「世界にはもっと美しいものが必要だ」

<香港ショウ>Wilson Audioの“億超え”スピーカーはいかにして生まれたか?ダリル・ウィルソン氏特別インタビュー

公開日 2026/08/20 06:30 編集部:筑井真奈
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8月7日から9日まで開催された香港オーディオショウでは、Wilson Audioのフラグシップスピーカー「autobiography」の世界初の音出しデモが披露され、多くの来場者がその圧倒的な存在感、そして驚くべきサウンドを迎え入れた。同社の開発を率いるダリル・ウィルソン氏に、製品開発の背景とこだわりについてインタビューする機会を得た。

Wilson Audioの「autobiography」とダリル・ウィルソン氏

1974年に、デイヴィッド・ウィルソン氏によって設立されたアメリカのハイエンド・オーディオブランドWilson Audio。ダリル氏はデイヴィッド氏の息子で、2016年から同社の経営を引き継いでいる。2018年にデイヴィッド氏は亡くなってしまったが、ダリル氏はエンジニアリングとクラフトマンシップを重視した製品設計思想を受け継ぎ、「Chronosonic XVX」「Alexx V」「Sabrina X」といった製品群を手掛けてきた。

今年6月のウィーン・ハイエンドで外観のみ披露された「autobiography」。“自叙伝”という名に込められた通り、まさに50年にわたるWilson Audioのフラグシップにふさわしい仕上がりとなっている。

優れたデザインは見る人に何かを返してくれる

──今年のウィーン・ハイエンドでも「autobiography」を見ましたが、その時は展示のみでしたね。

ダリル・ウィルソン氏(以下、ダリル):そうなんです。本当はウィーンでも音を聴いてもらいたかったですね。ウィーンはクラシック音楽の故郷ですから、そこで音楽を鳴らせれば最高だったと思います。

ただ、当時は工場の生産スケジュールが完全に埋まっていて、デモに使用できるペアを用意することができませんでした。そのため、次善の策としてスタティックな展示にしたのです。今回はようやく音を聴いてもらうことができて、本当に嬉しく思います。

──ウィーンで展示されたのはシルバーがベースとなっており、精密なロボットのような印象でしたが、今回のブラック仕上げはより力強く有機的な印象も受けます。近くで見ると、さまざまな素材や機構が使われていることが分かりますね。

ダリル:はい、私は、優れたデザインとは「見れば見るほど、見る人に何かを返してくれるもの」だと思っています。離れたところから見れば、まず非常に背の高いスピーカーとして見えます。しかし近づいてみると、機械加工の跡が見えてくる。さらに近づけば、色や異なる素材の組み合わせが見えてくる。

そしてもっと詳しく見れば、そのデザインが単に表面だけのものではないことが分かります。内部まで含めて、すべてを非常に注意深くデザインしています。

──たとえば、ミッドレンジ/トゥイーターのモジュールを支えている部分も非常に特徴的ですね。

ダリル:モジュールは前後に動かすことができ、ギアを使って位置を調整します。これは各ドライバーのタイムアライメントを正確に合わせるための機構です。また内部には、Wilson Audioの制振素材である「V-Material」が組み込まれています。モジュールを支えるスレッドの内部にV-Materialを配置し、金属のエンクロージャーをそこに載せる構造にしています。

タイムアライメントを調整できるよう、ユニットの位置を調整できるギアがついている 

情報はすべて録音の中に存在している

──タイムアライメントの追求というのは、創業以来大切にしている理念だと感じています。

ダリル:そのとおりです。60年、70年前の録音であっても、オーディオシステムが良くなると、まるで新しい録音のように聴こえることがありますよね。でも、レコードの溝そのものが変化したわけではありません。

情報は最初から、すべて録音の中に存在しているのです。私たちの仕事は、製品を通して、その録音から可能な限り多くの情報を引き出すこと。そして可能な限り正確に再現することです。そのために重要になるのが、各ドライバーの時間軸を揃えることです。

すべてのドライバーが正確にアライメントされると、ディテールや倍音表現が正しく再現されるのです。

autobiographyのターミナル部

──autobiographyは非常に高価な、いわゆるスーパー・ハイエンドのスピーカーです。現在は世界にいくつもの超高級スピーカーがあります。そのなかでWilson Audioが、あえてこれほどのスピーカーを作るモチベーションはどこにあるのでしょうか。

ダリル:私は、「世界にはもっと美しいものが必要だ」と思っています。世の中には、箱のようなスピーカーがたくさんあります。70年前にもスピーカーは箱でした。

でも、この70年間、私たちは何も進歩しなかったのでしょうか? もっと良いスピーカーの作り方を発見してきたはずです。それなのに、1960年代や70年代から来たような形のままでいいのでしょうか。

私はスピーカーを一種のアートとして捉えています。ひとつは、その物理的なフォルムを作る「インダストリアル・アート」。そしてもうひとつは、音楽を通して人とつながる「ソニック・アート」です。私自身、アーティストとして、その両方とつながりたいと考えています。

私たちは、自分たちの周囲を世界をより美しくしてくれる人や物で満たすべきだと思っています。それが私にとってのインスピレーションです。

人と音楽をつなぐ「アート」としてのスピーカー

──autobiographyが発表されてから、世界からの反応はいかがですか?

ダリル:信じられないほどの反響です。本当に恵まれていると感じています。何かを作るということは、自分の魂や心、自分自身の一部を世界に差し出して、評価を受けるようなものです。それはとても難しいことでもあります。何を作っても、否定的に見る人は必ずいますから。ものを作るということは、そういうリスクを引き受けることでもあります。

でも同時に、「その目標が自分自身を怖がらせるほど大きなものでなければ、その目標は十分に大きくない」と私は思っています。

──実際にautobiographyの音を体験して、その深いサウンド世界にとても衝撃を受けました。世界の美の真実に迫りたいという強い思いが、とてもよく伝わってきました。

ダリル:良い音楽を聴いているとき、「音楽が自分のことを理解してくれている」と感じることはありませんか?歌詞に共感したり、アーティストの歌い方そのものに心を動かされたりする。

私は、スピーカーの精度が高く、正しく設計されればされるほど、アーティストの感情をより深く伝えることができると考えています。それが私たちのやりたいことです。音楽の感情と人をつなげたいのです。

もちろんスペックの上でも最高峰を目指しています。ですが、私たちは「測定上完璧なスピーカー」を作ることだけを目標にしているわけではありません。技術的な観点から見て非の打ち所がなく、最先端であること。それは当然必要です。

しかし同時に、人と音楽をつなげなければならない。私にとって、そこに「アート」があります。技術の力で、95%まで到達することはできる。でも、最後の5%にあるものこそが、音楽の「Soul(魂)」なのです。

──autobiographyは、10月の東京インターナショナルオーディオショウでも披露されると伺っています。ダリルさんに、日本でもお会いできることを楽しみにしております。本日はありがとうございました!

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