公開日 2025/09/05 06:30

「オーディオベクターのDNAを未来に継ぐ」デンマークの老舗スピーカーブランドCEO、初インタビュー

ユニットもキャビネットも自社開発する技術志向のブランド

デンマークの老舗スピーカーブランド・AUDIOVECTOR(オーディオベクター)。1979年に創業、自社でユニット開発からキャビネット製造まで一貫して担当できる名門ブランドである。その二代目CEOであるMads Klifoth(マッツ・クリフォート)氏が、香港オーディオショウの後に日本にも立ち寄ってくれた。貴重な初インタビューをお届けしよう。

名門ブランドを率いる若きCEO

マッツ・クリフォート氏。今年39歳だというオーディオベクター社のCEOである。「オーディオ・メーカーで最も若いCEOかもしれません」

オーディオベクターのCEOであるマッツ・クリフォート氏。

来日は初めてだそうだが、ここへ来る前に香港・台北を訪れ、さらにこの後はシンガポールへ寄ってから帰国されるという。今回はアジア担当のセールス・マネージャーであるジャッキー・ファン氏も同道されている。他のメーカーとの掛け持ちではなく、オーディオベクターだけを担当しているという頼もしい存在である。

新富町のオーディオショップ on and onにてインタビューを実施。手前はオーディオ評論家の井上千岳氏、奥はアジアセールスマネージャーのジャッキー・ファン氏

「いま世界62ヶ国に輸出していますが、その65%がヨーロッパと北米です。アジアはまだこれからですが、ゆっくりでも着実に伸びてきています」

オーディオベクターの設立は1979年。もちろん創設したのはマッツ氏ではなく、父親のオレ氏である。マッツ氏がCEOを引き継いだのは10年ほど前のことだそうだ。

オーディオベクターを創業したオレ・クリフォート氏

「父はいま76歳で、一度リタイアしたんですが100日も経たないうちにまた会社の方に戻ってきてしまって…(笑)。いまでも月曜と火曜の2日間出社して、若いエンジニア達にオーディオの聴き方やDNAを伝えるといったことをしているんですね」

どうやらDNAというのはオレ氏の口癖のようなものらしく、ことあるごとにこの言葉が使われているようである。

ところで設立から40年以上、これまで日本に輸入されたことはなかったのだろうか?「輸出は1985年から行っていました。以前輸入してくれていたJTサービスの社長さんと父はとても仲がよくて、言葉は通じなかったけれど“心で通じ合える関係”と言ってましたね。しかしその後病気をされて、後を継いだ会社とも段々関係が薄くなっていって、ここ8年ぐらいは取り扱いのない状態が続いていました」。それで新たな代理店を探し、新たにPROSTOとの関係が成立したという。

 

ドライバーを自社開発できる強み

オーディオベクターが設立された1970年代は、デンマーク・スピーカー産業の興隆期でもあった。数多くのスピーカー・メーカーが誕生したが、その中でオレ氏もまた独自のブランドを立ち上げることになる。

「父はもともと電気関係のエンジニアで、若い頃はオーディオのジャーナリストもしていました。理想的なスピーカーを求めていたけれども市場にはなくて、結局自分で作るしかなかったんだよと言うんですね」

これもオレ氏の口癖らしいが、そういう経緯もあってオーディオベクターでは随分色々な技術を独自に開発してきている。この点はもっとよく知られてもいいはずだが、現在も使われているものが少なくない。

「そうですね。定在波を排除するキャビネット(筆者註:台形、ティアドロップ型など)や3点支持のドライバー取り付け、6dBのクロスオーバーなど。それにドライバーですね、特にAMTと呼ばれる、エア・モーション・トランスデューサー」

オーディオベクターのトゥイーター全てに、独自開発のAMTドライバーが搭載される

エア・モーション・トランスデューサーとは、つまりハイル・ドライバーである。「原理はオスカー・ハイル博士の発明ですが、設計は独自に行っています。2種類あってQRシリーズではダブルチェンバーを採用していますが、Rシリーズはチューブを背後に取り付けた開放型なのが特徴です」
現在日本に輸入されているQR SEシリーズ。外側から「QR7 SE」「QR5 SE」「QR3 SE」(フロア型)「QR1 SE」(ブックシェルフ型)

QRは現在輸入されているシリーズ、Rは上位シリーズである。

日本には未導入の上位グレードRシリーズ

「最初のモデルはちょっと遅いしエネルギーも使いすぎる。というので現在は磁性流体を入れたりして改良しています」。AMTは他にも何社か採用しているが、オーディオベクターは全くの自社開発である。
AMTドライバーの分解図

「Rシリーズのウーファーの振動板はカーボンの間にダンピング材を挟んでいますが、これもただのサンドイッチというよりもっと密着度が強い。またボイスコイルは円錐型をしていて、非常に一体性の高い構造になっています」。QRシリーズのウーファー振動板は、航空グレードのアルミニウム2層にダンピング剤材を挟み込んだ3層構造となっており、グレードに応じて使い分けられているようだ。

他にも3点支持の取り付け法はキャビネットの重量や振動から切り離すというものだし、トゥイーターは特に影響を受けやすいので締め付け強度を厳密に決めているという。

「クロスオーバーのパーツにはクライオジェニックを行っています。普通は冷却液にちょっと浸ける程度ですが、そうではなく-234度まで2週間かけて温度を下げ、2週間から4週間かけて冷却しそのままにしてさらに3週間かけて元に戻します」。非常に入念なクライオ処理で、銅を含むあらゆるパーツに適用しているそうである。

キャビネットには内部の補強も行っているそうだが、それも含めて多くは内製化されている。現在社員は15人。他に外部マーケティング・スタッフが3人ということだ。

「メタルパーツはほとんどが社内で、複雑なチタン部品だけは外注しています。また塗装はポルシェの塗装をしているところです。ドライバーはスキャンスピークに作ってもらっていますが、設計は完全に社内で行って、出来合いのもの一切使っていません」。唯一WBT製端子だけが既製品だそうだ。

 

オーディオベクターのDNAを未来に継ぐ

QRは新しいシリーズだ。「QRはクオリティ・リファレンスの意味で、私がCEOになって提案したものです。父はあまり乗り気ではなかったようで(笑)」。オレ氏はあくまでハイエンド指向なのだ。

「私はエンジニアではありませんし、学校ではビジネスを学び、不動産関係の仕事もしていました」。ただ業績は上々で、2018年に最初のモデルが出て、現在はリファインされたSEバージョンに切り替わっている。

「Rはリファレンスですが、その25ある技術のうち11をQRに使っています。よりよいものをヘルシーな価格で供給したいというのがコンセプトでした」

オーディオベクターは設立以来ずっとファミリー企業としてやってきた。それは今後も変わらないという。「ヘッドフォンとかBluetoothとかといったレンジに手を出すつもりもありませんし、中国資本からお金を借りることもありません。一度大きなメーカーから買収の話もありましたが、有難くお断りしました(笑)」

オレ氏からマッツ氏へ会社を譲渡する際、書類のサインなども全て終わった後のこと、「父はそこのところへデカデカと『DNAを潰すな!』と書いたんです(笑)。まあそういう思想の下でやっているということです」

やはりDNAだ。強靭なバックボーンが、マッツ氏の中にも生きているようである。

香港オーディオショウでの展示。オーディオベクターは日本のSOULNOTEと同じAria Audioが代理店を担当している

ブランドのDNAを守りながら、オーディオベクターブランドの未来を紡いでいく

(取材photo by 君嶋寛慶)

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