最新MEMSスピーカー「Greip」を聴く

「USound製MEMSスピーカー」はxMEMSと何が違う?本国スタッフ直撃&音質チェック!

公開日 2025/01/15 06:30 佐々木喜洋
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■USoundのMEMSスピーカー、xMEMSとはどう違う?



最近イヤホン分野で話題のMEMSスピーカー技術について、現在市場はxMEMS社製のユニットがほとんどを占めている。しかしながら業界にはもうひとつ、MEMSスピーカーのサプライヤーであるUSound社が存在する

先日そのUSound社の販売部門代表であるアントニオ・ディ・ロッソ氏が来日、その際にUSound社の戦略的な新しいMEMSユニットである「Greip」と「Gemini」の説明を受け、「Greip」のデモユニットを試聴することができた。

USound社販売部門代表のアントニオ・ディ・ロッソ氏

2014年創業のUSound社は、MEMSスピーカー市場への参入が比較的早く、補聴器やMRI音響機器分野で実績を積み重ねてきた。最近ではイーロンマスクのSpace Xプロジェクトへの参加なども行ったという。

アントニオさんに聞いて今回分かった重要なポイントは、USound社のMEMSスピーカーとxMEMS社製のMEMSスピーカーとの技術的な違いである。

xMEMS社のMEMSスピーカーで音を発生するのは、電圧により実際に稼働する板状の部分だが、USound社のMEMSスピーカーにおいては電圧により稼働するピエゾ素子の部分は突起状になっており、これが振動板を押すことによって音を発する。これにより実際に空気を振動させる部分の面積を広く取ることができる。

USoundのMEMSスピーカーの内部構造

下の突起がピエゾ素子で上下して上の振動膜を動かす仕組み

原理は違うが構造的にはBAドライバーに近いと言えるだろうか。USound社のMEMSスピーカーは一般に能率が比較的高いが、こうした構造上の違いがその理由の一つであると考えられる。

ただし現在ではまだイヤホンにMEMSドライバーとして搭載された例は少なく、Soranik社製の有線イヤホン「MEMS-2」のみが知られている。ワイヤレスイヤホンではLINNER社「NOVA」が販売されているが、これはOTC補聴器(市販可能な補聴器)であり本格的な完全ワイヤレスイヤホンではない。これらに使用されたUSound社のMEMSスピーカー「Conamara」は円形デザインによりイヤホン筐体への組み込みが容易で、設計の自由度を高める特徴がある。

アントニオさんに聞いたところ、USound社ではHead-Fiが開催するオーディオイベントCanJamにも以前から参加しており、MEMSスピーカーに関する技術プレゼンなどを行っていたそうだ。つまりヘッドホン・イヤホン業界などへの参入意図も高いということだ。

■USoundの戦略的最新ユニット「Greip」&「Gemini」



そこでUSound社が投入した戦略的なMEMSスピーカーユニットが、今回紹介する「Greip」と「Gemini」である。また、これに伴って新型の昇圧アンプ「Tarvos」も発表している。

円形のMEMSユニット「Conamara」(左の3種類)と同軸タイプの「Greip」「Gemini」

「Greip」と「Gemini」は両方ともダイナミックスピーカーとMEMSスピーカーが同軸に配置された一体型のユニットだ。違いは「Greip」には昇圧アンプが内蔵されているが、「Gemini」は昇圧アンプがなく「Tarvos」と組み合わせる点だ。

「Greip」は手軽に開発ができることから、小規模のメーカーにも向いている。一方で「Gemini」では昇圧アンプがないということは自由度も上がるということであり、「Tarvos」ではない独自の昇圧回路を組み込むことができる。最近のxMEMS社製ユニットを使用したイヤホンでもNoble Audioのようにメーカーが独自に昇圧回路を組んでより高音質を狙うという例もあり、そうした開発力の高い大規模メーカーに向いているのが「Gemini」である。

「Greip」のスペック詳細

写真は「Greip」のものだが、回路上に四角い黒く見える小さいものが昇圧アンプである。

Greipの回路部分。四角い黒い部分が昇圧アンプ「Tarvos」

「Greip」と「Gemini」の特徴は、クロスオーバーが4kHz付近に設定されているということだ。最近のMEMSスピーカーを組み込んだハイブリッド型の完全ワイヤレスイヤホンは10kHz付近にクロスオーバーを設定するものが多く、これはMEMSスピーカーをスーパートゥイーターのように使用しているということだ。

それに対して4kHzは中高音域の境界付近に位置し、人間の耳が敏感に反応する周波数帯である。「Greip」と「Gemini」においてはハイハットやベルの音は純粋にMEMSスピーカーの音ということになる。いわばより積極的にMEMSスピーカーを活用しているように思える。

またもう一つの特徴は、「Greip」と「Gemini」ともANC(アクティブノイズキャンセリング)と組み合わせることができるという点だ。前回紹介したように、USound社のユニットではフルレンジMEMSスピーカーでもANCを組み込むことは可能なようだが、あまり強力なANCを搭載することはできないという。しかし「Greip」と「Gemini」ではトップクラスの強力なANCと組み合わせることも可能だという。

■USoundの最新MEMSユニット「Greip」の音質チェック



今回のデモでは3種類の試聴機を聴くことができた。まずMEMSスピーカーのみの試聴機、次に「Greip」の試聴機(ダイナミックドライバー+MEMSのハイブリッド)、そして「Greip」とイコライザーのテスト用試聴機だ。

まずMEMSスピーカーのみの試聴機を聴いた。これはUSoundのMEMSスピーカーユニット「Ganymede(UT-P2020)」をシングル・フルレンジとして搭載したリファレンスイヤホンだ。リファレンスイヤホンとはデバイスメーカーが製品開発メーカーの参考に製作するイヤホンのことで、市販品ではない。

MEMSスピーカー「Ganymede」のみを使ったフルレンジ・イヤホン

とはいえ、このリファレンスイヤホンはUSB-C端子を採用しておりiPhoneやAndroidに接続可能で、端子部分にDACと試作の昇圧アンプが内蔵されている。このまま製品になりそうなスマートなデザインだ。

手持ちのiPhone 15 Pro MAXに接続して音を聴いてみると、MEMSスピーカーらしく、中高域の透明感がきわめて高く、ヴォーカルがとても鮮明に聴こえてくる。楽器音はスピード感があって歯切れ良い。低音域はフラットで正確だ。いわゆるモニター的なサウンドである。

次に「Greip」のリファレンスイヤホンを試聴した。さきほどの「MEMSスピーカーのみ」のモデルに対して明らかに低音域が増強されていて、よりリスニング寄りの味付けになっている。またヴォーカルの明瞭感が高い。普通は低音を単に増強するとヴォーカルに被さりやすいが、その点をうまくチューニングしているようだ。かなり製品を意識して聴きやすいサウンドになっている。中高音域は伸びがあり、透明感の高い音質が特徴だ。

「Greip」を使用したリファレンスイヤホン

続いて「Greip」とイコライザーがセットになったリファレンスイヤホンも試してみた。イコライザーはドングルに内蔵されており、その設定をスマホのアプリで変えることができる。この目的はこのイコライザー自体を販売するということではなく、イヤホンメーカーにチューニングの提案をするということだろう。

「Greip」のリファレンスイヤホンとドングルタイプのイコライザー。スマホは特性カーブ設定に使用する

例えば有名な「ハーマン・カーブ」や「低音を増強したハーマン・カーブ」に加え、興味深いことに「ノウルズ・カーブ」(Knowles Curve)も設定可能である。「ノウルズカーブ」というのは従来リファレンスとしてよく使用されている特性曲線であるハーマン・カーブに対して、BAドライバーのノウルズ社が提唱した新しい特性曲線のことだ。

最新の研究を反映して、高音域を持ち上げた方がより優れているとしたカーブで、高音域が12dB近く持ち上がっている。これとMEMSスピーカーの特性、今後の製品展開を合わせて考えると興味深い。

現時点では結局USoundのMEMSスピーカーを搭載したTWSはまだ出ていない。しかし、「Greip」と「Gemini」の登場で実装のハードルが大きく下がったと言えるだろう。2025年のUSoundの展開に期待したい。

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