公開日 2016/09/14 14:00

GIGA MUSIC独占先行配信!永遠不滅の青春を歌い演じる中村雅俊「The Songs」をハイレゾで聴く

連続企画:日本コロムビアのハイレゾ音源レビュー
中村雅俊が歌の世界を広げていく足跡がハイレゾなら見えてくる

「The Songs」に収録された楽曲は「心の色」等代表曲を含む全17曲。デビュー曲「ふれあい」(1974)から一青窈が作詞した「空蝉」(2005)まで30年の歌手生活がパッケージされている。

彼がデビューした1974年当時、日本をフォークブームが覆っていた。若者の日常の心情を映したフォークの歌世界が中村雅俊の自然体のキャラクターと一致し、作曲も吉田拓郎、円 広志等とフォーク畑が多い。それに続く時期の代表曲を手掛けたのが小椋 佳。初期の中村の歌い口は声域、声質も相俟って小椋 桂と相通ずるところもあるのかもしれない。

全曲を通して聴くと、桑田佳祐との出会いがターニングポイントだったことが分かる。本ファイルに収録の「恋人も濡れる街角」を聴くと、当時テレビの歌番組でサングラスを掛けて歌う中村雅俊が目に浮かんで懐かしい。桑田は作詞作曲に止まらずデモテープも自身の声で吹き込み、レコーディングも立ち会っている。桑田佳祐一流の日本語をエイトビートに乗せるディクション(口跡)の伝授に加えこの曲の勘所、そうブルースフィーリングの何たるかを教えたに違いない。

ブルースを歌う(演奏する)コツはモタレ感、具体的にいうとフレーズの歌い出しの頭四分の一拍くらい遅れる感覚だ。最も分かりやすい例がビリー・ホリディ数々の名唱だが、「恋人も濡れる街角」での中村雅俊はちゃんとそれをやっている!

歌手も俳優同様、素のままだけでなく(歌で)何かを「演じること」が必要なのだ。それまで中村雅俊の地、つまりぼくとつな好青年で歌っていたが、この曲で都会の女たらしを演じ切ってみせた。これをきっかけに歌手中村雅俊の幅が一気に広がった。

一般にハイレゾというと楽器の音色の豊富さや音場の情報量に注目するが音の立ち上がり立ち下がりのスピードと解像感にハイレゾの真価がある。今回の「The Songs」は中村雅俊のボーカルアルバム。変わっていった所とずっと変わらないままの部分を含め、一人の歌手の年輪と成熟をトラッキングして行く上でハイレゾは強い味方だ。それでは代表曲をピックアップしてCD 44.1kHz/16bitとハイレゾダウンロード配信96kHz/24bitを一曲ずつ比較してみよう。

トラック1「ふれあい」


デビューヒット。23歳の初心を滲ませた歌声が素敵。ハイレゾダウンロード版はCDに比べ音場空間が別録のように広い。水平方向に広がりがあり、アコギデュオやストリングスが左右スピーカーの外側へナチュラルサラウンドする。天地方向も一気に広がり視聴室の実際の寸法を越えた音響空間が出現する。前後の奥行きも深く、中村雅俊のボーカルが自然なスケール感と高さでCDに比べ近くにくっきり現れ、ぼくとつに淡々と歌う高身長の中村雅俊が目の前に。ストリングスの歪みの減少、アコギの量感もCDに大差。

トラック2「いつか街で会ったなら」


「俺たちの勲章」挿入歌。吉田拓郎作曲。典型的な拓郎調フォーク。CDはボーカル、バック演奏が低く定位、音場がほぐれきれずもどかしいのに対し、ハイレゾはボーカル定位はやや低めだが、バック演奏が立体感を増している。最大の違いはバック演奏の解像感。CDは分離がいまいちで個々の楽器の描写の明瞭度が足りないが、ハイレゾはアンサンブルが解れ使用楽器の数が正確に分かる。位相が正しく一致し楽音定位の揺れがなく、エフェクトを使ったエレキギターやハーモニカがボーカル背後にくっきりと浮かび上がる。

トラック3「俺たちの旅」


小椋 佳作詞作曲。小椋らしい情感豊かな曲想だが、ストリングス、女声コーラスを従えた厚い編成でドラマティックなバラードになった。音場の改善もドラマティック。奥行きが深まり天地方向へ一気に拡大、中村雅俊のボーカルが力強く自然なリバーブを従え聴き手にぐっと近づく。スピーカーシステムを駆動するアンプが変わったように定位が立体的に変化、30cmくらいボーカルが高く定位するのは、帯域が高域に拡張されスーパートゥイーターの比重が高くなったからだろう。オルガンのオブリガートやアコギが鮮度を増しきらめくような倍音を音場に放つ。CD版はクライマックスで歪みが感じられるがハイレゾ版は消えた。

トラック7「心の色」


中村雅俊80年代のヒット曲。1981年という録音時期からアナログ24ch多重録音と推察した。コーラスの被せ方に面白い効果。CD版のリマスタも良好だが、ハイレゾは多重録音のノイズや歪みが大幅に減少、クリアで奥行きのある音場に生まれ変わった。中村雅俊のボーカルが量感と艶を増しスネアドラム、エレキベース等低音楽器が量感を増してしかもタイト、CD版でやや怪しかったコーラスの左右へのパンニングも明瞭になりスケール感とステレオフォニックな効果が高まった。

トラック8「恋人も濡れる街角」


今回のリマスタ全17曲の白眉。CD版は楽器がセンターに集約、モノラル的な音場だ。帯域を欲張らず中域主体の歌謡曲的な聴きやすくAMラジオ放送に乗せやすいバランスだったのに対し、ハイレゾリマスタはノイズの曇りをきれいに洗い流したクリーンな音場でステレオフォニックな効果を前面に出している。バックの楽器が渾然一体(それはそれで味があるのだが…)のCDに対し、ハイレゾは楽器本来の位置関係を取り戻し重層的な音場空間に大胆に変身、CD版でセンターに重なり合うようだったアコギソロとフルートは適度なリバーブを従え左右にきれいに分離してインタープレイ(掛け合い)的効果、ストリングスがスピーカーを越えて左右に広がりナチュラルサラウンド、ブラスは奥まった所に仄暗い艶を纏って鳴る。この一曲だけでも聴く価値がある!

トラック14「小さな祈り」


小田和正作詞作曲のミュージカル挿入歌。1998年の発表でPCM録音だ。ここまでの楽曲がアナログ(多重)録音でいわば「演奏の記録」だったのに対し、デジタル録音のこの曲は現代的な「音場空間の創造」。録音コンセプトから違っていてCD版も聴き応えがあるがハイレゾで音の硬さが消えしなやかに変わった。最大の変化が中村雅俊のボーカルで、ヴェールを剥いだように肉声の質感が浮かび上がり生々しく近い。男臭い息づかいと喉の力が感じられる。バックの楽器の大半が電子化されているが、歪みとノイズが減り透明度を得た。エレキベースはハイレゾ化で帯域が広がり安定して深々と沈むが野太い量感はCDが勝る。

トラック15「あゝ青春 Brand new edit」


1999年の再演で正調アメリカンロック風アレンジのノスタルジックなロックナンバー。アルバム中異色の曲。CD版はボーカルがフィルターを被せたように声の厚みを出しているが、ハイレゾはノンフィルターで歌っている感じ。ベールを剥いだように音場がクリアで深い奥行きが現れ、CDで固まっていたバックの楽器群が立体的で重層的。エレキギターソロも鮮度高く宙空に刻印される。バンド演奏(ストリングス無し)プラス女声コーラスのシンプルな編成ゆえ、中村雅俊のライブを間近で聴いているダイレクト感が味わえる。

トラック17「空蝉」


一般に中低音から低音の量感を厚く盛り上げるのがCDの音作りだ。トラック14がその典型だが、本作のCDとハイレゾを比較した場合、CDに増してハイレゾの低音は厚く深く量感を持ってズシンと鳴り響く。プレイバックソースとしてもオーディオファンも聴く価値がある。中村雅俊のボーカルが鮮度を増し肉声のニュアンスと強弱のダイナミクスが豊か。一青窈作詞のナンバーだが歌手中村雅俊のルーツに回帰したような懐かしさに涙、涙。

  ◇  ◇  


今回、ハイレゾリマスタで青春から壮年そして熟年へ歌い続ける一人の歌手の足跡を追体験した。ヤングアットハートという言葉は中村雅俊のためにある。ヒューマニズムという初心を忘れず成熟していったのが中村雅俊という歌手だ。技巧的に上手い歌手は他にいるが穏やかな成熟を歌に刻んだ希有な歌手と思う。昭和から平成へ、いつしか彼の歌を自分の人生にオーバーラップさせていた。ハイレゾで中村雅俊とそして若き自分と再会できてよかった!



<試聴時の使用装置>
DAコンバーター:ヤマハ「CD-S3000」のUSB入力を使用
プリアンプ:アキュフェーズ「C-2820」
パワーアンプ:ソニー「TA-NR10」2台
スピーカーシステム:B&W「802Diamond」
スピーカーケーブル:SUPRA「Sword」
USBケーブル:クリプトン「UC-HR」

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