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公開日 2026/06/17 06:30
「ゾーンに入る」体験を引き出したい

iFi audio渾身のフラグシップDAC/アンプ「iDSD Phantom」レビュー&共同創業者に訊くブランドの設計哲学

山之内 正

ポータブルオーディオの世界で評価を確立したイギリスのiFi audioは、いまはホームオーディオの分野でも重要な役割を演じている。特にデスクトップを含むパーソナルオーディオで先端技術の成果を採り入れた製品を探すと、必ずや同社のコンポーネントに行き当たるほど、広く浸透している。


2026年3月に行われた同社の発表会では、フラグシップに君臨するDAC内蔵ヘッドホンアンプの「iDSD Phantom」、オールインワンDAコンバーター「NEO iDSD3」、コンパクトで多機能なストリーマー「NEO Stream 3」など、充実した新製品群を公開し、意欲的な製品開発姿勢を強く印象付けた。 



本稿では、同社の共同創業者であるヴィンセント・ルーク氏のインタビューを中心に、同社のバックグラウンドとなる設計哲学を紹介し、記事の後半でiDSD Phantomの試聴レポートをお届けする。



インタビューに応じてくれたiFi audioの共同創業者であるヴィンセント・ルーク氏



海の底まで掘り下げるように製品開発する


—— iFi audioの生い立ちを教えてください。



ルーク リバプール北西のサウスポートに本社があります。親会社のAMRの創業が2006年で、今年で20周年を迎えます。CDプレーヤーの「CD-77」がAMRの最初の代表的な製品で、ハイエンドオーディオ市場で高く評価されました。DACにフィリップスのTDA1541を採用した銘機とされています。



その後、当時のオーディオの新しいトレンドであったモバイルオーディオに注目し、2012年に新しいブランドとして iFi audioを立ち上げました。日本でも高い人気を得たiDSDやnanoシリーズなど、コンパクトで高性能な製品を数多く開発し、支持が広がっていきました。今年はAMR創立から20年、来年はiFi audio創立15周年を迎えます。






 輸入元のエミライの社屋で行われたiFi audioの発表会に続いて、本誌インタビューに応じてくれたルーク氏(真ん中)。右は筆者




 iFi audioの母体であるAMRの代表モデル「CD-77」




iFi audioの大ヒット製品「nano iDSD」


—— どんな設計哲学で開発を進めているのでしょうか。発表会では人間の脳のイラストが紹介されていて、びっくりしました(笑)。



ルーク はい、確かに神経伝達物質の話をしましたね。オーディオメーカーはデータシートの数字や採用しているDACの話をすることが多いのですが、私達はそれだけでは十分ではないと考えています。


ブランド紹介でも例に上げましたが、よく使う喩えは海です。海面だけでなく、深い海溝の底まで視野に入れて深く掘り下げ、製品開発に取り組むことが私達のモットーなのです。


—— 脳と音楽の話も興味深い内容です。


ルーク 脳神経科学者T.J.パワー氏が紹介しているように、脳が幸福と感じる背景に、4種類の神経伝達物質(ドーパミン、オキシトシン、セロトニン、エンドルフィン)の作用が重要な役割を演じています。音楽を聴いて楽しくなると、これらの化学物質が分泌されます。



人の幸福感やモチベーション、安心感などに関わる4つの脳内化学物質が音楽を聴くことで分泌される


——「幸せホルモン」と呼ばれる物質ですね。


ルーク その通りです。先ほど海に喩えましたが、音の本質、音楽の本質を考えると、脳に辿り着くのです。音楽を聴いていわゆる「ゾーンに入る」体験をする時は、これら化学物質が分泌されているのです。私達は、そんな体験を引き出すような音を目指しているのです。今回の製品群にも採用していますが、K2テクノロジーを選んだのもそこに理由があります。


—— DSD2048リマスタリングも画期的ですが、K2テクノロジーを用いた音質改善も継続して導入していますね。


ルーク JVCケンウッドの秋元さんなどK2テクノロジーの専門家の方とお話を進める中で、採用を決めました。K2の素晴らしいところは、単にアルゴリズムを適用するだけでなく、生身の人間の耳でチューニングしていることだと思います。



発表されたiFi audioの新製品DAC内蔵ヘッドホンアンプ(ストリーマー機能付)「iDSD Phantom」日本価格未定、グローバルプライスUSD4,500 




iDSD Phantomは、JVCケンウッドの高音質化技術K2HDのオン/オフが切り替えられる


—— DSDリマスタリングもさらに進化を遂げました。DSDリマスタリング機能の採用はiFi audioの重要なこだわりのひとつですね。


ルーク その通りです。ちなみにiDSD Phantomに採用しているバーブラウンのDSD1793はハイブリッドチップで、PCMの信号経路とDSDの信号経路は異なるパスを通り、両者が交差することはありません。PCMはPCM専用のビットを使用し、DSDもDSD専用のビットを持っています。


真空管モード搭載の狙いは?


—— iDSD Phantomのもうひとつの興味深い点として、真空管(NOS GE5670)の採用があります。物理特性では必ずしも優位とは言えない真空管モードをあえて載せる意味について、iFi audioとしてはどこに狙いがあるのでしょう。改めて教えてください。


ルーク 確かに真空管にもソリッドステートにも、またPCMやDSDにもそれぞれ長所と短所があります。


iDSD Phantomだけでなく他の製品も含めて、あえてiFi audioが真空管を採用する理由は、二次高調波歪みが人間の脳にとって馴染みやすく、フレンドリーな成分と考えているからです。好ましい音で、楽しみを与えてくれるし、神経伝達物質にも良い作用をもたらすのです。


科学的に立証したわけではなく、経験に基づく主観的な考え方ですが、音楽を楽しむこと、リラックスすることに繋がるのであれば、それは良いことだと言えます。脳が拒否するような音だと、音楽を聴く気にもなりませんから。もちろんソリッドステートのセクションにも工夫を凝らして、積極的に音楽を楽しめるように設計しています。



iDSD PhantomのTUBEモード。左のスイッチで半導体モードとTUBEモードを切り替えることができる


—— 真空管に切り替えたとき、少し待った方が良いか、それともすぐ本来の音が楽しめるのか、どちらでしょう?


ルーク ウォームアップの時間を確保した方が良いので、真空管モードの良さをじっくり味わうためには、30分ほど待つことをお薦めします。




会社の全員がオーディオマニア


—— ルークさんご自身も真空管アンプの音を好まれているそうですね。



“音楽を楽しむこと、リラックスすることが大切。脳が拒否するような音だと音楽を聴く気にもなりません”


ルーク 私だけでなく会社の他のメンバーもAMRを始める前はそれぞれ違う業種で仕事をしていました。金融業、保険、法律など、実に多様な業界を経験しています。そして全員がオーディオのマニアで、それぞれが規模の大きなそれなりのシステムで音楽を楽しんでいます。私のように真空管とレコードが最高と思っている者もいれば、ソリッドステートを愛している人物もいます。もちろん、スピーカーにもそれぞれのこだわりがあります。経験を重ねる中で音楽と技術への愛を育ててきたのです。


それと同時に、いま私達のようにオーディオに携わっている者がやるべきことは、若い人達がもっと音楽を聴くように促すことなのです。それができなければ、私達に未来はないと思っています。


——日本の市場についてどんな印象をお持ちですか?


ルーク 半分はジョークですが、社内ではいつもこう言っています。一番大事なのは日本、2番目がドイツ、3番目はその他(笑)。日本のオーディオファンはとても重要で、私達にとってベンチマークなのです。日本市場で認められなければ、他の市場でも成功できないと考えています。



iDSD Phantomレビュー -潤いと温度感が魅力





「iDSD Phantm」のデザインは、ヘッドホンアンプのフラグシップ「iCAN Phantom」を思い出させるが、こちらは最先端のUSB-DACを内蔵し、ストリーマーとしても利用できるため、用途はかなり広い。




iFi audio「iDSD Phantom」


デスクトップでヘッドホンまたはコンパクトなアクティブスピーカーと組み合わせるだけでなく、本格オーディオにネットワークプレーヤーとして組み込む用途も向きそうだ。


今回の試聴は後者を想定して進めるが、ヘッドホンアンプの再生音も確認する。ちなみにiDSD Phantomはロールス・ロイスに由来すると発表会で説明があった。昨年発売されたiDSD Valkyrieはアストン・マーティン。いずれもイギリスの名車へのオマージュと思われる。



スピーカー(B&W802D4+アキュフェーズのC-3800、P-7500)のほか、ヘッドホン(ゼンハイザーHD-800Sをバランス接続)でも試聴を行った


ディスプレイの左には真空管とソリッドステートの切り替えスイッチ、右側にはゲイン切り替えスイッチをそれぞれ装備する。精密感を湛えた仕上げはiFi audioならではのもので、特にデスクトップでの使い勝手はとても良い。電源アダプターはSilentPowerブランドで販売されている「iPower Elite」が標準で付属する。



ディスプレイには色鮮やかに再生中のジャケットを表示




 電源アダプターはSilent Power「iPower Elite」が標準で付属




光LANコンバーターも付属。右はUSB充電のためのアダプター


 一見すると上下2筐体構成に見えるが、実際は1筐体で、185mmと背も高い。下部の前面リッドを外すと各種ヘッドホン出力端子が顔を出す。フロントパネル中央部の操作ボタンはDSDリマスタリング、デジタルフィルター、K2テクノロジーなど音質調整機能を専用で割り当て、その上のディスプレイに動作モードが表示される仕組みだ。



iDSD Phantomの背面端子


付属の光コンバーターを介してネットワークにつなぎ、Qobuz Connectを利用してストリーミングの音源を再生する。専用アプリの「iFi Nexis」では基本操作に加えて各種設定変更も行える。


ヘンデル「メサイア」(ジョン・バット)はソプラノ独唱とオーケストラの弦楽器に潤いがあり、単に透明度が高いだけの音とは異なる温度感がある。特にTUBEモードに切り替えた時の再生音は、澄み切った響きを確保しながら声とオーケストラが溶け合うハーモニーの厚みを的確に再現し、音場の立体感も引き出すことができた。


クリスチャン・マクブライドの音源はビッグバンドとヴォーカルのセパレーションが高く、音数が増えても飽和感のないサウンドを再現。このアルバムではソリッドステートモードの切れの良い音調がベストだが、K2HDをオンにした時のソロ楽器の鮮鋭な音像イメージにも侮りがたい魅力がある。



ゼンハイザーのHD 800Sをつなぎ、フィス・エメの音源を聴くと、芯のあるベースとウォームな感触のヴォーカルが鮮やかな対比を見せた。特に、声のリッチな音色には本機ならではの魅力があり、パーカッションの鋭い立ち上がりは7747mWという出力の余裕を強く印象付ける。



ヘッドホンはゼンハイザー「HD 800S」をバランス接続して試聴


iDSD Phantomはオールインワン型で用途が広いが、コンパクトなハイエンドシステムのコアとしても有力な候補になる。



3月27日の発表会で公開となったDAC内蔵ヘッドホンアンプ「iDSD Phantom」(中央)




同日に発表されたDAC内蔵ヘッドホンアンプ「NEO iDSD 3」(オープン価格、予想実売価格は178,200円前後/税込)







同じく同日に発表されたネットワークプレーヤー「NEO Stream 3」(オープン価格、予想実売価格は178,200円前後/税込)




 (協力:株式会社エミライ)




※この記事は『季刊・オーディオアクセサリー201号』からの転載です


 

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