公開日 2025/08/12 06:45

ハイレゾやイマーシブ音源制作に必須、Pyramix高音質の秘密は?マージングのソフトウェア・マネージャーに訊く

AD/DA変換精度が鍵
出水哲
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ファイルウェブ読者の中には、Merging(マージング)という社名や、DAW用ソフトウェア「Pyramix(ピラミックス)」の名前を聞いたことがある人もいるだろう。ハイレゾ音源の収録やパッケージメディアの制作スタジオで多く使われている製品であり、音質面においてエンジニアからの評価も高い。

マージングは、2022年からゼンハイザーグループの傘下となった。今回は、来日したソフトプロダクトマネージャーのモーリス・エングラー氏に、改めて同社の歴史について伺うとともに、昨年末にリリースされた「Pyramix15」の詳細もインタビューした。

インタビューに応じていただいたソフトプロダクトマネージャーのモーリス・エングラー氏

ユーザーの信頼を大切に開発を進めるマージング

ーー今日はお時間をいただきありがとうございます。さっそくですが、モーリスさんのお仕事の内容と今回の来日の目的を教えて下さい

モーリス氏 こちらこそありがとうございます。私は現在マージングのソフトウェアのプロダクトマネージャーで、私自身もサウンドプロデューサー/サウンドエンジニアとしても働いています。23年ほど前からマージングのソフトウェアのユーザーでもあります。

そういう経緯もあり、製品開発ではユーザーの信頼を大事にして、会社の製品に役立てています。ユーザーからの情報を集めたり、自分の経験で得た情報やアイデアも持っていますので、それらを含めてPyramixで何をすべきなのかについての計画を作っています。

ーーマージングのPyramixについては、音楽制作時に使われるソフトウェアとして読者も耳にしたことがあると思います。

Merging Technologies社の変遷。右の写真が創業者のClaude Cellier氏

モーリス氏 まずMerging Technologies社について紹介しますと、1990年に誕生したスイスの会社で、プロフェッショナル用のハイエンドオーディオ機器、ハードウェアとソフトウェアの両方を製造しています。

ファウンダーはClaude Cellierさんで、彼はもともとナグラのシステムを開発していたエンジニアだったんですが、将来を見据えるとPCやDSPとの互換性がないと駄目だと考えてPyramixを開発したそうです。2020年で25周年を迎え、音楽制作現場でのDAW(Digital Audio Workstation)用として広く使われています。2022年にゼンハイザーグループに加入したことも、マージングの歴史として大きな転換点でした。

またマージング製品の特長として、早い時期からAoIP(Audio over IP)を取り入れて、製品の中で使えるようにしていったということもあります。AoIPはインターネットの標準プロトコルに準拠したネットワークオーディオ規格で、「Dante」や「Ravenna」などもこれに含まれます。

イマーシブオーディオもコンパクトに制作できる

モーリス氏 マージングでは、現在ハードウェアとソフトウェアをそれぞれ2モデル販売しています。ひとつ目のハードウェアは「HAPI Mk III」で、幅483mm、高さ44mm、奥行き320mmという少し大きめの筐体を持ったネットワーク・オーディオ・コンバーター(オーディオ・スプリッター)です。

「HAPI Mk III」は日本のスタジオでも多く使われている人気製品

もうひとつはポータブル用の「ANUBIS」で、現場でのモニターコントローラーでもあり、ミキサーとしても使うことができます。「MONITOR MISSION」「MUSIC MISSION」「COMMENTARY UNIT MISSION」「VENUE MISSION」という4種類のアプリケーションが入っていて、多機能に使える製品になっています。

ポータブルサイズの「ANUBIS」。マイク入力やLAN、ヘッドホン出力など豊富な端子群を備えている

例えば「MONITOR MISSION」モードを選ぶとモニターコントローラーとして動作して、「COMMENTARY UNIT MISSION」を選ぶとコメンテーター用のUIになります。インプットとアウトプットは同じですが、選んだアプリケーションによってUIや機能を切り替えて、より使いやすくしています。

また、ANUBISは32chまでのスピーカーフォーマットに対応していますので、ソニーの360 Reality Audioやドルビーのドルビーアトモス、NHKの22.2chといったスピーカーレイアウトであっても、モニターコントローラーとして使えます。

アナログ出力端子はXLRのステレオ1系統、6.3mmジャックのステレオ1系統、ヘッドホン出力のステレオ2系統ですが、2つのLANポートを備えていて、AoIPを使うことで256ch出力に対応できます。ANUBISの先にHAPIを繋いでいただくと、そこから各スピーカーに信号を送るといったことが可能になります。その場合は、ANUBISは完全にコントローラーとして動作します。

ーーということは、ANUBISとHAPIを使えば、手軽にイマーシブオーディオもミックスできるんですね。このサイズでそれを実現できるというのが、驚きです。

モーリス氏 ありがとうございます。他にも「MUSIC MISSION」では、入力信号をモニターしながら同時にフェーダー機能を使うことができます。さらにクオリティの高いマイク入力と優秀なヘッドホンアンプも搭載していますので、「COMMENTARY UNIT MISSION」を選べば、コメンテーターの方々にもいい環境で操作をしていただけるでしょう。

ANUBISは、動作モードに応じてディスプレイ部の表示が切り替わる。写真は左から「MONITOR MISSION」「MUSIC MISSION」「COMMENTARY UNIT MISSION」

ーーコメンテーターということは、ANUBISは放送現場で使われることが多いのでしょうか?

モーリス氏 それも使い方のひとつです。例えば福岡と東京といった2地点をつないだ中継番組で、それぞれの現場でコメンテーターがANUBISを使って自分の声を調整できるという点が、近年重宝されています。さらに4つのモードは切り替え可能で、モニターをしながら編集作業ができるのもポイントです。

藤井氏 そこについては、私、ゼンハイザージャパンの藤井宏幸から補足させていただきます。ゼンハイザーでは現在、バーチャルサラウンド技術の「AMBEO」にも取り組んでいます。この技術をANUBISにも取り入れて、例えば7.1chや7.1.4chの音源を2chスピーカーで再生する際のミックスダウンに使って、より臨場感の高いイマーシブ再生を実現するといった使い方についても開発を進めているところです。

モーリス氏 ANUBISは、放送以外でもお使いいただけます。例えばオーケストラの収録で、それぞれの楽器演奏者の近くにANUBISを置いておきます。そして第1の機能として、各楽器のマイクインプット用に使います。さらに、演奏者がヘッドホンをつけることでモニターも可能になるんです。最近は、映像やゲームに合わせてオーケストラが演奏するといったシチュエーションもありますので、そういった時にも活用いただけます。

ANUBISを使わずに同じことをやろうとすると、そもそも演奏者全員に音を送るのがなかなか難しいんです。また、演奏者は自分用のミックスバランスに調整したいと思っているはずですが、現状のシステムだとそれを実現するのはほとんど不可能でしょう。しかし、ANUBISはヘッドホン出力を2系統持っていますので、1台で2人の演奏者が自分の演奏をモニターできるんです。さらにミックスバランスも個別に調整できます。

もうひとつ、ANUBISはAoIPに対応しています。つまり、LANケーブルでメインミキサーに音声信号を送って、そこで全体のミックスを行い、その結果をまたAoIPで戻して、演奏者がモニターするといった処理がLANケーブルだけで成り立つことになります。

ーー通常のライブ収録では、巨大なステージボックスが舞台脇や裏に置いてありますが、その機能をANUBISが担当してくれるんですね。さらにAoIPで伝送できるから引き回しも簡単に済む。確かにこのメリットは大きいですね。

モーリス氏 AoIPではRavennaを使っています。そこでのメリットとして、低遅延、音声の遅れの少なさもあります。演奏者がモニタリングする時に、音の遅延が大きいと演奏もしづらいし、場合によってはちゃんと演奏できないんです。AoIPで低遅延伝送できることも、ANUBISがライヴ収録で選ばれる理由のひとつと言えると思います。

ーー小さくて多機能。ANUBISは色々な現場で活躍するハードウェアですね。

ハイサンプリングレートに対応、UIを進化させたPyramix

ーーソフトウェアについても教えて下さい。

モーリス氏 はい。マージングでは、音楽制作で使っていただくソフトウェアとしてPyramixとOvationも発売しています。

マージングでは「Pyramix」と「Ovation」の2つのソフトウェアを提供している

Pyramixの大きな特徴は、扱えるトラック数の多さです。1台で384トラックまで扱えますし、ハイサンプリングレートにも対応しています。また低遅延というところも、他のDAWと比較しても優位性があると思います。

――そのPyramixは、昨年末に最新版がリリースされました。

モーリス氏 最新版のPyramix 15は、今までのPyramixから大きく変わっています。中でも最大の変化点は、UIの変更です。Pyramix自体は古くからあるDAWソフトウェアなので、かなりクラシックな、オールドスタイルの見た目でした。しかし最近のDAWは色々なソフトが登場して、UIもどんどん変わってきています。Pyramix 15では、表示や操作性について、今のユーザーにも使いやすく感じてもらえるようにUIを変更しています。

最新版である「Pyramix 15」のメニュー画面

「Pyramix 15」の進化点まとめ

・UI/UXを一新:現在のDAWトレンドに沿った、洗練されたモダンなダークインターフェース
・ミキサーを刷新:ワークフローに合わせてバス、ストリップ、Auxチャンネルを移動
・クリップベースFX:個々のクリップに直接エフェクトを適用して、正確にコントロール
・ARA2サポート:ARA2プラグインとのシームレスな統合
・ストリップとバスツールをアップグレード:チャンネル選択で最大32チャンネルをサポート、新しいUI、5つのプリセットへのワンクリック・アクセス
・VS3プラグインのマージを再設計:再設計と最適化により、パフォーマンスがさらに向上しました
・サイドチェイン:MassCoreおよびNativeモードでVS3/VST3/VST2プラグインをサポート
・強化されたモニタリング・セクション:Dolby Atmos制作に最適なマルチチャンネルワークフロー用のスピーカーグループミュート/ソロ機能
・新しいFinal Checkツール:マルチチャンネルに対応し、インターフェースを刷新
・新しいビデオエンジン:パフォーマンスと信頼性の向上のために全面的にオーバーホール
・その他、スムーズなユーザーエクスペリエンスのための数多くの改善とバグ修正


続いて、もうひとつのソフトウェア、Ovationについてご説明します。PyramixはDAWのソフトウェアですが、Ovationはプレイアウトシステムと呼ばれるものになります。時間軸に沿って音源が配置されていて、キューボタンを押すと音源を再生するものです。

さらにOvationは、ショーコントローラー機能も持ったソフトウェアです。テーマパークなどで、オーディオ信号だけではなく、照明だったり、演出用の機材などのコントロール信号も組み込んで、タイムラインを走らせていく中でそれらを動作させることができるようになっています。

ショーコントローラー用ソフトは他にもありますが、それらはオーディオの出自ではありません。例えばキューを作ったとしても、後から微調整が必要となった時には、別のDAWソフトを立ち上げて編集し、コマンドを書き出して、ショーコントローラー用ソフト上で差し替えるといった操作が必要になるんです。

しかしOvationなら直接Pyramixの編集画面を呼び出して、そこで編集したものをボタンひとつでOvationにアサインできます。編集、修正の作業効率は、他のシステムと比べても圧倒的です。

また先程申し上げたように音楽用のソフトウェアがベースになっていますので、例えばサンプリングレートの違うファイルとか、色々なフォーマットの音源にも対応できます。いちいち修正作業をしてから再生ソフトに読み込む必要がないのも強みです。

デジタル変換の精度が高音質の鍵

ーーPyramixはハイレゾ音源の制作でよく使われるという話も聞いています。それら高品質音源制作について、音質向上のために注意していることはありますか?

モーリス氏 アナログ音源からのデジタル録音、音源制作という部分になると、やはりAD変換は重要です。マージングとしてもその部分については考えていて、ハイクオリティなAD変換処理を採用しています。ANUBISもAD変換機能を内蔵していますし、HAPIではAD、DAの拡張カードについて、「スタンダード」と「プレミアム」の2種類を準備しています。プレミアムカードは、44.1kHz〜384kHzのPCMに加えて、DXDやDSD64/128/256のAD変換も可能です。

プレミアムカードはボードに乗っているコンデンサーについても、ひとつひとつの精度を確認して、さらにパーツ自体を精査して組み合わせているんです。ですので、デジタルデータに変換する時の精度も当然上がるでしょう。

また編集時に、ソフト側でEQ(イコライザー)とか音のパンニングを変えると、そこで位相が変わってしまったり、元々のクオリティが損なわれてしまいます。そういったことがなるべく起こらないように、透明性を持った操作ができるソフトウェアとしてPyramixを開発しています。Pyramixの音がハイクオリティだとお客様が思ってくれているとしたら、そういった部分にも原因があると思います。

ーー最近はポータブルデジタルプレーヤーがハイレゾに対応していることもあり、これまで以上に多くの方が高音質なサウンドを楽しんでいます。そういった変化についてはどのように感じていらっしゃいますか?

モーリス氏 確かに最近はモバイル製品も進歩していますし、多くの方にいい音を楽しんでもらえるという意味では大切なジャンルだと思います。特に日本は、他の国々に比べてもクオリティに対してすごく敏感というか、反応の大きいマーケットだと思います。ポータブルであっても、音質を重視する方が多いのだろうと理解しています。

マージングの製品は国内外の多くのスタジオでも活躍している。そのひとつが、ゲーム、映画、エンターテインメント空間からモビリティに至るまで多様なサウンドの制作を手掛ける株式会社ソノロジックデザイン。同社CEOの牛島正人氏は2018年からANUBISを愛用している

ーーそれらで再生されるハイレゾ音源の多くはマージングのハードウェア、ソフトウェアで制作されているわけですから、日本のオーディオファンにといってもモーリスさんたちのお仕事はとても重要です。

モーリス氏 そう言っていただいて、ありがたいですね。Pyramix自体は、そういった音楽制作の他に、博物館の音声アーカイブ用にも多く使われているんです。昔の貴重な音源をデジタル化して保存するといった用途でも、効率の良さが評価されています。

効率性という点では、Pyramixは複数のプロジェクトを立ち上げることができます。例えばクラシックコンサートの録音をしながら、別のプロジェクトを立ち上げて編集を行なうということもできるんです。これは、他のDAWにはない優位性です。プロジェクト間のオーディオのルーティングをすることもできますし、他にも色々な機能があります。

ーー本当に多機能なDAWソフトですね。日本でも多くのスタジオでPyramixが使われているのは、それが要因なのでしょうか?

モーリス氏 Pyramixはゲーム音源からポップスまで、本当に多くのスタジオでお使いいただいています。お客様のフィードバックを元に開発をしていますので、それも愛用をいただいている理由だと思います。また、新しいフィーチャーに関しては、ユーザーが毎日使っていく中で、ソフトに対して思い入れを持っていただけるように、使い勝手のよさなども含めて、バージョンアップを行っていきます。

2年ほど前、マージングがゼンハイザーグループに加入した時に、昔からのユーザーから、「これからどうなるの?」という質問をいただきました。そんな不安を払拭して今後も使っていただくために、ゼンハイザーグループからのサポートを受けて、開発を続けていきます。

ーーそれを聞いて安心しました!本日はありがとうございました

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