少しキャリアのあるオーディオファンなら、タンノイというと「同軸ユニット」と話が進むことであろう。同社の創業者でチーフエンジニアのガイ・R・ファウンテンは、1947年に初めての「デュアルコンセントリック」同軸ユニットを開発した。

 
同軸2ウェイユニット1号機。通称『モニターブラック』と呼ばれ、基本的な構造は、現在まで引き継がれている

磁気回路カバーが黒色に塗装されていたことから、後に「モニターブラック」と呼称されるようになったこのユニットは、ウーファー磁気回路の中心を貫いてホーンが通り、そのホーンはウーファーのカーブドコーンと連続的につながっている。つまり、ウーファーそのものがホーンの延長となっているのだ。一般的な同軸2ウェイ、なかんずく大口径のものは、クロスを十分に低く取るためにはどうしてもトゥイーターが大きくなりがちで、ウーファー振動板の主に中心部から出てくる中域の邪魔になりかねない。

しかしデュアルコンセントリックは、ホーンのクロスを十分に低く取りながら中域の放射を妨げることがない。また、1つのマグネットの前端の磁束でウーファーを、後端でトゥイーターを駆動するというデュアルコンセントリックの磁気回路は、スペース的な制限の大きい同軸にあって強力な磁気回路を構成する最良の手段の一つではないかと思う。

デュアルコンセントリックはそれから60年あまり、数え切れないほどの改良が加えられながら現在に至るが、驚くべきことにこれまで解説した基本構成はまったく変わっていない。まさにこれ以上なく各要素がかみあった、究極の同軸ユニットといえるだろう。

デュアルコンセントリックの基本構成は新製品にも脈々と受け継がれている

また、デュアルコンセントリック・ユニットにはもう一つ、トゥイーターをドーム型として、複雑で美しいディフューザーを介して理想的な球面波を放射するタイプも開発され、主力ラインアップの一角を構成している。今回デビューを遂げた「ディフィニション」シリーズに搭載されたユニットもこちらである。

トゥイーターとウーファーが同一の軸上に位置することにより、2ユニットから放射される音が同じ点で合成する正確な定位感を実現。スピーカーの理想である『点音源』に限りなく近づくことになる。また、本シリーズのユニットに採用されたチタニウムドームトゥイーターは35kHzまでの高域特性を誇るスーパートゥイーターを採用。迫真の高解像度を誇り、圧倒的な緻密さで演奏の臨場感を高めるワイドバンド・テクノロジーがデュアルコンセントリックドライバーに統合されている

タンノイというと、ウエストミンスター・ロイヤルを頂点とする「プレステージ」シリーズがその象徴としてそびえ立っている。剣豪小説家の五味康祐氏が終生そのサウンドを愛し続けた伝説の名器「オートグラフ」を端緒とするシリーズだけに、それはある意味で当然のことだろう。しかし、歴史ある製品群の必然として、プレステージ・シリーズの愛好者は中〜高年齢層が多いのだという。

「プレステージ」シリーズの創立80周年記念SE(スペシャル・エディション)モデル「Westminster ROYAL/SE」

一方、タンノイの社内にも新世代のエンジニアが続々と台頭してきている。今回の「ディフィニション」シリーズは、まだ若手のエンジニアが先頭となり、『自分たちの世代にふさわしい “新しい高級”を創りたい』という意気込みの元、構築したシステムなのだという。

例えば、ウォルナットのムク材を贅沢に使用したプレステージは、直線基調で稜線を丹念に面取りしたあのトラディショナルな姿こそが似つかわしいが、ディフィニションは思い切ってユニットのフレームまで含めたフラッシュサーフェスのバッフル面と優美な曲面で構成されたサイドを融合、これまでどこにもなかった美しいキャビネットを構築した。

フラッシュサーフェスのバッフル面と優美な曲面で構成されたサイドを融合させ、これまでにない美しいキャビネットを構築

また、同社にはオーディオビジュアル用途と兼用したシリーズがいくつかあるが、「ディフィニション」シリーズはあくまでピュアオーディオ専用のスピーカーとして展開するという。揺るぎなきタンノイ・ピュアオーディオの伝統に加わった新たなる高級、それが本シリーズなのである。

「ディフィニション」シリーズは、タンノイの伝統技術を大いに活用し、また新しいものを積極的に取り入れてもいる。

ユニットはデュアルコンセントリック同軸形式だが、長く用いられてきた独クルトミューラー社のコーンではなく、独自開発のものが採用されている。パルプを基材として多種のファイバーをブレンドすることにより、より軽く丈夫なハードコーンが出来上がったのだという。

トゥイーターはドーム型で、「テクノウェーブガイド」と呼ばれる優美なディフューザーから放射される高域は完璧な球面波を構成し、最高域は35kHzまで伸びているというから驚きだ。トゥイーターのワイドレンジ化により、音楽の表現が一変したという。

ネットワークはよりシンプルにまとめ、また信号経路の最短化へ取り組むことによって、位相のズレを極限まで減らし、クロスオーバー周波数近辺の違和感をなくし、全帯域にわたってシームレスな再生を可能としている。ネットワーク・アッセンブリーをマイナス190度まで冷却処理した後、時間を管理しながら常温へと戻す「ディープ・クライオジェニック」処理が施されているのも見逃せない。

本シリーズには接続しやすいように、新たな配列が施され、バイワイヤリング接続可能なドイツWBT製のスピーカー端子を採用。タンノイ独自のアース端子を加えることにより、ドライバーシャーシとアンプとのアース接続を可能とし、高周波ノイズの侵入を低減できる

キャビネットはバーチ(樺)の積層材で、最も大ぶりな「DC10 T」はバッフル21mmでサイド18mm、「DC8 T」と「DC8」はすべて18mmの厚みを持つ。バーチは高価だが音響的に優れていると定評のある材質である。キャビネットは側面の美しいラウンド化により、内部の定在波をほぼ追放することに成功したという。

内部には補強材が交わされ、ユニットの後ろは、同社が長年培ってきたDMT(素材差動技術)と呼ばれるテクノロジーによって開発された素材を介して補強材に連結、ユニットとキャビネットのより強固な一体化が可能となった。またこのDMT技術はネットワーク素材の最適な固定・防振にも活用されている。

エンクロージャー内部は綿密に設計されたブレーシング(内部補強板)構造を採用。タンノイ独自のDMT(ディファレンシャル・マテリアル・テクノロジー)防振材を介して補強板の一部がドライバーユニットをより強固にエンクロージャーに固定することにより、不要共振を排除し、繊細な楽器の音色も正確に表現している

まずブックシェルフ型の「DC8」から聴き始めた。伝統の同軸ユニットによる定位の確かさ、音場の広さ、豊かさにより磨きがかかったように聴こえる。

   
Definition DC8(左からウォルナット、チェリー、ブラック)

広いエソテリックの試聴室にとってはずいぶん小さなスピーカーだが、耳へ届く低域の量感は相当のもので、しかもふっくらとして軽やかな、いい質感の低音である。中〜高域は明るくソフトなタッチで、どことなく典雅で貴族的な響きを感じさせるのはさすがタンノイである。

続いてトールボーイの「DC8 T」を聴く。キャビネット内容積が増え、ウーファーが追加されたことで、低域の伸びと量感が劇的に向上している。見た目はスリムなスピーカーなのに、驚くようなスケール感だ。250Hzから下をウーファーに任せたことで、主要帯域の多くを再生する同軸ユニットが安定したのであろう。

   
Definition DC8 T(左からウォルナット、チェリー、ブラック)

中〜高域の揺るぎなき再現、そしてしっとりと潤いを帯びた質感が素晴らしい。低域が伸びたことに伴うチューニングであろう、高域も僅かに輝かしさが増しているように思う。それでいてボーカルが胴間声になったりサ行が気になったりすることが完璧にないことが、デュアルコンセントリックの素性がいかに優れているかを証明しているといえるだろう。

トップモデルの「DC10 T」は、ユニットとキャビネットが大型化されたせいで、恐ろしくなるような超低域を軽々と表現してくれるのに痺れた。
   
Definition DC10 T(左からウォルナット、チェリー、ブラック)

大口径化したのでクロスオーバー周波数の近辺は大丈夫かなと思ったが、再生の難しい声ものなどでも完璧にシームレスなつながりを聴かせる。思えば38cm同軸2ウェイが得意技なのだ。25cmくらいなら楽なものなのであろう。

キャビネットも大型化による箱鳴りの増加などまったく聴こえてこない。タンノイらしい奥ゆかしさとスケール感に明るくハイスピードの表現を巧みに加えた、まさに「現代のタンノイ」というべき姿が再生音にはっきりと聴き取ることができたのは、長年のタンノイファンの一員として、うれしい体験だった。

 
新シリーズはどんなユーザーに薦められるか

■新世代の美しいデザインとサウンドが合致
 - 生活を豊かに楽しみたい方に最適なシリーズだ

現在30〜40代の人たちには、生活の楽しみ方を心得た人が結構多いのではないか。そして、人生を楽しむためにはどこへ重点的に投資し、贅沢をすればいいかを知る人も多いだろう。そういう人たちが、家庭生活を楽しむために作り上げたリビングルームに、この「ディフィニション」は実に似つかわしいデザインなのではないかと思う。

リビングルームなどのこだわりの生活空間にも似つかわしいデザインと言えるだろう

また、音楽を聴くにしても、もちろん安っぽい音はごめんだが、しかしただワイドレンジで高解像度だったらそれでいいかといえば、やはりそうではない。何か特別な輝きを持つものが望ましい。80年を超える輝かしい歴史の上に立ち、その伝統を存分に香らせながら視点はまっすぐに未来を見据える。「ディフィニション」シリーズは、他をもって代えることのできない存在感に輝いている。

最近は欧州の会社でも生産はアジアということが多かったりするものだが、この製品はスコットランド中部の都市コートブリッジで、頑固だが着実なスコットランド人の職人が誇りを持って作り上げている。同社によれば、それが最も確実な生産管理の方法だったのだという。幾年月を経てもその味わいを変えることなく、歳月がその味わいを磨いてゆくスコッチモルトウイスキーのありようにも似た、タンノイの真髄を感じさせる生産体制といえるだろう。

私自身も現物を見て驚いたが、ディフィニションは写真で見るより現物が数段美しい。販売店の店頭で、オーディオショウで、まずはご覧になってみてほしい。その佇まいに、音に、ハッと響き合う人はきっと多いはずだ。

 
企画・開発者が語るDefinitionシリーズ
■Tannoy Limited
 Francois Lay氏(海外セールスマネージャー)

タンノイに入社する以前はヨーロッパの某有名スピーカーブランドのサウンドエンジニアをしていた経歴を持ち、セールス面だけでなくスピーカーの音造りなどのノウハウにも造詣が深い

“音楽性”、つまり再生する音楽の心と魂をいかにリアルにリスナーに伝えることが出来るか、というのがスピーカーをデザインする上で弊社が最大のテーマとしている点です。

大型のデュアルコンセントリックドライバーは非常に能率が高いので、出力の低いアンプと組み合わせてもエネルギッシュでダイナミクスに富んだ再生が可能です。低域のパフォーマンスに関しては、「DC10 T」の30Hzまで伸びる低域は極めてリアリティが高く、そこに共振の少ない積層合板キャビネットを組み合わせることで低域の解像度を高めています。

高域に関してはスーパートゥイーターの採用、革新的なクロスオーバーネットワーク、DMTの組み合わせによって明瞭な高域の表現力を獲得し、空間情報に富んだ広大なサウンドステージの中で、各楽器が“点”で定位する音像を描き出せるようにしています。再生する音楽のジャンルを選ばず、深く沈みこむような低域と、ダイナミックレンジの広い、明瞭で解像度の高い音色というのがこのシリーズの音色的な特長になると思います。


■Tannoy Limited
 Stuart Wilkinson氏(デザイン・エンジニアリングマネージャー)

DefinitionやDimensionシリーズのデザインのほか、「オートグラフ・ミレニアム」の復刻プロジェクトなどに携わり、オートグラフの複雑きわまり無いバックロードホーンの内部を隅々まで再検証し、忠実に現代に蘇らせた影の立役者の一人

ディフィニションに採用しているデュアルコンセントリックドライバーは、トゥイーターの磁気回路をウーファーの同軸上に配置することで極めて優れたタイムコヒーレンスと点音源による明瞭な再生能力を誇ります。ダイナミクスが際立つドライブ能力と高いパワーハンドリング性能により、ディフィニションに採用しているDCドライバーはタンノイ製品史上で最も驚異的なドライバーユニットのひとつといえるでしょう。

またキャビネットの木材の選定は非常に重要なファクターですが、タンノイでは最高級グレードのバーチ材(樺材)のストックから材を選定してキャビネットを製造しています。原木は時間を掛けてゆっくりと生育し、密度の高い厳寒地域で伐採されるものだけを厳選。生育の遅いバーチは材の密度が高いため、積層合板に加工して使用する場合にも音響特性が優れているためです。

また、優雅なカーブを描くラウンド・キャビネットは、音響的な配慮から生まれた必然の形状といえるでしょう。コンピューター解析に基づいて、共振と内部反射を減少させるように精密に設計されており、結果的に伝統的なスピーカーの”箱鳴り”はほぼ完全に排除することが可能となりました。

さらに、どのモデル、どの色を選んでいただいても“オーダーメイドクオリティ”の造りの良さ、仕上げには違いはありません。音響的配慮から生まれたシンプルなシェイプと丸みを帯びた側面のデザインは、際立つ仕上げの良さと洗練されたデザインの粋を感じさせてくれることでしょう。

 
筆者プロフィール
炭山アキラ  Akira Sumiyama

1964年、兵庫県神戸市生まれ。17歳の時、兄から譲り受けたシステムコンポがきっかけでオーディオに興味を持ち始める。19歳の時、粗大ゴミに捨ててあったエンクロージャーを拾ってきて改造し、20cmフルレンジを取り付けた頃からスピーカー自作の楽しさにも開眼する。90年代よりオーディオ・ビジュアル雑誌に在籍し、以後FM雑誌の編集者を経てライターに。FM雑誌時代には故・長岡鉄男氏の担当編集者を勤める。現在は新進気鋭のオーディオライターとして、様々なオーディオ誌にて活躍する。