ガジェット 公開日 2025/11/28 14:18

オムロンの血圧計を支える「医療品質」、松阪工場が導き出した“人”と“機械”の最適解

家庭血圧に向き合った50年、目指すは脳心血管疾患ゼロ
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編集部:平山洸太
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血圧計や体温計などの健康機器を展開するオムロン ヘルスケアは、その “医療品質“ を実現するため、高品質のものづくりに力を入れている。そして高品質なものを低コストで届けることにより、多くのユーザーの予防医療などに役立てることを使命としているという。

その大きな土台となるのが、同社が三重県・松阪市の松阪事業所に構える工場だ。ここでは血圧計、心電計、低周波治療器、ネブライザー、体温計など6カテゴリ136機種を生産。協力会社などを含めて429人の従業員が、日々製品を作り続けている。今回メディア向けに、この工場の内部が公開された。

松阪事業所の敷地面積は23900平方メートル。敷地内にある一番大きい建物が、2020年に新しく建てられた創夢館(そうぼうかん)だ。ほか、創匠館(そうしょうかん)、2号館と大きく3つの建物から成り立っている。生産能力は、血圧計で330万台、体温計で200万台。

オムロン ヘルスケアでは現在、4つの工場をグローバルに所有している。中心となるのが国内唯一となる松阪事業所だ。1969年に立石電機(現:オムロン)の生産拠点として設立され、当初は現金自動支払機などを生産。その後、オムロン松阪株式会社に社名変更し、2012年にオムロン ヘルスケア株式会社と統合している。

松阪以外には、中国向け製品を担う中国・大連(1983年操業)、アジア太平洋地域や欧州、北南米向け製品を担うベトナム・ホーチミン(2007年操業)、イタリア・Lonato Del Garda(2018年操業)に工場を構えている。さらに次の成長市場として狙うインドにおいて、今年中に工場を立ち上げたいとのことだ(現在テスト生産中)。

松阪事業所がグローバルの中心となっているのは、「生産方式の作り込みを行って展開する」という役割を担うためだ。たとえば工場内には、効率向上を目標に日々改良しつつも、実際に生産を行うというテストラインが設けられている。その成果が実際の生産ラインに活用され、その後グローバルに拡大させていく。また、海外工場で発生した品質トラブルに関する情報の共有も進めているという。

また松阪は、新たな製品の生産ラインを確立する場でもある。同社では、近年投入した「心電計付き上腕血圧計」のような、新しい視点の製品に積極的に取り組んでいる。過去には、世界初のファジィ自動血圧計、世界最小の手首式血圧計、通信機能付きの血圧計など、新技術を率先して盛り込んできた。

工場長の田村崇氏は、「50年かけて築き上げてきた家庭血圧文化を誇りに思って作り続けている」と話す。医療品質を実現するものづくりによって、健康を支え、揺るぎない品質と安心感を提供することを目指しているという。

現在、オムロン ヘルスケアが注力する心電計付き上腕血圧計「HCR-7800T」は、世界でも松阪事業所だけで生産している。松阪で先立って生産し、それを海外工場に展開していく流れがあるからこそ、製品の開発や戦略において小回りが効くのだそうだ。

ちなみにHCR-7800Tの生産ラインは、同社血圧計の中でもっとも多くの作業員が携わっているという。そのなかで、電極にはんだ付けする作業工程は難易度が特に高いとのこと。そのため、社内の厳しい資格認定をクリアした、高度な技術を持った人だけが作業を行えると聞いた。

また、この工程のように、手作業ではんだ付けするほうが接触不良リスクを減らせる場合もある。むやみに機械化したりAIを活用したりせず、熟練の技術を大切にするという考えが根付いている。

オムロン ヘルスケアが品質にこだわっているのは、血圧計や体温計など、同社製品の多くが医療機器に該当するためだ。上述のHCR-7800Tは、本体の組み立て時に9項目、心臓部となるモジュールの組み立て時に13項目、出荷前に19項目、合計41項目の検査を経て出荷される。医療機器特有の規制を満たすため、同梱物の入れ方や種類、製品箱へのシールの貼り付け位置などにも細心の注意を払っているという。

品質を高める取り組みのひとつとしているのが、心臓部となるモジュールの共通化とのこと。モジュールとは、メイン基板や腕帯(カフ)に圧力を加えるモーターなどがセットになったもの。従来は別々のものを使用していたが、2015年から共通化することで機械化が進み、生産性も高まったそうだ。

モジュールの生産ラインは3班2人の24時間体制となっており、1日1.1万台を生産している。共通化とはいうもののメイン基板は機種ごとに変える必要があるため、1日に5〜6機種を切り替えるとのこと。メイン基板も同じ部屋で作っており、75個の電子部品を機械で取り付けているという。

松阪事業所には、血圧計だけでも20以上のラインがあり、1ラインで600〜1000台を1日で組み立てている。各品種を小ロットで対応する仕組みとなっており、1日のなかで作るモデルを切り替えたりもする。そういったフレキシブルな動きに対応するため、効率や難易度を加味しつつ「全てが機械ではなく、全てが人ではない」ラインをこれからも研究していくそうだ。

そのほか、敷地内に蓄電池を用意しており、災害時は地域の住民に役立てられるという。社員食堂では健康を意識したメニューを用意している。休憩所も随所に用意されていたり、カーブミラーで人同士の衝突を防いでいたり、さらには床材と階段の色を変えて境目をわかりやすくするなど、ライン以外にも多くのこだわりポイントが感じられた見学だった。

■“家庭血圧”に向き合ってきたオムロンの取り組み

工場見学に先立ち、同社商品事業統括部 グローバル商品事業部 部長 茎田知宏氏から、循環器事業部における中長期の計画を説明。オムロンが発表した中長期戦略のうち、13の注力事業のひとつが血圧計であり、血圧計は「今後のオムロンの成長を牽引する」存在だと強調した。

現在、世界中には14億人の高血圧患者がいるものの、血圧を適切に管理できているのは、約1/4である3.2億人とのこと。高血圧は「自覚症状がないが、脳梗塞や心血管などの重篤な疾患を引き起こす要因になる」ため、「社会的課題だと考えて事業を通じて解決していきたい」と茎田氏は説明する。

オムロンは世界130か国に製品展開し、グローバルの売上は1459億円(2024年)。売上の構成としては、血圧計が68%、ネブライザが13%、体温計が5%、低周波治療器と体重体組成計がそれぞれ4%となっている。エリア別で見ると、日本17%、中国26%、欧州22%、米州17%(ブラジル除く)となる。インドは3%で、これからの成長を見込む。

オムロンがビジョンとして掲げる「Going for ZERO」は、病気を早期に発見することで、重症化や再発の防止を目指している。血圧計は2025年9月に、世界累計販売台数4億台を突破。2009年に1億台を突破してから、7年で2億台、5年で3億台、4年で4億台とペースを上げている。この理由として「グローバル展開の加速や世界の人口増加」「健康需要の高まり」が背景にあるとした。

また、同じくグローバル商品事業部の浅井義人氏は、この4億台という数字の裏には「家庭血圧の重要性を普及するため」に同社が取り組んだ、苦労の積み重ねがあったという。同社が初めて家庭用の血圧計を発売した1973年は、「当時は医師や看護師が測るのが当たり前で、患者どころか医師も家庭用の血圧計測を考えていなかった」状況だったそうだ。

「家で血圧を測るのは非常識」という状況を変えたのが、1986年に岩手県大迫(おおはさま)地域で実施された、世界初となる地域住民参加型の “家庭血圧に関わる大規模な臨床研究” である「大迫研究」。この研究にオムロンは300台の家庭用血圧計を無償提供した。

研究において家庭血圧の優位性を証明し、「家庭血圧のほうが出血性脳梗塞の発症リスクとの相関性が高い」ことがわかったという。今日の基準値である135/85mmHg以上という数字も、この研究から世界に広がったそうだ。また2014年には、医師会でも「病院と家庭で血圧に差がある場合は、家庭血圧を優先する」など、家庭血圧の重要性が定着してきている。

浅井氏は、「家庭でも病院同等の精度を出すことにこだわって、オムロンは開発してきた」とアピールする。その証拠に臨床研究では、グローバルで約200の論文にオムロンの血圧計が使われているという。

一方で、家庭血圧が普及して高血圧患者の血圧コントロールが進んでも、脳血管疾患は横ばい、心疾患は増えているというデータが見えてきたとのこと。そこでオムロンは不整脈の一種である心房細動に注目し、血圧測定と一緒に心電図を記録できるHCR-7800Tなどを投入。こういった取り組みによって「イベントの発症を未然に防ぎ、人々の健康で充実した生活の実現に貢献していく」と浅井氏は語った。

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