公開日 2010/01/20 11:00
“Home AVC”「RYOMA」が創る新たなエンターテインメント − JVC・ケンウッド・HD 前田悟氏に聞く開発秘話
注目製品の最新状況に迫る
JVC・ケンウッド・ホールディングスが “Home AVC”「RYOMA」を09年秋に発表してから、3ヶ月が過ぎた。「2010年春の商品化予定」がアナウンスされたRYOMAの開発は今どの段階にあるのか?本機の開発を指揮する新事業開発センター長の前田悟氏に、評論家の山之内正氏が最新状況を訊ねた。
■AVユーザー新しいライフスタイルを提案するために誕生した“RYOMA”のコンセプト
歴史も社風も異なる2つのメーカー、ビクターとケンウッドが手を結ぶと聞いて大いに驚かされたが、今春、統合の成果が具体的な製品の形でお目見えすることになりそうだ。
昨年秋に発表された「RYOMA」というコードネームからは、既存の枠組みにとらわれず、新たな需要を創出しようという意欲が感じられる(製品発表会のニュース)。試作機から想像可能な基本構成は、HDDを組み込んだBDレコーダーを母体にラジオとデジタルアンプを内蔵し、ネットワーク機能を組み込んだ多機能メディアプレーヤーという姿だが、RYOMAのコンセプトはたんなる複合モデルとは一線を画している。
開発の指揮を執ったJVC・ケンウッド・ホールディングス(株)執行役員常務 新事業開発センター長の前田悟氏は、「いまの日本企業にはプロダクトプランニングの力が欠けています。テレビやアンプなど、既存の商品カテゴリーにとらわれて新しい需要の創成ができていない。いまの『AV危機』を打ち破るためには『知恵』が必要なのです」と、RYOMA開発の背景にAV機器市場の現状への強い危機感があったことを明かす。
前田氏は、ソニー時代に「ロケーションフリー」を世に送り出した経験から、市場の潜在的なニーズをとらえ、新しいライフスタイルを提案することの重要性を強く実感しているという。「こんなものが欲しい、あんな商品があれば便利だ」という欠乏感をベースに新しい商品を開発すれば、市場の空洞化やコモディティ化に歯止めをかけられるというのが前田氏の信念なのだ。
その考え方には私も強く共感する。メディアの形態もコンテンツも大きく変化しているのに、この何年か、AV機器のハードウェアだけが取り残されているような感覚を味わい続けてきた。なにかもっと使いやすく新鮮な商品が登場してもいい頃だと思うのだが、これはと思うものがなかなか出てこない。
ところで、RYOMAの基本構成に含まれるのはラジオにせよアンプにせよ、既存商品でおなじみの技術・機能であり、どこが新しいのかという疑問がわいても不思議ではない。通常のアナログラジオチューナーも内蔵しているので、従来の聴取スタイルも踏襲しながらインターネット経由で受信するノイズのないラジオが楽しめ、肥大化したAVアンプとは別物のコンパクトなデジタルアンプでもあるという「新しさ」はある。いずれも、それ自体技術的に注目すべき内容であることは疑う余地がない。
だが、それだけでは疑問は解決しない。もう一度繰り返すが、なぜラジオとアンプなのか?

その答えを見出すヒントは、前田氏の以下の説明に隠されている。「私は、オーディオとビジュアルを本当の意味で一体化することによって、ホームオーディオライフを復活させることを目指しているんです。ラジオを聴くリスナーは幅広い世代に存在するのに、テレビも録画機もラジオのチューナーを内蔵せず、電波状況もほとんど改善されていません。TVのチャンネルと同じように位置づけ、ラジオのチャンネルも選択することができ、加えてインターネットにつなぐだけでノイズのまったくないラジオ放送が聞けたら素晴らしいと思いませんか?
薄型テレビが普及してリビングで音楽を聴く環境はほとんど消えてしまいましたが、良い音で手軽に音楽を楽しみたいという要求は誰もが持ち続けています。RYOMAはCDも再生できるし、ハイパワーのステレオアンプも内蔵しています。スピーカーをつなぐだけでハイファイグレードの音が楽しめる商品がこれまで商品化されていなかったこと自体がおかしいんですよ!」。
かつてFM放送は音楽ファンにとって情報源、高音質音源として不可欠の存在だったが、いつのまにかリスナーが離れ、CDや配信音源へのシフトが進んだ。だが、その一方で一定数のリスナーが存在するなど、既存メディアならではの強みがあることも事実であり、良好に受信できる環境さえあれば、リスナーが再びFM放送に戻ってくる余地は十分にある。
■新たなエンターテインメントとサービスをつくる可能性を秘めた「M-LinX」
RYOMAと同時に発表された新しいネットワークサービス「M-LinX(仮称)」は、インターネットと放送を融合させることで新しいライフスタイルの確立を目指すという。具体的には、RYOMA、または同時に発表された小型のM-LinX TunerBoxをLAN経由でインターネットにつなぐだけで、各地の既存のAM/FM放送とM-LinX専用の新コンテンツを楽しむことができるというものだ。専用コンテンツは音声に限らず、動画、静止画、文字情報などの付加データを楽しむことも可能で、既存のラジオ番組と組み合わせることで、ショッピングなど新しい用途を開拓する余地も生まれる。
TunerBoxのサイズから想像できるように、M-LinXの機能自体は小規模な回路で実現できるため、将来は他社商品も含めてテレビや録画機に内蔵させることも不可能ではない。テレビや録画機の機能の一つとしてノイズレスのラジオ受信機能が追加されるというイメージだが、既存のラジオがそのまま聞けるという手軽さを歓迎するユーザーは少なくないように思う。オンデマンドのネットワークコンテンツよりもラジオの方が親しみやすいと感じる消費者がいても不思議ではないし、静止画と一緒にテレビでラジオを楽しむ文化が広がる可能性も十分にある。言葉では実感がわかないかもしれないが、試作コンテンツを見ながら(聞きながら?)、筆者自身はその可能性を実感することができた。
試作機に触れて感心した点がもう一つある。オーディオとビデオを対等に配置したRYOMAのGUIとリモコンの完成度が非常に高く、映像コンテンツと音楽を自在に使い分けて楽しむスタイルを容易に想像することができるのだ。いままでもBDレコーダーでCDを再生することはできたが、その使い勝手は誉められたものではなく、ついでに載せたオマケ機能の域を超えていなかった。
商品の完成までは結論が出せないが、RYOMAのポテンシャルはかなり大きく、既存のカテゴリーにとらわれない新しいハードウェアの誕生を歓迎するユーザーは少なくないと思う。また、本機の登場を契機に、AV機器の形態と使い勝手を再検証する動きが具体化する可能性もある。「日本のエレクトロニクス復活」に向けた意欲的な挑戦が始まった。

前田 悟 氏
1979年 ソニー入社。電話回線を介して情報をやり取りするビデオテックスや静止画電送機、ディジタルコードレス電話、世界初のワイヤレスTV(Airboard)など、通信とディジタル技術をベースとした数々の新商品を企画・開発し、実用化を図る。その後、自宅で受信しているテレビの生放送や録画した番組をインターネットを介して世界中どこでも見られるようにする「ロケーションフリー」を世界で初めて発案し、商品化を行う。2007年12月ソニーを退社、ケンウッドに入社。日本ビクターとの経営統合関連を担当し、「カタ破りをカタチに」という統合ビジョン創る傍ら、開発センターを担当する。2009年6月より、執行役員常務、新事業開発センター長に就任する。
◆筆者プロフィール 山之内 正 Tadashi Yamanouchi
神奈川県横浜市出身。東京都立大学理学部卒。在学時は原子物理学を専攻する。出版社勤務を経て、音楽の勉強のためドイツで1年間過ごす。帰国後より、デジタルAVやホームシアター分野の専門誌を中心に執筆。大学在学中よりコントラバス演奏を始め、東京フィルハーモニー交響楽団の吉川英幸氏に師事。現在も市民オーケストラ「八雲オーケストラ」に所属し、定期演奏会も開催する。
■AVユーザー新しいライフスタイルを提案するために誕生した“RYOMA”のコンセプト
歴史も社風も異なる2つのメーカー、ビクターとケンウッドが手を結ぶと聞いて大いに驚かされたが、今春、統合の成果が具体的な製品の形でお目見えすることになりそうだ。
昨年秋に発表された「RYOMA」というコードネームからは、既存の枠組みにとらわれず、新たな需要を創出しようという意欲が感じられる(製品発表会のニュース)。試作機から想像可能な基本構成は、HDDを組み込んだBDレコーダーを母体にラジオとデジタルアンプを内蔵し、ネットワーク機能を組み込んだ多機能メディアプレーヤーという姿だが、RYOMAのコンセプトはたんなる複合モデルとは一線を画している。
開発の指揮を執ったJVC・ケンウッド・ホールディングス(株)執行役員常務 新事業開発センター長の前田悟氏は、「いまの日本企業にはプロダクトプランニングの力が欠けています。テレビやアンプなど、既存の商品カテゴリーにとらわれて新しい需要の創成ができていない。いまの『AV危機』を打ち破るためには『知恵』が必要なのです」と、RYOMA開発の背景にAV機器市場の現状への強い危機感があったことを明かす。
前田氏は、ソニー時代に「ロケーションフリー」を世に送り出した経験から、市場の潜在的なニーズをとらえ、新しいライフスタイルを提案することの重要性を強く実感しているという。「こんなものが欲しい、あんな商品があれば便利だ」という欠乏感をベースに新しい商品を開発すれば、市場の空洞化やコモディティ化に歯止めをかけられるというのが前田氏の信念なのだ。
その考え方には私も強く共感する。メディアの形態もコンテンツも大きく変化しているのに、この何年か、AV機器のハードウェアだけが取り残されているような感覚を味わい続けてきた。なにかもっと使いやすく新鮮な商品が登場してもいい頃だと思うのだが、これはと思うものがなかなか出てこない。
ところで、RYOMAの基本構成に含まれるのはラジオにせよアンプにせよ、既存商品でおなじみの技術・機能であり、どこが新しいのかという疑問がわいても不思議ではない。通常のアナログラジオチューナーも内蔵しているので、従来の聴取スタイルも踏襲しながらインターネット経由で受信するノイズのないラジオが楽しめ、肥大化したAVアンプとは別物のコンパクトなデジタルアンプでもあるという「新しさ」はある。いずれも、それ自体技術的に注目すべき内容であることは疑う余地がない。
だが、それだけでは疑問は解決しない。もう一度繰り返すが、なぜラジオとアンプなのか?

薄型テレビが普及してリビングで音楽を聴く環境はほとんど消えてしまいましたが、良い音で手軽に音楽を楽しみたいという要求は誰もが持ち続けています。RYOMAはCDも再生できるし、ハイパワーのステレオアンプも内蔵しています。スピーカーをつなぐだけでハイファイグレードの音が楽しめる商品がこれまで商品化されていなかったこと自体がおかしいんですよ!」。
かつてFM放送は音楽ファンにとって情報源、高音質音源として不可欠の存在だったが、いつのまにかリスナーが離れ、CDや配信音源へのシフトが進んだ。だが、その一方で一定数のリスナーが存在するなど、既存メディアならではの強みがあることも事実であり、良好に受信できる環境さえあれば、リスナーが再びFM放送に戻ってくる余地は十分にある。
■新たなエンターテインメントとサービスをつくる可能性を秘めた「M-LinX」
RYOMAと同時に発表された新しいネットワークサービス「M-LinX(仮称)」は、インターネットと放送を融合させることで新しいライフスタイルの確立を目指すという。具体的には、RYOMA、または同時に発表された小型のM-LinX TunerBoxをLAN経由でインターネットにつなぐだけで、各地の既存のAM/FM放送とM-LinX専用の新コンテンツを楽しむことができるというものだ。専用コンテンツは音声に限らず、動画、静止画、文字情報などの付加データを楽しむことも可能で、既存のラジオ番組と組み合わせることで、ショッピングなど新しい用途を開拓する余地も生まれる。
TunerBoxのサイズから想像できるように、M-LinXの機能自体は小規模な回路で実現できるため、将来は他社商品も含めてテレビや録画機に内蔵させることも不可能ではない。テレビや録画機の機能の一つとしてノイズレスのラジオ受信機能が追加されるというイメージだが、既存のラジオがそのまま聞けるという手軽さを歓迎するユーザーは少なくないように思う。オンデマンドのネットワークコンテンツよりもラジオの方が親しみやすいと感じる消費者がいても不思議ではないし、静止画と一緒にテレビでラジオを楽しむ文化が広がる可能性も十分にある。言葉では実感がわかないかもしれないが、試作コンテンツを見ながら(聞きながら?)、筆者自身はその可能性を実感することができた。
試作機に触れて感心した点がもう一つある。オーディオとビデオを対等に配置したRYOMAのGUIとリモコンの完成度が非常に高く、映像コンテンツと音楽を自在に使い分けて楽しむスタイルを容易に想像することができるのだ。いままでもBDレコーダーでCDを再生することはできたが、その使い勝手は誉められたものではなく、ついでに載せたオマケ機能の域を超えていなかった。
商品の完成までは結論が出せないが、RYOMAのポテンシャルはかなり大きく、既存のカテゴリーにとらわれない新しいハードウェアの誕生を歓迎するユーザーは少なくないと思う。また、本機の登場を契機に、AV機器の形態と使い勝手を再検証する動きが具体化する可能性もある。「日本のエレクトロニクス復活」に向けた意欲的な挑戦が始まった。

1979年 ソニー入社。電話回線を介して情報をやり取りするビデオテックスや静止画電送機、ディジタルコードレス電話、世界初のワイヤレスTV(Airboard)など、通信とディジタル技術をベースとした数々の新商品を企画・開発し、実用化を図る。その後、自宅で受信しているテレビの生放送や録画した番組をインターネットを介して世界中どこでも見られるようにする「ロケーションフリー」を世界で初めて発案し、商品化を行う。2007年12月ソニーを退社、ケンウッドに入社。日本ビクターとの経営統合関連を担当し、「カタ破りをカタチに」という統合ビジョン創る傍ら、開発センターを担当する。2009年6月より、執行役員常務、新事業開発センター長に就任する。
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