NASAを初めとする航空宇宙産業が生み出したFEA(有限要素解析)は、オーディオ用スピーカーの振動解析の手段としても画期的な役割を果たした。この手法を活用すれば擬似的な振動の予測がコンピューター上で行えるのだ。

B&Wはこの手法をいち早く採用し、スピーカー作りに積極的に活用してきたメーカーである。

800 Series Diamondは全機種がダイヤモンド・トゥイーターを装備している

現在、B&Wの高級スピーカーの代名詞ともなったダイヤモンド・ドーム・トゥイーターの振動板は、その成果から生まれたものだ。ダイヤモンド・ドームの振動板にどんなメリットがあるのかについては同社のカタログで詳細に説明されている。

 

一般的に使われるアルミニウム振動板トゥイーターが再生できる超高域は約30kHzまでで、高域端近くで大きなピークとディップが発生する。つまりリニアリティが悪いのだ。これを越える素材は硬く振動に強いダイヤモンドで、80kHzまでの超高域まで再生でき、ピークディップが極小でリニアリティにも優れている。

 

ダイヤモンドが強くて硬い素材であること、そして人工的に生産することが出来ることは衆知の事実である。B&Wが採用している技術はその最先端をいくものだ。

混合ガスを炉で太陽の表面温度近くまで熱し、プラズマ状の二酸化炭素原子を生成させると、型(フォーマー)の表面にカーボン・フラスト(結晶ダイヤモンド)が成長し、超硬質のダイヤモンドドームが出来上がる。

理想的なトゥイーター振動板の条件は、出来るだけ高い周波数までピストン運動ができることだ。それは軽くて硬いドーム形状のダイヤモンドに行き着くことになる。成長したダイヤモンド・ドームは、表面を滑らかにしレーザーで精密にカットされる。

前作の800シリーズでは、フラグシップ機の800D、801D、802D、803D、センター用のHTM1D、HTM2Dまでの末尾にDが付くモデルのみでこの振動板が採用されたが、今回の800 Series Diamondでは804 Diamond、805 Diamondまでの全モデルが、純ダイヤモンドのトゥイーター・ドームを採用している。

このように徹底してダイヤモンドにこだわったラインナップ展開を行えたのは、ダイヤモンド・ドームの量産が可能になったからである。量産によりムラのない安定した性能が得られるというのは、B&W社の大きな特長でもある。

今回のトゥイーターでは、4つの磁石を使用した〈クワッド・マグネット〉を採用。磁気エネルギーがボイスコイルの部分に集中するようにしている。これにより能率が向上し、結果、低温での駆動が可能となり、コンプレッションが減少。活き活きとした表現が可能になった。

 
トゥイーター部の「クアッド・マグネット磁気回路」。従来は1つだったマグネットを4つに増やした。追加されたマグネットはボトムプレートの裏側とトッププレート、ボールピース上の3箇所に搭載されている   従来の磁気回路(左)と今回の磁気回路(右)の磁束を表した図。磁束密度が高まり、なおかつ密度の分布が均一になっていることがわかる

 

トゥイーター、ミッドレンジ、ウーファーの各ユニットはそれぞれの目的に適合したハウジングに納めて、初めてその本領を発揮できる。

800 Series Diamondのトゥーター・ユニットは全てキャビネットの最上部に取り付けられた亜鉛ダイカストのハウジングに納められている。円筒の後方を絞り込んだ先細りのフォルムはすでにおなじみだが、その中には吸音材が入っており振動板後方への不規則な音エネルギーを吸収し、音を汚す共鳴を最小限に押さえ込んでいるのだ。

 
805 Diamondのトゥイーター部   トゥイーターの構造。内部には吸音材も入っている

大型システムである800 Diamond、802 Diamondのミッドレンジ・ユニットはこれもおなじみの〈ティアドロップ形〉ヘッドに納められている。ヘッドは合成樹脂製で極めて硬質。7回の塗装で滑らかな表面に仕上げている。コーンは防弾チョッキに使われるほど強い繊維ケブラーで、コーンの周囲にはFSTと呼ぶ衝撃吸収体を加え、屈曲波や定在波を吸収し歪みの発生を抑えている。

 
800 Series Diamondのミッドレンジユニット   ミッドレンジのコーンはケブラー。FSTも備えている

ウーファーのコーンには航空機等で使用されている高性能の複合材ロハセルを使用している。これは発泡コアを炭素繊維スキンで挟んだもので、歪みの少ない切れのよい低域再生ができる。デュアル・マグネットの磁気回路は新規の設計だ。クロスオーバー・ネットワークは前シリーズと同じくムンドルフ社の最高級コンデンサーと空芯コイルのみのシンプルな構成。信号ロスが少なく音の純度が落ちないのが最大の特長だ。

 
シリーズ各モデルに搭載されているウーファーユニット   ウーファーの振動板はこれまで通りロハセルを採用している

   
ウーファーの内部構造。同社製ウーファーのマグネットとして初めてネオジウムを採用したほか、2つのマグネットを対称配置した「デュアルマグネット」構造を採用している   「デュアルマグネット」構造を採用したことによりリニアなストロークが維持され、歪みが抑えられるという。写真は従来の磁気回路(左)と今回の磁気回路(右)の磁束を表した図   ネットワークとターミナルにも変更が加えられた。トゥイーター用のコンデンサーには独ムンドルフの「M-CAP Supreme Silver/gold/oil」を採用している

キャビネットの外観は見事な流線型。これがキャビネット周りの反射や回折による音の干渉を低減するためのフォルムであることは衆知のとおりだ。バスレフのポートに凹状の窪みが設けられているのも乱気流を防ぐための方法である。

内部は船体のように複雑な構造で、その内側には肋材を使った〈マトリックス補強システム〉が加えられている。

 
内部は肋材を使った「マトリックス補強システム」が採用されている   今回試聴した4モデルの内部構造。左から800 Diamond、802 Diamond、804 Diamond、805 Diamond

本シリーズで採用された全ての対策は極めて合理的で、それが確実な効果に直結している。理論と結果が見事に一致したこれらのモデルから生まれるサウンドは、具体的にも観念的にも美しく整っている。

 

今回の試聴はすべてマランツの試聴室で行なった。試聴したのは最も低価格の805 Diamondから最高級機の800 Diamondまでの4機種である。803 Diamondを除いたのは、シリーズ中最も背が高く、日本の家屋事情を考えると適合が難しいと考えたからだ。

前後左右に十分な距離を確保したこの試聴室は理想的に近い音場での再現能力を聴くためには絶好の空間だ。使用した機器はいずれもマランツのハイエンドモデル。SACDプレーヤーはSA-7S1、プリアンプはSC-9S2、パワーアンプはMA-9S2(2基)である。

使用したディスクは下記のものだが、最近の試聴で常時使用しているものだ。

(1) チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲 第2・第3楽章 ヒラリー・ハーン〔ヴァイオリン〕
ワシーリ・ペトレンコ指揮ロイヤル・リヴァプール・フィルハーモニー管弦楽(ユニヴァーサルLCCG1500)
(2) ベートーヴェン/ピアノソナタ『テンペスト』アンドレア・シフ〔ピアノ〕輸入盤(ECM1945/46)
(3) サン=サーンス/交響曲第3番『オルガン』第一楽章パート2。小林研一郎指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(キャニオンクラシックスPCCL60002)
(4) ドヴォルザーク/交響曲第9番『新世界より』第一楽章 ケント・ナガノ指揮ベルリンドイツ交響楽団(エイベックスAVCL25442)
(5) 『エディタ・グルベローヴァ記念コンサート』よりサンサーンス作曲パリサティスよりのヴォーカリーゼ「ナイチンゲールとバラ」(ナイチンゲールNC090560)

(1)では通常のヴァイオリンと弱音器を付けた時の音色差と演奏細部の表現がどこまで緻密に表出されるか、(2)ではピアノのフォルテシモ、Dレンジの広さがどこまで再現できるか、残響の多い音場の雰囲気がどこまで再生できるかをチェックした。

また(3)ではパイプオルガンの響きでローエンドのエネルギーがどこまで表出できるか、弦のハーモニーの美しさがどこまで表現できるかを聴いた。

さらに(4)では低音から高音までのエネルギーバランスが整っているかどうか、オーケストラの全奏時の力感がどこまで表出できるかを聴いている。(5)ではグルベローヴァのソプラノの歌唱がどこまで歪みなくクリアに響くか、ハイエンドへの伸びがどこまで出ているかを聴いている。