世界各国のプロフェッショナルの現場から、街行く人の耳元まで幅広いユーザーに愛されるゼンハイザー。そのヘッドホンの“名門”ブランドから現代ユースへの回答ともいうべきモデルが登場した。左右のイヤーピースがワイヤレスで完全に独立したこの形状は、世界初のスタイルである。もちろん音質もゼンハイザーの名に恥じぬもの。新しいニーズに対応した本機は、オーディオ銘機賞2009・特別賞を受賞した。

時代の先駆けともいえるワイヤレスヘッドホン

iPodに代表されるデジタル・オーディオ・プレーヤー(以下DAP)の普及につれて、ヘッドホン需要が伸びている。実際、一時期より街中や電車の中などヘッドホンで音楽を楽しんでいる人が増えたように思える。現在、最も多く見かけるのは、小さく軽いインナーイヤー型だ。また、インナーイヤー型同様に小型・軽量だが耳栓のような形状で外耳道の中に深く差し込むカナル型と呼ばれるタイプもシェアを伸ばしている。さらに音質を重視してか、大型ヘッドホンを使用している人を見かける事も増えてきた。そうした大型ヘッドホンの中には、現在流行の兆しを見せているノイズキャンセル機構を備えたヘッドホンの愛用者も増えている。そして、デザインやカラーも豊富になるにつれ、ファッショナブルに使いこなしている若い女性も増えた。

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イヤホン本体。上部のイヤーピースによって、耳に負担をかけずにしっかりとホールドさせる。スイッチ類も左右独立

音質重視で考えるならプロユースの密閉型が有利だろうが、アウトドアで使用するなら当然ながら小さく軽いカナル型やインナーイヤー型にメリットがある。しかも近年では、技術の進歩によりカナル型など小型ヘッドホンの音質も格段に高まっている。しかし、ヘッドホンがどんなに小型になってもDAPが小型化されても、コードの存在は煩わしいものだ。DAPで使用する小型機ではコードは短く細いものが多いが、DAPとの位置関係によっては動きが制限される。ヘッドホンからコードが無くなれば、と思っている人も多いのではないだろうか?


これまでワイヤレスタイプのヘッドホンがない訳ではなかった。しかし、ほとんどがホーム用であり発信器が大きく、とてもアウトドアでは使えない。また、アウトドアユースに対応したものもBluetoothが一般的で、音質面に不満が残る。そんな状況下にドイツの名門ブランド、ゼンハイザーから時代の先駆けと思える素晴らしいワイヤレスタイプのヘッドホン「MX W1」が発表された。同社は第二次大戦直後からマイクロホンの製造を始め、ヘッドホンにかけても確かな技術とキャリアを誇っている。

高音質伝送を可能とするKleerAudioを採用

本機はオーディオデータ転送レートとして、350kbps程度しか持たないBluetoothに対し、1.4Mbpsの伝送を可能にしたKleerAudioを採用している。同方式であれば、一般的な音楽CDが持つ16bit/44.1kHzのデータを非圧縮で伝送でき、音質面での不満は完全に払拭される。また、消費電力にしてもBluetoothヘッドホンの多くは150mW程度の電力が必要だが、KleerAudioでは30〜40mWで済むという。仮にBluetoothで非圧縮オーディオ信号を伝送すると、300〜400mW程度の電力が必要になるため、音質に対する電力消費量はBluetoothの僅か1/10で済むことになる。アウトドアユースで消費電力が少ないことは大きなアドバンテージだ。しかもクオリティも第一級とあっては、特別賞・開発賞の獲得は当然の結果といえる。

また、運動時などに使用しても外れる事なく安定した装着が可能な「ツイストトゥフィット機構」も画期的といえる。実際に装着してみるとフィット感が良く、耳殻にかかる負担は全く感じられない。しかも、コードが無いので鬱陶しさがないのがいい。発信器のサイズはCF(コンパクト・フラッシュ)を3枚重ねた程度で、重量もCF3枚より遥かに軽い約16g。DAPにバンドで固定してポケットやバッグに収納してしまえば、まったくフリーの状態で音楽を楽しむことができるのだ。また、この発信機1基で2基のヘッドホンを駆動可能だから、カップルで楽しむこともできる。

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本機の同梱物。世界各国で使えるように、コンセントプラグを付属している
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本体の持ち運びに必要なのがこの四点。専用ケースも高級感溢れる仕上げとなっている。トランスミッターのプラグはステレオミニプラグ

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充電スタンドは、持ち運び可能。真ん中にあるのが充電ON/OFF
スイッチ。イヤホン部をいつでも充電することができる
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トランスミッター部は、付属のバンドでDAPとまとめることができるのも気が利いている

音像を明確に再現するだけでなくわずかな残響成分も鮮明に引き出す

サウンドは大型機のような実在的な低域が得られ、ハイエンドまでスムーズに伸びている。そして駆動点が鼓膜近くにあるにも関わらず、圧迫感が全くなく心地よい。それでいてコンテンポラリー系ソフトにおける重心の低いキックドラムのアタック音に伴う音圧感なども実在的に再現してしまう。また、解像度も極めて高く、音像を明確に再現するだけでなくわずかな残響成分も鮮明。スタジオやホールの空間の広さまで感じとれる。そして、質感もいたってナチュラルでカラーレーションや濁り、歪みなどまったく感じさせることがない。それでいて音楽を端正に再生するだけでなく、音楽のグルーヴ感やアーティストのテンションの高まりなどまで正確に伝える実体感がある。しかし、それを演出するようなことはなく、入力された音楽の姿をありのままに甦らせるという再生ぶりなのが好ましい。また、弦楽器の繊細さや女性ボーカルの艶や潤いも感じさせてくれるなど、表情も豊かだ。レコーディング時などにアーティストが使用したなら、演奏のパフォーマンスが数段高まってくるのでは、と思えるほど生き生きとしたサウンドが聴ける。また、本機で爽快感のあるフュージョンミュージックなどを聴いていると、体も足どりも軽くなり、とても自由になったような気分になる。

今すぐ欲しい、と思わせられる魅力的な製品だが、師走まで待たなくてはならないようだ。

SPEC
【総合】●型式:密閉、ダイナミック型●搬送周波数:2.40〜2.48GHz●イヤーカップリング:Twist-to-fit、Ear bud●周波数特性:19Hz〜20kHz●インピーダンス:32Ω●音圧レベル(1kHz、1V rms):115dB●サイズ:29×20.5×51mm(イヤホン部)●質量:10g(イヤホン部)、16g(トランスミッター部)、約10g(レシーバー部)●連続使用時間:レシーバー部/約3時間、トランスミッター部/約10時間●充電時間:約2時間

※製品の外観は変更となる場合があります。

筆者プロフィール

小林 貢写真

小林 貢 Mitsugu Kobayashi
東京・浅草生まれ。大学卒業後、70年代日本ジャズ界をリードしたスリーブラインドマイス(TBM)レコードに入社。TBM時代の後半には企画制作に携わると同時にマスタリング監修も務める。その頃からオーディオ専門誌で執筆活動をはじめる。海外のリーズナブルな製品の自他ともに認める「目利き」。近年ミュージック&オーディオファンに本当に音の良いCDを提供したいという思いが募り、自身のレーベル、ウッディ・クリークを主宰している。