通常CDとSACD盤を聴き比べ

「録音史に残る名盤」、ショルティ《ニーベルングの指輪》をKEF旗艦スピーカーで聴く。最新SACD試聴会レポート

公開日 2023/02/03 14:12 ファイルウェブオーディオ編集部・筑井真奈
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録音史に燦然と輝く名盤として知られるショルティ&ウィーン・フィルによるワーグナーの《ニーベルングの指輪》。2022年、改めてオリジナルマスターテープにさかのぼってマスタリングし直され、SACD盤とドルビーアトモスによる配信が開始している。この試聴会が、東京・有楽町のKEF MUSIC GALLERYにて開催された。

KEF MUSIC GALLERYにて「指輪」の試聴会が開催。オーディオ評論家の倉怜士氏(左)と音楽ジャーナリストの山崎浩太郎氏(右)が講師として登壇

試聴会にはオーディオ評論家の麻倉怜士氏と音楽ジャーナリストの山崎浩太郎氏が登壇し、リマスタリングの背景などを解説しながら、1997年にJ.ロックによってリマスターされた通常CDと、今回のSACD盤を聴き比べる形で進行した。

改めて「ニーベルングの指輪」の歴史的意義について振り返っておこう。この録音は1958年から65年にかけて、ウィーンのゾフィエンザールで収録されたもの。ニーベルングの指輪は、作曲当時から上演規模や時間が巨大すぎて「上演不可能」とも言われた作品であり、本作品を上演するためバイロイト音楽祭をワーグナー自身が立ち上げるなど、オペラの歴史の上でも画期的な作品だ。

発売中の「ラインの黄金」(左・2枚組SACD)と「ヴァルキューレ」(右・4枚組SACD)。「ジークフリート」「神々の黄昏」も順次発売される。なお、SACDハイブリッド盤であるがステレオのみの収録となっている

さらにこのショルティのレコーディングは、放送用ではなく「レコード化を目的として」録音された初の大規模セッション録音であり、またステレオ表現を追求したレコーディングであることから、録音史の観点からも重要な作品。過去に幾度となくリマスタリングされてきた大作だが、ショルティの生誕110周年・没後25周年を記念し、オリジナルマスターからのマスタリングが実現したのだという。

これまでに日本国内で発売されてきた「指輪」のバリエーション一覧

なお1月時点では第一部「ラインの黄金」と第二部「ヴァルキューレ」までが発売/配信されており、3月に「ジークフリート」の発売までが決定している。

イベントの冒頭、デッカ・クラシックスのディレクターであるドミニク・ファイフ氏が動画で登場。「多くの人と同じように私もこの録音を聴いて育ちました。40年間聴き続けてきたこの録音のリマスタリングを実施することに非常に大きな責任を感じています」と意気込みを語った。

デッカ・クラシックスのディレクター ドミニク・ファイフ氏

今回の聴き比べでは、「ラインの黄金」の前奏曲や「ヴァルキューレの騎行」など、オーディオ的に聴きどころの多いポイントを再生。再生機器にはKEFのフラグシップスピーカーである「MUON」に、プレーヤー/プリアンプにはマッキントッシュの「MCT450」「C47」を、パワーアンプはCROWNの「CT-875」を使用。

KEFの「MUON」を、高域・中低域・低域に分けて6台のパワーアンプでそれぞれ駆動するという贅沢なシステム構成

聴き比べて最初に感じるのは、SACD盤のほうが明快で、クリアかつ鮮明なサウンドになっていること。「ラインの黄金」の冒頭、オーケストレーションによる自然の表現や女性歌手もさらなる立体感と奥行きを獲得しており、音だけの力で舞台を見ているような視覚的イメージを想起させるワーグナーの表現に圧倒される。

またオーディオ的にも聴きどころとされる18台の金床が活躍する第2場は、「鍛冶屋が金属を使う音を再現しよう」という意図でワーグナーが作曲したものだが、SACD盤では金床のひとつひとつが実在感を持って迫ってくる。麻倉氏も、今回のSACDによって「ワーグナーが書いたものをすべて音にしようという執念が感じられます」と大絶賛。

新マスタリングによって引き出されたワーグナーの真髄に改めて感嘆する麻倉氏と山崎氏

有名な「ヴァルキューレの騎行」では、歌い手たちの掛け合いのダイナミズム、ステレオならではの広いステージ感が壮大な世界を描き出す。山崎氏も、「当時の録音はまだ原始的なやり方を採用しており、遠近感の仕掛けなども子供っぽいところなどもすべて分かってしまいますね」と指摘しながらも、その音の説得力には納得させられてしまう、と改めて当時の録音技術の高さに賞賛を送る。

なお、今回のリマスタリングでは初めて「ドルビーアトモス」でリマスタリング/配信されていることも大きなポイントとなる。麻倉氏によると、今回のアトモスミックスは、「ゾフィエンザールの音がこんな音だったんじゃないか、という想定のもと、少しアンビエンスを足すような形で制作されている」とのこと。「もし当時ドルビーアトモスがあったとしたら、きっとショルティも興味を持ったでしょうね」と想像をふくらませる。

今回の試聴会はSACDステレオのみの再生となったが、ステレオ再生でも十分にワーグナーの意図した「音による舞台芸術」を味わうことができた。MUONの圧倒的なパワー感と合わせ、録音芸術の究極に迫るオーディオ文化の豊かさを、また一段と深める試みとなっていた。

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