【特別対談】哲学者・黒崎政男と山之内 正が語るオーディオの“恍惚” -ジョルディ・サバールに寄せて-
2022/05/01
蓄音器から、最新ネットワークオーディオまで精通するカント哲学者の黒崎政男氏。まさに人生を賭けてオーディオを追求してきたオーディオ愛好家である。この度、自宅のリビング用にLINNの「MAJIK DSM/5」を導入した。その背景には何があったのか、旧知の中であるオーディオ評論家の山之内 正氏が訪問し、そのココロを伺った。
サウンドクリエイトのイベントや「analog誌」での黒崎政男氏との音楽談義、オーディオ談義はとても楽しく、回を重ねても話題が尽きない。SP盤からストリーミングまで聴きこなす黒崎氏のシステムからは、オーディオと音楽への深い思いが伝わってくる。
その黒崎氏から、リビングルームのテレビ用にサウンドバーを検討したいと相談があった。広がり感や低域など、求める音質について議論を重ねているうちに、「サウンドバーをやめてLINNのMAJIK DSM/5を買う」という意外な返信が届いた。
え!どういうこと?疑問符がいくつも浮かんだ。
その答えはMAJIKの話が出る前に届いた写真にあった。テレビの両脇にアルテックの巨大なスピーカーが鎮座している。私より先にその写真を見たオーディオ仲間から「こんな立派なアルテックをお持ちなんですね!」と言われ、休眠していたスピーカーを復活させる計画が始動したらしい。
「そうか、そんな立派なスピーカーなんだ!」とあらためて気付いた黒崎氏。なぜかそれまで、テレビとこのスピーカーをつなぐという発想には至らなかったようだ。
プリメインアンプを内蔵し、HDMI eARCが付いているMAJIK DSM/5なら映像コンテンツとの相性も良い。最新のネットワークコンポでヴィンテージスピーカーを鳴らすとどんな音になるのか。システムの音が落ち着いた頃を見計らって、あらためて黒崎邸を訪問することにした。
リスニングルームには何度かお邪魔したことがあるが、65型のテレビを設置したリビングに入るのは今回が初めてだ。テレビの左右、「515B」を収めたA7の勇姿がまずは目に飛び込んできた。中高域は試行錯誤を経てJBLの「375」とTADのホーン「TH-4001」の組み合わせに変更され、トゥイーターはヤマハの「JA4272」をつないでいる。ベリリウム振動板を採用したホーントゥイーターの名機だ。
若い頃から自作真空管アンプで鳴らすマルチアンプシステムにハマり、スピーカーも変遷を重ねたというが、いまはアンプ作りの熱も落ち着き、せっかくのスピーカーも休眠状態だったという。
巨大な空芯コイルやウェスタンのオイルコンデンサーを奢った自作のクロスオーバーネットワークも含め、年季が入っているが、動作に問題はなさそう。ここまで作り込んだスピーカーを寝かせておくのは、いかにももったいない。
30年以上前の「月刊アスキー」の連載記事で真空管オーディオをめぐる黒崎氏の奮闘ぶりは知っていたが、まさかその最終形とおぼしきシステムをこんな形で実際に目にするとは思ってもみなかった。どんな音で鳴ってくれるのか、楽しみだ。
音を聴く前に、大画面テレビ導入に至った理由を尋ねると、次のような答えが返ってきた。「メインのオーディオシステムにリンのLP12とKLIMAX DSMを導入したことがきっかけで、それまで滅多に聴くことのなかった大編成オーケストラを聴くようになりました。マーラーやブルックナーの交響曲が飽和しないで細部まで聴き取れる。その醍醐味を味わううちに、今度は生の演奏会に出かける機会が増え、いまもコンサートに足繁く通ってます。さらにその延長として、映像で楽しむオーケストラ演奏の面白さに目覚め、65型のテレビを買いました。指揮者の動きや木管奏者一人ひとりの表情など、見どころは数え切れません」。
テレビを大型化した当初はサウンドバーで聴いていたというが、やがてその音が物足りなくなり、手放してしまったという。さらにグレードの高いサウンドバーなら、もっと良い音で聴けると考え、製品候補を絞ってから私に連絡したとのこと。
その直後、さきほど紹介したように、ひょんなことからアルテックをもう一度鳴らすという、黒崎氏にとっては想定外の展開になり、MAJIK DSM/5にたどり着いたわけだ。購入を決断した当日、ベルリン・フィルのデジタルコンサートホールを良い音で聴く方法を調べ、速攻でApple TV 4Kを入手。翌日には、MAJIK DSM/5とA7改システムから無事に音が出るところまで一気に進んだ。
黒崎邸のリビングで完成したMAJIK+ヴィンテージスピーカーのシステムは、想像を超えるバランスの良い音で鳴っていた。ネットワークオーディオや映像ストリーミングは最新のスピーカーでこそ真価を発揮すると考えたくなるが、ヴィンテージスピーカーには、現代のスピーカーでは味わえないリッチな響きがあり、独特な生々しい表現を楽しめることがある。
ベルリン・フィルのステージが眼前に広がり、楽器の並びを立体的に再現する奥行き豊かなサウンドが部屋を満たす。フィルハーモニーの開放的な音場にコントラバスやティンパニの低音がふわりと広がり、ライヴさながらの臨場感が心地良い。
何十年も鳴らし込んだスピーカーは硬さや不快な刺激とは無縁で、まさに心地良さの極致。たんに心地良いだけだと物足りなく感じるかもしれないが、MAJIK DSM/5が空間解像度と時間軸のレスポンスの良さをもたらし、耳を凝らせば演奏の細部や各セクション間の関係まで手に取るようにわかる。映像との一体感もあり、トゥッティのスケールと演奏のディテールがバランスよく両立し、聴き手の気持ち次第でどちらの視点からも音楽と向き合える。
そんなサウンドはクラシックだけでなく、ジャズの名録音との相性も抜群だ。アルテック往年の名機が最先端の現代オーディオと遭遇し、見事に息を吹き返した。