公開日 2022/05/01 07:00

【特別対談】哲学者・黒崎政男と山之内 正が語るオーディオの“恍惚” -ジョルディ・サバールに寄せて-

祝・リンDS15周年!
黒崎政男/山之内 正 構成:筑井真奈
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■古楽の話で思わぬ意気投合!?

山之内 こちらにはイコンがたくさん飾られてありますし、骨董や古い絵画もたくさんありますね。黒崎さんの人となりが見えてくるようですが、普段どういった音楽を聴かれているのでしょう?

古いイコンや絵画、中世の写本など黒崎氏の興味の幅は広い

黒崎 私は高校生くらいのときからバッハに夢中になっていたのですが、NHK FMで皆川達夫さんがやっていた「バロック音楽の楽しみ」という番組を聴いてから、バロック以前の音楽にものめり込んでいきました。このHISPA VOX(イスパヴォックス)から出たスペイン古楽の「聖母マリアの頌歌集」、これは私のフェイバリットアルバムのひとつです。

黒崎氏の愛聴盤『スペイン古音楽集成1 聖母マリア頌歌集』。中世・ルネサンス・バロック期のスペイン音楽が収録されている(日本コロムビア/1975年)

60を過ぎた今でこそブルックナーやマーラーの面白さにも深く目覚めてきたのですが、若い頃はロマン派以降はなんだか「汚らわしいっ!」って感じがしてあまり得意ではありませんでした。自我とか自意識みたいなのが出すぎてしまう感じがあって。バッハやそれ以前、芸術というより職人芸のようなところにも惹かれますね。また現代でいうと宗教的という言葉になるのですが、崇高なものに向かう人間のメンタリティというのでしょうか、そういったものに大変興味があるのです。

山之内 こういった音楽がお好きということは…もしかしてジョルディ・サバールなんてお好きでしょうか…?

黒崎 えっ、サバールですか!? びっくり! 実は今日の裏テーマとして、山之内さんとサバールについてお話したいと思っていたんです!

ジョルディ・サバールとは

1941年生まれのスペイン人の指揮者、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者。現在はALIA VOXという自主レーベルを運営し、中世音楽からロマン派まで幅広い録音を手掛けている。特に中世、ルネサンス、バロック期の音楽を積極的に取り上げるほか、アフリカの民族音楽などもレパートリーとして持つ。宮廷作曲家マラン・マレの生涯を描いた映画『めぐり逢う朝』(監督:アラン・コルノー/1991年)のサウンドトラックが世界的にヒットを飛ばし、古楽の新たな可能性を開いた人物。


黒崎 サバールは本当に私も昔から大好きで。私がヴィオラ・ダ・ガンバを始めたのもサバールの影響ですし、9年前にサバールが来日したときも運転手をやったこともあるんですよ! レコードの時代から、今の最先端のデジタルまでおよそ50年、ずっと聴き続けている音楽家の一人です。

ジョルディ・サバールの話ができて大喜びの黒崎氏

山之内 私も『Audio Accessory』や『レコード芸術』でもなんどか取り上げたことがありますね。非常に好きな演奏家です。

黒崎 ALIA VOXからベートーヴェンの交響曲を順番に録音したものが発売されています。これがね、実にいいんですよ。ちょっとKLIMAX DSM/3で聴いてみましょうか。これはKazooのアプリからTIDALで再生しています。

黒崎氏の自宅に導入されたKLIMAX DSM/3。フロントパネルに長いタイトルも表示されるのも嬉しい

■最新のサバールの音源は、最新のデジタル機器で聴いてこそ

黒崎 ベートーヴェンの交響曲なんて、これまでに数多くの指揮者やオーケストラが散々にやり尽くして来ています。ですが、このアルバムはまったく奇をてらったところがないのに、エネルギー感があってものすごく新鮮なんです。

ジョルディ・サバールのアルバム。「スペイン古楽集成:オルティス変奏論」は1960年代のサバール最初期の録音。ベートーヴェンの交響曲全集は2020年の最新録音となる。指揮者として、またヴィオラ・ダ・ガンバ奏者として参加しているものもある

山之内 レコードの時代にこういう音は出せなかったですね。録音って、その時代の空気や、その場所でないと出せない音があって、そういうのを捉えた録音に私は非常に惹かれます。サバールの録音もそんな魅力を感じますね。

黒崎 サバールの音がね、また地味というか、スペインのひなびた土着的な雰囲気があるんです。でもなんでこんなに新鮮な音になるんだろうって!

山之内 Youtubeでもいくつか収録風景が見られるのですが、アンサンブルの人数はそんなに多くないのに、音のエネルギーは非常に高くて、空間を意識した録音がされているのか、包まれるような低音も魅力です。

黒崎 現代のサバールの生き生きとした演奏は、もちろん他の機材でも良いのですが、このKLIMAX DSM/3がぴったりなんです。導入して半年以上経ちますが、エージングも効いてきたのかどんどん音が良くなっていっている感じがします。「恍惚」としか表現しようもない音の喜びがあります。

音楽の再生はiPadのアプリ「Kazoo」から。レコードやCDのように入れ替える手間なくどんどん再生していけるのもネットワーク再生だからこそ

サバールはまさに私のオーディオの歴史と重なるところがあるなと思っていて。80歳を超えてまだまだ現役でやってくれていますが、1960年-70年代のレコード時代に収録されたものはレコードで聴くのがいい。HISPA VOXやAtrée(アストレ)レーベルの時代ですね。そしてALIA VOXといった現代の録音は、リンのDSのような最新鋭の機材で聴くのがふさわしいと思うのです。昔はレコードで聴いて、CD時代も聴いて、いまはこうして配信で聴く。この機器の変化は、リアルタイムのサバールの演奏の進化とも重なってくるように思うのです。

サバールがヴィオラ・ダ・ガンバで参加するマラン・マレ『異国趣味の組曲』(1977年)のLPレコード。レコード時代の音源はレコードで聴くのがいい、というのが黒崎氏の持論

山之内 サバールの演奏って、本人も周りのアンサンブルも、力んだところがなくて非常に自然なんです。クルレンティスなんかはみんなでテンション上げて、力が入っている感じがする。それはいい意味でもあるんですけどね。

編集部 演奏者が非常に楽しそうにやっているのが伝わってきますね。

山之内 ALIA VOXはCDもこだわっていて、ブックレットもきれいで非常に所有感を満たしてくれるんですよね

黒崎 そうなんです。だから配信で全部聴けるけど、CDも買っちゃう。ブックレットにいい写真があってね。このオーケストラの人たちの目に、サバールに対する愛とかリスペクトが現れてる感じがして大好きなの。

ベートーヴェン交響曲第1〜5番までが収録されたSACD(AVSA-9937)。ブックレットも豪華で写真もふんだんに掲載されている(国内取扱:キングインターナショナル)

山之内 現代の指揮者がこういう視線を集めるのは難しいですね。信頼関係がしっかり構築されているように感じます。

■アナログもデジタルも、それぞれに切磋琢磨し合う楽しみ

編集部 リンの考え方のひとつとして、モジュール式というか、パーツを組み合わせて自分好みに仕上げていく、というのもありますね。

山之内 LP12が良い例ですが、選べる自由、またアップグレードできるというのもコンセプトですね。

黒崎 デジタルの宿命として、あくまで機能として使うだけで、次の製品が出たら買い換える。そのため、機械そのものに愛着がわきにくくなる傾向がありますよね。でもリンはそれをうまく乗り越えている感じもします。

山之内 今回のKLIMAX DSM/3からは、少し手触りとか操作感みたいなものも復活させていますよね。レコードのグルーヴを意識した天板の溝とか、大型のボリュームノブとか。前は本当にどこにも触るところがなかったのに(笑)。

黒崎 確かに。そういう意味では回帰しているところもあるのかもしれませんね。オーディオには“モノ”としての楽しみもあって、レコードやSPはモノ、触れるもの、所有できるものですよね。でもデジタルは対象がモノじゃない。ストリーミングはいわば行きずりのような感じもする。そういう時代において“趣味”としてのオーディオがどうなるのかというのは、なかなか難しい問題であると思います。

山之内 実体がない感じはありますよね。

黒崎 でもリンという会社の面白いところは、一方にLP12というアナログプレーヤーがあり、DSというデジタルの最先端のものがある。アナログを色々やって改善すると、次はデジタルで色々やりたくなる。そうやって、自分の中でもデジタルとアナログの切磋琢磨をやっている感じがします。それもなかなか面白くて、オーディオに夢中になってしまうのかもしれませんね(笑)。

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