公開日 2017/08/03 10:12
ソニーのレコード生産、復活の裏側。デジタル+匠の技術で「最新のアナログ」
<山本敦のAV進化論 第140回>
アーティストたちの作品制作にスタジオで関わる宮田氏は、今回ソニーミュージックグループがアナログレコードの自社生産を発表したあとから、アーティストやスタジオ関係者などプロフェッショナルが問い合わせてくるケースが増えていると語っている。アナログレコード制作においてプレスまで対応できる体制が整ったことが、アーティストたちの期待をかき立てているようだ。
「当社が東京の乃木坂に構えるソニー・ミュージックスタジオに、アナログレコード製造用マスターのラッカー盤カッティングマシンを1台導入しました。アーティストが録音した作品を、場合によってアーティストやレーベルのプロデューサーなどアーティスト側の立ち会いのもと、ラッカー盤に音を刻み込む作業をスタジオで行います。
もちろん、外部のパートナーに制作を委託する場合もクオリティには万全を期してきました。でも、ソニーミュージックグループで一貫生産が行えることで、よりこだわりながら作品が作れるのではという期待が高まっているのだと思います。スタジオとしても制作環境の質を高めたいと考えていたところ、エンジニア側からも音づくりの肝であるカッティングから取り組もうという声が上がりました。さらに工場でもプレス機を導入して、生産面でもより品質にこだわったものを届けられる体制を整えているところです」(宮田氏)
アナログレコードと、CDや配信用の音源との制作工程を比べた場合、大きな違いが一つあると宮田氏が説く。「例えばCD用のデジタルマスターは一度完成すれば、コピーしても基本的に同じクオリティですが、ラッカー盤にカッティングマシンを使って音を刻んでいくアナログレコードのマスターは、制作するエンジニアの技量、機械の調子や作業環境の温度などの様々な条件によって、同じ音源からでも仕上がりが変わってくるものです。そこはエンジニアの腕の見せどころでもあり、バラツキをうまく抑えられるよう技術の修練が求められます」
スタジオのエンジニアにはアナログのカッティングマシンによる制作に初めて挑戦する方もいるだろう。機械の使いこなしなど、エンジニアのトレーニングについてスタジオではどう取り組んでいるのだろうか。
宮田氏は、「確かに現役のマスタリング、レコーディングに関わるエンジニアのほとんどはアナログレコードで作品を手がけた経験を持たないスタッフです。でも『音をつくる』という意味では、長く関わってきたプロフェッショナルが揃っていますので、あとは超アナログな機械であるカッティングマシンの使いこなしが課題となります」としたうえで、次のように述べた。
「パソコンでの作業のように、どんな環境でもある程度安定して同じクオリティが引き出せるわけではないのがカッティング作業の難しいところです。マシンの使いこなしについては、当時スタジオで活躍されていたOBの方々や、外部でカッティングを担当されていたスペシャリストの皆様にトレーナーとしてお力添えをいただいています。
他社で活躍されているエンジニアの方からも、思わぬ協力をいただいています。新たなレコードブームを盛り上げたい、多くの音楽ファンにいい音を知って欲しいという思いが一つになって、いま制作現場の機運も大いに高まっています。若手エンジニアがOBに『1を訊くと10返ってくる』ほど、教える彼らの舌も滑らかです(笑)。皆さん、アナログレコードの技術がいまの世代に受け継がれることがとても嬉しいのだと思います」(宮田氏)
また宮田氏は「うちのエンジニアは音と技術の基本がわかっているので、習得も早かった」と振り返っている。そして、現在は質の高いアナログレコード作品を安定して供給できる環境が整いつつあるようだ。制作工程の中にはデジタルのプロセスを応用できる部分があるため、そのぶんカッティング作業に注力できるからだという。
「昔はアナログマスターテープを再生しながら、1曲目をカッティングしている間に2曲目の準備をして、曲間で音色などの設定を切り替えたり、突如大きな音が飛び込まないよう音量にも気を配ったりと、エンジニアが付いてすべて手動で作業をする必要がありました。現在は事前にデジタルのマスター音源でイコライザー設定や細かいレベルの調整も決めておけるので、あとはラッカー盤のカッティング作業に専念できます。そういう意味では、いまは作業が楽になったと言うこともできると思います。材料や温度など環境が影響を及ぼす要素もいくつか残りますが、安定したクオリティが実現できることがデジタルの技術を組み合わせられる大きなメリットです」(宮田氏)
今どきのアナログレコード制作について、観点を変えてもう一つ質問をぶつけてみた。レコード盤の材質を変えたりすることで、より“音のいいレコード”をつくることはできるのだろうか。この質問については宮田氏と榊原氏が次のように答えてくれた。
「その点については、ソニーDADCジャパンの工場のスタッフと一緒に検討を進めているところです。今は特性を少しずつ変えたサンプルを複数用意して、音を聴き比べることができるようになりました。また、むかしより精度の高い測定器を使い、検査信号を入力してカッティングがフラットにできているかなど、製造のバラツキも数値を把握しながら抑えられます」(宮田氏)
「レコード盤の原料についてはいくつか種類の違うものを集めて検討もしています。将来はトライアンドエラーの成果を活かして、新しい“音のいいレコード”にもチャレンジしてみたいと思いますが、まずは2017年度中という目標を掲げている本格生産、製造受注の開始に向けて、最も音質が安定していて、再現性の高いものが提供できるようにしたいと考えています」(榊原氏)
■自社生産によって沢山のレコードを安定供給できる体力をつけていきたい
さて、ソニーミュージックグループといえば魅力的なアーティストやレーベルを数多く抱えるコンテンツプロバイダーだが、今後どんな音楽ジャンル、またはアーティストのアナログレコード作品がリリースされるのだろうか。古川氏に訪ねてみた。
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