ゼンハイザー・ファクトリーツアー(1) -創業の地・ドイツハノーファーを訪ねる
マイク、そしてヘッドホンのブランドとして世界的評価を受けるドイツ・ゼンハイザー。ゼンハイザーが今年80周年を迎えることを記念して、世界中からメディアを集めたプレスカンファレンスがハノーファーの本社にて開催された。
日本以外にも、イギリスや中国のプロオーディオメディアや音楽クリエイターなど、世界各国のオーディオ関係者37名が参集した貴重なイベントの模様をお届けしよう。
プロ向けオーディオ機器で世界的シェアを持つ
本題に入る前に、現在のゼンハイザーの位置付けについて整理したい。ファイルウェブ読者にとって、ゼンハイザーといえば「リファレンスたる良質なヘッドホンブランド」というイメージが強いだろう。だが、ここには少し注意が必要だ。
2021年、ゼンハイザーはコンシューマー向けビジネスユニットをSonovaに売却した。コンシューマー向け製品に含まれるのは、完全ワイヤレスイヤホン、ワイヤレスヘッドホン、サウンドバー、そして「HD 800S」などの有線ヘッドホンである。Sonovaは補聴器などの聴覚ソリューションに強みを持つ医療系の会社であり、コンシューマー向け製品に強い販売チャンネルを持つ。先日発表されたワイヤレスヘッドホン「HDB 630」を含め、精力的に製品開発を続けている。
では本家ゼンハイザーは何をやっているのかというと、より「プロオーディオ向け機器」に注力した戦略を取っている。具体的にはマイクやワイヤレス伝送システム、立体音響のソリューション、会議用システム、そして今回初めて取材の機会を得た車載向けソリューションである、
マイクはゼンハイザーの祖業であり、録音スタジオ向けからPA用、カメラに装着する収録用ガンマイクなどで世界的シェアを獲得している。会議用ソリューションは、コロナ禍で市場を広げたシーリングマイクやスピーカーなど。
車載向けソリューションについては改めて詳しく解説するが、イギリスのクラシックカーブランド・Morgan(モーガン)や、スペイン・Cupra(クプラ)などと協業して開発を進めている。スピーカーやアンプといったハードウェアというより、どのような車内音響空間を作るかというソリューションの提案であるようだ。
ちなみにちょっと分かりづらいが、ヘッドホン/イヤホンの中でもスタジオやステージモニター向けモデル、具体的には「HD490 Pro」などの末尾に “Pro” がつくモデルは、本家ゼンハイザーの担当である(“ACCENTUM” や “MOMENTUM” はSonovaの担当)。どちらのゼンハイザーであろうと実使用上に何も問題はないのだが、修理やサポートを依頼する際どちらに連絡すればよいのか?ということがあるので、頭に入れておいて欲しい。
歴史的スピーチの現場に立ち会ってきた
さて前置きが長くなったが、ドイツ・ハノーファーに話を戻そう。ドイツ北部、人口10万人程度の小さな町で、中世の雰囲気も残る静かな街である。14 - 15世紀には「ハンザ同盟」の拠点として栄え、17世紀には希代の哲学者・数学者であるライプニッツがこの地でハノーファー侯に外交官として仕えた。
ライプニッツは2進法の発明者として知られており、ハノーファー大学には彼の発明した計算機のレプリカなども展示されていた。静かな街を歩きながら、基礎研究とエンジニアリングを重視する精神的風土があるのかもしれない、と歴史の重みに思いを馳せる。
プレスカンファレンスの冒頭では、共同CEOであるドクター・アンドレアス・ゼンハイザー氏が挨拶、ゼンハイザーブランドの誕生とその歴史について語ってくれた(なお、現在は兄・ダニエル氏との共同CEO体制だが、来年1月1日よりアンドレアス氏が単独CEOに就任すると発表されている)。
ゼンハイザーの創業は1945年。第二次世界大戦が終結し、ドイツが敗戦を受け入れてすぐに、このハノーファーの地でスタートした。創業者は、アンドレアス博士の祖父にあたるフリッツ・ゼンハイザー博士。シーメンス社から依頼を受けたマイクの再現から事業をスタートさせたが、「もっと良いものが自分たちの力で作れる」と考えて、本格的な自社製品開発に乗り出したそうだ。
ゼンハイザーのマイクは世界史の重要な局面を目撃してきた。西ドイツにてジョン・F・ケネディアメリカ大統領が語った「Ich bin ein Berliner」、マーティン・ルーサー・キング牧師の「I Have a Dream」、バラク・オバマ大統領の「Yes, We Can」といった歴史的スピーチは、ゼンハイザーのマイクで記録されているという。
「重要な言葉が語られるとき、そこに必ずゼンハイザーのマイクがある。それは私たちの誇りであり、責任でもあります」とアンドレアス氏は胸を張る。
歴史の証言者であるのみならず、ゼンハイザーはミュージシャンの表現の支える重要な役割も果たしてきた。P!nkが空中を飛びながら歌う演出を構想した際、当時は音響的に “不可能” とされたワイヤレスマイク設計を実現。またプリンスもツアー用に特注マイクの制作を依頼、そのクオリティの高さはマイクブランドとしてのゼンハイザーの地位を確固たるものとした。「アーティストが “こう聴こえたい” と語るその感覚を、技術的言語に翻訳する。音楽と工学の橋渡しこそ、私たちの使命です」(アンドレアス氏)
1968年には、世界初の音楽リスニング用ヘッドホン「HD 414」を発売し世界的シェアを獲得。1980年代には、イギリスの航空機・コンコルドの機内用に開発されたヘッドホン「HD 25」が話題を呼び、ミュージシャンや映画制作関係者の間で大きな評判を得た。彼らが飛行機から “気に入って持ち帰った” ことがそのきっかけになったというのも歴史の妙である。
80年の間には、失敗したプロダクトもある。1997年に発表した「Ambeo Neckband」は、首にかけてサラウンド音響を楽しめるというもの。商業的には成功しなかったものの、これが現在の空間オーディオ技術 “Ambeoシリーズ” の起点となっている。首掛けスピーカー、あまりに時代から早すぎたか。Ambeoテクノロジーは、現在はサウンドバーや車載システム、VR音響などにも活用の幅を広げている。
ゼンハイザーの探究は「宇宙」にも及ぶ。宇宙飛行士がスペースシャトルで音を録音する際にもゼンハイザーのマイクが活用されているそうだ。
「80年を迎えましたが、私たちはまだ “空が限界” だとは思っていません。音には、まだ未知の領域があります。私たちはその先へ飛び立ちます」とアンドレアス氏はさらなる未来展望を語る。
技術的な強みを守り音の未来を切り開く
ゼンハイザーは、今でも創業一家であるゼンハイザー・ファミリーが株を所有し続けている。「株主に縛られず、本当に信じることに時間と資源を注げる。それが “音の未来” を自由に形づくる力になります」と、エンジニアリングを重視する企業の理念を改めて強調。「私たちは “音の家族” です。情熱と探究心こそがゼンハイザーのエンジンです」
ゼンハイザーがコンシューマー向けビジネスを売却する、というニュースが流れた時に、オーディオメディアとして正直に言えば不安がなかったわけではない。しかし、今回のファクトリー訪問を通じて感じたことは、自分たちのオーディオにおける技術的な強みをより特化させることで、ブランドの価値を守り抜き、音の未来を切り開く、良質な音を届けるという創業理念を未来に繋いでいこう、という強いメッセージでもあった。
貴重なゼンハイザー製品のファクトリーレポート、そして日本では現在未展開の車載ソリューションについても追ってレポートしていこう。








































