公開日 2024/09/05 11:34

ミュンシュ、カラヤン、ロト。録音で味わうベルリオーズ「幻想交響曲」の革新性

サウンドクリエイトでのイベント模様をレポート
黒崎政男/山之内 正
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負のイメージが強くなる第3楽章「野の風景」



黒崎 ベルリオーズの「幻想」とパリ管弦楽団とはゆかりがあります。彼は、パリ音楽院で勉強していて、「幻想」は1830年に作曲されるんですけど、1年もかけずに完成させています。恐ろしいほどのスピードです。ブラームスは最初の「交響曲第1番」の作曲に20年くらいかかっているから、とても対照的です。

山之内 とはいえ、ベルリオーズが新しいスタイルの楽器の使い方や組み合わせを考えた、という点は天才だと思います。またワルツというのは、19世紀後半のウィーンを中心にした、どちらかというとポピュラーな存在ですよね。 それが古典的なスタイルの中に、こういう形でとても華やかなサウンドを伴って使われた。このアイデアはベルリオーズは早かったですし、常識にとらわれていない作曲法です。

女優さんに対する思いが一番美しい形で結実したのが2楽章。その後だんだん思いが歪んでゆき、3楽章あたりはちょっと怪しいですもんね。ここも、冒頭のコールアングレとオーボエが面白いです。

黒崎 コールアングレ(イングリッシュホルン)ですよね。オーボエが舞台裏にいて呼び合うような景色になって、オーケストラで空間性を出している。表現がとても面白いです。なんだか、トリスタンとイゾルデの三幕の冒頭イングリッシュ・ホルン「嘆きの調べ」と重なります。ちょっと不安な感じがありますね。彼女は自分のことを思ってないんじゃないか、どうなんだろう…という。

山之内 負のイメージが強くなってきていますね。

スコアを見ながらでの試聴では新しい発見も得られる

黒崎 でも大丈夫か…みたいな苦悩の感じも出て。音楽が音楽以外のものを表現しているっていう。

山之内 ミュンシュの盤は、色々な音源がありますね。エソテリックから発売されたSACD盤もありますが、今度はレコードで聴いてみましょうか。

♪♪「幻想交響曲」第3楽章(シャルル・ミュンシュ指揮、パリ管弦楽団、1967年、レコード)♪♪


山之内 遠近感の表現で、例えば舞台裏で演奏というのはベートーヴェンもやっています(レオノーレ序曲第3番)が、ベルリオーズのは具体的に自然、例えば山並みを彷彿とさせたり、実際の距離感を出すような、そうした視覚的な遠近法として演奏で表現されている。それが新しいですよね。

黒崎 ボストン交響楽団より、この盤のほうがいいなぁ。パリ管弦楽団がよいのか、レコードだからよいのか。音に存在感があります。

山之内 両方でしょう(笑)。パリ管で録音当時に使われた楽器は、今の時代からすると相当古い楽器です。木管のコールアングレとオーボエを際立たせるために、弦のヴィオラが弱音器を付けているんですね(1分40秒/19小節)。その辺の書き方がきめ細かいのが、ベルリオーズのこだわりですね。

黒崎 楽譜を見ていると、すごくしつこくここはどうしろこうしろと、たくさん指示があるんですよね。

レコード再生にはLINNの「LP12」を使用

山之内 それも彼が始めたことだと思います。ワーグナーもマーラーもどんどん楽譜に細かい指示を書き込むようになったわけです。エソテリックのSACD盤とレコード、それぞれあるので聴いてみましょう。3楽章の冒頭、弱音器の固有の音色に注目して聴いてみてください。

♪♪「幻想交響曲」第3楽章(シャルル・ミュンシュ指揮、パリ管弦楽団、1967年、SACD)♪♪


黒崎 レコードのほうが生命力を感じるなぁ。デジタルかアナログかっていう話じゃないですよね。

山之内 その話は本筋から逸れるのでおいておいて(笑)、でも、弱音器でピアニッシモ、それからコールアングレの柔らかい響きと鋭いオーボエの対比、どれだけ距離を持たせて、音量と音色を変えているか、それはSACDの方が分かります。レコード、SACD両方に良さがあると思いますね。それにしてもこれいい録音ですよね。遠近感をも非常によく出ています。

♪♪「幻想交響曲」第3楽章(グザヴィエ・ロト指揮、レ・シエクル、2019年、レコード)♪♪


山之内 ロトの音は非常にスコアに忠実、コールアングレの2つ目の音をスタッカート気味に短く切っている。確認したところ、それはあえてやっているんですよね。とても厳密に忠実にやっています。ミュンシュの演奏は、「聴きどころはここだ!」というのを全面に出す人なので、スコアに書いてなくてもやっちゃう。むしろ書いてある以上にやる。やんちゃなくらい。それがまたミュンシュの良さでもあるんです。

標題音楽って、演奏家がどこまで作曲家の思い入れを強調するか、際立たせるかによって変わってくると思うんです。作曲家が細かく指示を書き込んでいるのだから、それを引き出すためにはこれに忠実に演奏した方がいい。あるいは、ミュンシュみたいに分かりやすく、もっとここはこうだという風にやった方がいいとかね。アプローチの違いですけれど。

ギロチンの音も生々しい第4楽章「断頭台への行進」



黒崎 1、2、3楽章ときまして、次は4楽章の「断頭台への行進」。ベルリオーズ本人が彼女を殺してしまったと。そして自分は断頭台に連れていかれ首を切られる。その断頭台のガシャンという音も入っています。ギロチンが下りてくるその直前に、固定楽想(彼女)がチラッと姿を現します。

マリー・アントワネットがギロチンで処刑されたのが1793年。おそらく「断頭台への行進」では、フランス革命の記憶も聴き手の脳裏に蘇ったんじゃないでしょうか。

♪♪「幻想交響曲」第4楽章(グザヴィエ・ロト指揮、レ・シエクル、2019年、レコード)♪♪


黒崎 ティンパニがすごい活躍してますね。

山之内 ファゴットのソロが来ます(41秒/25小節)。そして固定楽想出ます(6分19秒/164小節)

黒崎 ちょっとだけ彼女を思い出して、数秒で首を切られてコロンて首が転がって、そしてワーっと民衆が騒ぐ。

山之内 よくこんな生々しい管弦楽法を考えたものですね。画期的です。

黒崎 今から見ると当たり前のことをやってるようだけど、それは後々の作曲家たちがベルリオーズの影響を受けて作品を書き始めたからだ、ということでもあります。

山之内 オーケストラの音域もダイナミックレンジもものすごく広くなっていますよね。ベルリオーズがこういう曲を書いたから、作曲家ももっと大きな音を欲しいとか、もっと迫力が欲しいとか、色々なことを考えた可能性がある。

黒崎 ということは、私のオーディオが最新のLINN DSを入れてベルリオーズを聴き始めた、というのはまさに理にかなってるということになりますね。フルートとオーボエだったのが、フルートとクラリネットに代わり、さらにクラリネットとホルンになる、というような微妙な音色の差が聴き分けられるようになったということです。

山之内 先程弱音器の音色についてお話ししましたが、4楽章ではティンパニにも指示があって、革を巻いたマレット、あるいは布を巻いたもの、スポンジを、と全部使い分けて、3種類のバチを指示の通りに叩いてるのですが、こういったことは現代の録音では忠実に再現してあるんです。生演奏では雰囲気としては伝わったとしても、中々これを聴き分けるのは難しい。このクラスのオーディオではおそらくそれが分かる。オーディオではその違いが具体的に提示されるので、これも作曲家冥利に尽きるかなと思いますね。

黒崎 200年経たものが時空を超えて、こういう形で作曲家の意図を我々が実感できるようになったっていうのはすごく面白いことですよね。

山之内 おそらく200年前のベルリオーズも、120年前のマーラーも作曲家自身は徹底して作り込んでいたんだと思うんですよ。自分が求める音や音色や響き、音量もスコアに込めていた。ただそれを歴代の演奏がどこまで再現できたか、現代になってもまだまだ引き出せるものがあるということですね。

それを録音で聴くとこんなに細かいことにこだわっていたのかというところまで聴こえてくるし、それはそれなりの演奏効果がちゃんとある。今聴いてみると、ミュンシュの録音の時代は、低音が厳しいなと思う。4楽章でティンパニは同じ音符を連打するんです。これは間が繋がってしまうと歯切れが悪くなる。その辺りさすがに現代の録音は一音一音がクリアで、特にベルリオーズが最初の音にアクセントをつけて、一発で差が分かるようにしたことがよく分かります。

黒崎 「ここはスタッカートに」とか、「ピアニシモから急にフォルテに変えて」とかスコアにすごく細かい指示がたくさんありますね。

山之内 3楽章冒頭のコールアングレも聴いているとスタッカートがついていますよね。今改めてスコアを見て気がついたんですが、ほとんどの演奏ではそれを守っていないんですよ。牧歌的な雰囲気にするために全部長めに吹いてるんだな、と。なるほどただしいスコアはこっちなんだなと思いました。それもやっぱり録音とシステムによって聴こえ方が変わりますものね。

黒崎 そういう意味では2019年のグザヴィエ・ロトのこの録音、オリジナル楽器で、あくまで作曲家のスコアに忠実に再現している録音があることはなかなかナイスなタイミングでした。最後の5楽章も非常に面白いので分析的に聴いていきたいのですが、誰で聴こうかしら。

山之内 ロト版がやはりおすすめです。

次ページ怒涛の最終楽章

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