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公開日 2025/08/07 06:30
お手頃価格なのに新開発ドライバー搭載

開発者を直撃!1万円台で買える“音質重視”イヤホン、デノン「AH-C840NCW/C500W」の秘密

鴻池賢三



デノンからカナル型とオープン型と装着性を選べる2種類の完全ワイヤレスイヤホンが登場した。1万円台とお求めやすい価格なのだが、実は内部にはゼロから設計した「フリーエッジ」ドライバーを搭載している。徹底した音質重視。そんなHi-Fiブランドの矜持、音づくりの秘密を開発者に伺った。


デノンのお家芸とも呼べる技術「フリーエッジ」を専用に設計


完全ワイヤレスイヤホン製品の中でも、Hi-Fi志向の高音質で注目を集めるデノン。カナル型でノイズキャンセリング(ANC)機能を搭載する「AH-C840NCW」とオープン型の「AH-C500W」はタイプこそ異なるものの、共に1万円台という比較的リーズナブルな価格帯で独自の「フリーエッジ」ドライバーを採用するという共通の特徴を持つ。これが他を凌駕する「良い音」の理由の一つのようだ。


しかし、「フリーエッジ」とは一体何なのか、また完全ワイヤレスで採用する意義とは。


そこで今回は、製品の設計に携わった音響エンジニアの冨田氏に詳細を伺った。そこからは、デノンの音質および音作りへの妥協なき拘りが見えてきた。



【冨田洋輔氏】株式会社ディーアンドエムホールディングス グローバル プロダクト デベロップメント プロダクト エンジニアリング シニアエンジニア


ドライバーにおけるフリーエッジとは、音を放つ振動板と、その動きをサポートするエッジ部、それぞれに最適な素材を採用して組み合わせた状態を指す。大型のスピーカー用ドライバーとしてはごく当たり前な構造なのだが、ヘッドホンやイヤホンでは事情が異なる。


その鍵はサイズとコストだ。振動板とエッジを別素材で製造すると、「貼り付け」が必要になる。十数センチと大口径なスピーカードライバーであればそれほど問題にならない工程だが、直径が数センチのヘッドホンドライバーでは精度面での注意が必要で、ましてや直径が数ミリと小さいイヤホンドライバーなら難易度が一気に増すのはご想像頂けるだろう。


では一般的なイヤホンはどうしているのか? 振動板とエッジをPETのような同一素材とし、金型で一度にプレスする手法を採る。これはフリーエッジに対して「フィックスドエッジ」と呼ばれる。構造が目で確認できないほど微細なイヤホンドライバーとしては合理的と言える。


冨田氏によると、振動板は高剛性かつ内部損失が高いとピュアな音が再現でき、エッジは柔らかい方が振動板に負担をかけず低歪で自由な動きができるという。ロングストロークでも振動板は歪みにくいという訳だ。


また、同じドライバー口径なら、振動板として利用できる面積はフリーエッジの方が広く取れるというのも興味深かった。フィックスドエッジの場合は、振動板に見える部分のうち、実は何割かはエッジの役割を担うため、歪が充分に少なく振動板として利用できる面積は小さいのだ。



12mmフリーエッジ・ドライバーの実物。AH-C840NCWとAH-C500Wと装着方法は異なるが搭載されるドライバーは共通だ


「イヤホンでフリーエッジドライバー」を実現できた理由とは? 


フリーエッジ構造が音質面でアドバンテージを持つのは理解できたが、製品化となると設計や製造のハードルは高い。また、単にスペックとしての構造のみならず、超小型のイヤホンでも着実な高音質を実現するのは容易ではないだろう。


今回、デノンはどのように解決したのだろうか。そこにはデノンの歴史と経験が存在した。


原点は2007年に発売したHi-Fiグレードの高級ヘッドホン「AH-D5000」。フリーエッジ構造により振動板としてマイクロファイバー素材を採用し、ヘッドホンサウンドに新境地を切り拓いた。


その後もハイエンドモデルで同手法を踏襲して経験を積み、2018年発売のフラグシップヘッドホン「AH-D9200」として結実。AH-C840NCWとAH-C500Wはフリーエッジで振動板の素材としてバイオセルロースを採用し、AH-D9200直系を謳っているのも頼もしい。



ヘッドホン用の50mmフリーエッジ・ドライバー。20年近く研究を続けているため、ナノファイバーがバラつかないようにする特許まで取得している!


AH-C840NCWとAH-C500Wのドライバーは共通で、直径12mmとイヤホンとしては大口径ながら、ヘッドホンと比べると圧倒的に小さい。


製品の構想段階では、ドライバー候補としてバランスド・アーマチュア型なども挙がったそうだが、デノンが目指すサウンドを実現するにはネットワーク回路を必要としないシンプルなダイナミック型でフリーエッジの採用が最適と考え、課題は多いものの実現する方向で検討を進めたという。


振動板とエッジの素材に加え、耐久性と音質を両立できる接着剤選びと構造の検討が必要で、ドライバーだけでも数十種類を試作したという。


デノンが目指すサウンド「Vivid & Spacious」を指針として絞り込み、同ブランドの「サウンドマスター」である山内氏の監督下でチューニングを煮詰めて完成へと至る。


インタビューを通し、ブランドとして目指すサウンドが明確であり、その目標に向けて大勢のエンジニアが熱量をブレずに集中できることが、デノン最大の強みだと感じた。


「AH-C840NCW」「AH-C500W」2タイプを用意した理由は?


AH-C840NCWとAH-C500Wは型番の系統が異なるが、製品クラスとしては同格。カナル型とオープン型というタイプ違いで、兄弟と言える関係だ。人気のカナル型だけでなく、オープン型もラインナップしたのは興味深い。


その狙いとは? デノンでは、より幅広い方々にデノンサウンドを届けたいという想いがあるという。その為には、デノン製品の中でも手に届き易い価格を実現するのが大事だが、さらに少数派とは言えオープン型を選択する層が確実に存在し、そうしたユーザーにも耳を傾けて欲しいという考えだそうだ。


耳穴を密閉するカナル型と、そうではないオープン型。装着感もサウンドも似て非なる部分がある。カナル型は耳栓のように安定した高い遮音性が得られ、一方のオープン型は、非密閉による音抜けの良さや広がりなどが利点。



オープン型はイヤホン形状がそのまま装着性に影響する。そのためミリ単位で厚みを調整するために何度も形状モックアップを制作して吟味している


AH-C500Wでは装着感を重視して3Dプリンターで形状サンプルを複数作成して形状を吟味しているが、カナル型と比べるとどうしても低域の量感やパワー感が控えめになる。また個人差も無視できないため、通気孔やフィルターの検討を含め、幅広いシチュエーションに適合するようチューニングを施しているという。



音質チューニングする際に、イヤホンにある孔のフィルターまで吟味したというから驚きだ。なんとC840NCWは27種類、C500Wは36種類から選択したそうだ!


タイプは異なれど、両モデルとも自信を持ってデノンが目指す「Vivid & Spacious」を実現できているとのことだ。


音質レビュー:「低域の抜けの良さ」と「腰の強さ」を実感


実際に両モデルを試聴すると、「Vivid & Spacious」の要素として重視している、「低域の抜けの良さ」と「腰の強さ」が実感できる。


例えばアコースティックベースは質感が豊かで音色が明瞭。キレ良く弾む表現が躍動感を高める。またこの印象が、大音量でも小音量でも同質に再現されるのは特筆に値する。ストローク量によって振動板の形状に影響を与えにくいフリーエッジ構造の効用だろう。


スペック競争に陥らず、本質に真摯に向き合って愚直に音質を追求するデノンの双エントリーモデル。本物のHi-Fiを志向するなら、AH-C840NCWとAH-C500Wは絶好の契機となるに違いない。



(提供:ディーアンドエムホールディングス)

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