公開日 2025/08/01 15:26

iPhoneやAndroidが不便に? 「スマホ新法」改正ガイドライン、先行する欧州の教訓を活かせるか

105件のパブリックコメントを採り入れて改定

公正取引委員会と経済産業省は、今年の5月から6月にかけて実施した「スマホ新法」に関連するパブリックコメントから集めた意見をもとに、一部を採り入れる形で、7月29日に改正した新しい指針(ガイドライン)を公開した。法律が施行される今年12月18日に向けて万全の環境が整ったと言えるのか。その内容を見ていこう。

今年の12月18日に施行される「スマホソフトウェア競争促進法」の動向を取材した

パブリックコメントの一部意見を反映した

スマホ新法の正式名称は「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(スマホソフトウェア競争促進法)だ。

法律の基本的な目的はユーザーのスマホライフに直接的に関与することを意図しておらず、基本的には「スマートフォンなどモバイル向けの巨大プラットフォームを運営する事業者による寡占状態を是正し、公平な競争を通じて新規事業者の参入を促すこと」と、これにより「一般のユーザーが多様なアプリやサービスを自由に選べる環境を整え、デベロッパーによる革新的なサービスが生まれやすい土壌を築くこと」の2つを掲げている。

法律が規制対象とする「巨大プラットフォームを運営する事業者」とは、すなわちアップルとグーグル、およびアップルの子会社であるiTunes株式会社の3社を指す。法律はこの各社によるビジネスモデルが現在、それぞれのユーザーを囲い込むような状況にあると指摘している。

そのうえで、主に「自社アプリストア以外の手段によるアプリ配信」「決済手段の利用」を外部事業者にも開放すること、スマートフォンのOSレベルでデフォルトとなっている検索エンジンやブラウザ、アプリといった「初期設定をユーザーが自由に選択・変更できること」などを3社に求めている。

端的に言えば、アップル、グーグルがそれぞれ自社サービスを優遇するために他社のサービスを排除したり、OSに同様の設計を行うことに規制をかけ、競争を促進することが本法の趣旨だ。

公正取引委員会は、7月29日に本法に関連する最新の指針(ガイドライン)をウェブサイトに公開した。

ガイドラインの成立に先立ち、スマホ新法における規制対象とされているアップルは「スマートフォン市場の健全な発展と公正な競争の確保」について、競争の活性化とイノベーションを促す趣旨に賛同してきた。一方で法案に残る不備がハレーションを引き起こし、結果としてユーザーに質の低い体験を強いることは避けるべきであるとも、繰り返し警鐘を鳴らしてきた。

公正取引委員会が今年5月に公開したガイドライン案に対して、アップルは自社による知的財産権の正当な行使、およびサードパーティによるOSアクセス要求の範囲に合理的な制限を設けるべきであることなどを意見として発表した。

グーグルもまた、本法による競争促進を目的とした規制がユーザーの利便性や安全性を犠牲にするべきではなく、スマホ新法が施行された後も公平な競争の場を確保し、明確かつ原則に基づいた基準を指針として執行される「義務の公平性」を主張している。

公正取引委員会が公開したスマホ新法に対する意見募集の結果を踏まえた、指針の修正案の一部

5月から6月まで実施したパブリックコメントには、105件の意見が集まった。その一部を反映する形で、公正取引委員会はガイドラインでいくつかの修正を行った。

例えば本法の「基本的考え方」として、スマートフォン利用者の安全・安心のほか、利用者の利便性を確保しながら両立を図ることが重要というグーグルの主張が盛り込まれる形で、指針に追記されている。

スマホ新法が指定の事業者に対する規制を強化することで、事業者の収益性が大きく損なわれると、セキュリティリスクへの脆弱性が生じて深刻な問題を招く可能性があるとして、アップルは「サードパーティのOSアクセス要求の範囲について合理的な制限を設けるべき」とも主張してきた。

例えば今年の6月24日からiPhoneにマイナンバーカード機能が搭載され、Android OSを搭載するスマートフォンも含め、幅広くスマホでマイナンバーカードが利用できる」ようになった。その結果、現在はスマホのセキュリティリスクへの頑健性が今まで以上に注目されている。

改訂版ガイドラインではスマホ利用者の情報保護として、政府機関等が提供する個別ソフトウェアがセキュリティホールとなり、スマホに保存されているユーザーの機微情報が流出・悪用されないように対応することが追記された。

その他の修正内容については「意見募集に寄せられた意見等(概要)」のドキュメントに全容が公開されている。

健全な競争促進のために「欧州の教訓」を活かせるか

改訂版ガイドラインの発表を受けて、アップルが以下のコメントを寄せている。

Appleは日本で40年以上にわたって事業を展開しており、国内で100万人以上の雇用を支えていることを誇りに思っています。また、App Storeが、開発者の皆さまにとって魅力的なビジネスの機会を提供し、ユーザーにとって最高のアプリ体験ができる場であり続けられるよう、常に革新を重ねています。

しかし、政府が導入しようとしているEU型の規制は、プライバシーやセキュリティの保護を損なうだけでなく、私たちの技術やサービスを競合他社に無償で提供することを強いるものであり、新たなリスクを生じさせかねません。こうしたリスクを適切にご理解いただけるよう、私たちは引き続き公正取引委員会との対話を重ねてまいります。

コメントの中で触れられている「EU型の規制」とは、欧州連合(EU)加盟の27か国で施行されたデジタル市場法(DMA)を指している。同地域ではアップルが2024年3月に公開したiOS 17.4以降から、App Store以外のアプリマーケットからiPhoneにアプリをインストールしたり、App Storeでの有料アプリ、アプリ内課金コンテンツを、デベロッパーのアプリ内で、Apple Pay以外の手段で決済できるようになった。

デジタル市場法(DMA)のガイドラインは欧州委員会のウェブサイトに公開されている

法律の施行開始後も、DMAの執行主体である欧州委員会はたびたび法の解釈に変更を加えて、アップルに対して新たな追加要件を求めているという。

例えば現状、サードパーティーの企業やデベロッパーは、アップルでさえアクセスできないプライバシー情報である、iPhoneユーザーのWi-Fi接続履歴や通話履歴、カレンダーイベントなどに、当然ながらアクセスできない。欧州委員会がアップルに、これらを開放せよという要件を突きつけたことが混乱を招いている。いわずもがなだが、ユーザーの大切なプライバシー情報が悪用されるリスクが生まれるからだ。

ほかにも欧州委員会は、アップルが開発者に継続的に提供しているApp Storeのサービスに対してストアサービス手数料という形で対価を得ることを認め、この考え方を支持していた。

その結果アップルは、2023年の8月に一律のストアサービス手数料を発表したが、その直後に欧州委員会は実質上の “引き下げ” が行われた手数料に対して、さらに階層を設けて特定のサービスを開発者がオプトアウトできるようにすべきだの要求を出した。欧州委員会はまた、「任意」にすべきサービスを指定し、アップルが検索機能の一部を必須サービスから切り離すことも求めている。

2024年には、App Storeからダウンロードしたアプリでデベロッパーがデジタル商品の取引に関するオファーやプロモーションを表示し、EU地域のユーザーを外部のウェブサイトに誘導し、決済取引を完了できるような「ステアリング(誘導)」を認め、先述のようにデベロッパーがApple Pay以外の決算手段も選べるようにしている。ところが最近、欧州委員会はDMAのガイドラインが示す「ステアリング」の定義を大幅に変えることも行っている。

DMAがEU地域のiPhoneユーザー、あるいはデベロッパーにどのように直接的な利益をもたらしているかについては、今後の調査と検証結果に注目する必要がありそうだ。一方で、欧州委員会による法律の解釈変更が度重なったことにより、アップルがEU諸国のiPhoneユーザーに提供する機能の一部が、次世代OSのものを含め、制限される事態が起きている。

例えばiPhoneミラーリングによるmacOS Tahoe 26の「ライブアクティビティ」への対応や、純正マップに訪問した場所を記録したり好ましいルートを提案してくれる機能は、EU諸国での提供時期が決まっていない。

理由はアップルがプロダクトに関連する機能やサービスの安心・安全と利便性に高い品質基準を設けており、ユーザーにもたらされる不利益を鑑みた場合、DMAの基準では十分な品質が保てないからだ。

macOS Tahoe 26に搭載されるiPhoneミラーリングによる「ライブアクティビティ」などの機能が、OSのローンチと同時にEU地域では使えない可能性がある

日本の法律における「指針(ガイドライン)」とは、政府の行政機関が法律や政省令の趣旨をふまえ、行政機関が業界や団体、企業による特定の行為に対して「こうすることが望ましい」という指針を示すことで、違反リスクを回避したり、規制の趣旨を共有することを目的とした文書のことである。原則としてガイドライン自体に法的拘束力はなく、また遵守しなかったことによって事業者に即刻ペナルティーが課されるものではない。

だが一方で、事業者が指針に従わない場合、それ以降、行政庁からの許認可が下りにくくなる場合があるようだ。当然ながら指針が示す範囲を大きく逸脱する行為があれば、対象事業者が法令違反と見なされることもある。

公正取引委員会が、欧州委員会のように、日本のスマホユーザーの不利益にもなり得るような「ゴールポストずらし」を、事業者との話し合いをせずに行うことは考えにくい。DMAが実施したことの成功と失敗の両方から得られた教訓を、日本におけるよりよい環境づくりに活かすべきだと考える。

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