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公開日 2025/11/13 06:30
平面磁界駆動型ドライバー/ダイナミックドライバーをそれぞれラインナップ

新時代のヘッドホン・リファレンス。空間性、解像度に優れるスロベニア・エルゼティッチの到達点

岩井 喬

八角形のデザインが目を惹くスロベニアのニューカマー


この数年、海外のオーディオショウで存在感を高めているハイエンドヘッドホンブランドがスロベニアのERZETICH(エルゼティッチ)である。他にはない八角形のハウジングデザインが特徴で、中でもブランドの頂点に君臨する平面磁界駆動型の「Charybdis(カリュブディス)」は新たなリファレンスヘッドホンとしての地位を確立しつつある。



今夏日本でも取り扱いがスタートしたスロベニアのブティックブランド・エルゼティッチ。日本に導入された4モデルを一気に試聴!


ここ日本ではタイムロードが取り扱いを開始したが、このCharybdisに加え、同じ平面磁界駆動型の下位モデル「Phobos(フォボス)」、そしてダイナミック型ドライバーを搭載する「Mania(マニア)」「Thalia(タリア)」の4モデルから展開していくという。


今回、国内に導入されたERZETICHの4モデルを一斉に試聴する機会を得たので、それぞれのモデルの特長やサウンドについてレビューしてみたい。


元バンドマンが立ち上げたヘッドホンブランド


ERZETICHは10代の頃から音響工学を学び、ミュージシャンとしても活動しながら、サウンドエンジニアやデザイナーとしても活躍していたブラッツ・エルゼティッチ氏が2012年に立ち上げたブランドだ。ちなみにブラッツ氏が所属していた音楽プロジェクトは、マリリン・マンソンの前座を務めたこともあるという。


スロベニアはかつてユーゴスラビアの一部であったが、ブラッツ氏が音楽に興味を持ち始めた頃は独立前であり、その当時Hi-Fi製品は高価な輸入品しかなく、粗末なリスニング環境で楽しんでいたとのこと。しかしより良い音で音楽を楽しみたいという思いから、その状況を打破するべく、自身でオーディオ製品を自作してきた経験がブランド創設の原動力になっているそうだ。


ERZETICHの歩みはヘッドホンアンプから始まっており、電子回路の開発やテストも自社で行っている。またヘッドホンについても木製パーツは自社の第1工房で厳選された木材から加工し(現行バージョンでは樹脂製に変更)、ヘッドホンの組み立て工程は第2工房で実施。細部まで妥協せず、職人による手作業で製品を作り上げてきた。



職人による手作業による製造、また自然由来の素材を使用するなど、パーツにもこだわり抜いて開発されている


Charybdis -緻密で音離れの良い高解像度サウンド


ではここからはERZETICHのヘッドホン4モデルの概要とそのサウンドを紹介していこう。試聴にはAstell&KernのDAP「SP3000」をバランスライン接続したバイオエレクトリックのヘッドホンアンプ「HPA V324」を用いた。



フラグシップモデル「Charybdis」(693,000円/税込)。4機種とも、バイオエレクトリックのヘッドホンアンプ「HPA V324」と組み合わせて試聴した


はじめにフラグシップであるCharybdisだが、平面磁界駆動型ドライバーは105mm×115mmの大口径楕円形のものを搭載。振動板を複数の棒状マグネットで挟み込むプッシュプル方式で、CNC切削加工によるオープン型アルミ製ハウジングを用いている。ケーブルはミニXLR端子による両出し着脱式で、4ピンXLRバランス仕様が付属。これに加え、6.3mmアンバランス変換ケーブルも同梱している。



ヘッドホン側のケーブルは両出しのミニXLR。アンプ側は4ピンXLRのほか、アンバランス変換ケーブルも同梱


イヤーパッドはヴィーガンレザータイプとベロアタイプの2種類を用意。ヘッドバンドはカーボンファイバー製で内側にパッドを設けた2重バンド構造とし、700gオーバーという重量を効果的に分散させている。アジャスト機構やアーム部も金属パーツを用いて堅牢性も高い。



2種類のイヤーパッドが付属する


約70万円というプライスは、各社の強力なフラッグシップモデルが居並ぶ価格帯でもあり、そのサウンドクオリティが気にかかるところだ。しかし結論から先に言えば、そうした心配も杞憂なほど、素晴らしい表現力を持つヘッドホンであった。



「Charybdis」の試聴の様子。かなりイヤーパッド部が大型なヘッドホンとなる


空間性が豊かであり、音像についても緻密で音離れの良く、高分解能でリアルなサウンドを聴かせてくれる。


オーケストラの旋律は芯のある管弦楽器の描写が丁寧に重なり、濃密なハーモニーを展開。しかし個々のパートの分離感、楽器の存在感は適切に表現できており、金管楽器のダイレクトさや太鼓系のハリの良さを力強く描き切る。


余韻の潤いや艶っぽさ、爽やかなホールトーンの響きもクリアに引き出し、音場の広がりや空気感のリアルさ、生々しさを鮮やかに表現。透明感の高いピアノの響きやホーンセクションの快活な音伸びも解像感高く描き出し、余韻もくすみなく滑らかに聴かせる。


低域方向まで密度良く丁寧に音を重ねるイメージで、ウッドベースやキックドラムのアタックもしなやかで弾力良く階調細やかに描写。ボーカルは肉付き良くナチュラルな際立ちを見せ、口元もウェットかつ滑らかに描く。リヴァーブ成分も緻密に感じられる。


Phobos -ずっしりとした重心の低さが魅力的


続いてPhobosはCharybdisと外観上のサイズは近いものの、100mm円形平面磁界駆動型ドライバーを搭載している。


Charybdis同様のプッシュプル磁気回路構造・オープン方式を採用。発売当初は木製ハウジングであったが、現行バージョンは樹脂製として、より左右の均一性を高めつつ、内部構造も見直し、サウンドのさらなる精緻さと力強さを実現しているという。



平面磁界駆動型ヘッドホン「Phobos」(価格:462,000円/税込)


この樹脂製ハウジングのトップカバーは切削加工によるアルミパネルを取り付け、制振効果も高めている。


ケーブルはミニXLR端子による両出し着脱式で、4ピンXLRバランス仕様が付属。こちらには変換ケーブルは同梱していない。


イヤーパッドはヴィーガンレザー仕様のみ。ヘッドバンド構造はCharybdisと同様のカーボンファイバーと内側パッドによる2重構造を取り入れている。


PhobosのサウンドはCharybdisに比べより低域方向のエナジーが強い印象で、ベースのリッチさ、音像の厚みも高く、ずっしりとした重心の低さが魅力的だ。


オーケストラのハーモニーは重厚で、管弦楽器のハリ、芯の強さを引き出しつつも、存在感のあるリッチな響きを生み出している。余韻の豊潤さ、ホールトーンのウォームさも特徴的であり、太鼓をはじめとする低域パートの力強さと、管弦楽器の艶やかさ、華やかさも相まってゴージャスなサウンドが展開。


ジャズ音源では密度良く腰のあるホーンセクションやピアノの涼やかで華やいだ艶ある響きが耳当たり良い。打鍵のハーモニクスも豊かで低域方向も太くふくよかに描く。


ウッドベースやキックドラムは厚く力強い押し出しを見せる。アタックのエアー感も克明だ。


ボーカルも肉付き良く存在感のある音像だが、口元のハリをすっきりとまとめ、潤い良く滑らかに表現。特にウィスパーボイスの温かみあるトーンは白眉だ。中低域の密度の濃さが音楽を骨太に描き出し、主題をより明確に聴かせる印象だ。


Mania -ダイナミックドライバー搭載で声の充実度が高い


そしてダイナミック型ドライバー搭載の上位モデルManiaもサイズ感はCharybdisとPhobosに近いが、重量は450gと前述の平面磁界駆動型ドライバー搭載モデルよりも軽い。カーボンファイバーと内側パッドを用いたヘッドバンドや金属製アームを用いた構造も平面磁界駆動型ドライバー搭載モデルと共通である。



ダイナミックドライバー搭載ヘッドホン「Mania」(価格:264,000円/税込)


本モデルも登場時は木製ハウジングを用いていたが、現行バージョンはPhobos同様に左右の均一性が高い樹脂製へ変更。切削加工によるアルミ製トップパネルも取り入れるが、Phobosとは異なるスリットデザインとなっている。


ダイナミック型ドライバーは50mmチタンコーティング仕様で、カップシステムもセミオープン構造と他のラインナップとは違う設計とした。


ケーブル仕様は平面磁界駆動型ドライバー搭載モデルと同じ、ミニXLR端子による両出し着脱式・4ピンXLRバランス仕様が同梱。イヤーパッドはヴィーガンレザー仕様だ。



バイオエレクトリックのヘッドホンアンプと組み合わせ


このManiaについてもドライバー方式は違えど、中低域の密度感、濃密なハーモニー表現は共通であり、楽曲のエネルギーが集中している帯域を大事にしたサウンド作りが窺える。


特に声の帯域の充実度が高く、ボーカルの艶良くウェットで滑らかな口元の動き、安定感あるボディの厚みもしっかりと感じられ、落ち着き良く描き出す。コーラスワークの密度の濃さに加え、リズム隊の分厚さも特徴的で、重心の低いパワフルなサウンドを聴かせてくれる。


オーケストラのハーモニーもどっしりとした重厚感があるが、管弦楽器の艶やエッジのクリアさもあり、浮き立ち感や余韻の爽やかさも十分に引き出す。木管パートや太鼓のふくよかな響きも印象的だ。


ジャズのホーンセクションはボトムの厚みとスッキリとしたハリの良さを両立。シンバルやピアノの響きはマイルドな傾向で、余韻も柔らかい。低域弦の響きは太めでどっしりとした鳴りっぷりも聴き応えがある。


Thalia -リズム隊の太さやボーカルの安定感ある描写


最後のThaliaはポータブル機器との相性も考慮した、コンパクトなオープンエア仕様のモデルで、40mmチタンコーティング・ダイナミック型ドライバーを搭載。インピーダンスも32Ωと他の3モデルよりも低く設計されている。



ダイナミックドライバー搭載「Thalia」(価格:140,800円/税込)


ヘッドバンドは上位機に倣ったカーボンファイバーと内側パッドによる2層構造、アーム部は上位モデル同様金属パーツを採用。ハウジングは樹脂製で、切削加工によるアルミ製トップカバーという組み合わせもManiaとも通じる仕様だ。


イヤーパッドはヴィーガンレザータイプを装着。ケーブルは8芯の銀メッキ無酸素編組銅線を使用しており、3.5mm端子による両出し着脱式のミニステレオプラグ・アンバランス仕様として、ポータブル機器との接続性を高めている。



Thaliaはサイズもコンパクトで、ポータブルユースとしても使用できる


Thaliaについてもコンパクトなつくりではあるが、上位モデルと同様に音楽の骨子となる中低域のエナジー表現を大事にしたサウンド傾向で、リズム隊の太さやボーカルのどっしりとした安定感ある描写を得意としているようだ。低域はただ太いだけでなく、ベースラインやキックドラムのアタックを明確に引き出す。


オーケストラの管弦楽器は厚く伸びやかな旋律となり、余韻もふくよかで艶良く豊かに響かせている。楽器単体の粒立ちは残しつつ、高域パートの爽やかさも程よく表現。太鼓系の自然な打感も耳当たり良い。


ジャズのホーンセクションは穏やかな響きで、ピアノやシンバルもアタックは軽快だが、余韻はウォームなトーンでまとめられる。主題となるメインパートの存在感を出しつつもクリアに聴かせ、押しつけがましくないサウンドとしている点が好ましく感じた。


Charybdisの完成度は特筆に値する


武骨ながら個性的な八角形デザインとサウンドをバランス良く融和したERZETICHのヘッドホン群。いずれも楽曲の大事なエナジーが集中する場所をピンポイントで探り当てるかのように的確でリッチなサウンドを聴かせてくれた。


特に頂点に位置するCharybdisの完成度は特筆に値する。空間性、解像度、音像の存在感と音ヌケの良さにおいて、リファレンスとして申し分ないクオリティを実感。改めてERZETICHの企業力、サウンドの狙いの明確さに感心した。


PhobosやMania、Thariaに至るまで、その精神は継承されており、それぞれが得意とする領域を持っていることがポイントだ。単なるクラス差ではない、4つの個性として各モデルと向き合うことで、各自の好みにフィットしたサウンドと出会うことができるだろう。


国内ではERZETICHの歩みは始まったばかりだが、これからの製品展開にも大いに期待できる試聴であった。


(提供:タイムロード)

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