ゼンハイザーの“プロ向け”ヘッドホンのプロダクトマネージャー、「HD 490 PRO」を語る
ゼンハイザーから昨年3月に発売されたオープン型ヘッドホン「HD 490 PRO」「HD 490 PRO Plus」が好評を博している。ワイドで立体的なサウンドステージを再現できるモニターヘッドホンとして、プロユースはもちろん、オーディオファイルにも愛用者が多い。今回、同社シニア・プロダクト・マネージャーのグンナー・ダークスさんが来日、発売から約1年を経た本製品について日本市場での反響についてお話をうかがった。
音楽関係者の要望をヒアリングし開発に活かす
ーー 今日はよろしくお願いいたします。グンナーさんはゼンハイザーのシニア・プロダクト・マネージャーでHD 490 PROの開発も担当されたとのことです。まずは、普段のお仕事の内容と今回の来日の目的を教えて下さい。
グンナー よろしくお願いします。今日はインタビューの機会をいただきありがとうございます。ちょうど日本に来るタイミングで、こういったチャンスをいただけて嬉しく思っています。
私はゼンハイザーに勤めて6年になります。現在はシニア・プロダクト・マネージャーとして、ゼンハイザーのヘッドホンとイヤホンを担当しています。弊社の製品はプロ向けですので、主に音楽制作に関わられている方に日頃からヒアリングをしていく中で、どういった製品が道具として必要で、役に立つかをリサーチし、それを開発に活かしていく、ソリューションを生み出していくのが主な業務内容です。今回は世界各国のマーケットで、HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusついての色々なご意見、反響をリサーチしています。
ーー ゼンハイザーの製品はプロ向けとおっしゃっていましたが、日本市場の場合、HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusを含めて、プロだけでなくオーディオマニアにも人気があります。その辺り、プロ用とプライベート用の区別はどのように考えられているのでしょう?
グンナー それは非常に難しい質問ですね。プロ用製品ですので専門機器として販売していますが、プライベート用にお求めの方も多いと認識しています。私の考えでは、プロというのはその音源について主体的に手を加える編集のためにイコライザーで調整したり、ピアノの伴奏を加えたりといった作業を行なう人だと考えています。かなり広い捉え方になりますが。
ーー さて、HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusは日本を含めた多くの国々で評判がいいと伺っています。その要因はどこにあるとお考えでしょう?
グンナー まず、日本も含めて世界中の方々にお使いいただいているのが、今回非常に嬉しかったですね。また、HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusが日本市場でリファレンス的製品として評価いただいているところも大変ありがたいと思っています。
そこについては、オーディオ機器としてHD 490 PROが持っている革新性であったり、信頼性を評価していただけたのではないかと思っています。また装着性についても快適になっていますので、そこもプロフェッショナルの方に受け入れられた要因かもしれません。
ーー ちなみに日本市場ではプロユースとプライベートユースのどちらが多いのでしょう?
山本 ゼンハイザージャパン セールスディレクターの山本和聖です。そこについては私からお答えします。
ユーザーさんがHD 490 PRO、HD 490 PRO Plusをどのようにお使いになっているかについて正確な数字はわかりませんが、プロを目指す方やスタジオクオリティを求める一般の方にも広くお使い頂いている印象があります。
ーー オーディオファンとしては、クリエイターがどんな音で聴いているのか気になります。HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusの価格帯であれば一度使ってみたいと思わせてくれますから。
山本 中価格帯と呼ばれるゾーンの製品になるんですが、その中でも、音の広がり再現がいいというところが評価されているようです。
日本のオーディオファンの皆さんは、ゼンハイザーヘッドホンは素直な音だというイメージを持ちだと思うんです。HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusについても、その点を受け継いでいると感じていただいているのではないでしょうか。
グンナー 海外ではプロユースが大半を占めていますので、ここは世界の他の地域とは大きく違うところだと思います。日本には、プロ用機器を使ってみたいと考えるオーディオファンが多いということは確かにありそうです。
さまざまな製品を体験できる日本のヘッドホンショップ
ーー グンナーさんは、日本の販売店も訪問したそうですが、HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusについてどんな反応がありましたか?
グンナー 今回は専門店の方にお話を聞くことができましたし、プライベートで量販店にも行ってきました。新品と中古の両方が並んでいるのも面白かったし、日本のお客様が本当にヘッドホンのディテールにまで愛情を持って製品を選んでいるのがわかって、興味深かったです。
HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusについては、非常にポジティブなフィードバックをいただきました。また日本のお客様は、製品をちゃんと確認してから購入してくださっているということも分かりました。そこではレビュー、例えばAmazonのようなECサイトとか、お店での評価といったところがすごく注目されているそうですね。
山本 HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusは、e☆イヤホンさんのサイトで、ユーザーの皆さんにも高く評価していただいています。ここで5つ星をいただくのは珍しいそうですが、それが数名もいらっしゃるんです。
グンナー 本当に素晴らしい、ありがたいことです。
ーー その他に日本と海外の販売店で、大きく違うところはありましたか?
グンナー 日本のお店は、選べるヘッドホンの種類が多いですね。沢山の機種やブランドが揃っているし、ヘッドホンアンプも沢山準備してあるなど試聴しやすいところが違います。お店の雰囲気もすごくオープンなので、試聴もお願いしやすいでしょう。
プロ用ヘッドホンの試聴となると、他の国では前もって予約してからじゃないと試聴できないことが多いんじゃないでしょうか。それに比べて日本は製品へのアクセシビリティが非常にいいと思います。
ーー そういった環境でHD 490 PRO、HD 490 PRO Plusの評価が高いということは、きちんと試聴して選んでくれた人が多いという証拠です。発売から1年経って、かなりの手応えを感じていらっしゃるんじゃないでしょうか?
グンナー イエス! HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusがうまくいったことで、開発チーム自体も自信が付いたというか、次のモデルに向かうにあたっても、これでやれるという確信が持てたと思います。
ーー 日本でHD 490 PRO、HD 490 PRO Plusの評判が高い要因としては、先ほどお話に出た素直な音という点も大きいと思います。そういったゼンハイザーの音作りについて、グンナーさんが注意しているポイントを教えてください。
グンナー ありがたいことに、弊社ではオープン型ヘッドホンの評判がいいのです。HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusのプロジェクトを立ち上げるに際しては、その理由も調べました。ユーザーさんに、弊社製品のどこが好きで、どこに不満があるかについて、重点的にリサーチを重ねたのです。
そこでの声を反映してHD 490 PRO、HD 490 PRO Plusの試作機を作ったんですけれど、その時にも素直な音というところは重視しました。HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusはプロの皆さんが仕事で使う道具でもありますので、音を脚色してしまうと判断が鈍ってしまう可能性があります。その点を踏まえて素直さを追求していくのが、今回の音作りのポイントでした。
さらに完成した試作機について、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど世界中のユーザーからフィードバックをもらい、製品開発に反映させています。この点がHD 490 PRO、HD 490 PRO Plus開発の重要なプロセスでした。その中でも、その日本の市場の声はすごく大事にしていたので、こうして評価していただいたのがすごく嬉しいですね。
ーー 日本のユーザーからは、どんな要望があったのでしょうか?
グンナー 本当に細部に至るまで、ここをこうした方がいいといったフィードバックをいただけたことが印象的でした。音質だけでなく、製品の仕上がりとか装着感、技術面まで、日本のユーザーがこれでいいと言うんだったら、もうそれで完成といっていいだろう、と思うくらいのレベルだったと思います。
モニターヘッドホンは、市場でも沢山販売されています。その中で、どう差別化するか、どこを改良していけばいいのかというところを、先程申し上げたようにユーザーへのヒアリングを通じて調査し、開発に活かしていきました。
例えば、目の不自由な方にもヘッドホンのL/Rが簡単に区別できるように、イヤーカップに指で触ってわかるマークを付けたり、イヤーパッドがメガネのつると干渉しないような工夫もしています。またイヤーパッドは取り外して、洗濯機で洗えるようにしました。開発時には本当に洗濯機で洗って、問題ないかをテストしています。ヘッドバンドも付け替えができるようになっています。
ヘッドホンとしての音作りはもちろん本質ですが、こういった快適さとか使い勝手がいいということも、製品作りとして大切な部分だと思うんです。そういった要素もきちんと捉えて差別化につなげていきました。
イヤーパッドも2種類付属し音質をチューニングできる
ーー HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusはオープン型ですが、実際に音を聴かせてもらったところ、低音の再現性にも不満はありませんでした。何か特別なチューニングを行っているんでしょうか?
グンナー 開発の中では、ヘッドホンを装着した際の空気の抜け具合がどうなっているかを細かく解析・研究しています。オープン型ですので、どうしても空気は外側に抜けていきますが、その空気の流れが音にどう影響するかに注視しました。そこで大事なのは、ヘッドホンが頭にどれだけフィットするかというところで、この点が音のよさにつながることがわかったのです。
またヘッドホンで非常に重要なトピックとして、イヤーパッドがあります。特にプロの方は毎日使っていく中でイヤーパッドが傷んで壊れてしまうこともあるんですが、それでは音にもよくありません。そういったことがないように、イヤーパッドのコンディションにも気をつけて、いい状態で聴いてもらうことが大事ですとお伝えしています。
ーー HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusには2種類のイヤーパッドが付属していますね。
グンナー リサーチしていく中で、スタジオで異なる目的でヘッドホンを使うシチュエーションがあることがわかりました。そこについては、イヤーパッドを交換すればひとつのヘッドホンで両方の目的を叶えることができたので、温かみのある音を再現するベロアと、ニュートラルな音のファブリックという2種類を同梱しています。
また同じ種類のイヤーパッドであっても、先程申し上げた通り、長く使っているとどうしてもコンディションが落ちてきてしまいます。それを新品に交換することで、ベストなパフォーマンスを長期にわたって体験していただけると考えています。
ーー イヤーパッドの素材として、ベロアとファブリックを選んだ理由は何だったのでしょう?
グンナー 音作りの中で自分たちが具現化したいものを達成できるマテリアルを探していった結果が、このふたつでした。また2種類が同じような見た目だと交換時に間違える可能性があるので、外見が違うものを選んだという理由もあります。ただ、一番大事にしたのは音のよさで、他にも装着感、着け心地のよさというところも考慮しました。
ーー 日本のヘッドホンファンの中には、イヤーパッドによる音の違いを楽しんでいるユーザーもいます。ゼンハイザーとして、例えばロック用、ポップス用といった音楽ジャンルに応じたイヤーパッドを発売する可能性はありますか?
グンナー お客様の声をベースにして製品を作っていますので、そういった要望があれば反映させていきたいと思っています。音楽ジャンルに応じたイヤーパッドも原則的には可能ではあると思うんですが、ヘッドホンメーカーとしては、何よりユーザーさんに均一なレベルで音を提供できるかが大切になります。
イヤーパッドなどの選択肢が多ければ多いほど、必要なものを見つけるのが難しくなる可能性もあります。また、弊社としてはあまりに多くの手段でお客様を混乱させたくありません。そういった点を考えると、音楽のジャンルに対してカスタマイズできるかは難しいかもしれませんね。
プロフェッショナルなハイエンド製品を目指し続ける
ーー ちなみにグンナーさんはイヤホンの音づくりも担当されているということでした。そこでは、イヤホンとヘッドホンでチューニングの違いはあるのでしょうか?
グンナー われわれのイヤホンは、インイヤーモニターが中心になりますので、お使いいただいいているお客様はプロの方々です。具体的にはステージミュージシャンの方が大半ですので、そういった皆さんに対して、試作機を作って、ヒアリングを行ってというアプローチで製品を仕上げていきました。例えばIE 100 PROは、アジア市場からのリクエストで赤色のバリエーションが加わったという経緯もあります。
ーー ステージモニターとしての方向性は、やはり素直な音ということになるのでしょうか?
グンナー その通りです。インイヤーモニターは複数のドライバーを使うと干渉が起きる可能性もありますので、フルレンジドライバーを搭載するなど、仕様設計でも配慮しています。
ーー ヘッドホンとイヤホンでは筐体のサイズや構造もまったく違います。それらで同じ方向の音に仕上げるのは難しいのではありませんか?
グンナー ゼンハイザーにはカテゴリごとに専門の開発チームメンバーがいます。彼らは僕と同じようにお客様から色々なヒアリングを行います。今のトレンドであったり、市場で何が求められているのかを把握して、開発に生かします。
同時に、ゼンハイザーの今までの歴史や技術を熟知しているエキスパートエンジニアのチームもあり、彼らは様々な分野で高度な資格を持つ専門家集団です。その両者がディスカッションをして、最終的に音決めを行っていくというシステムです。
例えば、今お客様はこういった製品を求めています、でもゼンハイザーとしては今までこういう音作りの方向で進めてきました、という両面から判断して、最終的にゼンハイザーブランドとしてどんな音の方向にするかを決めています。弊社ではどの製品であっても同じプロセスを踏んでいるのです。
ーー 最後に、日本のゼンハイザーファン、HD 490 PRO、HD 490 PRO Plusの愛用者に向けひと言お願いします。
グンナー ゼンハイザーのファンでいてくれてありがとうございます。また、今回こうしてお話しできる機会があって、とても嬉しく思っています。
弊社ではプロフェッショナルなハイエンド製品を目指しており、そこではお客様に製品のフィードバックをいただいて開発に生かしています。実際にそうやって開発した製品を気に入っていただけていることを、すごく嬉しく思っています。今後もゼンハイザー製品をよろしくお願いします。
ゼンハイザーブランド製品の取り扱いについて
2022年7月に行われた分社化に伴い、ゼンハイザーブランドの製品はプロ用とコンシューマー用で取扱い会社が別々になっている。現在は、プロ向けの機器はゼンハイザージャパン株式会社が、コンシューマー製品はSonova Consumer Hearing Japan株式会社が輸入販売を行っており、今回の取材はゼンハイザージャパンのサポートで実現したインタビューとなる。

