公開日 2020/11/24 06:30

「入魂の中級機」がデノンの矜恃。110周年記念SACD/プリメイン/カートリッジ開発者に聞いたこだわり

【特別企画】フラグシップと比較される中級機

――使用法を工夫してPCM1795を使い続ける理由は音質ですか?

飯原:DACチップ単体の性能だけみるとPCM1795は古いモデルですし、データシート上の静特性も他の最新チップに見劣りします。チップ内蔵のデジタルフィルターを使用するなら192kHzまでしか入力できません。

しかし、このDACチップのデジタルフィルターより後の回路は非常に優秀で、優れたアナログ性能が得られるバイポーラプロセスに加え、複数の差動定電流源を巧みに組み合わせたマルチビットDACとデルタシグマDACのハイブリッド構成は、今のデノンの音作りで大きな役割を果たしています。

デノンの場合、独自の補間処理による原音再現のために、ボトルネックにもなっているチップ内蔵のデジタルフィルターをバイパスするモードで使用しています。大部分のデジタル処理を膨大な処理能力を持つFPGAで行い、その後段のアナログ回路はPCM1795の良さを活かす、いわば「美味しいところ取り」をしています。

デノンがPCM1795を採用し続ける理由にはこのような背景があるのですが、さらに今回、4基並列化されたその音は、このアニバーサリーモデルで山内が目指す音のイメージを正に具現化するものだったのです。

―― 一方で、設計に当たり最新のチップも採用検討したのでは?

飯原:今回のモデルに関しては他社の最新製品も山内と色々と聴きましたが、デノン独自のデジタルフィルターの構成と、SX1 LIMITEDの流れを汲む電流出力型のDACを使用するコンセプトの中で、結局このチップに落ち着きました。

ドライブメカには、上位モデルから受け継いだ「Advanced S.V.H. Mechanism」を搭載

デジタル・アナログで独立した電源も、デジタルに関してDCD-2500NEの5倍の出力のトランスを採用することで動作をより安定させたという

フルディスクリート回路に新設計シャーシなど、細部まで大きく進化

――DAC後段の出力回路はオペアンプICを使わずフルディスクリートにしてありますね。

飯原:汎用のオペアンプICを使うとそのデバイスの性質で音の特徴が決まってしまいますが、I/V変換とポストフィルターの差動合成に関して、ディスクリートで回路を組めば、汎用のオペアンプICではできない特色を持たせた回路を形成することができます。山内との事前の協議で、この特性を活かしてこういう音にしたいという議論を重ねた結果、今のI/V回路の方式やポストフィルターの差動合成の回路方式が決まりました。それらののち、音のチューニングをさらに進めています。

例えば初段入力には「差動対」という、2つのトランジスタがシーソーのように動く回路がありますが、I/V変換部分ではJFETというトランジスタのデュアル構成のものをパラレルで使っていますし、差動合成では、バイポーラジャンクションでノイズが非常に低く、他のデノン製品で音質的に定評のあるデュアルトランジスタを、やはりパラレルで使っています。フルディスクリートだからできた適材適所のファインチューニングの例です。

――電源部もフルディスクリート化。しかも、構成部品にフラグシップSX1 LIMITEDで採用実績のあるパーツを多く採用しているようですね。

飯原:SX1 LIMITEDでは多くのカスタムパーツが新規に設計されました。有名なものに山内のイニシャル「S.Y.」が刻印された電解コンデンサーがありますが、DCD-A110でも電源のデカップリングに使用しています。フィルムコンデンサーもSX1 LIMITEDで使用したものを使用しています。

それらは上位機種で使用したパーツを投入した例ですが、DCD-A110では新たな音の可能性を探るために、新たに薄膜構造のMELF形抵抗を採用しています。薄膜抵抗は電流雑音が少ない特性があり、音についても雑味が少ないので、主にアナログ回路の信号ラインに使いました。電源を形成する回路についても吟味を重ねた結果、大部分がMELF抵抗に落ち着きました。

他にもディスクリート化のメリットとして、基板上で個々の回路のレイアウトを自由に変更できたことがあります。オペアンプICは狭い面積に回路を詰め込むので音質上の不利が生じますが、今回はオペアンプICのディスクリート化により、増幅段と出力バッファーを分離したり、個々の回路をデカップリングコンデンサーから枝分けしてそれぞれが相互に干渉しないようにできました。

オペアンプICなら一体化する回路を分けることで、音の透明度やS/N、高調波歪といった静特性にも好影響が生まれています。

――DCD-A110はシャーシも新設計です。2500NEの基板配置が2階建てだったのに対し、A110ではシャーシの奥行きを伸ばして平屋にして、全ての基板をボトムシャーシに連結しています。振動と熱はオーディオでも映像でも最大の敵ですが、本機は随所に制振と放熱の工夫が見られます。フットや天板はもちろん、CDメカ部のカバーの材質も変わっていますね。

シャーシも新設計で、奥行きを伸ばして二層構造から一層にしたことにより低ノイズ化を実現したという

飯原:基板をすべて平面展開したことで、音に大きく変化が生まれました。2層構造だと2階部分を支える箇所がスピーカーの振動の影響を受け、基板が揺さぶられます。するとノイズが発生してオーディオの信号に重畳されるので、平屋化のメリットは大きいのです。

奥行きを広くして十分な基板の面積が取れた結果、DAC基板は理想的なシンメトリー構成になっています。クアッドDACのくだりでお話ししたようにL/Rの特性がきれいに揃い、音空間が歪みなく広々と正確に再現されます。

機構部品に関しては銅パーツを多用しました。トランジスタとヒートシンクを固定するネジにも使っていますし、お話に出たメカ部の天板も銅製です。天板だけでなくメカとシャーシを接続するシールド兼ダンパー素材も、音質上のメリットから銅を使っていますし、他の構成部材も、一般的に使われる鉄とは物性(密度、質量)が違う銅を加えることで音質上有利に働きます。コストは高くなりますが、100周年モデルで使ったものと同じ素材をもう一度登場させました。

――飯原さん、ありがとうございました。回路設計からDACの使用法、筐体のすみずみまで精査したことで音質の大きな伸びしろが生まれ、ディスクに潜んでいた音楽情報を余さず引き出されるのですね。ディスク再生へのデノンの信念と、あくなき探究心を実感させます。

内部のみならず、トップカバーやフットもSX1 LIMITEDの流れを汲んだアルミ製のものを採用

次ページ最後はプリメイン「PMA-A110」インタビュー

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