名エンジニアが思い描いた“自然な音”がそこにある。Grell Audioのヘッドホン「OAE2」を聴く
名門ゼンハイザーにて「HD 800」など多数のヘッドホンを送り出したエンジニア Axel Grell(アクセル・グレル)氏が、自らのブランドGrell Audio(グレル・オーディオ)を設立。「可能な限り自然で正確な音」という設計哲学を具現化した開放型ヘッドホン「OAE2」をリリースした。
「自然で正確」という文言からはモニターヘッドホンライクな音も想像されるが、しかしこのモデル、モニター系だけでなく既存ヘッドホンのどれとも、「自然さ」の捉え方やその実現手法がまるで異なる。その音の感触はモニターヘッドホンよりもモニタースピーカーのそれに近く、すなわち、ヘッドホンとしては革新的なナチュラルさだ。
そのナチュラルさとは、そしてその実現手法とは、いかなるものなのか。前提となる、ヘッドホンやイヤホン全般の話から始めさせてもらいたい。
ヘッドホンリスニングに潜む「自然な音」の矛盾
人間にとっての「自然な聴こえ方」とは、ある地点から放射された音が、そこからの伝達経路において減衰や反射や拡散など様々な影響を受け、音色等の要素を変化させられてから鼓膜に届くという、その変化を含めた聴こえ方だ。
しかしヘッドホン再生では、音を発するドライバーは耳の直近に配置され、その経路の大部分がショートカットされ、そこで生じるはずの変化も生じない。故にヘッドホン全般の再生音は、ホールで聴く実際の演奏の音はもちろん、スタジオで聴かれているモニタースピーカーの音とも異なる、ヘッドホン独特の聴こえ方となる。
であるが現在のリスナーの多くは、生演奏の音よりもスピーカー再生の音よりも、ヘッドホンの音に慣れ親しんでいる。その聴こえ方に違和感を覚えたりはしないだろう。となれば制作者側も、ヘッドホンでの聴こえ方も想定、あるいはヘッドホン再生を前提とした音源制作も行うようになっている。
例えば昨今の音楽で多用されている30 - 40Hzあたりの超低域の再生にはかなりの大型スピーカーが必要だが、一般的なリスナーはそんなものを所持していない。だがヘッドホンならその超低域を十分に再生できる製品も珍しくない。つまり超低域までを活用した楽曲はヘッドホン再生を強く想定して制作されているはずと考えられるわけだ。
ヘッドホン独特の聴こえ方は、それが自然であろうがなかろうが、現在の音楽文化に定着している。
とはいえ最初に述べた「自然な聴こえ方」のその自然さは、文化や環境といった要素よりも強固であろう、人という生物の本来の感じ方における自然さだ。それも無視はできないし、したくない。
かくして現在の音楽とオーディオはその矛盾を抱えることになってしまっているのだが……。
矛盾を解消するための独自技術「FSFM」
Grell Audio OAE2 が目指したのは、その矛盾するふたつの聴こえ方の融合と思える。その中核は「FSFM(フロントサイド・サウンドフィールド・モジュレーション)」技術だ。
古典的なヘッドホンは左右のドライバーを、耳を真横から挟み、耳穴の入口にダイレクトに音を届けるように配置。そのため前述のように、人が本来自然と感じる聴こえ方からは乖離しがちだ。
対して同技術ではドライバーを耳の前方に斜めに配置。すると音はまず外耳にぶつかり、その複雑かつ個人差の大きい形状の影響で周波数特性等が変化させられてから耳穴に入り、鼓膜に届くことになる。
それによって、人にとって、そしてその個人にとって、より自然な音色、自然な聴こえになるという流れだ。ドライバー配置の距離や角度が綿密に計算されたものであることは言うまでもない。
音の伝達経路の中でも特に複雑かつ個人差の大きい「外耳の形状」という要素。それを生かし活かすことで個人個人にとっての自然な聴こえを最大限に再現する。それがグレル氏の発想であり、それを実現するのがFSFM技術ということだろう。
なおドライバーの斜め前方配置には前例もあるが、それらは空間表現改善等のための「手段のひとつ」であることが多い。対してGrell Audioのそれは手段のひとつなどではなく、その思想や設計において「そこが核心」だ。その違いは大きい。
そこを核心として、周囲の設計も入念だ。ドライバーはバイオセルロース振動板採用の40mm径。特に珍しい材や径ではないが、吟味を重ねての結論だろう。
特徴的なのはハウジングとその内部に収められたバッフル。高開口率パンチングスチールのハウジングだけを見ると、本機は音をほぼ透過させる超オープンな音響構造に見える。
しかしその内部にはドイツ製ステンレスメッシュによるバッフルが存在し音響設計の主役は実はこちらだ。
向こう側が透けて見ないほど密目なこのバッフルによってドライバーと耳を覆う空間の音響インピーダンスを適切に設定し、低音と高音のバランスを調整。完全透過の超オープン構造では得にくい、しっかりとした低域再生能力の確保も狙った設計だ。
というようにOAE2は、ヘッドホン再生では得られなかった自然な聴こえを実現するFSFM技術と、ヘッドホン再生ならではの低域再生能力を共に有する。
それは果たして、矛盾するふたつの聴こえ方の融合、その最適解を実現するものなのか?
実際のサウンドを体験……する前に、そのほかのポイントも簡潔に。イヤーパッドは芯がフォームクッションで表地はベロア。ヘッドバンドの挟み力の具合も合わせて装着感は快適。
リケーブル端子は埋込型2.5mm 4極を左右両側に用意。左右どちらでも選べる片側接続にオプションで両側接続も可能。ケーブルはシングルエンド3.5mmとバランス4.4mmが付属。6.35mm変換アダプターも付属する。
OAE2 サウンドインプレッション -「自然な音」がボーカルでひときわ輝く
では今度こそ実際のサウンドについて。
最大の特長として最初に伝えたいのは、音色、特に声の感触のナチュラルさだ。人の聴覚が最も敏感に反応し、僅かな違和感も目立ちやすいという、人の声。その感触の素直さにこそこのOAE2は最大の強みを持つ。
筆者はまず、最も聴き慣れた歌声である田村ゆかりさん「雨のパンセ」を最も聴き慣れたスピーカーであるデスク常設の小型パワードモニターで再生し、その聴こえ方を確認した。その上で同曲を本機で聴いたのだがすると、音色表現の素直さ抜群と筆者も信頼しているその超定番モニタースピーカーと比べても違和感なし!聴き慣れた!耳なじみのよい!あの歌声!
息を多く含む子音のシャープさ、猫の舌のように心地よくざらつくハスキーな耳触りといった、田村さんの歌声の特徴的な成分を正しく伝えながらも、嫌な尖りやキツさは出さない。しかし刺さる高域をただ丸めたような音でもない。各自の耳の形の影響を経てから鼓膜に届く、各個人の耳に最もなじむその音だからこそ、キツさや刺さりは感じない。そういうことだろう。
他の楽器の感触もやはり良好。例えば矢野顕子さんのライブ作『荒野の呼び声 -東京録音-』収録の「すばらしい日々」におけるシンバルプレイだ。
シャープな描写のハイエンドヘッドホンで聴くと薄刃な音色を楽しめ、精密なタッチで音色と音量を操る演奏表現の凄みが際立つ。対して本機で聴くと音色がほぐれ、描写が甘くなったようにも感じられる。しかし実際にはむしろ、音楽的な抑揚はより滑らかに伝わってくるのだ。演奏の凄みをビシッと伝えてくる前者に対して、音楽の深みをじんわりと伝えてくる本機。そんなイメージだ。
シンバルのように一点に置かれる音像に注目すると、空間配置の特徴もわかりやすい。一般的ヘッドホン空間の中心を頭の真ん中とすると、本機の空間の中心はそれより少し前の額付近か。もっとスピーカー的な空間表現に寄せたいなら、DAP等の機能「クロスフィード」の活用もありだ。
低域再生能力も期待通り。上田麗奈さん「金魚姫」冒頭のベースラインは5弦ベースのローポジション相当のC→B→E→Dの並び。最初のCとBの基音は約30Hzで小型スピーカーの対応範囲外だ。筆者のデスクトップモニターでもCとBだけ音像も音圧も薄れる凹凸再生になってしまい、ベースラインが安定しない。
であるが大型ヘッドホンの低音再生能力を備えるOAE2なら全く問題なし。安定したベースラインを聴かせてくれた。
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ヘッドホンでは得られなかった自然さとヘッドホンだから得られる低音の融合。Grell Audio OAE2はその期待に本当に応えてくれるヘッドホンだった。
不動のメインヘッドホンをすでにお持ちの方は、それと全く被らない新鮮なモデルとして楽しめるだろう。最初のメインとして選んだ方は、この先は他のあらゆるヘッドホンを新鮮に感じられるはず。
どちらにしてもこれからの楽しいリスニングライフを想像させてくれるヘッドホンだ。
(協力:アユート)

