公開日 2025/08/05 06:35

真空管アンプ、そのエバーグリーンな魅力。45周年を迎えたサンオーディオを訪問&300Bアンプを聴く

良心的な価格の真空管アンプキットを多数展開

今様のハイレゾリューションでワイドレンジサウンドに慣れた耳からすると、正直ナローレンジに聴こえるだろう。だが肌合いのよい柔らかな響きを伴って、リスナーに音楽の本質を伝えてくれる……。サンオーディオの300Bシングルアンプキット「SV-300BE」が奏でる調べに耳を傾けながら、エバーグリーンとはこういう製品のことをいうのだろうと想った。

サンオーディオ「SV-300BE」(キット42万9000円、完成品52万8000円)※税込

タムラのトランスの販売代理店としてスタート

秋葉原・万世橋のたもとに拠を構えるサンオーディオが今年45周年を迎えた。真空管アンプキットで知られる同社は、もともと別の場所でトランスメーカーの大手「タムラ製作所」の販売代理店として産声をあげた。

真空管アンプキットの販売を始めたのは1989年。そして1996年末に秋葉原に移転した。1990年代の秋葉原は、今とは違い、電子部品や家電、そしてオーディオやアマチュア無線を取り扱う店が多い「電気街」で、「ラジオ少年」と呼ばれるハンダごてを握って電気機器を作る人が集まる街でもあったからだ。

赤レンガ建物の3階にサンオーディオはある

サンオーディオを取り仕切る内田 満氏

サンオーディオのショールームに訪れると、物腰柔らかな2代目店主である内田 満氏が笑顔で出迎えてくれた。創業者で取締役会長である父親の昌穂氏は、現在一線を退いており、ご子息の満氏が独りで切り盛りしている。ちなみに満氏は、若い頃ラジオ少年ではなくバイクに熱中していたという。

ラジオ少年の街だった秋葉原は、パソコンの街/サブカルチャーの街を経て、今やインバウンドの街になった。だがショールームは「ラジオ少年の街」だった頃の空気を漂わせる。「アルテック604」をはじめとする様々なスピーカーや、色々な「お宝」が所せましとあり、まるで「おもちゃ箱」をひっくり返したかのようだ。

サンオーディオのリスニングスペース

デノンのSACD/CDプレーヤーを中心に置かれたサンオーディオの製品群

良心的な価格の真空管アンプキット

雑誌の作例記事を見ながらの真空管アンプ製作は、昔よりもハードルが上がっているように思う。秋葉原でも専用部品を取り扱う店舗が減り、部品があっても値段が年々上昇。さらにウクライナ情勢により、それまで安価に手に入った東欧やロシアの真空管の入手も難しくなりつつある。

ようやく部品が集まったと思っても、シャーシ加工が待っている。この作業がかなり面倒で、アンプ作りの半分がシャーシ加工といってもよい。金工用ドリルやヤスリ、シャーシパンチャーなどの専用工具を揃えなければならないし、根気のいる力作業が待っている。シャーシができてから、ようやくハンダ付けが待っているのだ。

だが、サンオーディオのキットなら最初から真空管を含めた電子部品は揃っており、シャーシはもちろん加工済みだ。しかも価格はかなり良心的で、高槻電器工業製300B(ペア20万9000円)も付属する300Bシングルアンプでも43万円を切る。秋葉原で部品を集めても、この値段で収まるだろうか? 完成品も販売しており、価格は52万8000円。

自分で配線を行う真空管アンプキットとしても、完成品としても販売している「SV-300BE」。300Bは日本の高槻電器工業製

300Bシングルアンプ、しかも国産球がついて約53万円。儲けはあるのか心配してしまうほどだ。なおキットと完成品の販売比率は8:2で、完成品の納期は約1か月だそうだ。

真空管アンプキットを買い求めるユーザーは50代以上がメインとのこと。若い頃アンプの作例記事に心をときめかせた方が、子育てや仕事がひと段落して再びオーディオに戻ってきているのだろう。

同社は海外にもアンプキットを販売しており、昨今のインバウンド需要と相まって輸出は堅調。ちなみに日本と異なり若年層が買い求めているそうだ。日本では姿を消しつつある「ラジオ少年」は、海外では未だ元気いっぱいだ。

アンプの回路構成は、電圧増幅段、ドライバー段に6SN7を用いたノンNFBアンプ構成。整流回路はシリコンダイオードではなく、整流管5U4Gとチョークコイルによるπ型平滑回路による、オーソドックスな型式だ。注目はトランス類がタムラ製作所によるオリジナル品であること。

それゆえ一部結線や抵抗などを変更することで2A3シングルアンプにチェンジできるという。最初2A3シングルアンプ(キット26万円、完成品35万円)を手に入れて、300Bへステップアップできるのは嬉しい。現在市販品の2A3シングルアンプを見かけることはないので、将来性を考えて、まずはこのアンプを手に入れるのはアリだと思う。

「SV-2A3」の組み立てキットの内容

前段に双三極管6SN7GT、出力管に2A3を2基搭載した「SV-2A3」

必要となる工具はニッパーやラジオペンチ、ドライバー、ハンダごてのほかに、先が細いピンセットとテスターは用意した方がいいとのこと。特に先が細いピンセットは作業性が大きく向上するそうだ。オシロスコープや標準信号発生器などを用意する必要はない。

テスターとピンセットは用意した方がいいだろう

キットは基板に部品を取り付け……ではなく、ハードワイヤリングで結線していく。回路図と部品表のほか、内部配線の写真、CRパーツの結線前と後の全体の配線、部分クローズアップを含む実体配線図などが付属する。ハンダ付けの経験があれば基本的には大丈夫であろう。

キットには内部配線の写真も同梱されており、写真を見ながら作成できる。写真は「SV-300BE」の内部配線

複雑なパーツの場所は拡大図も用意されている

柔らかでリッチでキュートなプレイバック

「SV-300BE」を試聴室に持ち込み試聴することにした。リファレンス機器は、スピーカーにB&W「802 D4」を用意し、SACD/CDプレーヤーに「DP-770」、プリアンプに「C-3900」というアキュフェーズのエレクトロニクス陣を揃えた。

今年デビュー35年を迎えたマライア・キャリーのベストアルバム『#1’s』(SACDシングルレイヤー)から、1992年3月に収録されたMTVアンプラグドの1曲「アイル・ビー・ゼア」をセレクト。SACD/CDプレーヤーのプレイボタンを押した。

メロウでナローな音が試聴室に響き渡る。左右の音場も狭いし、B&W 802D4のウーファーを制動しきれてはいない。だが柔らかでリッチでキュートなプレイバックは、聴き手の心にスッと染み入る。聴こえなかった音を掘り起こして歓びを得るオーディオとは対極にある、穏やかで生理的な心地よさに身を任せるオーディオだ。現在のオーディオが失ったものがここにある、と言ったら大袈裟だろうか。一曲聴き終えると、とても充実した時間を過ごしたような気分になった。

ジョン・コルトレーンの名盤『至上の愛』(SACDハイブリッド)も、カルテットが奏でる音の厚み、心地よい響きに心酔した。切れ味が悪いのかというと、そのようなことはない。ジョン・コルトレーンのサックス、マッコイ・タイナーのピアノ、エルヴィン・ジョーンズのドラムス、ジミー・ギャリソンのベースが一体となり、黄金のカルテットでしか味わえないハーモニーの厚み、輝きをリスナーに届ける。

「SV-300BE」の背面端子。シンプルなRCA入力を1系統

トランスはもちろんすべてタムラ製を使用している

ここでデジタルプレーヤーを別取材で用いたスフォルツァートの「DSP-Carina」にチェンジし、Qobuzで色々聴いた。小編成の楽曲も素晴らしいが感心したのは大編成。大滝詠一がドラム、ベース、エレキギター3本、アコースティックピアノ4台、エレピ1台、パーカッションが5人、アコースティックギター5本を揃えて、スペクターサウンドに挑戦した名曲「君は天然色」(44.1kHz/16ビット)は、大滝オーケストラによる力強さ一体感、音圧が楽しめた。そしてどこか哀愁を漂わせる大滝詠一の歌声と、このアンプが持つキャラクターがマッチしているように感じた。それは日本の美意識といってもよく、これも今のオーディオではなかなか聴けない表現だ。

左右独立の入力ボリュームを用意しているのもポイント。CDプレーヤーなどを直接接続できるし、ボリュームはクリック感があるので、マルチアンプ駆動をする際に左右のレベル調整も合わせやすい。色々と使い出がありそうだ。

左右独立のボリューム。クリック感があり左右独立ながらも調整がしやすい

ボディカラーといい、佇まいといい、ヴィンテージの雰囲気を漂わせるサンオーディオの真空管アンプ。だが、その音はヴィンテージ機に時折みられる、全ての音を古色蒼然に染めるのではなく、天然色の色どり添えて、活き活きと音楽を歌い上げる魅力機だ。

サンオーディオは2025年8月15日まで45周年記念セールを行っている。自身の手で時間をかけて組み立てた世界に一つのアンプで、充実の音楽世界を愉しむ。かつてラジオ少年だった筆者は、久々にハンダごてを握りたくてウズウズしている。

 

■サンオーディオ

<住所>
〒101-0041東京都千代田区神田須田町2−23−9 大和ビル3F
管球アンプキット、タムラ製作所製トランス、真空管ほかオーディオ機器販売
<営業時間>
11:30〜19:00
<定休日>
毎週水曜日
<連絡先>
TEL:03-5296-0271
FAX:03-5296-0272

 

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