公開日 2016/04/25 13:26

M2TECH「JOPLIN MK2」を高橋健太郎が聴く。 “20世紀のレコード”を体験するためのフォノADC

ヘッドホン祭『analog × TopWing』ブースで披露
高橋健太郎
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さて、そんなJOPLIN MKIIの機能を使って、古いLPを録音してみることにした。まずは比較的最近に手に入れた1950年代の10インチ盤、『Bing Crosby Sings Victor Herbert』。録音自体は1938年で、オリジナルのレーベルはDECCA。5枚組のSP盤でリリースされていた音源が、50年代にLP化されたものだ。正確なリリース年は分からないが、10インチ盤なので50年代前半の可能性は高いだろう。

ビング・クロスビー『Bing Crosby Sings Victor Herbert』

LPではレーベルはBrunswickに変わっている。しかも、僕の持っているのはオーストラリア盤で発売元はオーストラリアのEMI。さて、このLPはどのEQカーブで再生するのが正しいのだろうか? JOPLIN MKIIのマニュアルを見ながら、考えてみたが、これがどうにも分からない。

オリジナルのSP盤はDECCAのカーブだったに違いないが、リイシューしたBrunswickはColumbia系列なので、LP用のColumbiaカーブが正しそうでもある。だが、オーストアリアのEMIが製造したのだったら、イギリスのEMIが採用していたNABカーブあるいはHMVカーブかもしれない。ネット上にはマニアが作ったEQカーブの判定表などもあったりするのだが、それを見てもやはり、ハッキリしない。となると、これはもう片端から聴いてみるしかない。JOPLIN MKIIならば、それが可能だ。リモコンでどんどんEQカーブを切り替えて行けるのだから。

最も可能性の高そうなのはColumbiaカーブだったが、RIAAカーブと切り替えて聴いてみると、Columbiaは違うように思えた。ColumbiaはRIAAよりもカッティング時のEQでハイとローが多くなっているので、再生時にColumbiaカーブを選ぶと、逆にRIAAよりもハイとローが減衰して、ミッドレンジ中心のカマボコ型の周波数バランスになる。ただし、JOPLIN MKIIではハイとローの減衰分のレベルを補って、全体のレベルを上げる処理をしているようで、ミッドレンジあるいはミッドローがぐっと押し出されたサウンドになる。だが、それではビング・クロスビーの声が野太くなり過ぎてしまった。これはColumbiaカーブではない。

では、他のカーブは? 次々に切り替えてみると、個人的な印象判断ではあるものの、HMVカーブが一番しっくりきた。HMVカーブが正しいと言い切る自信はないものの、僕がJOPLIN MKIIを使って、このLPを録音するならHMVカーブしかない。ということで、Audacityを使って、HMVカーヴで再生した『Bing Crosby Sings Victor Herbert』を32bit/384kHzでPCに録音した。この10インチ盤はプチノイズなども多いので、24bit/96kHzくらいにダウンコンバートした後、ProToolsに取り込んで、ノイズ取りなどの編集をするのも良いだろう。

次いで、もう一枚、『A Portrait Of Mildred Bailey 1934-1940』というLPもターンテーブルに載せてみた。この録音もSP時代の1934〜1940年だが、僕の持っているLPは1970年に日本のCBSソニーから発売されたコンピレーション盤だ。だから、本来はRIAAカーブであるはずである。


ミルドレッド・ベイリー『A Portrait Of Milred Bailey 1934-1940』
だが、これをColumbiaカーブで聴いてみると、RIAAカーブよりも魅力的に思えてきた。歌が太くなり、ぐっと前に出てくる。これはColumbiaカーブが正解なのだろうか? SP時代のもともとのディスク・マスターから、この70年代の編集盤LPができるまでの間に、どのような過程があったのか分からないので、何とも言えない。

考えてみれば、録音された1930〜40年代のSPレコードの再生環境は今よりもはるかにナローレンジだった。そうした時代のカッティングスタジオで音決めされた音源を現代のワイドレンジなオーディオの再生環境に持ちこむと、カッティングエンジニアの望まない低音や高音が再生されたり、その分、中域が引っ込んで聴こえたりもするのではないだろうか? このミルドレッド・ベイリーのLPがColumbiaカーブで魅力的に聴こえる理由は、あるいは、それゆえかもしれない。

同時代のColumbia音源をもう少しチェックしてみようと、1930年代録音のジーン・クルーパの米国盤リイシューLPなどを聴いてみたが、スウィング時代のスーパードラマーであるジーン・クルーパの場合はミッドレンジ中心に聴かせるColumbiaカーブよりも、キックやシンバルがきちんと聴こえるRIAAカーブあるいはAESカーブなどの方が良く聴こえた。というところからしても、古いColumbia盤だからColumbiaカーブと判断できるほど単純な世界ではないようだ。が、とりあえず、ミルドレッド・ベイリーはColumbiaカーブを採用して、32bit/384kHzでPCに録音した。

ジーン・クルーパ『Drummin'man』

という訳で、最後は恐ろしくマニアックな世界の扉を開けてしまった感じだが、こんな製品を作るM2TECHには、相当のアナログレコードマニアがいるに違いない。今回は触れられなかったが、JOPLIN MKIIはさらにアナログテープレコーダーのヘッドからの信号を受けて、代表的な2種類のEQカーブ(NAB及びCCIR)でデジタル出力するモードがあったり、FMラジオの録音時に有用なMPXフィルターを備えていたりもする。使えば使うほどに、20世紀の音楽とオーディオの歴史を覗き込むような体験ができそうな面白い製品だ。そして、こんなオーディオ製品が登場する今の時代も実に面白いと思わずにいられない。


<※本記事は2016年4月21日に、高音質配信サイトOTOTOY内の「高橋健太郎のOTO-TOY-LAB」に掲載されたものです。

『春のヘッドホン祭2016』の「季刊analog supported by TopWing Cybersound」ブースにて、M2TECH主任エンジニア、マルコ・マヌンタ氏の公演を開催!

2016年4月29日(金)〜30日(土)、東京・なかのサンプラザにて開催される『春のヘッドフォン祭2016』にて、M2TECHの主任エンジニア、マルコ・マヌンタ氏が来日! 30日(土)の12:00〜13:00までの一時間、本項でご紹介JOPLIN MKIIのほか、発表間もない最新製品、EVO TWOシリーズのについての公演を行います。こちらも要チェック!
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