HOME > レビュー > 創業80周年、“新しいNAGAOKA”を目指したMMカートリッジ「JT-80」レビュー

【特別企画】アルミニウム合金/ボロンの2機種

創業80周年、“新しいNAGAOKA”を目指したMMカートリッジ「JT-80」レビュー

2020/11/02 石原 俊
  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE
1940年に合資会社 長岡時計部品製作所としてスタートしたNAGAOKAは今年2020年に創業80周年を迎えた。これを記念し、同社から音質、デザインにこだわった新MMカートリッジ「JT-80」が誕生した。サファイア蓄針の開発からはじまり、日本初のダイヤモンド入替針の開発に端を発した同社のレコード針の生産技術。アナログ再ブームの到来も相まって、同社は世界的にも欠かせない存在となっている。

一方で “ジュエルトーン” ブランドとして、MP(ムービング・パーマロイ)型をはじめとしたオリジナルのカートリッジも、日本のアナログ・オーディオの歴史に燦然と名を刻んできている。そんな同社がレコード再生を次の世代へとつなぐべく誕生させた本機にはどんな魅力があるのだろうか? 石原 俊氏によるレポートをお届けしよう。


「JT-80LB(Lapis Blue)」/左、「JT-80BK(Black)」/右

■レコード針から本体まで、世界の市場で脚光を浴びる

カートリッジやレコード針の製造で名高いナガオカブランドが、創業80周年を迎えた。同社が創業したのは1940年のこと。社名は合資会社長岡時計部品製作所で、当初から宝石加工の高い技術をもっていたようだ。時計の歯車の軸受けにはサファイアが用いられる。時計の性能を示す指標は「石」で、たとえば17石よりも21石のほうが高級とされた。

1947年には蓄音器用のサファイア針の販売を行うようになった。1950年、社名を長岡精機宝石工業株式会社に改めた同社は、電気式蓄音機用のサファイア針の研究を始め、やがて製造に乗り出した。1956年には日本初のダイヤモンド針を製造することに成功し、1961年には大量生産ができるようになった。1971年に商標を株式会社ナガオカに改める。
 
ナガオカブランドのカートリッジやレコード針は世界の市場で大いに需要があった。しかしながら、1982年にCDが登場すると売り上げが激減して組織を維持することができなくなった。旧組織は解散したものの、ナガオカブランドのカートリッジやレコード針はいまでも作り続けられ、アナログの再ブームの到来で再び脚光を浴びる存在となっている。

■アルミニウムとボロンの2種類がラインアップ

創業80周年を記念して、「JEWELTONE JT-80」というモデルがリリースされた。同社の従来の高級MM族カートリッジはムービング・パーマロイ(MP)型と称していたが、本機の取説にはムービング・マグネット(MM)型である旨が明記されている。

用意されるスタイラスは2種類で、スペックが微妙に異なる。「ラピスブルー」というスタイラスユニットはカンチレバーがアルミニウム合金の接合楕円針で出力は5.0mV。「ブラック」というスタイラスユニットはカンチレバーがボロンの無垢楕円針で、出力は3.0mV。

写真右はボロンカンチレバーの「JT-80BK」、写真左がアルミニウム合金製カンチレバーの「JT-80LB」。80周年を記念してデザインを一新。交換用スタイラスの円筒状のデザインが特徴的

「ラピスブルー」を取りつけると、「ブラック」を取りつけた時よりも重量が0.2g重くなるので、おそらくは「ラピスブルー」のほうがマグネットが大きいのだろう。

「ラピスブルー」(JT-80LB)
従来のMM型とは大きく異なる強力なエネルギー感を再現


まずは「ラピスブルー」のついている個体を聴いた。同社のMPシリーズを含む従来の国産高級MM族カートリッジとは大きく異なる音である。それらは総じてワイドレンジだが、エネルギーバランスが摩天楼的で、MM族特有の豪快な中低音が出にくい憾みがあった。それに対して「ラピスブルー」を取りつけた本機は中低音が盛大に出るのだ。

トータル的なサウンドは断じてリアリズム的ではない。ピアノの音などは本物よりも明らかに金属的だし、ハイハットの開閉は一陣の風となってリスニングポジションに押し寄せる。おいおい、いくら何でもそれはやりすぎだろ、と思わなくもないが、このデフォルメ感は決して不快ではない。いや、それどころかこの演出に騙されるのは生理的な快感だ。

スタイラスは「JT-80BK」が無垢楕円針、「JT-80LB」は接合楕円針を使用。出力も前者が3.0mV、後者が5.0mVと異なる

ジャズやロックは最も得意なジャンルであろう。エネルギー感が強く、ノリが良く、それでいて情報量はたっぷりとあり、演奏を堪能することができる。ヴォーカルは情感たっぷりといった風情である。声の質感には独特な艶っぽさがあるのだが、英語の発音は聴き取りやすく、音程感も良い。クラシックは1950年代以前のヒストリカル録音めいた質感が得られる。ヒストリカル録音を好むリスナーには受け入れられるのではないか。

「ブラック」(JT-80BK)
サウンド細部の解像度が高いリアリズム的なタッチが魅力


次いで「ブラック」を装着した個体を聴いた。こちらの方が出力電圧が低いので、プリアンプのゲインを6dB上げ、ボリュームノブで微調整して試聴を行った。基本的には「ラピスブルー」のついた個体と同傾向の音である。ワイドレンジではあるのだが、薄い印象はなく、「ラピスブルー」と同様、中低音が強い。

ただし、繰り返すがこちらのほうが出力電圧が低いので、ゲイン設定を間違えた途端、つまらない音になってしまうから注意が必要だ。ゲイン設定が正しければ「ラピスブルー」で感じられた演出感が完全に影を潜めており、リアリズム的なタッチが支配的であることに気づくだろう。音楽的にはより中立的で、楽曲・演奏への介入が少ないのだが、絶対的な第三者的・批評者的かというと、そうでもなく、音楽を楽しく聴かせるすべを心得ている。

「JT-80シリーズ」としてヘッドシェル(モデル名と価格と発売日は未定)も開発中

ジャズは「ラピスブルー」よりもはるかに大人っぽい。出力電圧を欲張っていないので、音に繊細感があって、サウンドの細部の解像度が高く、セッションの全てが聴き取れるようなイリュージョンを味わうことができる。エネルギー感は「ラピスブルー」に軍配が上がるものの、この大人っぽさも捨てがたい。

ヴォーカルは解像度で聴かせる。発音は聴き取りやすく、音程感も優れており、ブレス音は色気というよりも、正しいタイミングで息継ぎをしているように感じられる。クラシックではオーケストラの姿が正しく描かれる。音場は広く、奥行き感はMM型としては最上級だ。低音は強く、コントラバスやティンパニが轟然と響く。

個人的にはナガオカファンなので、2種類のスタイラスユニットが選べる本機の登場は誠に喜ばしい。どちらを選ぶかを悩むことも、本機の楽しみ方の一つといえるだろう。



<開発者コメント>
NAGAOKAの “新しい音” を体験してほしい


写真中央が(株)ナガオカの取締役 製造部長の後藤孝宏氏(51歳)、右が製造部 製造3課課長代理の横尾直志氏(45歳)、左が製造部 製造3課の山内 廉氏(25歳)

「JT-80」は、NAGAOKAの80周年を記念して企画したカートリッジです。開発にあたり、新しいNAGAOKAを表現するため従来のデザインを一新、カートリッジ方式はMM型を採用しました。「JT-80BK(BLACK)」では、MM型としては珍しいボロンカンチレバーを採用することで、高域の繊細さとMM特有の音の厚みを再現。「JT-80LB(Lapis Blue)」はアルミカンチレバーに接合楕円針を搭載、ワイドレンジで迫力のある音を求めました。今回リリースする2種類のカートリッジは、これまでのNAGAOKAとは違った一面が見られると思います。ぜひ、新しいNAGAOKAのサウンドを体感していただきたいです。





NAGAOKA「JT-80BK」
MM型カートリッジ
¥50,000/税抜
【Specifications】
●出力: 3.0mV(5cm/sec)●周波数特性:20Hz〜20kHz●チャンネルセパレーション: 25dB(1kHz)●チャンネルバランス: 1.0dB以下●カンチレバー:ボロン●針先:0.4×0.7ml楕円、ダイヤ●針圧:1.3g〜1.8g●カートリッジ自重:6.7g


NAGAOKA「JT-80LB」
MM型カートリッジ
¥20,000/税抜
今冬発売予定
【Specifications】
●出力:5.0mV(5cm/sec)●周波数特性:20Hz〜20kHz●チャンネルセパレーション: 23dB(1kHz)●チャンネルバランス: 1.5dB以下●カンチレバー:アルミニウム合金●針先:0.4×0.7ml楕円、ダイヤ●針圧:1.3g〜1.8g●カートリッジ自重: 6.9g●取り扱い:(株)ナガオカトレーディング



本記事は季刊・analog vol.69 AUTUMNからの転載です。本誌の詳細および購入はこちらから。

この記事をシェアする

  • Twitter
  • FaceBook
  • LINE