PR 公開日 2025/11/13 06:30

連載:世界のオーディオブランドを知る(9)変化の時代を勝ち抜いた「オーディオテクニカ」の歴史を紐解く

Presented by オーディオランド

これまでに多くの世界的なオーディオブランドが誕生してきているが、そのブランドがどのような歴史を辿り、今に至るのかをご存知だろうか。オーディオファンを現在に至るまで長く魅了し続けるブランドは多く存在するが、その成り立ちや過去の銘機については意外に知識が曖昧……という方も少なくないのではないだろうか。

そこで本連載では、オーディオ買取専門店「オーディオランド」のご協力のもと、ヴィンテージを含む世界のオーディオブランドを紹介。人気ブランドの成り立ちから歴史、そして歴代の銘機と共に評論家・大橋伸太郎氏が解説する。第9回目となる本稿では、「オーディオテクニカ(Audio-Technica)」ブランドについて紹介しよう。

逆風を向かい風に変えたブランド、オーディオテクニカの物語

世に名を知られたオーディオブランドのほぼすべてがスピーカーメーカーかエレクトロニクスである。スピーカーは製造しやすく世界の言語の数、ローカルミュージックの数だけあるといっていい。アンプ、ソース機器を始めとするエレクトロニクスも弱電メーカーの1部門から零細なガレージメーカーまで幅広く存在する。この両方を主力商品としてはほとんど手がけないまま、世界的なオーディオメーカーになった例外的な一社がある。オーディオテクニカがそれだ。

1990年代以降、オーディオは大きな変化の波に見舞われた。多くのトップメーカー、名門ブランドがハイファイオーディオの世界から退場していった。そうした中、向かい風を推進力に変えた例外中の例外がオーディオテクニカである。「オーディオテクニカという会社を知っていますか?」と街行く人に聞けば、たいていが「はい」と答えるだろう。「これでしょ?」とポケットからイヤホンを取り出してみせてくれるかもしれない。もしかしたら日本で最も有名なオーディオメーカーかもしれない。

なぜオーディオテクニカは変化の時代を勝ち残ったのか。何がいまある未来へと導いたのか。今日までを跡づける前に同社の開業までの前史をみておこう。

変化の時代を勝ち残った日本発のオーディオブランド・オーディオテクニカ。特にストリーミング全盛の現在、同社のヘッドホンやイヤホンはHi-Fiファンでなくミュージックラバーまで広く認知されている。画像は、本記事掲載時点での開放型ヘッドホンのフラグシップモデル「ATH-ADX7000」

手巻き蓄音機から始まる、創業者・松下秀雄氏と音響との出会い

創業者の松下秀雄氏は1919年、福井県越前市に造り酒屋を営む田辺家9人兄弟の四男に生まれた。子ども時代の忘れがたい思い出に、大学を卒業し帰郷した長兄が米ビクター製の手巻き蓄音機を数枚のSPレコードと一緒に持ち帰ってきたという。

居間に一家が集まり蓄音機が音楽を奏でると秀雄氏はたちまち魂を奪われた。他の家族が興味を示さなくなっても、ひとりゼンマイを巻いて日が暮れるまでSPレコードを聴き続けた。ハイフェッツの小曲集やジンバリストの引くヴァイオリン曲集、ストコフスキー指揮、フィラデルフィア響のリムスキー=コルサコフ「シェエラザード」。神聖で心躍る時間であったことだろう。

旧制福井商業を卒業した17歳の秀雄氏はひとり実家を出て香川県の高松商業へ向かった。瀬戸内海連絡船に乗る前に倉敷には彼がどうしても寄りたかった場所があった。

戦前、故郷の福井に美術館はなく、古い街並を進み大原美術館にたどりつくとエントランスにそびえたつロダンの青銅彫刻「カレーの市民」に魅入られ動けなくなった。西欧彫刻の巨大な力に圧倒されたのである。「今にも動き出すのではないか、自分の方へ手を伸ばして凝視されるのではないかと、脚がすくんで動けなくなった」と秀雄氏は述懐する。故郷の蓄音機の調べと双璧の、人生を決定づける出会いであったという。

オーディオテクニカ創業者・松下秀雄氏

ブリヂストン美術館入社。オーディオの造詣を深め多くの知己を得る

戦後、敗戦の爪痕は急速に薄れ、東京は復興のエネルギーが渦巻き、文化を享受する余裕が生まれていた。秀雄氏は松下和子と見合い結婚。松下姓を引き継いだのもこの時期。戦禍を逃れ、妻と2人の子どもとともに上京。義父のはからいで終生暮らすこととなる代々木上原に居を構えた。

そんな時期に、叔父の林二郎氏が開設したばかりのブリヂストン美術館で働かないか、という話を秀雄氏に持ってきたのだそうだ。林氏は竹内栖鳳に日本画を学んだ画家でイギリスのペザントアート(農民の工芸)に魅せられ、木工職人の道を選んだひとである。

黒磯にあったブリヂストンの子会社の木工所に勤務していた林氏の画家としての感性が石橋正二郎社長の目に止まり信頼が生まれ、絵画蒐集の片腕のような存在になっていた。現在もブリヂストン美術館の主要展示のセザンヌの「サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」は林氏のすすめで購入に踏み切った。そうして石橋コレクションが築かれブリヂストン美術館の基になったという。

秀雄氏のブリヂストン美術館(経理部)入社は1951年のことだが、その3年前に音楽産業上の重大事件が起きた。LPレコードが米ビクターにより発売されたのだ。

日本コロムビアが輸入販売を開始したのがブリヂストン入社の年、国産LPの発売が2年後の1953年である。しかしHi-Fi再生機もLPレコードも庶民には高嶺の花であった。秀雄氏は、広々として天井の高いコンサートホールにも似た音響を活かしてレコードコンサートを催してみたらどうかと石橋幹一朗副社長に提案した。自身アマチュアピアニストの石橋副社長は快諾し、「レコードコンサート」が始まる。

日曜日夕方(のちに土曜日に変わる)の催しは200回以上にわたるロングランとなり、音楽ファンのオアシスとして賑わったが、同時に秀雄氏の人生を決定づける経験になる。渡邉暁雄氏(指揮者)、柴田南雄氏(作曲家)、畑中良輔氏(声楽家)はじめ著名音楽家が登壇し知己を広げたばかりでなく、松下氏はHi-Fi再生装置の研究に没頭することとなったという。

レコードコンサートを通じて得た知己の教えでハイアマチュアとしてぐんぐん腕を上げていった秀雄氏は、管球式アンプやスピーカーの自作で「自分の音」を作る喜び、同時にオーディオの魔性を知ったのだそうだ。

天命はオーディオにあり。オーディオテクニカの誕生

1963年、東京都新宿区に創業して間もないオーディオテクニカ社内の様子

開催十年を経た1961年、秀雄氏はコンサートを通じて知り合ったレコード針専業メーカー長崎研究所から専務として招聘される。このとき秀雄氏は42歳。

ブリヂストンに別れを告げ乞われるまま長崎研究所に入社するが、会社の実情は想像と違っていたとのことだ。半年で会社を辞し、次の当てはなかったが、霧が晴れたように進むべき道が秀雄氏の前にくっきりと現れたという。独立起業である。

カートリッジなら小さなパーツなのでアンプやスピーカーと違い生産設備も資本金も少なくてすむ。自分が納得できる音を生み出すロマンもある。かくして1962年4月、長崎研究所から社員3名が秀雄氏の後を追い資本金100万円の会社「オーディオテクニカ」が誕生する。

社屋をかまえたのは、新宿厚生年金会館裏通りの零細な町工場の並ぶ一画。そこで作られるのは、いうまでもなくフォノカートリッジである。MMMoving Magnet)方式ステレオカートリッジは米シュアーと西独エレクトロアコースティック(現エラック)が1963年以来欧米で共同特許を有していたが、日本での特許は成立しなかったため、思い通りの製品が作れた。

アルニコV鋳造磁石を採用、分割共振を防ぐため当時一般的なパイプ先端の「平潰し」をせず、針をそのまま埋め込むなど、新しいアイデアを盛り込んでいてシュアーやピカリングの数分の一の価格の自信作である。バラック建て社屋に集まった女工さんたちの手作業で「AT-1」(5,800円)がぞくぞくと作り出されていく。

1962年、オーディオテクニカが初めて製作したMMカートリッジ「AT-1」

しかし、売れなかった。秀雄氏が営業に出向くと秋葉原の販売店でAT-1はパッケージに埃をかぶったままだった。さすがの秀雄氏も弱気になりはじめたが神風が吹いた。この頃世に現われたオーディオ専門誌上でAT-1の音質とコストパフォーマンスが最高評価を得たのである。

「彗星のごとくオーディオ界に現われたテクニカAT-1中略— 試聴の結果、性能は国産の上位にあり、価格も同じタイプのうち最も安い部類にあるのに驚いた」、評者はPHILE WEBの発信元、音元出版と関わりの深い評論家の故江川三郎氏である。

これをきっかけにAT-1は一躍生産が追いつかない人気機種になり、針交換を容易にした「AT-3」(6900円)はじめバリエーションモデルがぞくぞく誕生。当初10万円だった売り上げがその年の暮れには500万円に、従業員は20名を数えるまでになっていた。

AT-1の人気を受け、針交換を用意にしたモデル「AT-3」を製作

VM型カートリッジの創造でシェア第1位となる

“AT-1シリーズ” のヒットでオーディオテクニカの業績は順調に伸び、東京オリンピックの1964年には本社事務所を移転、カートリッジだけでなく日本コロムビア向けにトーンアーム「P-6」の生産と納入が始まった。

これまで事務所と工場が分離していたが、その非効率を解消するために、両方が一体になった本拠地を作ろうということになった。そうして、町田市成瀬に念願の工場と一体の本社が誕生する。1965年のことである。国内市場の飽和がみえてきたら輸出に転じるのが製造業の常道である。

しかし、オーディオテクニカのMM型カートリッジは国内ではシュアの特許を回避できたが、欧米ではそうはいかず、現行の方式では進出がままならない。秀雄氏は技術部長として日本ビクターから根元三男氏を招聘、新方式カートリッジの開発にとりかかった。

翌1966年、オーディオテクニカに本間公康氏という青年が新卒で入社。根元氏は本間氏に「振動支点の明確な新しいMM型カートリッジをつくれ」とだけ命じた。生前、本間氏と筆者は少なからず親交があり、当時について「有名大企業からの誘いもありましたが、秀雄氏の製品作りに心酔し、この新興企業に人生を賭けようと思ったのです」と語ってくれた。

寡黙ではにかみ屋の若者は尋常でない集中力で取り組み創立5周年のこの年わずか1年でプロトタイプを完成。翌1967年に「AT-35X」として発売された。オーディオテクニカ独自方式のVMV Shaped Magnet)方式カートリッジの誕生である。

「AT-35X」の初期モデル。オーディオテクニカ独自方式VMV Shaped Magnet)カートリッジの原点

本間氏はノイマン型カッターヘッドをヒントに、垂直軸に対し左右45度の位置に2個の棒状磁石と独立したLR磁気回路を置くデュアルムービングマグネット方式を考案した。シングルムービングマグネットのシュアーの特許に抵触せず、LRの相互干渉がなくセパレーションに優れる利点も生まれる。

2年後に第2世代「AT-VM3」を発売、AT-35Xの価格11,800円に対し6,900円のコストダウンを実現し、当時一世を風靡した「4chステレオ(マトリクス/CD-4」にも対応し同社の主力となる。

VM方式は全世界で特許を出願、スイス(1969)、カナダ(1970)、イギリスとアメリカ(1971)、西独(1974)と次々に取得、オーディオテクニカは国際企業へ飛躍する。意外にも、日本での特許成立は1976年のことである。

第2世代VMカートリッジ「AT-VM3」。高性能・低コストのスタンダード機種として売り出された

VM型カートリッジはオーディオテクニカに翼を授けた。その後マニアに人気のMC型の「AT33」が加わる一方で自社方式のVM型を21世紀のいまも営々と作り続け、今年5月にVM型の最高峰「AT-VM760xSL」はじめコイル導体にPCUHD、カンチレバー素材にボロンを採用した新製品 “AT-VM700x/600x/500xシリーズ” 9機種を発売したばかりである。

名伯楽の秀雄氏のもとトリオで生み出したVM型カートリッジは日本の偉大なオーディオ産業遺産といっていい。

現在に至るまで、オーディオテクニカはVM型カートリッジを製作。2025年には「VM型カートリッジ史上最高の音質」を謳う最上位機種「AT-VM760xSL」が発売された

 

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