公開日 2016/02/03 10:16
クリプトン渡邉氏がスピーカー開発キャリアを総括。「密閉型」「2ウェイ」にこだわる理由とは?
“ハイレゾには密閉型が有利”は本当か
密閉型における低域制動特性の重要性
■密閉型スピーカーの低音再現を左右する“Q0”
渡邉氏 密閉型スピーカーで過渡応答特性に優れた低域が再現できるかどうかは、Q0(低域制動特性)で決まります。このQ0を適切な値に設定できるかどうかが、密閉型スピーカーの低音の質を決定づけるのです。
ーー Q0(低域制動特性)はどのように調整するのでしょうか。
渡邉氏 エンクロージャー内の吸音材の種類や量、位置によって調整します。最も過渡応答に優れているのは、Q0が0.7から0.8の間だと言われています。KX-5ではQ0=0.7としましたが、KX-5PではQ0=0.8としました。これにより過渡応答に優れることはもちろん、低域の音圧も上げることができたのです。
ここにKX-3の分解モデルがあります。密閉型スピーカーは、このようにエンクロージャー内に吸音材を充填します。実際にどのように吸音材を充填するのかは企業秘密なので、この分解モデルは実際とは異なります。この吸音材は、密閉型スピーカーの音を決めるうえでの非常に重要な要素なので、後で詳しく説明しましょう。
これに対してバスレフ型は、エンクロージャー内に入れる吸音材の量は最低限です。ユニットが背後に放射する音を共鳴させるのですから、その音を吸音してしまっては共鳴によって発生する低音が減少してしまいますね。ただしエンクロージャー内で起きる定在波を放っておくと反射してポートから出てきてしまいますので、それを適切に吸音できるだけの吸音材は配置します。
■渡邉氏が考察する“バスレフ型スピーカーが原理的に抱える矛盾”とは?
渡邉氏 バスレフ型スピーカーのことを“位相反転型スピーカー"とも呼びますね。ユニットの後方から出ている音を、位相を反転させてユニット前方に放射される音に付け加えるから“位相反転型"なのです。
位相を反転することに着目すると、「リアにダクトを備えたバスレフスピーカー」というのは原理的に様々な問題を抱えていると考えています。なぜなら、位相反転を行うためには、ポートとウーファーの距離を、ウーファーの直径の3倍以上取る必要があるからです。これだけの距離を確保しないと、ポートから音が放射されるまでに位相が反転できません。ですからウーファーとダクトの距離が近いと、位相が反転する前の逆位相成分がダクトから出てしまう。逆相成分が放出されたら、前方に放射される正相の音がキャンセルされてしまうのです。
ーー はい。
渡邉氏 しかもリアバスレフは、位相反転したものを前方ではなく後方に放出することになります。はたして、リアのバスレフポートから放出された音は、前方に放出された音と正相になっているでしょうか。
エンクロージャーが小型化すれば長いダクトを納めるのも難しくなるので、リアバスレフが増えていることは理解できます。しかし、こうしたスピーカーを位相反転型と同義のバスレフ型と呼ぶのは難しそうです。このようなスピーカーのポートは、空気を抜く穴としてしか機能していないでしょう。
ーー ですが、リアバスレフのスピーカーでも音質面で高い評価を得ているモデルは少なくありません。
渡邉氏 低音は波長が長く位相のズレが感知しにくいので、見過ごされがちなのです。しかし、ダイナミックレンジを確保したハイレゾ音源を再生するとなると、この差は見過ごせないものになるでしょう。
ーー ハイレゾ時代において、このバスレフ型の問題点と、密閉型スピーカーの優位性がより明確になっていくというご主張ですね。
渡邉氏 バスレフ型における位相反転とは、理論上では成り立ちますが、それが現実において理論どおりに上手くいっているかというと、そうでもないことが多いはずです。波長の長い低音の位相ズレを人間が検知するのは難しいというのは確かですが、位相差は確実に出ているので、わかる人にとってはバスレフ型の音はとても不安定に聴こえるでしょう。
それから、ポートから出る音は、本来は低音だけでなくてはならないのですが、実際には高い帯域まで出てきてしまいます。ストレートダクトだとなおさらです。高域は低域よりも位相差が大きくなりますから、それは聴感でもすぐにわかってしまいます。バスレフ型は、非常に難しいスピーカー方式なのです。
ーー エンクロージャーの容積で低音の量が決まる密閉型はシンプルです。
渡邉氏 低域の音階を正しく再現するためには、後ろ側に出た音は完全に消耗させる密閉型の方が有利です。そして、この背面に放出されたエネルギーを損失させるのが吸音材です。ですから、密閉型スピーカーにおいては吸音材をいかに用いるかが重要になるのです。
次ページ吸音材をいかに使うかは、密閉型における職人技の見せどころ
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