公開日 2026/07/13 06:35

Innuosのポルトガル本社を日本のメディアが初訪問。大西洋を望む港町から始まる、ストリーミング再生の大航海時代

フラグシップ・トランスポート「Nazare」をTADのスピーカーで味わう
筑井真奈
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ハイエンド・ネットワークオーディオの世界で燦然と輝く新星、それがポルトガル発のブランドInnuos(イニュオス)である。以前からヨーロッパやアメリカのインターナショナルオーディオショウで着実に存在感を高めてきたInnuosが、この春、満を持して日本に上陸。ウィーン・ハイエンドの直前、その本社を日本のメディアとして初訪問してきた。

Innuosの創業者、アメリア・サントスさん(左)とヌーノ・ヴィトリーノさん(右)

大西洋を望む港町・ファロ

Innuosの本社があるのはポルトガルの最南端、大西洋を望むファロという小さな港町である。リスボン出身のエンジニア、ヌーノ・ヴィトリーノさんとアメリア・サントスさんが2009年に立ち上げた、ネットワークオーディオ、とくにハイエンドなトランスポートには特化したブランドである。

初めて訪れるファロは、まさに南国ビーチリゾート、燦々と輝く太陽と見渡す限りの美しい海、そして港にはヨットやボートひしめき合う。アラン・ドロン主演の映画『太陽がいっぱい』を思わせる開放的な港町である。(『太陽がいっぱい』の舞台は地中海、ファロは大西洋に面しているので実はちょっと違うのだが、雰囲気は伝わるのではないかと思う)。

南国リゾート、ファロの街。エストイ宮、ファド・ギターの調べ、マリンクルーズ、そして海鮮のダシが効いた料理

リスボン出身の2人がなぜファロに本社を置くことにしたのか。アメリアさんに尋ねると、「グローバルに人材をリクルートする必要があるので、国際空港に近いところにしたかったのです。ポルトガルには北(ポルト)・中央(リスボン)・南(ファロ)の3つの空港がありますが、リスボンは人も多くbusyに過ぎます。ゆったりと自然に溢れる環境の中で製品開発を行いたいと考えて、ファロを選びました」とのこと。

また、ファロはイギリスなど北ヨーロッパの人々が過ごすリゾート地でもあるらしい。そういった富裕層へのアプローチというのも、ハイエンドオーディオブランドの戦略としてあったのかもしれない。

Innuosのオフィスは、空港からタクシーで10分ほどの工業団地の一角にある。200平方メートルほどの敷地に、本社機能とアセンブリを行う工場を持つ。Innuosの社員は約50人ほどで、このファロには30人ほどが働いているという。ソフトウェアチームはリモートでリスボンに、またヨーロッパとアジア、アメリカにそれぞれグローバルセールス担当を設け、彼らもそれぞれリモートで勤務している。

Innuosのオフィス入り口

昨今のハイエンドオーディオブランドにはよくあることだが、Innuosは必ずしも各国の代理店を持たず、販売店(ディーラー)と直接取引をする場合も多い。(日本では基本的に代理店が存在し、そこから全国各地のディーラーに展開するのが普通だが、グローバル市場では必ずしもそうではない)。

今回のInnuos訪問は、実はメディアむけではなく、各国の主要ディストリビューター/ディーラー向けのツアーに“押しかけて”混ぜてもらった形となる。とはいえ、Innuosとしても日本市場への参入を何年も前から計画していたそうで、日本からの押しかけ訪問を快く迎え入れてくれた。

今回のツアーに参加していたのは、アメリカ・シカゴのハイエンドディーラー「QUINTESSENCE AUDIO」(AXPONAに取材に行った際に、最大規模のブースを展開していて印象に残っていた)、スイス、ノルウェー、イギリスのディーラー。そして日本からはタイムロードの平野社長と私の合計10名である。

若い女性スタッフが中心のフレッシュな職場

Innuosの本社でもっとも驚いたことは、若い女性スタッフが半分近くを占めていることだ。過去さまざまなハイエンドオーディオブランドのオフィスを訪問してきたが、ここまで女性が多いのは初めてだ。どうしてもオーディオの仕事は“重量級製品”を運ぶことも多く、またそもそも理系エンジニアは男性が多数を占めるという実態もある。

しかし、マーケティングや財務といった仕事には性別はあまり関係がない。女性社長アメリアさんがInnuosを率いている、という理由もあるのだろうが、若くフレッシュな雰囲気にあふれたオフィスは非常に刺激的だった。

Innuosのオフィスでは女性スタッフが大勢活躍している。ウィーン・ハイエンドショウのブースを設計しているところ。他にもロジスティックや財務など、スタッフの半数以上は女性となる

工場内は写真撮影NGということで、残念ながらテキストのみでのレポートとなるが、 InnuosのYouTubeには工場のシーンも公開されているので、ぜひそちらも見て欲しい。オートメーションによる大量生産ではなく、ひとつひとつ、熟練した職人たち(こちらは不思議なことに男性ばかり!)が手作業でパーツを組みあげ、最終プロダクトまで仕上げていた姿が印象的であった。

それぞれの工程の間はベルトコンベアで結ばれ、例えば基板のサブアセンブリ(抵抗やコンデンサーなどの組み付け、トランスの組み立て)が完了したら次の工程に送られる、というように順序よく仕上げられていく。

興味深いのは、徹底した静電気対策である。「空気中のどれほどわずかな静電気でも、製品に不具合を起こすことがあるのです」とアメリアさん。ESD(静電気放電)と彼らは呼んでおり、工場に入るために着用する専用ウェアはもちろん、パーツを保存するボックス、職人が持ち込む水筒(!)あらゆるところに静電気対策が組み込まれている。工場に入る前は、専用のdischarge(放電)の機械に触れなければならない。

全製品にはシリアルナンバーが付与されており、どのパーツがどの段階でどう組み立てられたのか、あとから完全にトレースできるようになっている。「人間はミスをします。ですから、もしミスをしたとしても、それをしっかりカバーできるシステムを構築しているところが私たちの強みです」とアメリアさん。

フラグシップ・トランスポート「Nazare」を味わう

リスニングルームに入ると、なんとスピーカーにはTADのフロア型スピーカー「TAD-GE1」が活用されていた。TADとInnuosのチームは以前から親交があったそうで、ウィーン・ハイエンドのTADのブースでInnuosの「Nazare」等が活用されているなど、お互いの製品理念へのリスペクトも深い。

Innuosのリスニングルーム。メインスピーカーは5月に届いたばかりというTAD 「TAD-GE1」

プリ&パワーアンプはグリフォン、そしてDAコンバーターにはMSB technology「Cascade DAC」、CH Precision「C1.2 DAC」、EMM labs「DA2i」が3台設置されている。「Nazare」を組み合わせるならばこういったDAコンバーターを、という狙いもあるのだろう。今回はCH PresicionのDACで主に再生が行われた。電源部にはTRANSPARENTの「POWERWAVE」が奢られ、ルームチューニングパネルは同じくポルトガルのartnovionであろう。

CH Precision、EMM Labs、MSB Technologyとハイエンド級DAコンバーターが並ぶ

再生はもちろんフラグシップ・トランスポートの「Nazare」。ヌーノさんにリクエストをしたら、Qobuzから宇多田ヒカル&米津玄師の「JANE DOE」を再生してくれた。静寂から音が立ち上がり、二人の声が絡み合うように溶け合う。いままで聴いたことがないレベルの静寂、暗闇から音がすぅっと立ち上がるさまには息を呑む。そして音の消えぎわの余韻感まで、どこまでも透明に描き出す美しさである。

メキシコのギターデュオ・Rodrigo Y Gabrielaのギターも印象的であった。どこか哀愁を誘うメロディ、ギターの爪弾き、その指の動きひとつひとつがまさに目の前に見えるようで、その音の柔らかさと纏う空気感に、遠き異国の地にありて郷愁の響きに想いを馳せる。

もうひとつ感動的だったのが、BISからリリースされているレイキャヴィーク・スコラ・カントルムの「MEDITATIO」。染み渡るコーラス隊の歌声、静謐な温度感は思わず教会の中に連れ去られたかのようなダイナミックなシーンチェンジ。オーディオ再生は、一瞬のうちにリスナーを“見知らぬ土地”に誘ってくれる。

中央一番上がトランスポート「Nazare」、その下がリクロッカー「Nazare Flow」、その下が2台の「Nazare Net」 

リクロッカー「Nazare Flow」の効果

さらに、ヌーノさんのプレゼンテーションで、Nazareの実力をさらに引き出す「Nazare Flow」と「Nazare Net」の有り無し比較も体験させてもらった。Nazare Flowはクロックに関わるデジタルインターフェース、Nazare Netはネットワークハブ。この部屋ではNazare Netを2台使用し、2台を光ファイバーで接続する光アイソレーターも組み込まれている。

ヌーノさん自らNazare Flowの有り無しをデモしてくれた

特に「Nazare Flow」の効果には驚く。音の立ち上がりの速さ、特に打楽器の立ち上がりは特にオーディオ再生の難度を問われるが、Nazare Flowを加えることでその鮮烈さはより一層の高みに迫る。ネットワークオーディオの周辺機器への対策は、まだまだ驚くべき可能性を秘めている。

ヌーノさんは製品開発のスタイルにも新しい技術を活用しており、VRヘッドセットをかぶって製品開発のデモンストレーションを見せてくれた。パーツのモジュールを画面上で組み立てたり、動かしたりすることで、実際の試作機を作らなくても、効率的に最終プロダクトのイメージを作り上げることができるそうだ。

VRデバイスを活用して製品開発も行っている

画面上で内部設計

今回はグローバルミーティングということもあり、各国のメンバーがそれぞれリクエストした楽曲が順番に再生された。普段日本でも、あるいは世界のオーディオショウでも聴く機会がない新しい音楽との触れ合いに驚くとともに、どのような音楽が始まろうとも、再生した瞬間にInnuosの世界観に引き混んでいくその生命力に驚く。

ヨーロッパの最西端から始まるグローバル・ミュージックの旅。ストリーミングサービスがもたらす縦横無尽な音楽の航海。

ポルトガルはドイツやイギリスとは違い、決してハイエンド・オーディオブランドが多くひしめくお国柄ではない。だが、今やネットワークオーディオの世界は文字通りグローバルだ。かつてコロンブスが広大な世界を夢見て旅に出たように、エンジニアリングの力を持って新たな大海に漕ぎ出す、未踏の地への憧憬と好奇心の奔流を、Innuosというブランドからは強く感じることができた。

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