「RX-V571」は、エントリー機だが基本性能に<手抜きのない>正攻法の製品である。そう思わせるポイントは二つ。第一は、ステレオアンプとしての地力である。ロープライス機であるため物量を投入することが出来ない分パワーICにハイブリッド素子を使い、ディスクリート構成に迫る高域の歪みが少ない音質を狙うなど、きめ細かな音質向上の踏ん張りが窺われる。

ヤマハ AVアンプ「RX-V571」。

今回、B&W「802D」と組み合わせてエレーヌ・グリモーの弾くモーツァルトのピアノソナタを再生したが、さすがに世界第一級の楽器メーカーの製品だけあってピアノの表現に甘さがない。高域の引き締まった透明感と粒立にまず耳を奪われる。

アクション音やアリコート(共鳴弦)の放射する倍音の細やかで節度のある拾い出しは、ピアノを知り尽くしたヤマハならではである。特に低域和音の厚みと解像感は、価格帯を疑わせるほどのものがある。802Dは帯域の広い器の大きいスピーカーだが、同時に組み合わせる製品の弱点を容赦なく顕にするモニタースピーカーでもある。それでこれだけの音楽を聴かせるのである。

 
リファレンスにB&W の「802D」を使用。「組み合わせた製品の弱点を顕にする同モデルをもってして、RX-V571の低域和音の厚みと解像感は価格帯を疑わせるほど」と大橋氏は語る。

もう一つ<手抜きがない>のが、映像音響への密着度の高さだ。RX-V571は、エントリー機でありながら7.1ch構成を採用している。サラウンドバックを設置し、BD-ROMに増えつつある7.1chソースを5.1chにダウンミックスせず、オリジナル形式で再現することも出来る。

7chパワーアンプを内蔵し、Blu-ray Discフォーマットで規定された最大7.1chのサラウンド再生が可能。

こうしたフレキシブルな構成に加えて、伝家の宝刀「シネマDSP」がある。

ドルビープロロジックの登場に先駆けること1年前の1986年、ヤマハは世界初のデジタル信号処理による音場創成技術を搭載したデジタルサウンドフィールドプロセッサー「DSP-1」を発売した。今年は、このシネマDSPの原点といえるDSP-1の登場から25周年目の年となる。

ヤマハ「DSP-1」(1986年発売)。デジタル信号処理による世界初の音場創成技術を搭載したデジタルサウンドフィールドプロセッサー。

今でこそ各社がAVアンプに搭載しているDSP映像音響モードだが、それは1990年にヤマハが発売した世界初の一体型7ch・AVアンプ「AVX-2000DSP」から始まった。

ヤマハ「AVX-2000DSP」(1990年発売)。世界初の一体型7ch・AVアンプ。

それ以前は「スポーツ」「ムービー」といった単純なソース別のマトリクスサラウンドだけだった。そのような中、ヤマハは先述のDSP-1などに代表される音楽DSPの経験とノウハウを映像音響に応用し、「アドベンチャー」「ジェネラル」といったモードに象徴される“映画サウンド”の核心に踏み込んだ音作りに挑戦。AVX-2000DSPは、1990年の第4回ビデオグランプリ(音元出版が主催する、現在の「ビジュアルグランプリ」の前身)の最高金賞に輝いた

それ以前の同アワードにおける金賞は、全てビデオカメラとビデオデッキという映像機器ばかりだった。そう、ヤマハのシネマDSP(当時の名称は「シネDSP」)の出現によって、家庭用AVの映像と音響は一つになったのである。日本のホームシアターはこの時始まった。

以後、オーディオの形式がアナログからデジタルへ(1995年)、ロッシーからロスレスのHDオーディオへ(2005年)と変わっていっても、DSPの分野でヤマハのシネマDSPは常に他の追随を許さない。

また2006年には、生の響きにより近くなるよう音場データのサンプリングにおけるポリシーが総合的に見直された。それまで初期反射音の「時間軸」を基準としていたサンプリングを「音量レベル軸」へ変更し、音場プログラムの体系もシンプルに刷新。Blu-ray DiscのHD音声やデジタルテレビ放送のマルチチャンネル番組といった、新しいAVソースを意識してシネマDSPは進化した。

シネマDSP「Hall in Vienna」モードの反射音図。改良前(左)と改良後(右)。

なお、この改良版は当時「シネマDSP-plus」の名称で従来のタイプと区別されていたが、以後の製品に搭載されるシネマDSPは全て同相当にグレードアップされたため、現在では「-plus」を外した「シネマDSP」の名称になりスタンダードとなった。その後も、シネマDSPは新製品が登場するたびに細部のブラッシュアップを重ね、進化を続けている。

進化を続けるシネマDSPの立体音場。「高さ」「奥行」の再現力が最大の魅力である<3Dモード>。側方から後方にかけての音の移動感や距離感をよりリアルに感じられるシネマDSP3。創出する音場形状はDSP3と同様ながら、音のデータ密度と反射音数がより高いHD3

「シネマDSP」<3Dモード>に対応するRX-V571で、実際にサラウンドを聴いてみよう。どの映画を再生しても音が鈍らず、音場表現に鮮度とキレがありモヤモヤしないのが良い。「やや細身かな」と思う瞬間もあるが、もう少し厚い音が欲しい場合にシネマDSPを使うと良い。この分野のオリジネーターだけあってさすがにディレイ設定の完成度が高い。以下に例を上げてみよう。

RX-V571のシネマDSPプログラム画面。スタンダードモードのほか、「スペクタクル」や「アクションゲーム」など、使用ソースに応じ充実した音場プログラムが用意されている。

『ハリー・ポッターと死の秘宝PART.1』なら、「アドベンチャー」を選択すると空間が広々とし移動感にしなやかさが出る。『ファンタジア2000』の場合、「スペクタクル」でスケール感が増し映像に見合った雄大な響きが生まれる。『ロビン・フッド』は、音場をほぐしていく分解能を持ち不満がないソースなのでストレートデコードで聴いたが、SEの自然音を細大漏らさず拾い出し、雄大かつきめ細やかな音場が出現する。『バーレスク』なら、「ミュージックビデオ」で臨場感が増すが、ここで前回「エコなのに機能向上!?」で紹介した「VPS(バーチャル・プレゼンス・スピーカー)」の使用が活きる。

「VPS(バーチャル・プレゼンス・スピーカー)。フロントスピーカーの上方位置に仮想のフロントプレゼンススピーカーを作り出すヤマハの独自技術。今回RX-V571/471にエントリーモデルとして初めて搭載され、同時に「シネマDSP<3Dモード>」に対応可能となった。

VPSは、フロントプレゼンススピーカーの実音源がない環境で音場に高さを加えるヤマハ独自の拡張機能だ。同作のハイライトシーンでは、ノーマイクで熱唱するクリスティーナ・アギレラを見上げる<高さ>の感覚にプラスし、彼女が今後背負っていくであろうショウビズ人生の哀歓を象徴するステージの深い奥行きが生まれる。これぞ不滅のヤマハマジック。映像と音響が幸福に一致した瞬間がここにある。

<執筆者プロフィール>
大橋 伸太郎
1956年神奈川県鎌倉市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。フジサンケイグループにて、美術書、児童書を企画編集後、(株)音元出版に入社、1990年『AV REVIEW』編集長、1998年には日本初にして現在も唯一の定期刊行ホームシアター専門誌『ホームシアターファイル』を刊行した。ホームシアターのオーソリティとして講演多数。2006年に評論家に転身。




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