公開日 2010/11/10 16:21
「ふたたび swing me again」主演 財津一郎さん特別インタビュー
ジャズによる三代の再生物語
患者が重い差別や偏見に苦しんだハンセン病とジャズをテーマに、登場人物の心の動きを描いた映画「ふたたび - SWING ME AGAIN -」(関連ニュース)。主人公、青島健三郎を演じる財津一郎さんへ、ホームシアターファイル編集部がインタビューを敢行した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―『ふたたび swin me again』にご出演される経緯を教えてください。
監督からスクリプトをいただいいたのは去年の春でした。読んで、感動しました。日本映画はこれまで多くの名作を生んできましたが、こんな切り口の映画はありませんでした。
ですが、お受けするかどうかは迷ったんです。ジャズロマンとしてだけの物語なら、僕もほいほいと参加したと思います。ですが、貴島健三郎という人間の背景には、地を這うような50年がある。難病を扱うわけということで誤解も生みやすい。感動的なドラマを構築するために難病をネタにしたと見られたら、大失敗です。たいへんな名作になるかもしれないが、一歩間違えば、大失敗作になってしまう。
スクリプトを読んだだけでは、監督がどんな思いでお撮りになるのか、わからなかったんですね。
自分自身の体力的な不安もありました。僕は70を過ぎていて、数年前に一度倒れている。ロードムービーはロケが多いでしょう。万が一倒れてしまったら、スタッフや共演者に甚大な迷惑をかけてしまう。
監督は、何度もわが家にいらして、ほとばしるように説得するんです。顔と顔をつき合わせて目を見ているうちに、下駄を預けてみようか、という気持ちになってきました。
映画のクライマックスのジャズシーン用に、トランペットの練習を始めました。監督から国家財産級のコルネットを渡されて、2ヵ月半汗みどろになって練習したんです。が、おならみたいな音しか出ない(笑)。クラシックの短いフレーズならまだしも、主人公が吹くのはジャズです。僕らはジャズの凄み、アドリブの凄みを知っています。「やはり僕はできません」ともう一度辞退して、楽器を吹けるほかの方をご推薦したんです。
でも、しばらくして監督はまた来られた(笑)。「確かに、いい俳優さんはほかにもいます。けれども、主人公の持つ50年の重みを背負えるのは、あなたしかいないんです」。こう言われたときに、「自分がやろう」と思ったんです。
― 物語は、健三郎が50年ぶりに療養所を出て、息子夫婦の家にやってくるところから始まります。
長いブランクを経て、社会に戻ってきて、はじめて会う息子とその家族と一緒に住む。なかなかしっくりいくはずありませんよね。その時の健三郎は、家族に「おとなしく家にいてくれ」と言われたら、そうするしかない。50年ぶりの社会ではすっかり様変わりしていて、交差点もひとりで渡れない。起こることを甘んじて受けるしかない状態です。
50年を引きずっているからこそ、彼ははじめ寡黙なんです。まず、僕はただそこに在る、石のような老人にならなければならなかった。監督からも、何もせず、ただそこにいてください、と言われました。
― 序盤の存在感は圧巻でした。
何もしないでも滲む存在感というのは、老境に入った演じ手の、求めていくべき大きなテーマなんですよね。若い頃どんなに暴れた人でも、70歳になったら体力の限界を知ることになる。最後まで突っ走って命を削って亡くなる方もいるでしょうし、自分でハンドルを切る人もいるかもしれない。けれども、ただそこにいるだけで、確かな存在感が出せるというのは、大切なポイントです。
― 『ふたたび swing me again』は東京国際映画祭で上映されるなど、大きな注目を集めていますね。ハンセン病の問題や家族の問題を扱いながら、決して重苦しくなりすぎず、押し付けがましくもなく、物語は紡ぎあげられていく。
ジャズロマンに親子の絆、病気と社会復帰の諸問題…。たくさんの要素をひとつにまとめあげたのは、監督の手腕だと思います。監督を信頼して、僕はコマに徹した。余計な味付けやイメージの広がりを廃して、ほかの役者さんと絡むときも、お互いの世界に立ち入らないようにしました。それがよかったんだと思います。監督が描こうとしたロマンが皆さんに届いたとしたら、こんなにうれしいことはありません。
また、この作品がジャズロマンとしても評価をいただけるとしたら、犬塚さんや渡辺貞夫さんのおかげです。
犬塚さんが現場で出したコントラバスの音の、腹に響く低音を聴いた瞬間に、スタッフも監督も役者も感動したんです。僕自身も迷いがあった中で、「この作品は前に進める」という自信をもらった瞬間でもありました。
ライブシーンでセッションをしてくださった渡辺貞夫さんは少年のようにきらきらしていて、本当にありがたい参加でした。そうしたすばらしい音楽の数々も、ぜひ体験していただけたらと思います。
― 貴島健三郎という人間を演じて、いかがでしたか。
たくさんの人が苦しんだこのテーマをやるからには、観る方に誤解を与えてもいけないし、絶対に誰も傷つけてはいけない。そんな思いが僕には呪縛のように強烈にありました。どうすればいいのか、いつも考えていました。
この役のために、僕は頭を短く刈りました。側頭部には61歳で脳内出血で倒れたときの手術跡があるんですが、それが見えていいじゃないか。そういう気持ちで臨んだんです。
僕らはもう70数年生きてきたから、同輩たちがどんどん旅立っていっているんです。自分にもいつお別れが来るかわからない、そういう世代に入ってきた。
もし、天空に映画づくりの神様がいるとしたら、「財津よ、おまえ何十年と命削って映画やってきた、ご苦労さんだった、最後にこれだけやれ」と贈り物をくれたのかな。
クランクインからクランクアップまで、ゴルフも遊びも封印して、演じる以外、一切ほかのことをやろうと思わなかったんです。ストイックでしょう?そして、最後までやりとげられた。いまは感謝の気持ちでいっぱいです。
― 『ふたたび swing me again』は11月13日(土)から全国公開です。劇場公開に向けて、メッセージをお願いします。
この映画をご覧になる方の中には、人生を何十年と歩んでこられた方も、お若い方もおられるでしょう。皆さんのそれぞれの人生感が映画と交差して、イメージが波紋のように広がっていくことが、この映画に参加した僕らの喜びです。
2010年、あのうだるような壮絶の暑さの夏は、何人もの命を奪いました。公開される11月13日は秋もたけなわです。多くの方に、この映画『ふたたび』をご覧いただいて、いい秋を迎えていただけたらと思います。きっと、忘れていた大事なものがたくさんちりばめられているはずですから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
※『ふたたび swing me again』撮影秘話や演技にかける財津さんの思いなど、より詳しい内容は「ホームシアターファイル60号(12月8日発売)」をご覧ください。
<プロフィール>
財津一郎
1934年2月22日生まれ、熊本県出身。53年高校を卒業し、帝劇ミュージカルの研究生となり、「赤い絨毯」でデビューを飾る。その後劇団ムーランや宝塚新芸座、OSミュージックホールと渡り、吉本新喜劇に参加、多数の作品に出演する。1966年にはテレビ番組「てなもんや三度笠」で疲労したギャグが人気となり、一斉を風靡。映画やテレビドラマを中心に俳優として活躍の場を広げ、『お葬式』(1984)で日本アカデミー賞助演男優賞を受賞した。
【作品情報】
<スタッフ>
監督/塩屋俊 原作・脚本/矢城潤一 音楽/中村幸代 撮影/江原祥二 製作担当/砥川元宏
<出演>
財津一郎、青柳翔、陣内孝則、古手川祐子、鈴木亮平、MINJI、犬塚弘、藤村俊二、佐川満男、渡辺貞夫ほか
<配給>
ギャガ
―『ふたたび swin me again』にご出演される経緯を教えてください。
監督からスクリプトをいただいいたのは去年の春でした。読んで、感動しました。日本映画はこれまで多くの名作を生んできましたが、こんな切り口の映画はありませんでした。
ですが、お受けするかどうかは迷ったんです。ジャズロマンとしてだけの物語なら、僕もほいほいと参加したと思います。ですが、貴島健三郎という人間の背景には、地を這うような50年がある。難病を扱うわけということで誤解も生みやすい。感動的なドラマを構築するために難病をネタにしたと見られたら、大失敗です。たいへんな名作になるかもしれないが、一歩間違えば、大失敗作になってしまう。
スクリプトを読んだだけでは、監督がどんな思いでお撮りになるのか、わからなかったんですね。
自分自身の体力的な不安もありました。僕は70を過ぎていて、数年前に一度倒れている。ロードムービーはロケが多いでしょう。万が一倒れてしまったら、スタッフや共演者に甚大な迷惑をかけてしまう。
監督は、何度もわが家にいらして、ほとばしるように説得するんです。顔と顔をつき合わせて目を見ているうちに、下駄を預けてみようか、という気持ちになってきました。
映画のクライマックスのジャズシーン用に、トランペットの練習を始めました。監督から国家財産級のコルネットを渡されて、2ヵ月半汗みどろになって練習したんです。が、おならみたいな音しか出ない(笑)。クラシックの短いフレーズならまだしも、主人公が吹くのはジャズです。僕らはジャズの凄み、アドリブの凄みを知っています。「やはり僕はできません」ともう一度辞退して、楽器を吹けるほかの方をご推薦したんです。
でも、しばらくして監督はまた来られた(笑)。「確かに、いい俳優さんはほかにもいます。けれども、主人公の持つ50年の重みを背負えるのは、あなたしかいないんです」。こう言われたときに、「自分がやろう」と思ったんです。
― 物語は、健三郎が50年ぶりに療養所を出て、息子夫婦の家にやってくるところから始まります。
長いブランクを経て、社会に戻ってきて、はじめて会う息子とその家族と一緒に住む。なかなかしっくりいくはずありませんよね。その時の健三郎は、家族に「おとなしく家にいてくれ」と言われたら、そうするしかない。50年ぶりの社会ではすっかり様変わりしていて、交差点もひとりで渡れない。起こることを甘んじて受けるしかない状態です。
50年を引きずっているからこそ、彼ははじめ寡黙なんです。まず、僕はただそこに在る、石のような老人にならなければならなかった。監督からも、何もせず、ただそこにいてください、と言われました。
― 序盤の存在感は圧巻でした。
何もしないでも滲む存在感というのは、老境に入った演じ手の、求めていくべき大きなテーマなんですよね。若い頃どんなに暴れた人でも、70歳になったら体力の限界を知ることになる。最後まで突っ走って命を削って亡くなる方もいるでしょうし、自分でハンドルを切る人もいるかもしれない。けれども、ただそこにいるだけで、確かな存在感が出せるというのは、大切なポイントです。
― 『ふたたび swing me again』は東京国際映画祭で上映されるなど、大きな注目を集めていますね。ハンセン病の問題や家族の問題を扱いながら、決して重苦しくなりすぎず、押し付けがましくもなく、物語は紡ぎあげられていく。
ジャズロマンに親子の絆、病気と社会復帰の諸問題…。たくさんの要素をひとつにまとめあげたのは、監督の手腕だと思います。監督を信頼して、僕はコマに徹した。余計な味付けやイメージの広がりを廃して、ほかの役者さんと絡むときも、お互いの世界に立ち入らないようにしました。それがよかったんだと思います。監督が描こうとしたロマンが皆さんに届いたとしたら、こんなにうれしいことはありません。
また、この作品がジャズロマンとしても評価をいただけるとしたら、犬塚さんや渡辺貞夫さんのおかげです。
犬塚さんが現場で出したコントラバスの音の、腹に響く低音を聴いた瞬間に、スタッフも監督も役者も感動したんです。僕自身も迷いがあった中で、「この作品は前に進める」という自信をもらった瞬間でもありました。
ライブシーンでセッションをしてくださった渡辺貞夫さんは少年のようにきらきらしていて、本当にありがたい参加でした。そうしたすばらしい音楽の数々も、ぜひ体験していただけたらと思います。
― 貴島健三郎という人間を演じて、いかがでしたか。
たくさんの人が苦しんだこのテーマをやるからには、観る方に誤解を与えてもいけないし、絶対に誰も傷つけてはいけない。そんな思いが僕には呪縛のように強烈にありました。どうすればいいのか、いつも考えていました。
この役のために、僕は頭を短く刈りました。側頭部には61歳で脳内出血で倒れたときの手術跡があるんですが、それが見えていいじゃないか。そういう気持ちで臨んだんです。
僕らはもう70数年生きてきたから、同輩たちがどんどん旅立っていっているんです。自分にもいつお別れが来るかわからない、そういう世代に入ってきた。
もし、天空に映画づくりの神様がいるとしたら、「財津よ、おまえ何十年と命削って映画やってきた、ご苦労さんだった、最後にこれだけやれ」と贈り物をくれたのかな。
クランクインからクランクアップまで、ゴルフも遊びも封印して、演じる以外、一切ほかのことをやろうと思わなかったんです。ストイックでしょう?そして、最後までやりとげられた。いまは感謝の気持ちでいっぱいです。
― 『ふたたび swing me again』は11月13日(土)から全国公開です。劇場公開に向けて、メッセージをお願いします。
この映画をご覧になる方の中には、人生を何十年と歩んでこられた方も、お若い方もおられるでしょう。皆さんのそれぞれの人生感が映画と交差して、イメージが波紋のように広がっていくことが、この映画に参加した僕らの喜びです。
2010年、あのうだるような壮絶の暑さの夏は、何人もの命を奪いました。公開される11月13日は秋もたけなわです。多くの方に、この映画『ふたたび』をご覧いただいて、いい秋を迎えていただけたらと思います。きっと、忘れていた大事なものがたくさんちりばめられているはずですから。
※『ふたたび swing me again』撮影秘話や演技にかける財津さんの思いなど、より詳しい内容は「ホームシアターファイル60号(12月8日発売)」をご覧ください。
<プロフィール>
財津一郎
1934年2月22日生まれ、熊本県出身。53年高校を卒業し、帝劇ミュージカルの研究生となり、「赤い絨毯」でデビューを飾る。その後劇団ムーランや宝塚新芸座、OSミュージックホールと渡り、吉本新喜劇に参加、多数の作品に出演する。1966年にはテレビ番組「てなもんや三度笠」で疲労したギャグが人気となり、一斉を風靡。映画やテレビドラマを中心に俳優として活躍の場を広げ、『お葬式』(1984)で日本アカデミー賞助演男優賞を受賞した。
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<スタッフ>
監督/塩屋俊 原作・脚本/矢城潤一 音楽/中村幸代 撮影/江原祥二 製作担当/砥川元宏
<出演>
財津一郎、青柳翔、陣内孝則、古手川祐子、鈴木亮平、MINJI、犬塚弘、藤村俊二、佐川満男、渡辺貞夫ほか
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