公開日 2023/04/13 06:40

Netflixが日本初のワークショップを開催。“世界基準”を生み出すクリエイター支援の目指す先とは

「ASCマスタークラス in Japan '23」3日間開催
編集部:杉山康介
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日本の制作現場は新しいことを取り入れづらい環境?

冒頭でも述べた通り、NetflixではASCマスタークラスのようなクリエイター支援を継続して行なってきている。これらの取り組みについて、Netflixプロダクション ・テクノロジー部門 アジア太平洋地域 シニアマネージャーの宮川遙氏に話を伺った。

Netflixプロダクション ・テクノロジー部門 アジア太平洋地域 シニアマネージャーの宮川遙氏

宮川氏によると、Neflixは「世界中を楽しませたい」というモットーのもと、さまざまな国の作品を世界中へと配信している。しかし映像の基準・規格は国によって異なっており、それこそ東南アジアでは、未だにSD画質で番組を制作・放送している国もあるという。

もしSD画質で制作された作品を、日本やアメリカのような高画質に目の慣れた市場で配信した場合、例え内容的に面白くても「画質が悪い」という理由で見ない方、途中で見るのをやめてしまう方も多いだろう。そういったギャップをなくすべくNetflix制作の作品ではガイドラインを設け、機材選定から作業工程まで、どの国でも一定基準以上のクオリティの作品が作れるようサポートしているそうだ。

日本の場合、カメラやテレビなどインフラ面では優れているものの、撮影技術やポストプロダクションにおける工程などは改善していかないと、無駄を減らしつつクオリティを上げていくことは難しいのではないか、と宮川氏は語る。

「弊社はアメリカに本社があるので、アメリカの中堅どころで制作されているドラマくらいが“クオリティの基準”になってきますが、日本を含めアジア全般はそこから大きく離れたところで制作が行われています。

もちろん弊社のやり方が唯一ではないですが、日本の場合ですと長く続けられてきたやり方があって、変化を受け入れることをあまり望んでいないという印象を受けます。また、なにか新しい手法を取り入れたいとなった場合も、文献や動画といった情報は基本的に英語のものになってきますので、学ぶハードルが高いという側面もあるかもしれません」(宮川氏)

今回のASCマスタークラスも、まさにそういった流れのもとで企画・開催されたものだという。

「日本の撮影監督やカメラマン、照明技師の方たちは非常に高い技術を持っていらっしゃいますが、国内だけで培ってきた技術で、それも徒弟制がほとんどなので“誰の下に付いたか”で学べる内容も変わってきますし、自分にとってそのやり方がベストなのかも分かりにくい構造になっていると思います。さらに、中堅レベル以上の方が受けられるような講座もあまり存在していません。

ですので今回、アメリカで活躍されている撮影監督に講師をやっていただき、技術的な部分はもちろん、考え方や取り組み方の違いなどを感じ取っていただけたらな、と考えております」

『Mank/マンク』で何を考えて撮影したか、実際のシーンを使いながら解説

ASCマスタークラスに限らず、Netflixではクリエイター向けの支援を継続して行なっている。実際に参加された方の反応はどうだったのだろうか。

「直近ですと、一昨年にフォーカスプラー(カメラのフォーカスを合わせる役割)向けのトレーニングを行いました。日本の場合フォーカスプラーはセカンドのカメラアシスタントの方が担当するので、参加者も若い方が多く、積極的に質問していただけたりと非常に活発でした。

また、昨年はポストプロダクションとVFXベンダー向けにカラーマネジメントの講座などを行いました。そもそもカラーマネジメントは日本語の資料がほとんど存在せず、日本にない考え方が多いんですね。ですが現場からポストプロダクションまで、どこのプロセスでも同じ色が見られるようにするにはカラーマネジメントが大事なのです。参加者は中堅クラスの方が多かったのですが、『何を聞いても質問に答えてもらえてとても良かった』と言っていただけました。

それと日本ではないですが、先日インドでHDRのワークショップを行ってきました。というのも、インドにはHDRがどういうものか正しく理解されないまま制作されている作品がいくつか見受けられたからで、実際、インドでも名のあるカメラマンの方が『私はHDRは全然好きじゃない。なぜなら明るいから』と仰っていたりしたんですね(笑)。

なのでHDRがどういったものかを説明したり、『こうすれば上手くいきます』と実演したりすることで、最終的には『ちょっとHDRが好きになった』と言っていただけたりしました。こういった取り組みを通じて技術的な底上げをしつつ、さらに技術面でクリエイティビティを支える、ということを主眼において活動しております」(宮川氏)

今回のASCマスタークラスは国内のクリエイター約20名が参加した

日本のエンタメの立ち位置はどう見えているのか

Netflixをはじめとした動画配信サービスの台頭によって、世界中の作品が手軽に視聴できるようになった。それを上手く使いこなしている国のひとつが韓国だろう。『愛の不時着』『梨泰院クラス』『イカゲーム』などの韓国ドラマ作品は、Netflixによって世界中へと配信され、大ヒットを記録した。

日本からも『今際の国のアリス』『ちひろさん』など世界的ヒット作品が生まれつつあるが、遅れをとっている感は否めない。宮川氏には、日本のエンタメの立ち位置はどう見えているのだろうか。

「制作技術の観点からお話ししますと、まず韓国がなぜ今すごいかといえば、この25年くらい政府がエンタメ業界に投資して、正しくお金が使われてきたからだと思います。例えば補助金を出して高額な機材を購入しやすくしたり、長時間労働にはペナルティを与えるなど労働環境の是正を行なってきたりと、ゆっくり意識が変わってきた結果として今があるのではないでしょうか。実際、昔の韓国ドラマは映像クオリティをあまり追及していない印象でしたが、近年の作品は映画の画に非常に近くなってきたように思います。

対する日本では、そういう大きな流れとしての取り組みが行われてこなかった、というのはあるかと思いますので、弊社としてはできるだけグローバルな基準に近づけられるよう、制作技術のみならず脚本の作り方、制作現場の進め方、互いにリスペクトを持って接することで制作に集中できるようにする『リスペクトトレーニング』まで、いろいろな取り組みを行なっています。

『今際の国のアリス』『ちひろさん』が海外でも観ていただけているというのは、そういった取り組みの成果が少しずつ出ている、ということだと思います。これからもきちんと前向きに取り組んでいけば、より日本の作品も世界中で観ていただけるようになるのではないでしょうか」(宮川氏)

日本のエンタメは、まさにこれからということのようだ。改めて、Netflixとして日本における今の課題はなにかを聞いた。

「引き続き、より効率よく、クオリティの高い作品作りに繋がるための取り組みをしていきたいと思っておりますが、専門職を中心とした人材不足は一つ大きな課題だと思っております。さらに業界に入って来たいという方もあまり増えている印象ではありません。どのようにより魅力のある業界にしていくかという点においては、専門性の高い作業を専門職として正式に採用し、弊社作品に活かしたいと思っております。」(宮川氏)

ワークショップの様子

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