公開日 2026/06/06 09:00

カンヌ4冠&オスカー音響賞ノミネートの衝撃作『シラート』。音響監督が「Dolby Atmosの必然性」を語る

「女性だけの音響チーム」による製作秘話

6月5日(金)より全国公開がスタートした映画『シラート(原題:Sirāt)』がスゴい。カンヌ国際映画祭でサウンドトラック賞を含む4冠を獲得し、米アカデミー賞では「女性だけで構成された音響チームとして史上初めて音響賞へノミネート」という快挙を成し遂げた話題作だ。

映画公式サイト: https://transformer.co.jp/m/sirat/(C)2025 LOS DESERTORES FILMS, A.I.E., TELEFÓNICA AUDIOVISUAL DIGITAL,S.L.U.,FILMES DA ERMIDA, S.L., EL DESEO DA, S.L.U., URI FILMS, S.L.,4A4

巨匠ペドロ・アルモドバルがプロデューサーとして名を連ね、スペイン出身のオリベル・ラシェ監督が描き出した本作は、モロッコの荒涼とした砂漠を舞台に、失踪した娘を捜す父と息子の過酷な旅を描いたスペイン・フランス合作のサスペンス・ドラマ。

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ダイナミックで奇想天外な砂漠ロードムービーに、クールなダンスミュージックが融合した極上の映画体験を実現しており、ゲームクリエイター・小島秀夫氏による「2025年のベスト1。“グルーブな恐怖の報酬MADMAX”」という表現がその魅力を物語る。

PHILE WEB的に注目したいのは、Dolby Atmosのイマーシブ感がこれでもかと活かされたサウンドだ。本作において、音は単なる伴奏ではない。冒頭のレイブパーティの重低音に始まり、全ての音が観客の体に染み込んで、映画をひとつの体験へと昇華させる。

このサウンドデザインはいかにして生まれたのか。本作の音響監督を務めたライア・カサノヴァス(Laia Casanovas)氏に、Dolby Atmos採用の意図と、音作りの舞台裏を聞いた。

ライア・カサノヴァス氏(写真中央)ら本作の音響チーム。米アカデミー賞で「女性だけで構成された音響チームとして史上初めて音響賞へノミネート」という快挙を成し遂げた

スペイン法改正がもたらした新風「女性3人の音響チーム」

ーーカンヌでサウンドトラック賞を含む4冠獲得、アカデミー賞音響賞へのノミネート、そしてスペインのゴヤ賞受賞という快挙、おめでとうございます。映画界において女性だけの音響チームというのは非常に珍しいですよね。

ライア・カサノヴァス氏(以下、ライア):今回のチームは私と、録音担当のアマンダ、そしてリレコーディングミキサーのヤスミーナの3人で構成されています。アマンダは監督とすでに3本の映画を共にしており、私とヤスミーナは11年前に初めて映画の仕事をして以来のコンビで、本作のプロデューサーとも何度も仕事をしてきました。これまでの信頼関係と経緯が重なり、ごく自然にこの3人が集まったのです。

サウンドチームの3名

なお、大前提としてスペインは根強い男社会でした。これまでも現場で働く優秀な女性スタッフはたくさんいましたが、メインのポジションに採用される機会は限られていました。

転機となったのは2018年に施行された新しい法律です。映画制作において政府の助成金を受ける際、スタッフの男女比が均等に近いほど助成金の額が多くなる制度が導入されました。今回の女性チームが実現した背景には、この法律の後押しが大きかったと感じています。

法律ができてから、実際にこのような形で実を結ぶまでには長い時間がかかりましたが、私たちが女性チームとしてオスカーにノミネートされ、ゴヤ賞(スペインのアカデミー賞)を獲得できたことは、この法律の意義を証明する道標になったと自負しています。

短い脚本から溢れる「没入感」への渇望。Dolby Atmosという必然

ーー映画『シラート』は、音響の存在が視聴感に大きく影響を与える映画だと感じます。監督からは、本作の音響についてどのようなビジョンを提示されましたか?

ライア: 監督のこれまでの作品は、どちらかといえばドキュメンタリータッチな音響アプローチが主流でした。しかし今回は、「感情の旅を表現する音にしたい」と言われたのです。

かといって、いわゆるハリウッド的なメインストリームの音や、アートシネマっぽいステレオタイプな音楽にはしたくない、と。「観客の体の中に音が染み込むようにしてほしい」というのが、監督からの明確な指示でした。

ーー「体の中に染み込む音」を実現するために、どのようなアプローチを?

ライア:実は、私が最初に脚本を開いたとき、これまでに見た中で最も短い脚本だったことに驚きました。ト書きやセリフが極端に少ないのです。

しかしその代わりに、登場人物たちと「音」との関係性が、ページのいたるところに細かく書き込まれていました。監督がとにかく音を重視していることが、短い脚本から伝わってきたのです。

そこで、私から監督に「この映画の世界観を実現するために、Dolby Atmosを採用しましょう」と提案しました。

ーーライアさんからの提案だったのですね。監督の反応はいかがでしたか?

ライア:監督はそれまでDolby Atmosを使った作品を手がけたことがなかったので、私たちは、バルセロナにある小さなスタジオに監督を呼び、アトモスのデモを体験してもらうことにしたのです。

「アトモスなら三次元的な空間の中でこれだけ繊細に、かつ大胆に音を配置できる」という表現の可能性を示しました。

監督が何よりも欲していた「観客が映画の世界に完全に引き込まれる没入感」は、アトモスなら実現できると確信していたのです。

アトモスであれば、レイブの熱気や自然の脅威といった壮大な空間表現はもちろん、登場人物の微細な感情の揺れ動きまで、立体的な音の配置から演出できる。観客が登場人物と一体になる感覚を生み出すために、アトモスは必然でした。

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ーー本作の音響は、大部分がポストプロダクション(アフレコや効果音の再構築)で作られたと伺いました。リアルな音響空間を構築するために、どのような工夫がありましたか。

ライア:どんなにダイナミックな音響空間を作っても、俳優たちの会話が不自然に聞こえてしまっては意味がありません。観客が物語を信じられるように、徹底的なリアリティと音のレベル調整が必要でした。

実は、俳優のアフレコだけでスタジオに2週間、完全に篭りっきりで作業を行いました。監督がセリフの言い回しや発音、ニュアンスの細部まで徹底的に改善したいというこだわりを持っていたためです。立体的に配置される環境音とのバランスを見つつ、不自然さを徹底的に排除していきました。

映画を構成する3つのフェーズ:レイブの狂気から静寂の内面へ

ーー作中のサウンドは「レイブミュージック」「環境音」「セリフ」などの要素が絶妙に絡み合っています。具体的にどのようなサウンド設計をされたのでしょうか。

ライア:私たちはこの映画の音響を、大きく3つのフェーズに分けて設計しました。

第1のフェーズは、映画の幕開けとなる「レイブパーティー」のシーンです。

監督は「ここでは音が全てだ。集まったレイバーたちが、いかに音を中心にして生きているか、その人生を見せたい」と言いました。

ある種の宗教的儀式のような、トランス状態に陥るレイバーたちの熱量を体現する爆音を、アトモスならではの立体的な音の没入感で表しながら、そこに異質な存在として父親と幼い息子が入っていく。その浮いている様子を表現しました。

続く第2のフェーズは、親子がレイバーたちと行動を共にし、「砂漠の旅に出る場面」です。

ここでは爆音のレイブシーンから音の鳴り方を変化させ、100%の現実音を再現していません。あえて3台の車両のエンジン音のボリュームバランスを大きく歪ませて際立たせるなど、映画的な演出を加えることで、それまで全く相容れなかった他人同士が、徐々に家族のようなコミュニティへと変化していく過程を表しました。

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 そして第3のフェーズが、登場人物の「内面への旅」です。

ここからは一転して、「静寂」の表現になります。しかし、それは決して無音ではありません。登場人物の張り詰めた心理を表すために、風の音は中〜高域のサワサワとした音ではなく、不穏な「重低音の成分」をあえて残すといった調整を施しています。

周囲の環境音とリアルに溶け合わせながら、登場人物の孤独と悲痛な内面が観客に伝わるような音の表現を狙いました。

“本物”にこだわったレイブの爆音。劇場で「限界ギリギリ」を体感してほしい

ーー今話された第1のフェーズ、映画の冒頭20分近くに及ぶレイブシーンは圧倒的でした。実際のレイブの爆音を、映画館のシネマスピーカーで再現するにあたり、どのような調整を行ったのでしょうか。

ライア:「嘘は嫌いだ」という監督の強い意図があり、撮影では本物の人々を動員して、3日間にわたって実際に本物のレイブパーティーを開催しました。

私たち音響チームとしては「ポスプロで大変なことになる」と戦々恐々としていましたが(笑)、案の定、現地のマイクでそのまま録音した音では映画音声として機能しません。

そのため、まずは作曲家に劇中で使用しているレイブの楽曲を映画用のBGMとして緻密に再調整してもらいました。さらに、その完成した音源を、実際のサウンドシステムでもう一度大音量で鳴らし、それをスタジオで再収録するというプロセスを踏んでいます。

また、現地でレイバーたちが発している無数の雑多な言葉や歓声を、事前に個別で細かく収録しておき、ポスプロで音の配置と調整を行っています。リアリティのあるサウンドを聴ける音として成り立たせるために、かなり手をかけました。

トランス状態となって自らの内側に潜り込んでいるレイバーたちの世界に、親子の会話が変に綺麗に調和して聞こえないよう、あえて歪なバランスにもしています。

このレイブシーンの音量は、映画としては「限界ギリギリ」のレベルまで攻めています。映画の音響設計としてはある種のリスクを伴う決断でしたが、物語が進むにつれて訪れる「静寂」とのコントラストを鮮烈に対比させるために、どうしても必要でした。ぜひ劇場の音響で体感してほしいです。

『シラート』は、単にスクリーンを観るだけの作品で終わらない。レイブパーティの会場で父親と息子が感じる不安、そしてそこから続いていく予測不能の物語を、Dolby Atmosを駆使した圧倒的なサウンドデザインで、全身に浴びることができる映画だ。ぜひ、鑑賞の際はアトモス上映対応の映画館に足を運び、登場人物たちと共に濃密な感情の旅に出かけてほしい。

なお、日本における本作のアトモス上映は以下の通り期間が限られているので、早めに劇場に行かれることをオススメする。

■『シラート』Dolby Atmos上映情報

・上映期間:2026年6月5日(金)より1週間限定上映

・上映劇場:丸の内ピカデリー/ミッドランドスクエア シネマ/MOVIX京都/MOVIXさいたま

※上映スケジュールは各劇場の都合により変更となる場合があります。

『シラート』作品情報

・公開日:2026年6月5日(金)

・公開劇場:新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国ロードショー

・配給:トランスフォーマー

・スタッフ/キャスト
監督・脚本:オリベル・ラシェ
共同脚本:サンティアゴ・フィジョール
プロデューサー:ペドロ・アルモドバル
エグゼクティブ・プロデューサー:エステル・ガルシア
撮影監督:マウロ・エルセ
美術:ライア・アテカ
編集:クリストバル・フェルナンデス
衣装:ナディア・アシミ
音響:ライア・カサノバス
音楽:カンディング・レイ
出演:セルジ・ロペス、ブルーノ・ヌニェス・アルホナほか

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