公開日 2024/12/07 11:30

イギリス・メイドストーンのKEFファクトリーを訪問。“技術指向”の社風を産んだ創業の地

銘機を飾るミュージアムやR&D部門も見学

■ロンドン南西部、KEF誕生の地メイドストーンを訪ねる



なぜイギリスからスピーカーの名作が数多く生まれるのか、その理由を知りたくて、名門ブランドの一つであるKEFを訪ねた。現在の本社所在地は香港なのだが、研究開発部門は引き続きイギリス南部のメイドストーンにあり、上位機種については生産もそちらで行われているという。

イギリス・メイドストーンにあるKEFのファクトリーを訪問。左からエンジニアのデヴィッド・ボッシュさん、音響部門トップのジョージ・パーキンスさんと山之内 正氏

ロンドンのヴィクトリア駅からサウスイースタンの列車で約1時間、田園地帯を抜けるとメイドストーンに到着する。市内を流れるメドウェイ川に近いエリアに並ぶレンガ造りの建物群。それが今回の目的地。60年以上にわたって名機を送り出してきたKEFのファクトリーだ。

イギリスの中央駅、ヴィクトリアステーションから鉄道に乗って1時間

最寄駅のメイドストーン・イーストで下車。のどかな田園地帯の中にある

社名は「Kent Engineering and Foundry」という名の金属加工工場に由来する。工場敷地内にニッセンハット(「プレハブ小屋」の意味)を建てて創業者レイモンド・クックがKEFを立ち上げたのが1961年のこと。ガレージのような小さな工場からスタートしたオーディオメーカーは他にもあるが、同じ地で60年以上も操業している例はさすがに少ないと思う。ショウルームには手間をかけて作られたニッセンハットの模型が展示してあり、創業者への思いが伝わる。現存する煉瓦作りの建物は見慣れたモノクローム写真そのままで、初めて来たのになぜか懐かしさを感じた。

KEFがメイドストーンで創業された時の最初の建物。右は創業者のレイモンド・クック氏

■歴史的銘機たちを展示したミュージアム



最初に案内された「ヘリテイジ・アンド・イノヴェーション・センター」のなかに、60年を超えるKEFの歴史を歴代スピーカーと貴重な写真パネルで概観できるミュージアムがあった。展示を見ながらKEFの歴史を簡単に振り返っておこう。

1962年に発売された第一号機のK1は、長方形の平面振動板を用いたウーファーに楕円形ミッドレンジとドーム型トゥイーターを組み合わせた3ウェイスピーカーで、ウーファーとミッドレンジの振動板はアルミとポリスチレンのハイブリッド構造、トゥイーターにはポリエステルを投入している。ペーパーコーンが主流だった時代、樹脂素材の可能性にいち早く注目したのはまさにクックの慧眼で、その後のKEFの方向を決定付けた功績は大きい。

KEFの初号機「K1」(左)と、「K1 Slimeline」(右)

K1は完成モデルだけでなくキット版も並んでいて、1960 - 70年代にキットが人気を呼んでいたことに思いが及んだ。BBCモニターのLS3/5AはKEFがドライバーを供給していたことで知られるが、筆者もKEF製のB110(ウーファー)とT27(トゥイーター)を購入し、クロスオーバーネットワークとキャビネットを自作してLS3/5Aのコピーを作ったことがある。クロスオーバーの回路構成が複雑で難儀した記憶があるが、バランスの良さは評判通りで、ドライバーの素性の良さを思い知らされた。

BBCモニター「LS3/5A」(1975年から)。KEFのユニットが装着されていた

ちなみに創業50年を記念して発売された人気モデル「LS50」も源流を辿るとLS3/5Aに行き着く。技術的な背景は異なるが、小型スピーカーの長所を追求する姿勢は一貫しているのだ。

■Uni-Qドライバーを初搭載したC35も展示



KEFの基幹技術としていまも進化を続けるUni-Qドライバーは、1988年発売のC35に採用された後、同社のトップレンジに相当するReferenceシリーズに導入され、現在は第12世代まで更新が進んでいる。その間なんと36年、実に息の長い技術であり、ミュージアムの展示でその変遷を目の当たりにできたのはとても興味深い体験だった。ちなみにReferenceはKEFが生産現場で使用する「基準機」に由来するKEFの上位シリーズで、他のフラグシップ機とともに、いまもメイドストーンの工場で生産が行われている。

現在まで続く同軸ドライバー「Uni-Q」を初搭載した「C35」(1988年)

ミュージアムで初めて遭遇した興味深いスピーカーの一つが、MUONのプロトタイプである。限定生産のフラッグシップとして登場したMUON(2007年)は、優美なデザインと力強いサウンドを両立させた傑作で、ロス・ラブグローブが手がけた優美なデザインにはスピーカーの常識を覆す斬新さがある。意外なことに、その母体となった試作機の形状は従来の箱型キャビネットの枠内にとどまるもので、巨大ではあるが保守的な印象を受ける。それがあの唯一無二の造形に生まれ変わる過程にどんなストーリーがあったのか、好奇心を強く刺激された。

MUONのプロトタイプ機。当初はごくふつうの箱型デザインとして考案された

最終的に完成したMUON。曲面を多用したデザインなど大きく洗練されていることがわかる

その後、2011年に登場したBLADEも含め、KEFのスピーカーはデザインの洗練が進み、ワイヤレススピーカーの導入などコンセプトも多様化の道を歩んでいる。その一方で、MUON、BLADE、Referenceを頂点とするハイファイスピーカーの開発にも積極的に取り組んでおり、確実な成果を上げている。ミュージアムに隣接するファクトリーと研究開発部門を見学し、そのことを強く実感させられた。

Referenceシリーズの「Model 109」(1997年)

■Referenceシリーズ以上はメイドストーンで生産される



生産部門では、少人数の熟練スタッフが複数のプロセスを受け持つ形でスピーカーを作り上げる手法を採用している。ドライバーユニットの取り付け、ネットワーク回路の組立てとキャビネットへの実装、そして最終仕上げから検査に至るまで、各工程にじっくり時間をかけてハンドメイドで作り上げる

Referenceグレード以上のスピーカーを製造している工場

生産現場というよりラボのような雰囲気で、慌ただしさや騒々しさとは対極の落ち着いた空気が流れていることに強い印象を受けた。Referenceシリーズ以上の上位機種の生産に特化することで、大量生産とは一線を画す高精度かつ精密なプロセスを実現しているのだ。

ドライバーの取り付けなど手作業で丁寧に行われている

Bladeに搭載されるUni-Qドライバー

その好例の一つが、文字通り基準機を意味する「リファレンス・スタンダード」の存在だ。基準機との公差を厳密に管理し最小に抑えることで、市場に流通させるスピーカーの性能を確保する。その姿勢はKEF創業当時から今日まで受け継いできた重要な伝統の一つで、すでに触れた通り、Referenceシリーズの名称もそこに由来する。今回の訪問では、Uni-Qドライバー専用の検査工程や組み上げたスピーカーと基準機を比較する工程を実際に見学し、複数のプロセスで厳密な測定と検査を実施している様子を確認することができた。

クロスオーバーユニットも手作業で組み上げられる

専門の検査エリアも設けられている

生産部門に隣接して無響室があり、水平と垂直方向の周波数特性をきめ細かく測定する装置が稼働している様子を見学することができた。そのほかにも天井の高い広大な測定ルームがあり、大型スピーカーを含む多様な製品群の開発に活用しているという。

無響室も用意されており、スピーカーの特性を計測している

■シミュレーション・ソフトウェアも自社で開発



KEFの研究・開発部門(R&D)はイギリスのメイドストーンと香港にそれぞれ拠点があり、メイドストーンでは主にReferenceシリーズなどハイファイスピーカー上位機種の開発を行っている。R&Dは新製品開発に関わるセクションなので原則として非公開のはずだが、今回は自社開発の設計用ソフトウェアなど、エンジニアが社内で使っているツールの一部を紹介してもらうことができた。

KEFのR&Dチームのみなさん

同部門シニア・エンジニアのデヴィッド・ボッシュ氏にKEFのスピーカー開発の基本姿勢を尋ねると、以下の明確な答えが返ってきた。「試聴、測定、シミュレーションという3つの要素で構成される『開発トライアングル』を偏りなく機能させることが基本です。ドライバー、キャビネット、エレクトロニクスそれぞれについて、独自の測定環境と開発ツールを駆使して設計に取り組んでいます」。

試聴と測定だけでなく、シミュレーションも同様に重視するのは近年のスピーカー開発では珍しくないのだが、KEFはその導入時期が非常に早かった。同社がスピーカーの設計と測定にコンピューターを導入したのは1973年のことで、世界初だという。他社に先駆けて最先端の設計手法を採り入れる姿勢はその後も変わることがなく、磁気回路の最適化などに威力を発揮する有限要素法(FEA)と境界要素法(BEA)の活用においても早い時期から実績を上げている。

自社で開発したコンピューターソフトを用いて製品の開発を行っている

ユニットやキャビネットサイズなどを入力して、音の広がりなどをシミュレートすることができる

スピーカー設計の重要なテーマとしてボッシュ氏は4つの項目を挙げる。「スムーズな周波数特性と指向性、固有のキャラクターを持たないドライバーユニット、色付けを加えることなくドライバーの音を再現すること、信号経路に存在するすべての部品から歪みと振動を除去すること。この4つが特に重要と考えています」。

各項目ごとの詳細な説明は省略するが、この4つが音質改善に欠かせない要素であることは疑う余地がない。そして、他社と比べたKEFの優位性と筆者が認識しているのは、優れた指向性である。たんに指向性が広いだけでなく、その変化がなめらかな曲線を描くことが重要で、KEFのエンジニアはそこに強いこだわりを持っている。

「正確なステレオイメージを再現するためには指向性の変化が穏やかであることが必要なのです。脳は直接音と間接音の両方でサウンドステージを認識するので、直接音だけでなく、間接音の周波数応答も断続的ではなく連続的であることが重要です。Uni-Qドライバーのタンジェリン・ウェーブガイドは色付けが少なく、低域から高域までスムーズな周波数特性を実現しているので、声に付帯音が乗ったり、ステレオイメージが曖昧になることがないのです」(ボッシュ氏)。

■KEFの試聴室にてBlade Two Metaなどの音質をチェック



最新のMATを含むKEFの主要な技術についてレクチャーを受けた後、エンジニアが音質評価に用いている試聴室で3つのスピーカーを聴いた。家庭のリスニングルームよりも広めでエアボリュームは大きいが、天井が極端に高いわけではない。パワーアンプはソウリューションとラックスマンが用意されていたが、今回は後者(B-10)で鳴らした。ボッシュ氏によると、普段聴いている環境に近いという。

KEFの最終的な音質調整を行う試聴室。ラックスマンの「B-10」を組み合わせたBlade Two Meta、Reference 1と、LS 60 Wirelessの試聴を行った

最初に聴いたLS60 Wirelessはピアノ左手音域の見通しが良く、ヴォーカルを混濁なく再生。ステレオイメージの精度の高さに加えて、MAT(メタマテリアル・アブソープション・テクノロジー)がもたらす透明感の高い声の再現性にも感心させられた。

メイドストーンのファクトリーで作られたReference 1もMATを搭載したUni-Qドライバーを採用する。シリーズ唯一のブックシェルフ型スピーカーだが、演奏のダイナミックレンジを際立たせる躍動感に加え、クイーンのライヴ音源から圧倒的な熱量を引き出してみせ、サイズの制約を感じさせない。ブレやにじみのないヴォーカルの鮮明なステレオイメージ、各楽器の関係を立体的に描き出す室内楽など、ジャンルを選ぶことなく次元の高い表現ができるスピーカーだ。色付けのない素直な音色というKEFのこだわりがストレートに音に反映されていると感じた。

迷路のような吸音システム(MAT)で不要な再生音を除去している

最後に聴いたBlade Two Metaは音場がさらにひと回り大きく、ヴォーカルやソロ楽器がほぼ原寸大でリアルに定位する。Referece 1に比べるとヴォーカルのイメージは少し大きめだが、低音から高音まで声の純度が高く、リッキー・リー・ジョーンズの声の特長がダイレクトに伝わってきた。

ベースの最低音域が過剰に広がらないのは、不要振動を打ち消すウーファーのユニット配置とキャビネットの剛性の高さが相乗効果を発揮しているためだろう。Blade One Metaに比べると小柄なスピーカーだが、広めのリスニングルームの空気をダイナミックに動かし、アグレッシブな鳴りの良さを垣間見せてくれた。

左右に配置されるウーファーユニットの質感も確認

■アクティブスピーカーやヘッドホンなどラインナップも拡大を続ける



近年はワイヤレス対応のライフスタイル製品にも力を入れているためか、KEFのブランドイメージは以前よりも多様化した印象を受ける。カジュアルからハイエンドまで製品ラインナップのレンジが広いので、ハイファイスピーカーの名機を送り出してきた歴史を知らないユーザーも増えてきた。

2012年に発売された「LS50」は世界中で大ヒット。またそのデザインを活かしたワイヤレススピーカーのラインナップも強化されている

一方、今回イギリスのファクトリーを訪れたことで、技術指向が強くモノ作りにこだわるKEFの思想と伝統がいまも健在であることをあらためて実感することができた。コアの部分で伝統を受け継ぎながら積極果敢に新しい領域に踏み出す。その姿勢は以前と変わっていないのだ。

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