『良い音』とは何か。録音界の第一人者・高田英男氏と音楽プロデューサー・渋谷ゆう子氏が語る
季刊・アナログ編集部:野間美紀子レコーディングにおける「良い音」とは何か。長年にわたり日本の音楽制作の第一線で活躍してきたレコーディングエンジニアの高田英男氏と、音楽プロデューサーであり、著書『良い音の秘密』を手がけた渋谷ゆう子氏によるトークセミナーが、音響芸術専門学校にて開催された。
同セミナーでは、録音技術の変遷から、音楽制作におけるエンジニアの役割、さらにはAI時代の音作りまで、幅広いテーマが語られた。
その日は渋谷氏が高田氏に質問し、 高田氏が答えるという形式で進行した。
「オーディオとして良い音と、音楽として良い録音は同じなのか」
「演奏が始まったとき、録音エンジニアはまず何を聴いているのか」
「同じ演奏でも、エンジニアが違えば別の作品になるのか」
「録音技術や機材が進歩したことで、本当に良い音は増えたのか」
「高田氏にとって良い音とは何か」
「AIが録音やミックスにも入ってくる時代に、エンジニアに最後まで残る仕事は何か」
etc...
録音技術の変遷を歩んだ高田氏
1969年に日本ビクターに入社した高田氏は、半世紀以上にわたり、歌謡曲、ロック、ジャズ、フュージョンなど、さまざまなジャンルのレコーディングに携わってきた。
講演の冒頭では、真空管式の録音機材が使われていた時代のビクタースタジオから、マルチトラック録音、デジタル録音、ハイレゾ、そしてイマーシブオーディオへと至る歩みを、自身が手がけた数々の作品とともに振り返った。
録音技術の進化は、エンジニアの役割にも変化をもたらした。かつては編曲家が書いたスコアをもとに、各楽器の音をいかにバランスよく録音するかが重要な仕事だったが、次第にエンジニア自身が音作りに積極的に関わり、音楽表現を生み出すことも求められるようになったという。
「良い音」とは、音楽に感動する音
では、高田氏にとって「良い音」とは何なのだろうか。
高田氏は、音の好みや音楽ジャンルによって評価は異なるとしたうえで、「エンジニアとしては、アーティストの思いや楽曲の意図を理解し、自分なりの音作りの意図が聴き手に伝わるサウンド。それによって音楽の感動につながる音が良い音である」と語った。
そのために重視しているのが、自分自身の音の「感性基準」を持つことだという。音のバランスや解像力、楽器の表現力などを判断する感性を磨くこと。時代とともにその基準を高め続けることが、エンジニアには求められるという。
また、録音とは、演奏された音をそのまま記録するだけの仕事ではないことも、具体的なエピソードから浮かび上がった。
例えば、1985年の『ARAGON』。今剛、林立夫、難波正司、浦田恵司、西松一博によるアンビエントミュージックである。録音制作に2年かけた。 この作品は人間の頭部の形をしたものの耳の位置にマイクを仕込んでいるダミーヘッドを活用したアナログ録音である。
「ダミーヘッドで録って、そのまま聴くと、3kHzくらいで音の位置が立つことにアッと気づいた。そこで、あらかじめ録ったドラムスなどいろんな楽器の音をスピーカーから出して、それをダミーヘッドで受けたものを、薄く足して録音してみた。すると、EQで音を立てると位相特性が狂って濁ってしまう音とは違って、すごくいい感じで位置が立った」と高田氏は述懐。エンジニアが積極的に音楽作りに参加しているという話である。
渋谷氏も、著書の制作にあたり、9人のエンジニアに個別に取材したところ、「全員が共通して、自分たちは音楽を創る一員であるという意識を持っていたことが印象的だった」と語った。
録音する側も、再生する側も「創造」している
筆者が印象的たったのは、高田英男氏が、あるピアノトリオのダイレクトカッティングの際に、あるマイクのリヴァーヴを効かせた瞬間を話したときであった。一発録りのダイレクトカッティングでは、エンジニアが演奏を感じながら、その瞬間に音作りを行う。
ここだ、という瞬間に、フェーダーを上げた」と、高田氏は語った。
「高域のマイクにリヴァーヴを効かせた瞬間、演奏家はヘッドホンから返ってくるその音に気持ちよく反応し、次の演奏表現を生み出していった」
いかに高田氏が神経を研ぎ澄まし、演奏者といっしょに音を作り上げているか。その熱意が伝わってきた。
筆者は一方で、完成した音源を再生する我々リスナー側にも、「創造」があることを思った。スピーカーの位置や角度を調整しながら、音像の大きさや奥行き、楽器や声の位置は、再生側も追い込むことができるのである。
AI時代にも変わらない、エンジニアの役割
さて、講演では、近年急速に進化するAI技術にも話が及んだ。
AIによるミキシングやマスタリングは、すでに実用的な水準に達しつつある。しかし高田氏は、楽曲の意図やストーリーを汲み取り、それを音によって表現することこそ、エンジニアの重要な役割だと指摘する。
また、今後のエンジニアに必要なものとして、明確な録音のビジョンを持つこと、創造力を高めること、そして直感力を磨くことを挙げた。
渋谷氏も、技術や制作環境が変化しても、作っているものはあくまで音楽であることを強調。若い世代に向けて、制作技術や再生環境がどう変わっていっても、音楽を身体で感じてほしいと呼びかけた。
講演後の質疑応答では、「弾き間違いがあった場合や、ピッチの修正はどこまで許容するか」という学生からの質問も寄せられた。
高田氏は、「演奏が正確であるかどうか以上に、その演奏から何を感じるかを大切にしている」と回答。音楽的に素晴らしい瞬間が生まれているのであれば、多少の傷があっても、そのテイクを生かしたいという考えを示した。
セミナーの最後には、参加者がスタジオの大型モニタースピーカーで音源を試聴する機会も設けられた。
長年にわたって音楽制作の現場を歩んできた高田氏と、その世界を言語化した渋谷氏。ふたりの言葉から、レコーディングエンジニアという仕事の創造性を改めて発見させられた貴重なセミナーであった。
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