“全てのアップル製品”のサウンドが練られる場所。アップル本社内の開発施設「Audio Lab」詳細潜入レポート
アップルのAudio Labは、米カリフォルニア・クパティーノのApple Park本社にある。
この場所では、AirPodsやHomePodのほか、iPhone、Mac、Apple Watchも含む「スピーカー・マイクを搭載する全てのアップル製品」の音づくりが行われている。
WWDCを現地で取材した筆者が、今年は念願かなってAudio Labに初めて訪問することができた。
ノイズキャンセリングや聴覚の健康補助の機能を検証する専用スタジオ
Audio Labでは、アップル製品に搭載するオーディオ関連技術を研究・開発したり、サウンドチューニングや細かな品質検証を行ったりしている。広大な敷地の中には最先端の機材を集めた複数の実験室やスタジオがあり、オーディオの開発に特化したエキスパートがこの場所に集まっている。
アップルは2024年の10月、ワイヤレスイヤホンのフラグシップ「AirPods Pro 2」に聴覚の健康をサポートする機能を追加した。iPhoneとAirPods Proを使う正確なヒアリングチェックなどを実現するため、このAudio Labの中にある「User Study Lab」に、数千人規模の一般の被験者を集めて検証を重ねてきた。
別室の「Fantasia Lab」と呼ばれるスタジオでは、アップルのエンジニアが世界中で独自に収録したサウンドスケープを、50台のスピーカーにより構成される球形アレイを用いて再現。AirPodsシリーズのアクティブ・ノイズキャンセリングやヒアスルー機能のシミュレーションを行っている。
筆者が訪問した日は、雑踏の中を想定した生々しいリファレンスサウンドを聴きながらAirPods Proの実力をこの場所で確認できた。AirPodsシリーズのアクセシビリティ機能である「会話ブースト」や、大きな環境ノイズが鳴った際にAirPodsの消音効果を動的に自動調節する「アダプティブオーディオ」、空間オーディオのリスニング評価などもこの部屋で検証される。
リファレンスとなるサウンドスケープの独自音源は数百を超えているという。これらの音源は、アップルが独自に64基のユニットを組み合わせて作った、ボール型の特殊なアレイマイクでライブ録音しているそうだ。
スピーカーアレイを構成するのはGENELECの8320A/8331Aを中心とするモニタースピーカーと、7000シリーズのスタジオサブウーファー計50台。中立なサウンドキャラクターと信頼性の高さにより、GENELECのスピーカーを選んだのだという。
空間オーディオのリスニング評価も行われる
Audio Labには、リスニング評価のためのスタジオが数え切れないほど多くある。グラミー賞受賞歴のあるスタッフをはじめ、複数の音響エンジニアによるサウンドチューニングがこの場所で行われている。
それぞれの部屋を使用するスタッフは、スピーカーにアンプ、マイクやレコーディング機材を自由に選択してリファレンスシステムを組んでいる。今回は「SOUND CITY」と名付けられたスタジオを見学した。部屋の名前は有名なレコーディングスタジオにちなんでいるという。
SOUND CITYのスタジオには、本格的な7.1.4チャンネルのDolby Atmos再生にも対応するシステムがあった。Apple MusicやApple TV+のビデオコンテンツが採用される「Dolby Atmosによる空間オーディオ」のコンテンツの再生品質の検証を、アップルのオーディオ製品ごとに入念に行っているという。また、天井にもスピーカーが埋め込まれている。
AirPodsやHomePodなど、アップル製品はソフトウェアアップデートを繰り返しながら、発売後も音質向上が図られている。アップデートのたびに入念な音質評価が繰り返されているのだ。
なお、アップルのオーディオ製品、およびMacやiPhoneの内蔵スピーカーも含めて、「高品位なサウンド」の指標はアップル独自のターゲットカーブに基づいている。この独自の高音質の基準が、AirPodsなどのアップル製品に現在活かされている。
さらにアップルは、デバイスが内蔵するマイクの音質と上質な通話体験にもこだわりながら、このAudio Labで先端技術に磨きをかけている。秋以降にソフトウェアアップデートによる実装を予定する「スタジオ品質の音声録音」の機能もそのひとつだ。
AirPodsの新機能「スタジオ品質の音声録音」に迫る
スタジオ品質の音声録音は、AirPods Pro 2とAirPods 4シリーズがもともと内蔵する高品位なマイクの性能を基盤として、アップル独自のコンピュテーショナルオーディオに組み込まれる機械学習アルゴリズムのブラッシュアップを図って実現した。
主にiPhoneやMacでビデオコンテンツやポッドキャストを制作するクリエイターの使用を想定した機能だが、応用的な使い方として音楽作品を意図したボーカルトラックの録音、あるいは楽器を演奏しながらのデモテープ作成のような用向きに使い方を広げることもできる。なぜならば、スタジオ品質の音声録音には、集音指向性が異なる3つのオプションが用意されるからだ。
Voice Isolation(音声分離)は、ユーザーがAirPodsを装着する自身の声だけをクリアに録音するためのオプションだ。Broadband(広帯域)は周囲の環境音も含めた自然な録音を可能にする。そしてStandard(標準)がバランスの取れた基本モードに相当する。
AirPods ProをiPhoneにペアリングすると表示される設定メニューから、用途に応じてオプションを選択することで、様々なシーンでクリアな音声が録れる。なお、同時期のソフトウェアアップデートにより、AirPodsをリモコンを代わりに、ペアリングしたiPhoneカメラの写真や動画の撮影開始操作もできるようになる。
音と人体の相互作用を測定する、アップル最大の無響室
Audio Labの中には “アップル最大” をうたう巨大な無響室「Longwave」もある。このスタジオはAudio Labの母屋の構造体から完全に切り離され、巨大なスプリングユニットの上に建造されている。外部からの音や構造体から伝わる振動が音質評価に及ぼす影響を完全にシャットアウトするためだ。
無響室では空間の反響音を一切排除することで「無音」に近い状態をシミュレーションしている。部屋の中は壁・床・天井すべてが平行に向き合わない設計として、音の反射を防いでいる。アップルはこの無響室を空間オーディオ技術の開発と検証をはじめ、様々な用途に使っている。
室内には数十台のスピーカーとマイクをアーチ状に並べたアレイがあり、回転するテーブルに乗せたダミーヘッドと併用しながら頭部伝達関数の測定も行える。この場所に多くの被験者を集めて、AirPodsを装着してもらい、スピーカー・マイクアレイの中央で回転するイスに腰掛けながら測定も行ってきた。
多くの被験者の測定が必要なのは、人それぞれに異なる耳の形に起因する音響特性の違いをも考慮して最適化するため。これにより、AirPodsのユーザーがあたかも外の空間とリアルに触れているような、自然な体験を目指してきた。
リファレンスモデルや耳型データのアップデートは絶えず、継続にアルゴリズム改善も図っている。この絶え間ない挑戦により、AirPods、HomePod、あるいはアップルのハードウェアが内蔵するスピーカーとマイクのサウンドは常に「よりいい音」にブラッシュアップされているのだ。
アップルは創業者であるスティーブ・ジョブズ氏がオーディオや音楽をこよなく愛していたことから、創業間もなくの頃からAudio Labを設立して、自社製品の音質を探求してきた。本社をApple Parkに移転してからも休むことなく研鑽を重ね、今日はそれが空間オーディオやダイナミックヘッドトラッキングのような画期的な技術にも発展を遂げた。
Audio Labの役割は音楽リスニングや音声通話にとどまらず、現在では「耳のヘルスケア」の領域にまで大きく拡大している。今回筆者が訪問したスタジオの中には真新しく見える設備もあった。
アップルが目指す「良質なオーディオ体験」は、これからも様々な道にその可能性を伸ばし続けるだろう。ITデジタルのジャイアントであるアップルが、オーディオに対しても真摯に全力で技術と体験の進化を探求していることを筆者も自身の眼で見ることができた、とても有意義な取材だった。






























