公開日 2026/08/04 06:30

ゼンハイザーのプロ向けヘッドホン「HD 480 PRO」の開発背景を訊く。「どこでも正確な判断ができるツールを目指す」

密閉型ヘッドホンのフラグシップモデルが登場
筑井真奈
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ゼンハイザーは、この4月にプロ向け密閉型ヘッドホンのフラグシップとなる「HD 480 PRO」「HD 480 PRO Plus」を発売した。2024年に発表された開放型の「HD 490 PRO」「HD 490 PRO Plus」の対となる製品で、“このクオリティで密閉型ヘッドホンが欲しい!”という世界中からの要望に応えて誕生したモデルとなる。

その開発に携わったシニアプロダクトマネージャーのGunnar Dirks(グンナー・ダークス)氏と、プロダクトマーケティングマネージャーのJimmy Laundry(ジミー・ランドリー)氏が来日。製品開発の背景と音質設計思想について語っていただいた。

Jimmy Laundry氏(左)とGunnar Dirks氏(右)

「HD 480 PRO」はゼンハイザーのスタジオ向けユースを想定した密閉型のフラグシップ・ヘッドホン。なお「HD 480 PRO Plus」はヘッドホンに加えてケーブルやヘッドホンバッグなどのアクセサリーが付属したパッケージとなるので、以下ヘッドホン本体について言及する場合、「HD 480 PRO」と記載して話を進めたい。

グンナー氏は昨年にも来日し、開放型モデル「HD 490 PRO」の音質設計について語っていただいているので、そちらもぜひ併せてチェックしてほしい。

どこでも正確な音の判断ができるヘッドホンが必要

HD 480 PROとHD 490 PROの大きな違いはそれぞれ密閉型/開放型であると言うことだが、密閉型が求められた背景についてグンナー氏は、「現代のクリエイターは専用のスタジオだけでなく、自宅、ホテル、列車など、さまざまな場所で制作する時代になった」ことがあると説明する。

コロナ禍によるリモートワーク環境の整備や、PCの高性能化も背景にあるだろう。より柔軟な作業環境が実現できるようになったことから、どんな場所にいても正確な音の判断ができるヘッドホンの需要が高まってきたのだ。

「私たちのヘッドホンは、作業中のミックスで何が起きているかを完全に把握できるだけでなく、自分が何をしているのか、そのやり方は正しいのか、ミックスに追加したいと思っている要素が実際に加わっているのか、といった詳細な感覚も得られるものでなければなりません」とグンナー氏は強調する。

HD 480 PROのトランスデューサーはHD 490 PROと共通だが、内部構造は密閉型として新たに設計されている。単に開放型の“蓋を閉じた”だけではない点に、ゼンハイザーのこだわりが光る。

密閉型のHD 480 PRO(左)と開放型のHD 490 PRO(右) 

その核となる、新開発の「Vibration Attenuation System」(振動減衰システム)の詳細についてグンナー氏に尋ねてみた。

「密閉型ヘッドホンでは、ヘッドホン内部で発生する望ましくない反射や音に、しっかりと焦点を当てる必要があります。そこで、素材や構造によって内部がどのように振動しているかを測定し、不要な共振を可能な限り低減するように設計しました。そのことで、不要なノイズを排除し、本来の音を忠実に再現できるのです」

内部構造や素材を再検討し、不要な反射や振動を低減している

ヘッドホンの内部という非常に狭いスペースで測定を行うために、ゼンハイザーはどのような手法を採用しているのだろうか?

「測定にはヘッドホンを装着したダミーヘッドを使用します。ダミーヘッドの耳に装着したマイクで、ヘッドホンの音が人の耳にどのように聴こえるかを測定しています。測定機は最新のものを用いていますが、頭部は個人によって異なりますので、すべての個人に完全に当てはまるわけではありません。ですが、この手法は平均的な人にとってどのような状況であるかを判断する上で、最良の根拠となります」

測定においては、THD(全高調波歪み率)や音圧レベル、音響応答などを計測する。しかし、測定データだけではなく、経験豊富なリスナーや専門家からのフィードバックも重視している点も製品開発の特徴だ。「マーケティング上“聞こえが良い”ように調整を行うことはありません。測定結果に誠実でありながら、ユーザーが製品の性能を正しく理解できる情報を提供することを心がけています」

装着時の快適さもプロ向けヘッドホンとしては重要な要素だ。「今のビートメイカーや音楽制作者たちは、1日8時間もヘッドホンを装着し続けています。ですから長く装着した際にも快適なヘッドホンでなければなりません。快適な付け心地は厳密なリスニングにとって重要なことですし、耳の疲労も軽減されます」

HD 480 PROのイヤーカップは、頭の形状に対して少し内側に傾いた角度になっている。その理由について、「この形状にすることで、耳をしっかりと覆い、下から空気が漏れるのを防いでいます。これは着け心地の面で非常に有益です。また空気が漏れると、低音がヘッドホンから外部に漏れ出してしまうことがあります。しかし、このヘッドバンドの設計では空気の漏れがなく、音が外に漏れることもありません」

イヤーカップやヘッドバンドも長時間装着しても快適なものとして設計されている

快適さと音質設計の両立こそ、ゼンハイザーの目指すところというわけだ。

1万人を超えるユーザー調査を実施

製品のこだわりを知ったところで、今度は開発に先立って行われた大規模調査についてジミー氏に尋ねてみよう。HD 490 PRO/HD 480 PROの開発にあたっては、ゼンハイザーはこれまで最大級となる、グローバルで1万人規模の大掛かりなヒアリングを行ったそうだ。

HD 490 PRO PlusとHD 480 PRO Plusのパッケージ。持ち運びを想定するHD 480 PRO Plusのほうにはより小型のトラベルバックが付属する 

「ユーザーがどのような製品を使用しているのか、なぜその製品を使っているのか、何が重要で何が重要でないのかといった点を徹底調査し、ハイエンドのプロフェッショナル市場のニーズをAIの力も借りながら徹底分析しました」

その分析結果に基づいてプロトタイプを作成、それをベルリンやロンドン、ニューヨーク、そして日本にも持ち込んで、多くのフィードバックを得た。それを踏まえてさらに音質や仕様を追い込み、2024年にHD 490 PROとしてリリース。世界的に大成功を収めた。

だが、HD 490 PRO/HD 480 PROの開発は、いわば“賭け”であったとジミー氏は振り返る。「音楽制作の環境がさらに複雑化し、より多用途になり、より多様な人々が参入し、働き方や使用するツールに革命をもたらす新進気鋭の人材がさらに増えるだろうと予測しました。HD 490 PRO/HD 480 PROの成功によって、この賭けが正しかったことが明らかになったと思います」

ちなみに、「特に日本の専門家からのフィードバックは、製品の技術的な細部を微調整する上で非常に役立ちました」とのこと。高温多湿で品質にウルサイ、日本市場のシビアな要請も製品開発にしっかり反映されているようだ。

「最高のツールを提供することが私たちの目標」

HD 490 PRO/HD 480 PROがプロ向け製品として大きな成功を収めているが、こと日本においては、オーディオファンのリスニングユースとしても非常に高い評価を獲得している。それは開発チームとしてはいわば“想定外”の反響であったのかもしれないが、その点をどう受け止めているのだろうか。

「まず第一に、日本のオーディオファンから大きな評価をいただけたことを大変嬉しく思います。私たちは、開発する製品がプロユーザーの最も高いニーズを満たすものであること、そしてミックスや聴いているサウンドの状況を把握できるツールを提供できるよう努めています。私たちの目標は、最高のツールを提供することであり、それをどのように活用するかは、ユーザーに委ねています。ですから、私たちのヘッドホンに対して寄せられるすべての肯定的なフィードバックや反響に、心から感謝しています」(グンナー氏)

個人的なインプレッションとなるが、AdobeのPremiere Proを使用した動画作成などには、密閉型の「HD 480 PRO」が細かい音までシビアにチェックできて使いやすく、リラックスした音楽リスニングにおいては、開放型の「HD 490 PRO」の伸びやかさや開放感が心地よいと感じている。サウンドシグネチャーは共通ながら、使用するシチュエーションに応じて使い分けができるのもゼンハイザーの大きな魅力である。

開放型と密閉型、シチュエーションに応じて使い分けができる

多様化する制作環境のニーズを先取りして予測し、長年の研究成果をもとにした技術的バックボーンをベースに、具体的な製品に落とし込む。その技術力・開発力の高さこそ、プロフェッショナル向け製品に注力するゼンハイザーの強みでもある。

 HD 490 PRO/HD 480 PROによって、ゼンハイザーは新たなプロフェッショナル・ヘッドホンの世界を開いたと言えるだろう。長く愛されることを予感させてくれるプロダクトである。

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