【特別企画】ミドルクラスながら最上位級の音

デノン110周年オーディオ3モデル、超高級サウンドを手頃な価格で。感じた“歴史と未来”

石原 俊

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2020年11月17日
デノンが創業110周年を記念して、Hi-Fiオーディオ製品から“A110”のコードネームをもつ3モデルを発表した。MC型フォノカートリッジの「DL-A110」とプリメインアンプの「PMA-A110」、SACD/CDプレーヤーの「DCD-A110」である。各モデルを紹介するにあたり、まずはデノンの歴史を紐解いていきたい。

写真上がSACDプレーヤー「DCD-A110」¥280,000(税抜)で、下がプリメインアンプ「PMA-A110」¥320,000(税抜)


MCカートリッジ「DL-A110」¥62,000(税抜)
日本初の蓄音機メーカーと日本初の録音機メーカーがマリアージュ

デノンの創業110周年は、日本蓄音機商会が1910年に初の国産蓄音機「ニッポノフォン25号」を発売したことに因むものだ。これがわが国のオーディオ事始めであった。同社は同32号、35号、50号を立て続けに発売しており、ニッポノフォンは作りが精巧かつ堅牢で評判が良かったようだ。その後、日本蓄音機商会は紆余曲折を経て日本コロムビア株式会社へと転じた。ちなみに、ニッポノフォンによるSPレコードの再生音はYouTubeで耳にすることができる。

デノンブランドのもうひとつの祖先は、早稲田大学理工学部出身の坪田耕一(ソニー創立者の井深大と同期。ヴァイオリニストでもあったという)が1934年に設立した日本電気音響研究所である。在学中からカッターヘッドの研究をしていたという坪田は、1938年に円盤録音機の試作に成功。翌1939年には研究所を会社組織に改め、社名を株式会社日本電音機製作所とした。

その翌年には、わが国初の電気式録音再生機「DENON TPR-14C」を日本放送協会(以下NHK)に納品している。1942年には可搬型録音再生機「DENON DP-17-K」をNHKに納入した。このモデルは1945年8月15日正午放送の、昭和天皇が終戦の詔勅をお読み上げになった玉音放送の収録にも用いられた。

D&Mビルに展示されている「ニッポノフォン35号」

1944年に社名を日本電気音響株式会社と改めていた同社は、1963年に日本コロムビアに吸収合併され、同社のプロ用機器部門、デンオン(現デノン)となった。日本初の蓄音機メーカーと日本初の録音機メーカーのマリアージュである。この合併劇の背景には、デンオンにどうしても資本的な体力をつけてもらわなければならない「大人の事情」があったのかもしれない。

この合併が行われた頃、NHKはFMステレオの実験放送を開始していた。当初、音楽番組は歌手や演奏者をスタジオに入れて、生演奏を生放送していたようだが、放送時間が延び、番組の種類も増えてきたことから、市販のステレオレコードもプログラムソースとして用いる機会が多くなっていた。そのため、より高性能なカートリッジを求める声が現場から上がってきた。

この要望を受けてNHKは内外のカートリッジを調査するとともに、戦前から納入実績があったデンオンにカートリッジの共同開発を提案した。NHKの要求は以下のようなものだったという。

1. 再生帯域が広く、出力電圧周波数特性が平坦なこと
2. 左右の分離が良いこと
3. 左右の感度差が小さいこと
4. 針先から見た機械インピーダンスが低いこと(平たく言えば軽針圧で動作すること)
5. ステレオレコードおよびモノラルレコードを共通のカートリッジで再生できること

日本コロムビアの潤沢な資金を注ぎ込み、デンオンのエンジニアが死力を尽くした結果、1964年春に始まった開発は1965年春に結実し、MCカートリッジの銘機「DL-103」が誕生。NHKをはじめとして民放各局やレコード制作会社に順次供給された。

当時のDL-103は専用のヘッドシェル(ユニバーサル型アーム用よりも短い)に取り付けられており、デンオン製の放送局用レコードプレーヤーの専用トーンアームに装着して使用され、針圧調整等の必要はなかった。DL-103を貸与された当時のディスクジョッキーたちは、自分用のDL-103を専用の革ケースに入れて持ち歩いていたという。

業務用の「DL-103」が、民生用として発売されるまで

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