『続・太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』#2【後編】- かつしかトリオ『“Organic” feat. LA Strings』リリース記念インタビュー
『続・太鼓判ハイレゾ音源はこれだ!』第2回 後編
かつしかトリオ インタビュー<後編>
〜ハイレゾで聴くべき超高音質サウンドは、どのように制作されたのか!
かつしかトリオは、伝説のフュージョンバンド“カシオペア”の初期元メンバー、櫻井哲夫(ベース)、神保 彰(ドラムス)、向谷 実(キーボード)の3人によって2021年に結成。
新譜 『"Organic" feat. LA Strings』には、奇跡とも思えるサウンドが記録されており、その奇跡を掴めたのには、きちんとした理由があったのでした。
かつしかトリオ『“Organic” feat. LA Strings』リリース記念インタビューの後編です。前編は下記からどうぞ。
■世界最高峰の巨匠エンジニアが考える最良の音量感とは!?
本作を一聴して誰もが気付くこと。近年の新録作品にしては明らかに音量が小さい。他の作品とプレイリストを組んで楽しむ現代では、音が小さいのは評価を下げかねません。他に比べて音量が下がるのは、音が良くないと取られてしまうためです。
しかし、その土俵では戦わないという、なんとも贅沢な作品が誕生しました。音量よりも、感情表現やダイナミクス、サウンドステージの広さ、そして立体表現。オーディオ全盛期に最高の目標とされた音楽録音の魅力へと、舵を全振りして制作された新作なのです。
驚きなのは、この素晴らしい音量感を決めたのが、世界最高峰の巨匠エンジニアのお二人だということ。アーティスト側からは「音を大きくしてほしい」といったリクエストは一切行わず、全て巨匠エンジニアにお任せした結果に生まれたサウンド。ということは、世界のトップが、この音量感を最良だと考えていると言えるでしょう。なんと素晴らしい!
この音量感はオーディオ好きにとって、大きな魅力でしかありません。プレイリストで他の楽曲と並べて1曲ずつ聴くのではなく、アルバム1枚を通しての起承転結を楽しむのもオーディオの醍醐味です。アンプのボリュームを、いつもより数クリック上げるだけ。そのひと手間で、新しい音楽世界への扉が開くのですから、なんと簡単な作法でしょう。
日本が誇る大御所ミュージシャンがロサンゼルスのストリングス隊と共演した贅沢な音楽を、世界最高峰エンジニアが全力で私たちに届けてくれました。それを隅々まで楽しむには、音楽が記録されたフォーマットそのままのハイレゾ音源で楽しまなくてどうしましょう。
しかも、クラシックやジャズといった音楽の好みを超越する、豪華ストリングス入りの大人な楽曲たち。これぞ現代における真の融合=フュージョンだ!
どのように超高音質サウンドは誕生したのでしょう。オーディオ的な切り口で、かつしかトリオの皆さんに直撃インタビューを敢行しました。
■音質の秘密はロサンゼルス・レコーディングにあり!?
───現代では、録音データでやり取りすれば、日本とロスとのリモートで音楽制作が可能。そんな時代に、あえて大きな制作費を投入して海外レコーディングを敢行した意義とは?そこには音質の鍵を握る、“気候” と “人との出会い” というキーワードがありそうです。
向谷:日本でのレコーディングは湿度の高さという問題から、エンジニアの人たちの苦労が絶えません。いくら除湿しても日本全体で湿気っていますから。海外から日本へ帰ってくると、どんな季節だとしても「日本って湿気っているな〜」と誰もが思うんじゃないかな。
でもロサンゼルスは基本的にほとんど雨が降らず、かといってすごく乾燥しているわけでもなく、ほど良い湿度でスタジオの中も外も維持されています。そういう環境に置かれているピアノは、より自然な状態で鳴るのかなと。
僕は日本ではピアノをレコーディングするとき、どうしてもマイクの変更といった注文を付けたくなってしまいます。ロサンゼルスでは一度もリクエストは言わなかったです。
櫻井:調律の人もすごく良かったんじゃない?
向谷:今回のロサンゼルスのスタジオでは、たまたま調律の人は日本人の方でした。彼女はロサンゼルスの多くのスタジオで調律のオファーを受けていると思うんですけど、正直言って「あれ?」と思うピアノも結構あるらしいです。でも、今回の録音で使ったピアノは「別格だから」って彼女が絶賛するくらい、素晴らしいサウンドでした。
ストリングスのミュージシャンは、予め「ジャズフュージョン系が好きなストリングスの方を集めてください」って頼みました。シンコペーションなどでリズムを食ったりするところは、やっぱりストリングスってタイミングが遅れがち。複雑なリズムでも前ノリで弾けて、なおかつ一糸乱れぬ演奏ができるって結構大変なので、そういう音楽が好きな人たちでストリングス隊を編成してもらいました。
それでも何曲か辛い曲はあり、難曲の「Red Express」では、「今日はもう終わり!」って譜面をバーッと投げて初日は帰っちゃったくらい(笑)。「Red Express」はアレンジを大幅に変えて、メロディーもわざとストリングス主体で、ピアノはバッキングに回ってサポート的に演奏するところもあります。
かつしかトリオで初めてに近いアプローチだったので、気持ちよかったです。もともと僕はバッキング大好きな人間なので、これは本望だなと。
櫻井:ベースは音色もそうですけど、演奏もすごくナチュラルにできました。3人だけだと、手数的にもいろいろやらないといけないといった気遣いがあるんです。ストリングスとピアノがバッキングを厚くしてくれているので、ベースパートに集中できました。
神保:1枚目2枚目があって、今回は全く違ったコンセプトなので、ドラムもorganicというコンセプトに添った形で演奏しています。
■エンジニアの巨匠、ドン・マレー氏の高音質録音マジックとは!?
──本作のレコーディング&ミックス・エンジニアは、あの巨匠ドン・マレー氏。私が “ここ10年で最高音質なアルバム” と感じた音はどのようにして録音されたのか興味津々。秘密の機材があるとか、特殊なマイクセッティングがあるとか、どこかにマジックの秘密が隠されていたのでしょうか?
向谷:マイクセッティングですね、間違いなく。だからって、何がどうなのかって言われると、説明できない。
神保:ドンさんがご自分でマイクを持ち込まれていたので、おそらく良い音質を持つ個体のマイクを、ドンさんがセレクトしたんだろうなって気がします。割とドラムはオーソドックスなマイクセッティングでした。
向谷:ピアノも3本か4本くらい、下に絨毯が敷いてあったくらい。おそらくチューブのマイクだと思うんですけど、2本くらいなかなか手に入らないと思われる古いマイクを使っていました。
ピアノって細かくマイクを立てたり、裏にマイクを立てたりすると、普通は音が変わってきます。説明が難しいんだけど今回の音は、ひとつの塊というか、ひとつの音で繋がっているように感じます。今までピアノの音にあった微妙なパーテーションを、今回の録音では全く感じない。
その後のミックスダウンで、もっと良くなりました。レコーディングのモニター時はバランスをそんなに取らないで鳴らしていますから。やっぱりドン・マレーって凄いなと思ったのは、我々がいま演ろうとしている音楽のバランスはこうだよねっていうのがちゃんと出来ているところ。注文つけることは全く無いくらい。何十年もやってらっしゃるエンジニアの凄さだなと。
かつしかトリオをドン・マレーが聴いて、「こういう音楽は今までで初めてだ」って言ってくれたんですよ。ベースのみエレクトリック楽器で、ジャズフュージョンで、ストリングスとトリオが絡んでいくというのは、今まで経験したことが無いとのこと。大御所がそんな風に言ってくれるのは、素直に嬉しかったです。
ドンさんもすごく楽しい仕事だったらしく、最後にお話ししたときに「また来年やろうね」って帰っていきました。
■巨匠バーニー・グランドマン氏による神業マスタリングとは!?
──マスタリングは、なんとあの巨匠バーニー・グランドマン氏! ドンさんがミックスダウンした音と、それをバーニーさんがマスタリングしたあとの音とを比較しての印象はいかがでしたでしょう?
櫻井:さらにナチュラルでしたね。さらに何が変わっているって印象が全くないんですよ。ただ凄く整って、良い意味で落ち着いたなっていう感じ。
向谷:デコボコがあったのが整ったというか。
櫻井:結構マスタリングすると変わっちゃうという印象があるんですけど、それが無いんです。
向谷:マスタリングの現場に立ち会うと、なんだか訳が分からなくなっちゃうことがあるんですよ。ベースのケーブルの話(※インタビュー前編参照)じゃないですけど、微妙な違いで音が変わるじゃないですか。そういうのもデジタルのテクノロジーで変えていいものかというところがあって。
櫻井:マスタリングはスタジオで微調整がなんでも出来るじゃないですか。スタジオで「こっちがいいですか?それともこっちですか?」って聞かれても、そこの部屋のモニター環境にもよるので困っちゃいますよね。今回は全部が完全にお任せだったのも、結果として良かったのだと思います。
──この絶妙な音量感は、どのようなリクエストから生まれたのでしょうか?
向谷:そこがバーニーの凄さかもしれない。音量感に関するリクエストは、全くしなかったんです。逆に言わないほうが、どれだけいいバランスになるのかなって期待しちゃったところがあります。
ギリギリのコンプやリミッターをかけて、頭の天井まで突いている音ではなく、ちゃんとしたレンジを持っているので、他の楽曲に比べると相対的に音量が若干低いんです。
ダイナミックレンジのギリギリまで突っ込んだカマボコの波形で聴くよりも、大きくなったり小さくなったりする音が何を伝えようとしているのかを聴き、演奏した人間を含めて楽しめるということは、理想の音量感にできたかなと思っています。
このアルバムの曲を自分のラジオの番組で初めて鳴らしたんですけど、普通の音量でやるとちょっと小さかったので、再生側で少し音量を上げてもらいました。でもそれで気持ちよく聴けるのは間違いないので、他の音楽がちょっと突っ込みすぎなのかもしれない。
今で言うとドンシャリっていう言い方かな。小さなインナーイヤーのイヤホンで心地よくパンチのある音が聴けるという意味では、ドンシャリ系が強いのかもしれない。そういう音楽の方向性の中で、逆に我々としてはオーガニックなサウンドで、オーガニックに聴いてもらう。それはもしかしたら、健康的に聴ける音なのかもしれないなって思います。
櫻井:何か所かベースのメロとかソロもあるんですけど、だいたい日本でやるときは、ちょっとレベル上げてとか、リバーヴかけてとかリクエストするんですけど、今回は何も言わなかったんです。そうしたら、結果的にドンさんは何もしてないみたいですね。でもそれですごく音楽的だと感じました。
向谷:ミックスがそのくらい素晴らしい仕上がりなので、それを元にバーニーがキッチリとバランスを取ってくれて、最終形として心地良く聴けている。
せっかくバーニーさんにマスタリングしてもらったんだから、タイミングがあればアナログ盤をカッティングしたいくらいです。
■オーディオセミナー的な質問を投げかけてみた!
──私はYouTubeでオーディオセミナーを行っているのですが、よくいただく質問に「全てはマイクセッティングで決まるのだから、ミックスやマスタリングは必要ないのでは?」というものがあります。ぜひ長く音楽制作を行ってきた皆さまからのアドバイスを。
向谷:一番感じたのは、ドン・マレーのこだわり。録りのときの演奏上の空気の大切さとか、そのときのパフォーマンスをどうやって良い形で引き出すかとか、やっぱりエンジニアが縁の下の力持ちとしてやってくれているんですよ。
録音時には、私たちの演奏を良く記録するというのが第一義的。その段階で各楽器とのバランスを確実に取っているかというと、そこはもう少し後回しにするというのが、今ではレコーディング作業の中心になっています。
とにかくミュージシャンのパフォーマンスで良いモノを録ったら、今度はドン・マレーのエンジニアのパフォーマンスとして、それをどう綺麗にまとめていくかという作業です。ミュージシャンもエンジニアも、お互い演奏と同じような考え方で、継続的に作業していくというのが今のレコーディング。
私たちのレコーディングでずっと続けることなんですけど、まずパフォーマンスをちゃんとして、そこからエンジニアのパフォーマンスへと変わっていき、これを最終的に綺麗に整音してまとめて商品にする。それぞれの過程で役割がきっちり決まっているので、今のやり方が一番の理想だと僕は思います。
私たちがやっているやり方は疑問にも思わないですし、ましてや今回は、あのドン・マレーが録ってくれて、かつしかトリオをドン・マレーが理解して、こういう音楽はこういうバランスがいいと整えてくれた音ですから。
そうそう、何気に聴いていて分かるんですけど、定位が素晴らしい。
櫻井:うん、定位がいいね。
向谷:無駄なエフェクトをほとんどかけてないので。極端なことを言うと、それまでモノラルで聴いていた音楽を子供のころに初めてステレオで聴いた、右と左に音が分かれていることにブッ飛んで「こんなことがあるんだー!」って驚いたあのとき。それに近いくらい、今回の定位は明瞭に感じました。
そりゃもう今、ドラムの神保さんが左でベースの櫻井さんが右というわけじゃないんですけど(笑)。でも何か「定位ってこうだよね」とか「ドラムがこう聴こえて気持ちいいな」とか、そこにエンジニアのテクニックを感じる。ロサンゼルスから帰って聴いてみると、ゾクゾクするような臨場感で凄いなと感じました。
櫻井:録っている段階から音楽的なので、僕らもストレス無く音楽に集中できる。それがちゃんと録音されるから、ドンさん本人もそんなにミックスのときに何をやろうという話になっていないんじゃないかな。録りのときに、その音楽を理解して録ってくれている。それが実力のような気がします。
向谷:ドンさんは、一切演奏に関しては言わないよね。良かったら「Great!」としか言わない。あれ?もしかしたら何にも言わないときは、Greatじゃなかったのかも(笑)。演奏者が理想だと思うことをサポートすることに徹底しているので、「いや〜もうちょっとこういう演奏のほうがいいんじゃない?」って絶対に言わないですよ。
櫻井:ドラムの定位とか、広がる感じが凄く音楽的なので、ミックスで調整するというような発想が初めからないですよね。録っていたときの音楽からこうだったんだという音には、もの凄く説得力がある。
向谷:ドンさんみたいに、ドラムを含めて奥行きがある音を録ってくれると、立体的に聴ける。それはもう、我々演奏している人間にとってありがたいなと思います。
櫻井:フロアタムがダン!って、強力に印象にある。あの音のおかげで、神保くんが叩いているハイハットのチーッという高音が、相対的に凄く生きてくるんです。あとシンバルの金物のカンカンという音も凄く綺麗に聴こえている。その定位がまた素晴らしい。
録音のときからバランスも含めて凄く綺麗に出来ている音になっているので、ミックス段階でドラムのサウンドが完成するんじゃないんですよ。
向谷:本当にね、あのタムの一発には参ったね。ハイハットのタチーッもいいけど、あのタムの一撃は凄かったね〜。
神保:櫻井さんはタチーッていうのが好きですものね。
向谷:なんであんなにドラムの音が綺麗なんだろうね?
櫻井:演奏家がいいんですよ。
神保:あーー(笑)。ドンさんは昔から大ファンで、特にフォープレイの最初のアルバムは、長らくリファレンスとして自分が使ってきたアルバムです。透明感や奥行き感が本当にピカイチの人だなと思っていたので、今回のアルバムは向谷さんのおかげで一緒にお仕事ができて嬉しかったです。
向谷:そんなこと言われるとこそばゆい(笑)。でもホント、来年もやりたいよね。どういうふうにやったらいいかな?もうちょっと円高になってほしいんですけどね(笑)
■世界に輸出したい日本のハイレゾ音源はこれだ!
向谷:Qobuzさんには、ぜひとも我々の音楽を国際的に展開してほしい。特に今、ジャパニーズ・フュージョンは人気が高いので、せっかくですからハイレゾの世界ネットワークで海外でも聴いてもらえると嬉しいなと思います。海外レコーディングでコストをかけた分を、全世界のマーケットで回収できるとなると非常にありがたいですし、次回作にもつながるなと(笑)
海外のアルバムチャートで、僕らが参加した時代のカシオペアのアルバム『MINT JAMS』が1位を獲ったらしいです。そんな時代なので、ハイレゾの海外配信やらない手はないと思うんです。今は80年代の作品が流行っているだけなので、新しいアルバムがどこまでマーケットが取れるかわからないですけど、そうしないと我々がグラミー獲れないですから(笑)
■コンピューターで録音するデジタル音源でも、この音は出せるのだ!
もう新譜では、アナログ録音時代のような濃厚で分厚く手触りの良いサウンドは聴けない……私は思っていました。オーディオをこの先も楽しんでいくには、過去作品を聴き漁るしかないのかもしれない。
そんな現代で、本作の登場は希望の光です。巨大なアナログミキサーを経由したとはいえ、その先のレコーダーは一般的なデジタル録音システムであるPro Tools。録音フォーマットは96kHz/24bit。世界トップの巨匠エンジニアにかかれば、現代でもこのサウンドが実現するのです!
アナログ録音サウンドとも、CD全盛時代のサウンドとも異なる、新たな“音の良さ”を目指し、何のブレーキも踏まずに追求して制作するという贅沢さ。この音楽としての質の高いサウンドが、我々のオーディオ・システムで、制作されたそのままの96kHz/24bitで再現できる時代。これぞ太鼓判ハイレゾ音源と呼べる作品の登場です!
筆者プロフィール
西野正和(にしの まさかず)
オーディオ・メーカー株式会社レクスト代表。YouTubeの “レクスト/REQST” チャンネルでは、オーディオセミナーやライブ比較試聴イベントを配信中。3冊のオーディオ関連書籍 『ミュージシャンも納得!リスニングオーディオ攻略本』、『音の名匠が愛する とっておきの名盤たち』、『すぐできる!新・最高音質セッティング術』 (リットーミュージック刊) の著者。アンソニー・ジャクソン氏や櫻井哲夫氏など、世界トップ・ベーシストのケーブルを手掛けるなど、オーディオだけでなく音楽制作現場にも深く関わり、制作側と再生側の両面より最高の音楽再現を追及する。

