新世代シングルBAイヤホンがいま熱い!シングルBAを“極めた” final「S3000」/“超えた”qdc「FRONTIER」
シングルBAイヤホンの強力な選択肢が連続登場!
2025年4月25日、final「S3000」発売。税込2万9800円。
2025年7月19日、qdc「FRONTIER」発売。税込1万9800円。
え、何か急にシングルBAの時代来ました!?
時代が来たは大袈裟としても、共にかつてシングルBAの名機を世に送り出した実績のあるブランド、finalとqdcがほぼ同時期にその新モデルを投入となれば、合わせて気になっているシングルBAファンは少なからずだろう。言わずもがな、筆者もだ。
なので両方合わせてチェックします!
「S3000」の筐体はいいことだらけの新構造
finalといえば、旧ブランド名「final audio design」としてイヤホンに参入した初期、具体的には2009年から2014年においては特に、シングルBAモデルを得意とするブランドとしてその人気を高めたことが記憶に新し……いやもう10年前なのでさすがに新しくはないが、記憶に強く残っている。
そもそもデビュー製品「FI-BA-SS」がシングルBAであり、そしてその流れで同じくシングルBAで登場した “heavenシリーズ” がブランド初期の看板。個人的にはその後の “Fシリーズ”、特に「F7200」のインパクトが強烈だった。
F7200はBA搭載 “Sシリーズ” 新登場記念ということで昨年2024年に限定復刻販売もされていたので、ファンからの人気もメーカーの思い入れも強かったのだろう。
そんなfinalは前述のように昨年から「BAドライバーの新たな可能性の追求」をコンセプトにSシリーズの展開を開始。その最新モデルがシングルBA機「S3000」となる。
同社イヤホンでは定番の円筒型筐体なので、ぱっと見の目新しさはない。しかし定番フォルムであるからこそ装着しやすさや装着感は保証されている。それらの点に何の不安もなく購入できるのは大きな強みだ。なおその筐体はステンレス切削。
そして外観的には定番そのものであるのに対して、内部構造は挑戦的。一般的には接着剤が用いられるという筐体内でのドライバー位置固定の仕方が、全く新しいものになっている。
筐体背面から筐体内にドライバーとOリングとパッキンを挿入した後に、背面パーツを決まった位置まで押し込んでネジ止め。するとおそらくは柔軟性のある素材のOリングとパッキンが適度に潰されつつ反発することで、ドライバーは安定した力で適切な位置に固定され、筐体の密閉も高められる。
加えて接着剤による固定では不可避だった製造誤差、固定位置の微妙なばらつき等の最小化も実現。さらには故障時のメーカー修理対応の作業性も向上しているというから利点だらけだ。
音響設計としては、まずドライバー背面側には、低域強化ベントとその調整フィルターを設置。そしてドライバー前面からの音導管の出口には、瓶に液体を注ぐときに使う漏斗=ファンネルからの命名だという、新開発の「ファンネルノズル」を搭載。出口側に向けて広がっていく形状によって高域減衰を適切に抑制し、伸びながらも刺さらない高音とクリアさと量感を両立した低音を同時に実現しているとのことだ。
またドライバーに直列で抵抗を入れることで、特性を電気的にも調整。
ほか、筐体とケーブル接合部の角度をやや内側に振ることでケーブルがいい感じに体に沿うようにして装着感向上とタッチノイズ低減を実現、リケーブル端子は2pin 0.78規格に添いつつ自社開発高精度パーツで精度向上、ケーブル導体は高純度OFC、おなじみの同社TYPE EイヤーピースがSS/S/M/L/LLの5サイズと同じくおなじみのキャリーケースが付属、イヤーフックにダストフィルターも付く。
「FRONTIER」は美しさも音響構造も超進化
一方qdcのシングルBA機といえばもちろん、2017年11月に国内発売された「Neptune」。当時税込3万円程度。
このNeptune、「大手メーカーに特注のフルレンジBAドライバーを搭載」という他には特別な技術とかは謳われていない。なのにそのサウンドは当時のイヤホンファンを「え?」を驚かせるものだった。当時においてシングルBA機の基準を塗り替えたモデル。そういっても過言ではないだろう。
そしてエントリー価格帯の製品だったこともあり、このモデルをきっかけにqdcに注目した方も多かったかと思う。ここ日本におけるqdcファン増加に大きく貢献したモデル。そう評価しても異論は少ないのではないか。
で、それからしばしの時を経て新たに登場したqdcのシングルBA最新機が「FRONTIER」というわけだ。その名の意味合いは「未開拓の新天地への挑戦」といったところか。
初見時にまず驚かされたのはシェル。その美しさに感心して代理店の方に「充填シェルですか?」と尋ねたところ、「そう見えますよね?でも違うんです。充填じゃないんだけど充填に見えるような仕上げなんです」と返ってきた。
一般論としてイヤーモニターの透明樹脂筐体は、殻のような中空構造よりも樹脂の塊である充填構造の方が、透明感にさらに優れて美しい印象だ。しかしこのモデルは「樹脂充填のように見える特殊コーティング処理」により、充填じゃないのに充填のように美しい。
その「見た目は充填、中身は中空」を選択した理由は例えば、中空構造の方が均質に製造しやすい等だろうか。また実物を手にして感じられた軽量さも、この手法ならではの利点と言えそうだ。常に安定安心のフィット感を提供してくれるqdcのシェルな上にその軽さなので、装着感も極めて良好。
さらにフェイスプレートにも新パターン「トランスルーセント・ミラー・グラデーション」を採用。光の差し方や見る角度によって、透明に見えたりミラーに見えたり美しいグラデーションが現れたりする。
そして音響技術面での独自性も今回はしっかり説明。ドライバー背面の小さな排圧穴、それに連結されたシェル背面側内部のキャビティ、そのキャビティ内の空気圧等の調整用と思われる小さな空気孔で構成される、「リアキャビティ・マイクロホール」構造だ。
その効果のまずひとつは、シングルBA構成で不足しがちな低域の補強。公式掲載のグラフを見ると低域側が「はい?」ってくらい伸びている。
もうひとつは感度向上、すなわち音量の取りやすさの向上だ。このモデルはエレクトリック面においてはハイインピーダンス仕様を採用。歪みやノイズを抑制できる反面、音量は取りにくくなってしまう仕様だ。
しかしその弱点である音量の取りにくさをこのモデルは、リアキャビティ・マイクロホール構造というアコースティック部分の強みで相殺。トータルでは音量確保にさほどは困らない、扱いやすいイヤホンにまとめ上げられている。
ほか、リケーブル端子は標準的な0.78mm 2pin規格、ケーブル導体は高純度OFC、qdcTips Soft-fitイヤーピースS/M/Lに加えて同社ユニバーサルIEMとしては初めてフォームタイプイヤーピースのS/M/L、セミハードキャリングケース等も付属。
なお付属3.5mmケーブルに対しての純正オプション4.4mmリケーブルとしては「SUPERIOR Cable 4.4mm」が該当とのこと。バランス駆動へのアップグレードにおいてはそちらが基準候補となる。
S3000:限界まで極められたシングルBAサウンド
ではいよいよサウンドの印象を。まずはfinal S3000から。
総じて基本的には、適度に大柄な音像がしかしお互いを邪魔することなくクリアに並び立つという明快な聴こえ方が、超ハイレベルにまで推し進められている印象。つまり「シングルBAに期待される方向性に添いつつその期待を上回るサウンド」だ。
あるいは「シングルBAに期待される要素は期待以上に伸ばしつつシングルBAで心配される要素は丁寧に解消したサウンド」でもある。
これぞシングルBAという明快さでありながら、その明快さと同時に発生してしまいがちな高域の乾きや刺さりは皆無。低音においてはシングルBAとしては十分すぎる量感を稼ぎつつ、シングルBAらしい締まりや速さも維持。滑らかな高音を実現するファンネルノズル、高密閉筐体と適切なベントによる低域制御といった技術が、狙い通りの効果を発揮しているようだ。
星街すいせいさん「もうどうなってもいいや」では、大柄な音像がお互いを邪魔せずクリアに並び立つ様子が特にわかりやすかった。このように音数の多い楽曲でも、音が隙間なく詰め込まれすぎて狭苦しいなんてことにはならず、ボーカルを主役としたバランスが崩れることもない。それどころかむしろ、ボーカル周りのスペースが適切に確保され、歌の立ち姿がさらに一段と際立っていたほどだ。
もうどうなってもいい投げやりさを感じさせる、サ行タ行の子音や息の成分を強調した歌い方の感触も良好。そのもうどうなってもいいニュアンスは届けつつ耳に刺さる攻撃的な鋭さは出しすぎずの、その塩梅がちょうどよい。楽曲中盤の効果音的なサブベースの響きの再現も、完璧とまではいかないが、これだけ響けば十分と納得できるレベル。
ソロドラム楽曲、ネイト・スミスさん「Big/Little Five」の中低域のいわゆる「ビッグな響き」の再現は、いかなるオーディオにとっても容易ではない。ましてやシングルBAイヤホンでの完全再現は至難だが……。
S3000はそのビッグさをやや引き締め、タイトな抜けや速さの要素を強めて再生。低音の響きもBAシングルに期待される上限に近いレベルまで確保しつつ、BAらしいスピード感の面でも最上クラス。完全再現の方向性とは少し違うが、シングルBAファンを直撃しそうな低域描写だ。
シングルBAで聴く楽しさ。S3000のサウンドはそれを感じさせてくれる。
FRONTIER:シングルBAの範疇を超えたサウンド
対してqdc「FRONTIER」のサウンドはというと、誤解を恐れつつ言うが、シングルBAに期待される音の範疇にはもうないかもしれない。低音の少しの物足りなさとその代わりのタイトさこそシングルBAの魅力!という方にとって、FRONTIERの中低域は「これもうシングルBAの音じゃないよ!」ともなりかねない充実っぷりなのだ。
であるがだからこそ、シングルBAらしさ云々を一旦忘れて考えてみよう。
……この価格でこのサウンドは普通に最高なのでは?
上田麗奈さん「金魚姫」のベースラインにはローB付近の音程、つまり30Hz付近の音程までが使われているが、このイヤホンはそれにも普通に対応。ローB以下では音が薄くなるとかその上のE付近では音が膨らむとかみたいな凹凸がないおかげで、ベースラインが安定している。
ネイト・スミスさん「Big/Little Five」の「ビッグな響き」も十分に感じられるから驚きだ。室内の空気が飽和寸前まで揺らされるようなこの響きは、スピーカーであったなら大型ハイエンド機でしか再現できない。しかしFRONTIERなら現実的なサイズと価格でその響きを堪能できる。
とはいえ文句なしに完璧な低域再生というわけではない。低音の響きや伸びの部分は安定。しかし「Big/Little Five」のバスドラムのアタックのような、瞬間的に立ち上がる大容量の低音に対しては、それを受け止め切れない瞬間もある。そういった部分においては、ダイナミック型搭載機や多ドライバー構成ハイエンド機などにはさすがに及ばない。
であるが、ダイナミック型やら多ドライバーやらという言葉が出てきたことで、先程一旦忘れておいた事実が思い出される。このイヤホン、そういえばシングルBAなのだった。低域再生能力の比較対象としてダイナミック型やらハイエンド機やらを持ち出すことになっている時点でもうちょっとおかしい。それこそがこのモデルの低域再生能力がシングルBA機として規格外であることの証でもあるわけだ。
その上で、中低域以上では音のキレや音像のクリアさは抜群。「金魚姫」に戻ってそのベースラインのスラップ奏法の箇所では、音像のボリューム感を出しつつ、スラップのバシッとしたキレもしっかり叩き出してくれるのが爽快。ボリューム感とキレの両立はどんなドライバー構成のイヤホンにとっても難しい部分だが、このモデルはそこをむしろ得意としている。イントロやサビで繰り返される印象的なリフにおけるギターの音色も、パキッと硬くしすぎずにしなやかな弾け感を出してくれる、実に好ましい表現。
そして音のキレや弾けの気持ちよさはシングルBA機らしさとして期待される部分。FRONTIERはシングルBAらしい魅力も十分に兼ね備えているわけだ。
最後に純正オプションケーブルでのバランス駆動について。低域がややタイトになり、スピード感を際立たせる鳴り方に変化する印象だ。モニター的なフラットバランスを好む方は、バランス駆動の選択することでその傾向を強められるだろう。
シングルエンド駆動→バランス駆動での変化幅が大きく変化が分かりやすい点も特徴的。そこを趣味的に楽しみたい方にも向いているかもしれない。
対照的な個性だからこそ合わせて要注目!
こうして並べてチェックしてみると、同時期に登場した新世代シングルBA機という共通点はありつつ、S3000とFRONTIERの魅力はそれぞれ別のところにあると感じられた。
サウンドにおいては、S3000はシングルBAらしい魅力を極めているのに対して、FRONTIERはシングルBAらしさを超えた魅力に踏み込んでいる。
また装着感等においても、S3000は通常スタイルでも耳掛けスタイルでも装着できて耳に入れる深さなどポジション調整の自由度も高いのに対し、FRONTIERは耳の決まったポジションに決め打ちでぴたりとフィット。ルックスを見ても、S3000は引き締まった黒で精悍、FRONTIERは揺らめく輝きで美麗。
比べてみれば実際には思いのほか対照的なモデルだったわけだ。悩ましいどころかむしろ、両者を並べて検討することで、自身の好みを改めてはっきりと捉え直すことができるかもしれない。
何にせよ結局、両方合わせて要チェック!ということだ。
高橋 敦 [TAKAHASHI, Atsushi]
趣味も仕事も文章作成。仕事としての文章作成はオーディオ関連が主。他の趣味は読書、音楽鑑賞、アニメ鑑賞、映画鑑賞、エレクトリック・ギターの演奏と整備、猫の溺愛など。趣味を仕事に生かし仕事を趣味に生かして日々活動中。































