックスした状態で聴けるようになることで、音楽的でエモーショナルな鑑賞により多くのエネルギーを割けるようになると考えています」。

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