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公開日 2023/04/12 11:42

シミュレーションをフル活用した“最先端”のアナログカッティング。Altphonic Studioの音質へのこだわり

出張ダイレクトカッティングも可能
ファイルウェブオーディオ編集部・筑井真奈
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ドイツで「ダブカッティング」の手法を学びカッティングを研鑽



「フルデジタル」によるカッティングマシンを導入したことで話題になっている東京・豊島区の「Altphonic Studio」。スタジオを運営するのは、ドイツでレコードカッティングを学び、現在は日本を拠点に最先端の音楽制作を追求している山根アツシさんである。

Altphonic Studioの代表・山根アツシさん

Altphonic Studioに足を踏み入れると、左側はドルビーアトモスなどイマーシブオーディオのマスタリングスペース、そして右側に2台のカッティングマシンが置かれている。だがこの2台はいずれも、レコーディングスタジオやプレス工場に置かれているノイマンの「カッティングマシン」とはだいぶ趣が異なる。

ステレオだけではくイマーシブオーディオのマスタリングも積極的に手掛ける

山根さんは2016年からドイツ・ベルリンに拠点を定め、マスタリング/カッティングエンジニアとして研鑽を積んできた。ベルリンはテクノやクラブカルチャーが発達しており、レコードの人気も非常に高い。

山根さんは、ドイツで「ダブカッティング」という、いわば「1点もの」のレコードカッティングを行っていた。日本でレコードと言えば、プレスマシンで大量生産されるレコードのことを指すが、ドイツではクラブでDJが再生するため、レコード盤に直接溝を刻むタイプのレコードの需要が高いのだという。

「A/B面で40分のレコードだったら切るのに40分かかりますから、大量生産には向きませんが、お手軽に何枚かレコードを作りたい、という場合には適した方法です。普通のレコードと同じ素材なので、耐久性もしっかりありますからスクラッチしても全然大丈夫です」

山根さんのスタジオの手前側に置かれたマシンは、ドイツで使っていたダブカッティングマシンを持ち帰ったもの。実はAltphonic Studioのサービスの一つとして、いまでもそういった「1点モノ」のレコードの制作も行っている。たとえば友人の誕生日などに、自作の歌をレコードでプレゼントする、といったことも可能なのだ。

かなり複雑な改造が施されており、まったく原型をとどめていない……というより原型が一体何だったのか、パッと見ではまるでわからないほどだ。

手前が「ダブプレート」作成用のカッティングマシン。オーディオアクセサリー類でしっかり固めている

「多分、世界でここまでダブの機械を改造した人は僕くらいじゃないかなと思いますよ(笑)。改造のポイントもいくつかあります。ベースはテクニクスの「SP-10」で、放送局などで使われていたトルクが大きいものですね。さらに、アンプの性能を良くしてスルーレートを高めることで、ナチュラルな音が出るようにしています。またプラッターも、人工衛星を作っているような会社にお願いして回転のムラがないようにしています。カッターヘッドも精度の高いものを作ったり、電源系もアコースティック・リヴァイブで固めたり、送りだしのPCも徹底してノイズ除去をしたりしています」

あくまで「音質」を追求しさまざまに改造が施されている

いわゆる「オーディオ的な手法」を活用することで、レコードカッティングの音質も高めていくことができるというのだ。ちなみに、元々はダブカッティング用のカッティングシステムだったというが、日本ではラッカー盤の需要のほうが大きいので、ラッカー盤のカッティングもできるようにさらに手が加えられているとのこと。

シミュレーションを用いることで、音溝を正確にコントロールできる



そしてもう一つ重要なのが、カッティングの「デジタルによる制御」という点である。

通常、レコードの音溝は低域が多く入るほど太くなり、高域の場合は細くなる。アナログ全盛時代のカッティングでは、なるべく片面のレコードに入る収録時間を長くするために、「隣の溝にぶつからないギリギリのところ」でカッティングする必要があった。この微妙なさじ加減に、経験と勘、そして “職人技” が要求されていたのだ。

しかし、昨今の音楽データはすでにデジタル化されている。そのデジタルデータにどのような音情報が含まれているかをコンピューターを使って解析することで、どれくらいの溝幅でカッティングすれば良いかシミュレートすることができる。

「今のコンピューターのCPU性能があれば、そういうシミュレーションを簡単に行うことができます。そのほうが合理的ですし、その結果生まれた時間を、より音楽的な表現を高めることに使う方がずっと素敵ですよね。またダイナミックレンジをもっと追求することもできます。昔の音楽に比べて、今の方がレンジはずっと広いですし、アレンジ的にも凝ったものが増えています。そういう音楽を表現するためには、やっぱり時代にあったカッティングが必要なんだと思うんです」

カッティングのシミュレーションソフトを見せてもらった。

「たとえばこれはビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビィ』のA面の曲すべてを33回転のレコードにするとどうなるか、というシミュレーションの結果です。こうやって解析すると、何分何秒付近のところが危なそうというのが見えてきます。その理由にはいろんな要素がありますが、これだと厳しいな、と思ったら音作りの方で調整することもできます」

ワルツ・フォー・デビィのデジタルデータをカッティングした場合のシミュレーション。何分何秒前後に危険な場所があるなど、ソフトウェア上で確認することができる

シミュレーションマシンの左側には、まだ世界で9台しか存在しないという最新の「フルデジタルカッティングマシン」が据えられている。コンピューターからUSBで入力し、内部のDAコンバーターでアナログデータに変換。そして、シミュレーションに沿った形で盤に音溝が刻まれていくのだ。

世界に9台しかないという「フルデジタル」のカッティングマシン

「もちろんシミュレーション上でOKだったからといって確実にOKというわけではありません。ラッカー盤の状態によって溝の状態の良し悪しも変わってくるので、カッティングした後に必ず目視で確認することも大切です」

レコードの物理限界を超える。ハーフスピード・カッティングへの挑戦



さらに、山根さんは「ハーフスピード・カッティング」への挑戦を考えているという。

「左側のスイッチでレコードの回転数を設定するのですが、33と45以外に16と22というのがありますね。これも特別なカスタムで、実は “ハーフスピード・カッティング” を日本で実現したいと考えているのです。コンピューターが色々なことを助けてはくれるのですが、やはりレコードには物理的な限界があります。それを乗り越えるために、“ハーフスピード・カッティング” に大きな可能性があると考えています」

左のTurntableのスイッチで、33と45回転の他、16と22(ぞれぞれ33/45の半分)の設定ができることもポイント

「ハーフスピード・カッティング」は、文字通り通常のレコードの「半分のスピード」でカッティングを行うというもの。アビー・ロード・スタジオのマイルズ・ショーウェル氏が積極的に取り組んでいることでも知られているほか、イギリスのメトロポリススタジオでも展開されている。

「この5月には、イギリスに行ってハーフスピード・カッティングを勉強してこようと思っています。実は近日ここにスチューダーのテープレコーダーも2台来る予定なんですよ。デジタルだけじゃなくて、アナログテープからのカッティングもできるようになります」

スピードを半分にすることで、音質的にどんなメリットがあるのだろうか?

「高域の特性が変わることが特に重要です。ハーフスピードとノーマルのスピードでカッティングしたものを聴き比べたことがあるのですが、特にハイレゾの音源では、ノーマルカットでは高域が入り切ってない感じがするのです。半分のスピードにすることで、ピッチが下に下がりますから、高域まで入れられるんじゃないかと考えています。作業する側は大変なんですが、でもこれまでにない新しい表現ができるんじゃないかと期待しています」

ハーフスピード・カッティングを実現するためには、たとえば片面20分を切るためには倍の40分の時間が必要になる。また機材も専用にカスタマイズが必要になるが、そういった手間をかけてでもやる価値がある、「音質の次元を超える可能性がある」と山根さんは考えている。夏くらいにはAltphonic Studioでもハーフスピード・カッティングの本格稼働を予定しているという。

出張ダイレクトカッティングにもトライ!



他にも面白い試みとして、「出張ダイレクトカッティング」も行っているという。カッティングマシンが比較的コンパクトで持ち運びもできるので、ライブ会場などに持ち込んでその場の音源をリアルタイムにカッティングすることができるというのだ。

昨年10月には、早稲田大学の国際文学館で開催された向井秀徳(ZAZEN BOYS)と作家の古川日出男によるライブイベントの「ダイレクトカッティング」も行ったのだという。ごく普通の教室で、学生さんたちを集めて行われたイベントで、このときの音源が収録されたレコードもまもなく発売される。

「ダイレクトカッティングって、とにかく音がすごいんですよ。基本はおふたりの声とギターのセッションなんですが、レコードって最初は人の声を記録して再生するために発展してきたものですよね。やっぱり声に対する生々しさの再現度は、他のものとは異次元だなって思っています。これまでデジタルデータからのカッティングはもう何百回とやってきたわけですが、それまでとまったく違う音がしました。

ダイレクトカッティングのサービスは今後もやっていく予定ですが、音楽をやっている方はぜひ一度体験した方がいいと思いますね。編集がきかないという緊張感にもよるのかもしれませんが、DSDやPCMとかとは違う表現力があるように思います」

山根さんは、音楽業界が今後も生きていくためにヴァイナルには大きな可能性があると考えている。

「デジタルに関して言えば、ビット数があがってネット回線も強くなれば、もっともっといい音で、しかも手軽に聴けるようになります。一般の人は配信の方が絶対に便利ですよね。でも、レコードに関してはそうじゃない。レコードの良い点は “コピーできない” ということです。ダビングしたりデジタル化したからといって、満足いくわけではなくて、レコードそのものを聴くことが楽しい。だからこそ、音楽で生きていくためには、レコードをちゃんと売っていかないといけない、と思っているんです」

とはいえ今までと同じやり方では意味がない、というのが山根さんの考え。フルデジタルによるカッティングやハーフスピード・カッティング、またダイレクトカッティングなど、これまでの技術では難しかった様々なことが、最先端のテクノロジーを活用することで実現可能になっていく。

21世紀だからこそ生まれうるヴァイナルの可能性に、期待はますます高まる。

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