“あんスタ”のブルーノート・ジャズライブをドルビーアトモスで生配信!高音質の舞台裏を訊く【前編】
2025年の8月23日と9月6/7日の3日間、恵比寿のブルーノートプレイスにて行われた『ENSEMBLE STARS!! BAND LIVE』は異色のジャズライブであった。まず、メンバーからしてユニークで、ゲームアプリ『あんさんぶるスターズ!!』に関わる楽曲収録や、登場キャラクターの声優によるライブ活動における、サポート・ミュージシャンたちで構成された。

彼らによって既に400曲以上ある楽曲の中から、公演ごとに異なる楽曲を演奏。また、すべてジャズの殿堂ブルーノートらしくメンバーによってジャズアレンジされた楽曲と言うことも付け加えておきたい。
そして、大きなトピックが、POP系では日本初となるドルビーアトモスによる生配信が行われたこと。ここでは、ドルビーアトモス生配信のキーとなるサウンド・エンジニア入交英雄氏をはじめとするこのライブを支えた人々の声をお届けする。
ディレクターHA氏インタビュー
まず、「あんスタ!!」における、各種番組制作やイベント事業など外部施策の責任者であり、今回のバンドライブも企画・プロデュースを担当するHA氏に、このライブ「ENSEMBLE STARS!! BAND LIVE」についてお話を伺った。
アイドル達が持つ音楽の世界観をさらに広げたい
―― まずは、読者の皆さんにこの「ENSEMBLE STARS!! BAND LIVE」の元となっているゲームアプリ『あんさんぶるスターズ!!』とは、どんなものなのかご紹介していただけますか。
HA あんスタは、Happy Elements社が制作する男性アイドルが題材の育成ゲームです。おかげさまで、多くのお客様から支持をいただき、2026年4月には11周年を迎えました。その間、作品の世界も広がりつづけており、登場するアイドルも当初の31人から、今では58人となっています。

―― 今回のドルビーアトモス生配信ですが、動画配信システムのLive Extremeを運営するコルグと、ドルビーラボラトリーズの日本支社に確認したのですが、ポップス系では日本 初になるのではないかとのことでした。
また、主役である声優ではなく、あんスタの音楽を支えてきたバックバンドにスポットを当てるという発想。しかも、音楽ファンなら憧れるブルーノート(会場は恵比寿にあるブルーノートプレイス)で、ジャズアレンジされた人気曲を、食事をしながら楽しむという贅沢なライブと、トピックが満載です。このようなライブに至ったいきさつをうかがえますか?
HA これまであんスタは、登場キャラクターや声優陣のライブをやってきましたが、これだけ良い曲がたくさんあるのだから、もっと純粋に曲だけを楽しむような企画を試してみたいと思っていたんです。
そんな時、YouTube「あんスタチャンネル」内の番組企画でご縁ができたこともあって、ブルーノートプレイスさんにご協力いただき、今回の公演が実現しました。
応援してくれているあんスタファンの皆さまはもちろん、頼りになるバンドメンバーや、あんスタチャンネルの番組スタッフ、生配信に携わってきたスタッフの方々の力があってこそでした。今回のライブをきっかけに、他のIPでもこうしたバンド・ライブ企画が続いてくれたら嬉しいなと思っています。
―― かなり異色のライブでしたが、手応えを感じていらっしゃいますか。
HA はい、とても良い手応えを感じています。ブルーノートに来ていただいた方々の反応は良く、SNSでの反響も含めて満足していただけている印象です。アトモス生配信に関しても印象は同じく良い反応だったので、次があるとしたら、さらに多くの人に楽しんでいただけるよう告知などを工夫したいですね。

【コラム】『あんさんぶるスターズ!!』はどんなゲーム?

アンサンブルスクエアの上空に飛来した、天空のワンダーランド―メガスフィアが舞台の悲喜劇で、プレイヤーは4つの芸能事務所から1つを選択してプロデューサーとなり、男性アイドルを育成していくゲームアプリである。
あんスタは、大きく「BASIC」「MUSIC」の2つのスタイルに分かれている。
「BASIC」は5人1組のユニットを組み、レッスンや様々な仕事を通して、アイドルとの信頼を深め成功へ導くゲーム。そのストーリーは多彩で、個性豊かなスチールイラストが描かれたカードを集めていく。なお、旧作の『あんさんぶるスターズ!』のコンテンツが楽しめるモードもあり、旧作ファンにもうれしい仕様となっている。
対する「MUSIC」は、アイドルのライブシーン(3Dと2Dの2種類)をバックに、200曲以上の楽曲のタイミングに合わせるリズムゲーム。結果に合わせてカードやアイテムを得ていくゲームである。
録音エンジニア・入交英雄氏インタビュー
続いて、日本において立体音響研究の第一人者であり、今回の生配信ミックスに携わった入交英雄氏のインタビューをお届けする。
入交氏は学生時代より空間音響について探求を重ね、現在では奈良を拠点に立体音響録音の技術開発や普及活動を行っている。現在、立体音響と言うとドルビーアトモスとソニーの360 Reality Audioが広く知られているが、その他にもAURO 3DやNHKが推進する22.2ch方式などの研究も行っている。また、ミキシングについても高い評価を得ており、プロ音楽録音賞イマーシブ部門 最優秀賞受賞を受賞している。
さらに、入交氏は、立体音響研究の他、放送における音量(長らく続いたラウドネス戦争を終えるため)統一を世界的に目指した「ラウドネス値」の規格化という大きな功績を持った方である。
さて、SNS等で音質評価が非常に高かった生配信は、入交氏の貢献度が非常に高い。これほど技術的な部分に切り込んだロングインタビューは、普通は技術専門誌に載るのだろうが、ライブの舞台裏を明かす上で非常に重要なポイントとなると考え、インタビューをお願いした。
雰囲気を伝えるために綿密に計算したマイキング
―― 今回、アトモス生配信のお仕事を引き受けられて、まずは現場を下見してプランニングするわけですが、どんな点に気を配ったのでしょうか。
入交 立体音響では「空間をどう捉えるか」が重要です。だから、ドルビーアトモスを使ってライブを録ろうと考えたとき、向かない空間があるのは否めません。しかし、ブルーノートプレイスは、2階席へと続く吹き抜けがあり響きが豊かで、立体音響収録に非常に適した場所でした。この空間の響きを活かせるので、ミックスはやりやすかったですね。
―― ドルビーアトモスは、高さ表現を可能にした音声フォーマットで、最初は映画で使われました。それがApple Musicが、立体音響のフォーマットとしてドルビーアトモスを採用するようになりました。
一般的に、ライブ収録では、ステージにいるミュージシャンの奏でる音はなるべく発音源に近付ける「オンマイク」を多用し、会場の響き(アンビエンスとも言う)を捉えるには「オフマイク」を多用します。
PA用にステージ上の各楽器に置かれたマイクは、ブルーノートプレイスらしさを出すために、そのまま生かしたそうですね。ただし、ピアノはブルーノートのスタッフが置いたマイクに加えて、2本のマイクを足しています。どんな意図があったのでしょうか。
入交 ピアノは楽器自体が大きく、他の楽器よりも音に広がりがあるんですね。ポップスなどの一般的なライブでは、ピアノの中に高域と低域を分けて小型のピアノ用マイクを仕込み、共鳴板を閉じるのが定番です。しかし、その2本のマイクで自然なピアノを表現することは大変難しい。だから、ピアノを素材の1つと捉え、イコライザーなどを使用し音響上のデザインを施して音を作っています。
今回、ブルーノート側は共鳴板を開き、ORTF方式で高域、低域のオンマイクを配置。そして、テールと呼ぶピアノの低音側のふくらみにマイクを置き、この3本を基本としていました。さらにピアノは、弦の下に金属の大きな響板があります。その穴に1本のマイクを入れ、もう1本を響板の下から狙っていました。響板の響き、高音、低音、テール側から見た楽器全体の響き。この5つの要素でピアノの音を創っていました。
ただし、これらのマイクでピアノの音は創れるのですが、それがステージ上に置かれている様子が見えるように自然に録れるのかというと、決してそうではありません。そこで、私の方で2本のノイマン「KM A 184」をやや離した場所に追加で立てています。この2本のマイクがピアノの拡がり感(左右の幅)を表現するのに役立ちます。
ドルビーアトモスの高さを表現する手法
―― ドルビーアトモスの特徴である高さ方向のアンビエンス創りについて教えてください。
入交 当たり前ですが、録ろうとする空間の真ん中に置けば、均一な響きが録れます。でも、ライブ収録の場合、お客様が最優先ですから、それはできません。そこで、どこに置いたら邪魔にならず、お客様が聴いている響きに近くできるか考えて置いていきました。また、基本的な考えとして、上空(ハイレイヤー)、客席(ミドルレイヤー)、ステージ上空の3つの空間を分けて録ることにしました。
ハイレイヤーのマイクは、ステージの真上の2階席の手すりに2組のL型ロッドを付けて、1.5mほど吹き抜け空間に押し出す形で設置(写真参照)しました。
そして、L字ロッドの先端と手すり上側に1本ずつマイク「KM A 143」を設置し、合計4本のマイクで2階上層の響きを捉えています。ちょっと良い言葉が無いのですが、空間の響きは天井に昇っていく印象があるので、その響きを収録できるようにマイクを設置しました。私としては、今回のようなワイド単一指向性よりも均一な空間が録れる無指向性マイクを使用したかったのですが、PAの被り音をできるだけ拾いたくないので使いませんでした。
―― ハイレイヤーのマイクは下を向いているんですか。
入交 いえ、本当はハイレイヤーのマイクは4本とも吹き抜けの上に床に平行な四角形配置にしたかったですね。しかし、手すり側は2階席のお客様の話し声などを拾ってしまう可能性が高いので、手すりの上側にもロッドを足してL字型にし、その先端にマイクを設置しました。その結果、4つのマイクで構成する四角形が45度ほど傾いてしまいました。床に平行にハイレイヤーマイクを設置する場合、マイクの向きは45度上方に向けるのですが、今回は4本のマイクで構成する平面が45度傾いたため、手すり上側は真上方向、吹き抜け空間側は真横方向を向いています。
そして、ミッドレイヤーは「KM A 184」(単一指向性)を4本、2階席の手すりから下側に吊っています。このマイクは、ステージの空間を表現するのにとても有効なので、楽器の高さ(例えばドラムのシンバルとキックの高さ感、ピアノの上下の拡がり)が見えるようになります。2〜3m四方で設置するのが最も効果的ですが、これも客席との関係で設置できませんでした。他のホールで可能な場合は、美術バトンや照明バトンからステージ上空にマイクを吊るようにしています。
マイク間の距離が3mを越えると“雰囲気”は録れるのですが、“空間”を捉えるのは難しくなります。さらに、それ以上マイクを離すと、空間がバラバラになってしまい、響きのつながりがなくなったように聴こえてしまいます。
ブルーノートプレイスでは5mおきに設置することにしましたが、その場合でも、ハイレイヤーが2m四方くらいで空間のつながりを表現しているので、ミドルレイヤーの響きがバラバラになっても違和感が少なくできるのです。
今回のようにピラミッド状に下層のマイクの間隔が拡がっても、全体の空間のつながりを担保できます。面白いのは、逆ピラミッド型にマイクを配置しても良いんです。ハイレイヤーのマイクがバラバラになってもミッドレイヤーのマイクが2m四方に設置できれば、これでも空間のつながりが表現できます。もちろん、ボトムレイヤー、ハイレイヤーとも2m四方、上下も2mという立方体形状に8本の無指向性マイクを設置できると、最も自然な空間の響きが出せますね。これをオムニキューブと呼んでいます。

アトモス環境のない人でも立体音響を楽しめるHPLも同時配信
―― 今回のライブ生配信は、どんな環境で聴くのがよいのでしょうか。
入交 今回はHPL(バイノーラル技術の1つ)も副音声で送っているので、ヘッドホンで聴くなら副音声側のステレオですね。ただ、ヘッドホンの特性が非常に影響するんですね。私はどんなヘッドホンやイヤホンでも大丈夫ですよと言っていますが、理想を言うならイヤホンよりもオープン型のヘッドホンで聴いた方が良いです。
―― ドルビーアトモスはオブジェクトベースですが、ベッヅとオブジェクトはどのように振り分けられたのでしょうか。
入交 ややこしいんですけれど、リアルタイム変換のドルビーアトモス・エンコーダーは、コルグが開発した配信システムLive Extremeの中に入っていまして、このエンコーダーはいわばチャンネル・ベースの7.1.4に変換するような仕組みです。なので、スタジオミックスの様にベッヅとオブジェクトは使えないんです。
これをドルビーアトモス的に説明すると、7.1のベッドに、あらかじめハイレイヤー用に4chの固定オブジェクトをプリセットしているエンコーダーだと思って下さい。それがリアルムタイム・エンコーダーの仕組みで、いわゆる位置情報は固定されています。ここがアトモス生配信とスタジオで用いる普通のオブジェクトベースと違う所なんです。だから、オブジェクトベースでしか仕事をしたことがない人は、ちょっと苦労するかもしれません。
―― このESバンド・ライブのアトモス生配信でわかったことはありますでしょうか。
入交 以前7.1.4のドルビーアトモスを配信したことがあるんですが、その時に分かった点があります。それは、Appleのアトモス配信は転送レートが768kbpsと伝送レートが決まっていますので、チャンネルが少ないほうが音質は上がるんです。ですから、7.1.4よりも5.1.4の方が2チャンネル少ない分、音質が良くなることを発見したんです。今回の配信でも8月23日の配信(7.1.4を使用)の音質を検討した結果、音質の向上が見込めそうなので6日、7日の公演は5.1.4に減らしました。
また、Live Extremeのホームページには、7.1.4ロスレスを紹介しています。その伝送形式はドルビーTrueHDです。ドルビーTrueHDは、生配信できないんですけど、フォーマットは同じドルビーアトモス方式でも音質が全然違います。その紹介ページではドルビーアトモスとドルビーアトモス・ロスレスの2種類が聴けるのですが、エンジニアからすると「ドルビーアトモス・ロスレスってなんだ?」と思うかもしれません。この伝送形式はドルビーTrueHDなのです。
―― フォーマットは5.1.4ですが、サブウーファーはどのように使われたのですか?
入交 使っていません。正確には5.0.4ですね。実はここも音質向上に関わっていまして、サブウーファー・チャンネルは存在しますが、ほとんどデータはありませんから、空いた部分は残りの9chに振り分けられます
―― 最後に今回のアトモス生配信を終えての感想をいただけますか。
入交 プロの制作者に向けて話すとすれば、アトモス生配信は、7.1.4や5.1.4のチャンネル・ベースとして作るというだけなので、敷居は低いと思います。DAWにアトモスに関わるツールさえ必要ありません。
あとは、アンビエンスの音の作り方。基本的にはマイク1本に対して、1本のスピーカーで鳴らすという配置が良いです。スピーカー間に音像を置くファントムで定位させると、両方のスピーカーから同じ音量の信号が出ますよね。そうすると、聴く位置によって(頭の位置が動くなど)干渉を引き起こします。その結果、シュワシュワという干渉音が聴こえてしまう。それを減らすには、1つのマイクに1つのスピーカーを対応させて制作すれば良いのです。
マイクアレンジは、7.1.4でやるならミッドレイヤー7本でハイレイヤー4本のアンビエンス・チャンネルを設けるような形が良いですね。また、今回のようにバンドものを作るときは、止むを得ずステージ上の楽器をファントム位置にパンポットで定位させますが、シュワシュワした音を感じたら、本来の定位位置と違っても、パンポットを調整し直すようにする。これを基本として、プランを考えると良いと思います。
私も、今回、どうしてもファントムに置きたいチャンネルがあるので、頭を動かしながらパンポットの調整をして確認するという地道な作業をやりました。それでもファントムで定位させた音は、やはりシュワシュワという音が小さく出ていました。
私も実際にどう置くと音が変化するのかわかるまでに試行錯誤を重ね多くの時間を費やしてきました。これがわからないと、マイクをたくさん使用したとき、何がなんだか分からなくなる。ここは、ドルビーアトモス・ミックスに限らず、ミキシングエンジニアの永遠の課題と言えるかもしれませんね。
―― そうした苦労があった生配信なんですね。いろんなメディアや放送、配信をしているサウンドエンジニアが少しでも良い音を創ろうと努力しているか、垣間見えるお話でした。どうもありがとうございました。
ENSEMBLE STARS!! BAND LIVEが今年も開催決定!
そして、昨年のこのライブの反響を受け、今年も同じ恵比寿ブルーノート・プレイスにて第二弾が開催されることが決定した。

日程は9/13・14・15・16の4日間、日替わりでゲストボーカルが登場する必見のライブは、今回ももちろん、全編ドルビーアトモスにより生配信される。更に今年は、最終日のみ109シネマズプレミアム新宿にてライブビューイングが行われ、これは(劇場チケットは既に完売済)
前回より更にブラッシュアップされた珠玉のライブを、最高の音で楽しんでみてはいかがだろうか。














































