HOME > レビュー > iFi audioのポタアン「hip dac」のテクニカルノートが公開。「iFi全部載せ」の技術詳細を解説

各種パーツに独自カスタマイズを実装

iFi audioのポタアン「hip dac」のテクニカルノートが公開。「iFi全部載せ」の技術詳細を解説

公開日 2020/04/14 06:40 ファイルウェブオーディオ編集部:筑井真奈
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE

【3】デジタル回路へのこだわりーDACチップとXMOSの独自カスタマイズ


iFi audioのDAコンバーターの大きな特徴は、いわゆる“旧式”とされるバーブラウンのDACチップ、「DSD1793」を採用し続けていることにある。AKMやESSなど、よりハイスペックな音源に対応できる新世代のDACチップは数多く存在するが、バーブラウンを採用し続けている理由には、彼ら独自の「ネイティヴ再生」に対する考え方がある。

マルチビットと1ビットをハイブリッドしたバーブラウンのDACチップの独自カスタマイズはiFi audioのデジタル技術のコア

iFi audioは、「PCM」と「DSD」それぞれにおいて、適切なDAコンバージョンを行い、アナログに変換するということを非常に重要視している。昨今のDAC/ADCチップの多くはPCMをベースに開発されているものが多く、DSDでは「望ましくない」PCMへの変換が行われたのちにアナログ変換されるという手順を踏んでいると考えているのだ。その問題を解決するために、バーブラウンのDSD1793 DACチップを採用しているのだ。

テクニカルノートから抜粋しよう
デジタルからアナログへの適切な変換は必須です。それを引き受けるのがバーブラウンのDACです。すばらしいサウンドを生み出すだけでなく、真にネイティヴなDSDとPCMのデータ・ストリームを可能にします。DAコンバーターのチップに関しては、私たちはあらゆるものを検証します。

私たちの「hip dac」の心臓部は、もっと高価な製品の多くとまったく同じものを使っています。プログラムをカスタマイズしたテキサス・インスツルメンツのバーブラウンDSD1793です。これによって「hip dac」は、DSD256/DXD384/PCM384kHzまでのデジタル・コンテンツをネイティヴでサポートし、しかもさらにMQAの再生まで処理できるのです。シンプルな言い方をすれば、ポータブル・マルチタスク・デバイスに求められるほぼすべてを実現しているということです。


このDSD1793は電圧出力型のDACチップであるが、スペックシート上はPCM192kHz/24bitとDSD 2.8MHzまでの対応となっている。それを拡張し、PCMは768kHzまで、DSDは22.6MHzまでの対応としているのもiFi audioならではの「使いこなしの技」と言える。

「hip dac」に搭載されるDAコンバーターは、マルチビットと1ビットのハイブリッドとも言えるデジタル - アナログ変換方式で動作している。PCMデータの上位6ビット(ざっくり言えばより重要性の高い情報)をマルチビットにて処理し、残りのビット(24ビットならば残り18ビット)をデルタ・シグマ=1ビットにて処理する。一方のDSDに関しては、そのまま1ビットで処理する。PCMとDSD、それぞれに対して適切なDAコンバージョンを施すことによって、「トゥルー・ネイティヴ」なデジタル再生が可能になるというのがiFi audioの主張である。

「hip dac」のDA変換のアルゴリズム。DSDとPCMで独立した信号経路を確保している

もうひとつ、XMOSに対する高度な技術も彼らの大きな特徴だ。XMOSとは、昨今のハイスペックデジタル再生においてなくてはならない、音声信号処理を担う半導体デバイスのこと。ボイスコントロールやDSP、マルチチャンネル処理の技術に長けており、近年ではMQAの処理についてもXMOSにて対応できるようになっている。世界中のオーディオ機器メーカーに採用されるデバイスだが、iFi audioはそこに独自のカスタマイズを施している。

「hip dac」に採用されているのは8コアのXMOSで、「AMR XMOS platform ver4」と呼ばれている。このカスタマイズには、パラレル(並列)処理によるマルチタスクを実装するトランスピューターの思想が背景にある。並列処理による早い信号処理が、11.2MHz DSDやDXDといったハイスペックデータをスムーズに処理するために必須の要素となっているのだ。

iFi audioに搭載される8コアのXMOS。それぞれが並列駆動し早い信号処理を可能とする

iFi audioのXMOSのもうひとつの特徴は、独自の「スター・クロッキング」と呼ばれるクロック方式である。iFi audioの上級エンジニアは、「Ada(エイダ)」と呼ばれる主にアメリカ国防総省が採用していたプログラム言語を用いての軍事防衛プログラム開発の経験を持つと言う。その経験を生かしXMOSのソースコードを研究した結果、クロック方式が「デイジーチェーン」(数珠つなぎ、バケツリレー方式)を搭載していることを突き止めた。しかし、これではハイスペック音源における正確な時間軸制御を行うためには不十分である、と彼らは考えたようだ。そこで、独自開発の「スター・クロッキング」(メインユニットにその他のユニットが直接ぶら下がる方式)をXMOSに実装、100万分の1秒(フェムト秒)クラスの微小時間レベルで制御を行ない、ジッター低減を実現したという。

このクロック方式は、このクロックシステムはUSB伝送経路にはもちろん、MCUと呼ばれるデジタル制御システム全般を支配しているのだ。

テクニカルデータから引用しよう。
私たち独自のコードに基づく8コアのXMOSが、バーブラウンの「トゥルー・ネイティヴ」チップセットとともに稼働しています。micro iDSDの場合と同じように、私たち独自のStar Clockingと共に動作しています。

「hip dac」は「AMR XMOS platform ver4」を搭載し、最新世代の8コア500MIPS XMOS1トランスピューター由来のメイン・プロセッサーを使用しています。これらのプロセッサーはアーキテクチュアが独自のものであり、かつてコンピューターに革命をもたらすと考えられていたINMOSトランスピューターのテクノロジーをベースにしています。

トランスピューター(Trans-Com-Puter)はパラレル・コンピューティング(マルチコア)を目指した、1980年代のパイオニア的なマイクロプロセッサー・アーキテクチュアでした。何とあのデイヴィッド・メイが設計し、英国ブリストルを拠点とする半導体メーカーINMOSが生産していました。

1980年代後期のある時期には、このトランスピューターこそがコンピューターの未来を担う次の偉大な設計になると、多くの人が考えていました。INMOSは最終的にはシーンから脱落しましたが、彼らが開拓したパラレル・コンピューティング・プラットフォームは、デュアル・コアやクアッド・コアで稼働する現代のあらゆるPCに、そしてまたスマートフォンやタブレットといったあらゆるマルチコアCPUに影響を与えています。XMOS「トランスピューター」チップは、それ以来多くのアプリケーションに使用され、そこではその独自のアーキテクチュアが伝統的なCPUやFPGAシステムを圧倒しています。USBオーディオではそれが特に顕著です。


少し複雑な話になってしまったが、要点をまとめると、オーディオ機器の進化は、さまざまなエレクトロニクスの進歩と歩みを共にしてきた。目に見えない音を物理的な音溝として刻んでいた時代から、電気的な処理が可能になり、1980年代以降はデジタルで音楽信号を扱えるようになってきた。そしていま最先端のオーディオ再生は、コンピューターの進化とともに発展を重ねている。iFi audioのデジタル技術には、トランスピューターと呼ばれるコンピューターの並列処理の技術が盛り込まれており、それがハイスペック音源の素早い処理を実現する思想的背景となっているということだ。



「hip dac」の魅力は、ただ小さくて手頃な価格の「ポタアン」であることにとどまらない。最先端のデジタル再生を切り開こうという強い情熱、ハイエンドブランドで培われた研究成果の惜しみない投入、価格面で妥協をしないアナログ回路へのこだわりなど、iFi audioにしかできない世界を開拓し続けていることにある。

「hip dac」は、これまで公開されてきたさまざまなiFi audio独自の技術が、ある意味「全部載せ」された、まさに集大成とも言える製品なのだ。いまのiFi audioの立ち位置を知るという意味でも、ポータブルオーディオの最先端に触れるという意味でも、オーディオファンにとって必携アイテムということができるだろう。

前へ 1 2 3

この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE