1987年、イタリアの照明ブランド・Artemide(アルテミデ)から登場した「Tolomeo」。このランプが現在に至るまで世界中に愛されているのは、洗練されたデザインに加えて、驚くべき機能美を備えているからに他ならない。
アームのカンチレバー構造とモダンデザイン、アルミの美しい仕上げが特徴的なArtemide「Tolomeo」
Tolomeoを手がけたミケーレ・デ・ルッキ氏が、時代を超える機能性をデザインするまでには、どのような意図があったのか。本稿では、デ・ルッキ氏本人に話を伺う機会を得た。
その言葉からは建築と光の関係性だけでなく、オーディオやシアターと照明を結びつける意外な共通点、また音楽や映画とともに過ごすとき、ぜひ参考にしてほしい光に関するアイデアを見つけることができた。音楽や映画を愛する読者の皆様にぜひお届けしたい(編集部)。
イタリアの建築家、デザイナー、AMDL CIRCLEファウンダーであるミケーレ・デ・ルッキ氏。デザイングループ「アルミキア」「メンフィス」の中心人物の一人。ジャンカルロ・ファッシーナ氏が当時完成までの最後のピースだった素材の課題を解決したことから、Tolomeoは両氏の共作として知られる
不使用時のプロダクトの佇まいが空間づくりのキーになる
── 音楽を聴く・映画を見る時間を心地よく過ごすには、照明がどのように関係すると考えますか?
ミケーレ・デ・ルッキ氏(以下、デ・ルッキ氏) 照明は、明るく照らすことだけが目的ではなく、空間の明暗や陰影を作り出すこと自体に意味があります。周りを照らし出す、もしくは空間全体をぼやけた感じで照らすことで、1つの空間を装飾したり、雰囲気を作り出すのが照明というものです。
たとえば写真を撮りたいとき、あまりにもライトが当たりすぎていると美しい絵にならないですよね。同じように「照らす」ことそのものは、照明に求められる機能のうちごくわずかでしかありません。
もう1つの大事なファクターこそ “ライトが消されている時” です。照明が消された時にも、部屋の中にある1つのプロダクトとして美しく見えてくれること。どのような照明も全て、この2つの役割を持っているのです。
── 使わない時にも美しい、というのは、オーディオ&ビジュアル機器や、ホームシアターにも共通する考え方です。
デ・ルッキ氏 私たち建築家は、よく「Nulla si spreca(無駄になるものは何もない)」といいます。それは建築というものが自然や周りの環境の中にあって作られるから、また暮らす人々のことを考えると、そこにある全てのものが関係してくる、という意味です。
テーマは「どのように空間を彩るか」。周りの環境に馴染まない照明は役に立ちませんし、音楽はどのような状況で、どういう人がいるところで何をかけるのか、というのを考える必要があると思います。その意味では、全く同じ世界だと感じます。
たとえば、もし私がスピーカーをデザインするとしたら、まずはどう機能するのかではなく、どのような物語を持っているのかを考えます。それは静寂と音楽という2つの状態のあいだに存在するオブジェクトです。だからこそ、そのどちらの状態においても一貫性を備えていなければなりません。
音を奏でていないときにも、音楽を響かせているときと同じだけの存在感と品格を持つべきだと思います。まずは手でスケッチを描きながら、使われていない時間でさえ自然に空間に溶け込むフォルムを探していくでしょう。静かでありながら、可能性を秘めた存在として。
Tolomeoは「精密さと機械的なバランス、そして可動構造の論理から生まれた照明」で、厳密さと感性が共存するのだという
── 趣味の空間で照明を「役に立たせる」ために、たとえばTolomeoはどのように使用すればいいのでしょう?
デ・ルッキ氏 しなやかに動き、自在に角度を変えられるこのランプは、その動きによって、その都度異なる光の表情を生み出します。本質は変わらないまま、空間との関係性だけが絶えず変化していくのです。
つまり暗い空間の中で映画を見たいときにも合いますし、また何かを集中的にライトアップするときにも使える、多様性を備えています。フロアランプやテーブルランプは移動して自分で好きなように演出を変えられるので、何気ない仕草でカスタマイズも可能です。
Tolomeoのランプヘッドはクリップ機構を使って全方向に調整可能、スポットだけでなく壁に当ててバウンス用途にも
間接式アームシステムと独自のスプリング機構によって、ランプの高さと傾斜角度は片手で容易に操作できる
私は、光と音の関係にとても興味を持っています。どちらも、空間を体験するための異なる表現でありながら、本質的にはどこかでつながっているように感じるからです。
それが「即興性」。音楽もランプも、決して一つの体験だけを生み出すものではありません。それぞれに出会う人の解釈や使い方によって、新しい体験が広がっていく余白を持っているのだと思います。
空間は人やモノ、音やふとした出来事、何気ないディテールまでもに彩られる
── 音楽がものづくりに影響すること、インスピレーションを与えることはありますか?
デ・ルッキ氏 非常に大事です。アトリエの作業場では私が音楽を選ぶので、少しインスピレーションになるような、ジャズとか、どちらかというとアクティブな音楽を聴くことが多いです。
その場所に合った音楽を聴くことによってシーンの使い分けができますし、場所だけではなくて、頭の中も揺さぶってくれます。音楽は私の考えていることに対して、いろんな意味で回り道をさせてくれるので、想像が広がっていくのです。
私はものづくりを始めるとき、最初に手でスケッチを描きます。身体はまだ言葉になっていないことを、すでに知っているように思うのです。その次に自分へ問いかけます。このオブジェクトにはどんなストーリーがあるのだろうと。どう機能するのかではなく、どのような物語を持っているのかを考えます。
ストーリーを持たないオブジェクトは、それだけで世界の中に存在することが難しい。物語のないオブジェクトは、存在していないのと同じなのです。
Tolomeoのスケッチの一部
── 自身のご経験において、音楽の存在が印象深かったシーンはありますか?
デ・ルッキ氏 メンフィスが誕生した夜のことを、今でもよく覚えています。私たちはエットレ・ソットサスの自宅に集まっていて、レコードプレーヤーからはボブ・ディランの「Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again」が流れていました。
すると突然レコードの針が引っかかり「Memphis」という言葉だけが何度も繰り返されたのです。その響きは、まるで空間の中に存在する何かのように、私たちの耳に届き続けました。
メンフィスという名前は、ブルースやロックンロール発祥の地として知られるアメリカの都市であると同時に、古代エジプトの都の名でもあります。そこには、古代と現代、ハイカルチャーと大衆文化という異なる世界が共存しています。それはまさに、私たちが考えるデザインの在り方そのものでもありました。
このエピソードは、アイデアというものが思いがけない場所から生まれることを改めて感じさせてくれます。時には、その場の空気や偶然の出来事、そして同じ空間を共有する人々が、新たな方向性を示してくれることがあります。
空間は、単にモノや人だけで構成されるものではありません。音やふとした出来事、何気ないディテールまでもがそこに存在し、私たちが気づかないうちに選択へ影響を与え、ときには物事の流れそのものを変えていくのです。
イタリアの建築家、デザイナー、AMDL CIRCLEファウンダー。デザインムーブメントを巻き起こした「アルミキア」と「メンフィス」の中心人物の一人であり、1988年から2002年までOlivettiのデザイン責任者を務めた。Artemide「Tolomeo」のデザイナーであり、1987年にコンパッソ・ドーロ賞を受賞。また多角的なスタジオ「AMDL CIRCLE」の創設者ならびに現メンバー。建築の未来と、変化を認識するだけでなく可能な限り変化を促すプロジェクト構想における建築の責任について、継続的な研究を精力的に行っている。
1960年に創業し「The Human Light」の理念で広く知られる照明ブランド。革新的な技術、機械、光電ソリューションの開発に合わせ、数多くの発明特許を保持。イノベーションを追求する中で、イタリアおよび海外の大学と提携して研究を行っている。コンパッソ・ドーロ賞に出品された「Eclisse」(1967年、ヴィコ・マジェストレッティ)、「Tolomeo」(1989年、ミケーレ・デ・ルッキ)、「Pipe」(2004年、ヘルツォーク&ド・ムーロン)、「IN-EI」(2014年、イッセイミヤケ)といった製品を通して、国際的なデザイン史に貢献してきた。
メンフィス(Memphis) 1981年にイタリアのデザイナー、エットレ・ソットサスを中心に結成されたデザイン集団およびそのスタイル。従来のシンプルで機能的なデザインへのアンチテーゼとして生まれ、派手な原色や幾何学模様を組み合わせたポップでポストモダンな作風は、1980年代の世界のデザイン界に大きな衝撃を与えた。日本からは倉俣史朗や磯崎新などの著名なデザイナーも参加していた。
■協力:Artemide Japan ■編集担当:岡本 雄、松原ひな子