公開日 2016/02/03 10:16

クリプトン渡邉氏がスピーカー開発キャリアを総括。「密閉型」「2ウェイ」にこだわる理由とは?

“ハイレゾには密閉型が有利”は本当か
聞き手・構成:編集部 小澤貴信
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吸音材をいかに用いるか。
それは密閉型スピーカーにおける職人技の見せどころ


吸音材の使い方次第でエンクロージャーが“擬似的に”大きくなる

渡邉氏 密閉型スピーカーにおける吸音材の役割には2つの方向性があります。まずはバスレフ型スピーカーと同様に、定在波を防ぐことです。密閉型では空気のサスペンションがかかっているため、定在波がユニットを振動させてしまいます。だから定在波を発生させないように、吸音材を適切に配置してやる必要があります。


吸音材の配置には“職人的な”経験と勘が必要と語る渡邉氏
ーー はい。

渡邉氏 もうひとつは、これはちょっとイメージしにくいかもしれないので、順を追って説明していきましょう。

クリプトンのスピーカーでは、吸音材にウールとミスティックホワイトを使います。ここで重要になるのはウールの方です。ウールの繊維を顕微鏡で見ると、繊維の一本一本が気泡構造になっっています。動物性の繊維はどれも気泡を持っていて、空気の断熱効果がとても高いのです。例えば北極圏の寒冷地に生息するシロクマは、体毛の繊維の気泡構造が断熱材の役割をするので零下40度でも活動できます。この気泡構造を人工材で再現することは、現在の技術でも難しいのです。

ーー 動物性繊維の気泡構造が、吸音の上で関係があるのでしょうか。

渡邉氏 この繊維の気泡構造が、音波にはどのように影響するのか考えてみましょう。ユニットが後ろ側に放出した音波は、エンクロージャー内に充填された繊維に浸透していきます。まずはこの浸透によってエネルギーが消耗します。

ーー いわゆる吸音が行われるということですね。

渡邉氏 ただ吸音が行われるだけではありません。音波がこの繊維の気泡構造の中を複雑に通過していく過程で、音速が遅くなっていくのです。これが、擬似的にエンクロージャーのサイズが大きくなったのと同じ効果を生みます。ウールが音響抵抗の役割を果たすのです。

ーー 繊維に空気の層が折り畳まれていて、そこを音波が通過することで、擬似的に長い距離を進むことになる……そんなイメージでよいでしょうか。

渡邉氏 だいたいそんな感じですね。音波が音響抵抗によってどんどん遅れるのです。遅れるというのは、波長が長くなるということ。よってエンクロージャーが大きくなると同じになるのです。擬似的なエンクロージャーの容積拡大によって、先ほどの説明と同じように、f0(低域再生限界)が下がるのです。

ーー 結果的に、エンクロージャーのサイズ以上の低域が再生できるわけですね。それならば、なるべくたくさん吸音材を詰め込んだほうが有利になるのでしょうか。

渡邉氏 吸音材をあんまり詰め込み過ぎると、密度が高くなって空気が追い出されてしまいます。そうなると今度はエンクロージャーが小さくなったのと同様の効果を生みます。吸音材の密度が大事なのです。

このウールによる吸音効果は、ビクター時代に特許も取っています。動物の皮革由来のコラーゲンを使って同様の効果を得る手法は、それ以前にコロムビアが特許を取っていたのですが、ならば羊毛でも同様の効果が得られるのではと試してみたところ、この効果を実証することができたのです。


ミスティックホワイトとグラスウールの吸音特性
ーー ウールのアドバンテージがよく分かりましたが、ではなぜ、ウールだけでなく化学繊維であるミスティックホワイトも用いたハイブリッド仕様としているのでしょうか。

渡邉氏 ミスティックホワイトは、繊維が非常に細いことが特徴です。そしてウールとは吸音特性が大きく異なります。ウールは低い周波数まで吸音しますが、ミスティックホワイトは低い周波数もそれなりに吸音しつつ、高域に対しても高い吸音効果を示します。それぞれの特性を組み合わせて、最適な吸音を行うのです。

ーー なるほど。

渡邉氏 密閉型スピーカーの音は、吸音材の素材で決まってしまうと言ってよいでしょう。私は長年ウールを用いてきましたが、クリプトンが調音パネル用にミスティックホワイトを開発したのをきっかけに、スピーカーの吸音材としても使えるのか検証してみたところ、ウールとハイブリッドで用いたときに中低域のS/Nが良くなることがわかりました。そもそも低域を吸収してくれる素材が少ないので、その点からしてもミスティックホワイトは吸音材に適しているのです。

ーー スピーカーの中で実際に吸音材をどのように配置しているのかは企業秘密とのことでしたが、素材選びと共に配置の仕方というのも重要なのでしょうか。

渡邉氏 もちろんです。どれだけの量の吸音材をどのように配置するのかを調整することは、密閉型スピーカーのチューニングにおいて非常に重要なポイントです。

室内音響に例えると、吸音材を壁に貼り付けるのと、壁の前に間隔を空けて設置するのでは、効果がまったく異なります。前者では音が透過せずに吸音するのですが、後者では音が吸音材を透過して、壁に反射したものが再度吸音材を透過します。エンクロージャー内部でもやはり同様なので、その効果を考えながら最適な配置を行う必要があります。しかも室内音響と違って、空間の中央にも吸音材を配置できますから、ある意味で複雑な配置パターンがあります。

ーー それが実際には見せられない“ノウハウ"なのですね。

渡邉氏 吸音材をどう配置するかは、長年の経験から得た感覚に頼るしかありません。だから製造の際にも、吸音材の位置や設置方法は詳細に指定します。吸音材はタッカー(木工用ホッチキス)で固定するのですが、製造現場から「この配置ではタッカーが入らない」などと泣き言を言われることはよくあります。でもこちらとしては「ベストな場所はここだから、なんとかしてくれ」と(笑)。

ーー まさに職人技ですね。計算では出せない領域を、経験に基づいた感覚で調整していくのですから。

渡邉氏 この吸音材の調整でQ0を設定するのですが、Q0を0.7から0.8にするだけで低域の音圧は大きく変化します。Q0を1にすれば、バスレフと同じくらいに低域の音圧を上げることも可能なのですが、これだと今度は過渡応答特性が悪くなります。

低域の音圧を上げるのに大変な苦労をするのなら、Q0=1にしたほうがいいはずだ、特性だけを比較すればバスレフと変わらないだろうと言われることもありますが、過渡応答を犠牲にしては意味がありません。Q0の設定は、本当に微妙な領域での調整になるのです。

【図7】密閉型スピーカーの制動係数Q0と低域特性の変化

ーー このQ0の調整によって、KX-5Pの低域再生を向上することができたのですね。

渡邉氏 KX-5とKX-5Pの違いは、吸音材の量と位置の違いによるQ0の差と、内部配線材のちがいだけですからね。KX-5Pは低域が出るとご評価いただいていますが、Q0が0.7か0.8かの差で、ウェルバランスな低域を実現できたのです。


2ウェイ・スピーカーへの信念

クロスオーバーの音質への影響を最小限にとどめる

ーー スピーカーシステムの2ウェイ構成にも強いこだわりがあると伺いました。2ウェイ・スピーカーの長所について教えていただけますでしょうか。

渡邉氏 私がビクターでSX-3を開発した当時は、30cmウーファーを搭載した3ウェイ・スピーカーが標準でした。このタイプで一番売れたのはオンキヨーのD-77でしょうか。AR-3aもやはり同様の3ウェイでした。しかし私は、ある時期から3ウェイには位相的な問題があることに気付きました。

3ウェイはトゥイーター、ミッドレンジ、ウーファーから構成されているので、クロスオーバーは2ヶ所あります。クロスオーバーの帯域では、2つのユニットのどちらからも音が出ています。いずれのユニットの音も、つなぎ目でスパッと切るということはできず、無理に切ろうとすれば位相が乱れます。

ーー はい。

渡邉氏 そして、ウーファーとミッドレンジのクロスオーバーは、人間のボーカルの主要な帯域と大きく重なります。クロスオーバーの帯域ではモジュレーションが起きるので定位が悪くなるのですが、それがボーカル帯域で起こると耳についてしまいます。

一方で2ウェイ・スピーカーは、クロスオーバーが1ヶ所しかありません。KX-5Pの場合、トゥイーターとウーファーを3.5kHzで繋げていますが、ボーカルを構成する重要な帯域は2kHzくらいなので、ボーカル帯域にクロスオーバーが重なりません。

ーー クロスオーバーのポイントは最小数にとどめるべき、というご主張ですね。

渡邉氏 究極の理想はフルレンジ一発なのですが、現実には一発で全帯域を十分に担えるユニットというのはありません。2ウェイの場合も、ウーファーは広帯域を再生できることが求められます。そこで、再生帯域の広さで最も優れた“ロクハン"のユニットを用いるのです。しかも、詳しくは後でまとめて説明しますが、クリプトンが採用しているクルトミューラー製のパルプコーン・ウーファーは内部損失が多いため、高域もなだらかに減衰していきます。よって、高い帯域までをウーファーに担当させて、“最高域に補完的にトゥイーターを加える"というクロスオーバーの設定が可能になります。

“最高域に補完的にトゥイーターを加える"という手法は他のウーファーユニットではなかなかできません。なぜなら通常のウーファーでは、減衰が始まる前の再生限界近くに必ずピークが出るからです。これだとクロスオーバーは、ピークより低い帯域に設定する必要があります。ピークが下がっていけば、クロスオーバーの位置が3ウェイと変わらなくなってしまいます。

ーー 2ウェイの要点はクロスオーバーにあり、クロスオーバーの最適な設定のためには優れたユニットを使う必要があると。

渡邉氏 クルトミューラーのコーン紙によるウーファーを使って“最高域に補完的にトゥイーターを加える"ことのメリットはまだあります。ネットワークのハイカット回路にコンデンサーを使わないで、コイルのみでハイカットできるのです。コンデンサーは電気を吸収して減衰させるのですが、より急峻なハイカットが可能です。対してコイルはL(インダクタンス)で減衰させるので、カットの度合いは6dB/octとなだらかです。

ーー コイルだけを用いてクロスオーバー回路を構成するメリットを詳しく教えてください。

渡邉氏 コンデンサーは電気を吸収するので、共振ポイントになりやすく、それが音にクセとして現れます。コンデンサーで音が変わる原因はそこにあります。一方でコイルは電気的にはスムーズに減衰させることができ、より自然なクロスオーバーが可能になります。

ただし、トゥイーター側はこのようななだらかなカットを設定することはできません。トゥイーターは低い帯域を再生する際に歪みが発生するので、なるべく高い帯域でカットする必要があるからです。だからコンデンサーとコイル両方を使って、12dB/octでローカットするネットワークを用います。

この2ウェイの良さに気付いたきっかけのひとつが「AR-4X」というスピーカーでした。先ほどのAR-3aの下位モデルとなる2ウェイ・スピーカーです。当時本機を購入して、未だに自宅のメインスピーカーとして使っています。このAR-4Xの音を聴いて、当時は主流ではなかった2ウェイ・スピーカーを究めたいという気持ちが芽生えたのです。

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